富士山遠景

今朝、自転車を走らせていると、冬になると現れる富士山が、はっきりくっきり見えました。
空は青く澄み渡り、空気がピーンと張り詰めた感じのところに、大きく雄大に裾野を伸ばして迫ってくるようだったので、たまたま持っていたデジカメを取り出し、シャッターを押しました。
 
再生してみて、びっくりです。 あれ!確かに写した富士山は、いづこに?
と思えるほどの小さな感じに収まっています。 
私は、目の前に見る富士とカメラが捉えた富士山のギャップをどうしても受け入れられず、とりあえず、その画像は消去し、目的地に着くまでの間あと2回、場所を変えてシャッターをきって、この感動をカメラに収めたいと思いましたが、何回撮っても、富士山が遠くにあるということを知らされるだけでした。
 
人間というのは、本当に不思議にできています。自分に関心のあること、感動させられることは、とても自分の中で、大きな部分を占めるのに決してそれが矛盾していない。
 
私の目は、富士山を見ながら、どアップにもできるし、意識を変えると、背景としてみることもできるのですから。カメラは、その場所から1通りの事実を示すだけなのに。
そういえば、聴覚はそれが、もっと顕著なので補聴器はあまり実用化していないのですね。
 
今日は、写真の富士山はあきらめて、想いの中の大きな富士山を眺めていることにします。
 
 
 
 

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