カテゴリー別アーカイブ: メモリアル

大阪からの帰路

毎日冬晴れの天気が続きます。師走も押し詰まり、昨日大晦日まであと6日というテレビのセリフに心底あせりました。

image先日、20日~23日まで3泊4日と短い期間ですが、大阪の母のところへ行ってきました。毎晩30分の電話をしているので、暮らしぶりはお互い手に取るようにわかっていますが、冬のカーペットを出したり、花の植え替えや、高いところの掃除などは、出向いて行かないと埒があきませんので。

大阪では、予定の手助けのほかにも、ハルカスに出かけたり、近くのショッピングを楽しんだり、一緒に料理を作ったりと充実して過ごすことが出来ました。

image行き帰りの新幹線は、もう毎度おなじみになってはいて、帰りはいつも小田原に止まるひかり号に乗って帰ります。その新幹線はいつも、新大阪始発なので、祭日のこの日でも余裕で自由席でも座れるのがありがたい。

いつもは、ゆったり座れる3人席窓側に座り、名古屋を過ぎてからの海の景色を楽しんだりしますが、今回は、その新幹線、二人席の窓側をねらいました。山を背にした山崎のビール工場が見られるか確認したかったからです。いつも、大阪から京都のあいだで外の景色に注目したことはなかったのですが。

はてさて、走り出すと、大阪京都間で山崎あたりは一番スピードが出ていて、ちょっと離れたところにサントリーのビール工場の看板が見えましたが、山を背にしたものとは違っていました。残念、逃したのであとは、晴天の富士川鉄橋の富士山を見ることだけが楽しみです。

imageしかし、その手前の浜名湖?かと思われる湖の向こうに小さな富士山が見えたので、とてもラッキーな気分になりました。

が、スピードをあげて走る新幹線、富士山のアナウンスもないまま、うとうととした隙に、雄大な姿が見られる富士川鉄橋を通過してしまい、直後気づきました。あわてて撮った珍しい場所からの3枚の富士山が今回のお土産画像になりました。

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関東圏に戻ったら、冒頭のとおり、年末の追い込みの中、片付かない心をもてあます毎日。青空だけは冬晴れで凛としていて、近くから見える富士山も毎日大きくリアルです。

今年の帰省

毎年8月には、父の月命日である8日を含む何日間、実家の大阪に出向き、そこからさらに父のお墓のある和歌山(父母の実家もある)へお墓参りに行きます。

また、この機会に母との文化交流をと考え、映画を見に行ったり、百貨店でランチをしたり、ショッピングを楽しんだり、最近では手料理を作って喜んでもらったりしています。

そんなことで、今年も8日に無事母と和歌山行きを果たしましたが、母の足が昨年より一段と弱ったこともあり、また台風11号がゆっくり接近していて天気が悪かったこともあり、大阪での文化交流はおしゃべりのほか、母に手料理を作ってもらって、私はカバンの製作に取り組みました。あと、数個は作り、そのうちの1つを母にプレゼントするつもりです。

<ネクタイで作るカバン>

image最近教わった、ネクタイをリフォームして作るカバンです。材料は持参したので、仕舞い込んである、アイロン、ミシンを出して来て、作ることにしました。

用意するもの;

ネクタイのほかに、底にする布(今回は皮の余り布)、中の布、ファスナー(20㎝~25cm)、ネクタイの先と尾の二つの三角は切り取っておきます。

作り方;

1、ほどいたネクタイにアイロンをかけ

2、1/3に切って、向きを変え繋ぎ、長方形に縫い合わせます。

3、2から側面を2枚切り取り、底の布を真ん中につなぎます。

4、上にファスナーをつけ、 5、脇、底を縫います。

6、横のところに、紐を通す輪っかを取り付け、

7、ポケットを付けた中の布を作り、口のところにまつり縫いで縫い付け、仕上げます。

<帰路の話>

大阪からの帰路は、台風11号がちょうど近畿地方を通過する日と重なりました。

大阪駅までたどりついたところで台風が接近し、乗り換えてひと駅の新大阪までが電車が動かず1時間待ったところで、決断して地下鉄に乗り換え新大阪に行きました。決断するまでの1時間は、仕方ないこととはいえちょっと腹立たしいものでした。止まっているなら、もっと早く地下鉄に行ったのですが、次の電車でと次々案内されて、やはり取りやめというパターンで1時間が過ぎました。でも運転再開はその2時間後になったみたいだから、地下鉄に移動して正解でした。

新幹線は、ダイヤが乱れてはいるものの、JR全線止まっているときにも、徐行運転しながらも動いていました。(流石)

 

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母;母の実家にて(和歌山)
金魚と鯉
金魚と鯉

 

 

 

 

レトロなシルバニア

我が家は、とにかく物持ちがいい家です。

言い換えれば、家族そろって「捨てられない症候群」かもしれません。でも、幸いなことに、結婚後、振り返って、8年、6年、6年、9年という区切りで、引っ越しや、リフォームがあり、その機会に捨てざるを得ない状況ができて、何とかほどほどのガラクタ量に収まっています。

1年半余り前に、孫が生まれてからは、それでもこれだけは置いておいたというグッズが意外と沢山あることに驚いています。ベビーベッド、ハイチェアー、ベビー布団(新しいものも用意したがちょっと昼寝用のこちらが随分使われているよう)、お宮参りの着物、絵本おもちゃは多数。

imageそのレトロなおもちゃの1つが、シルバニアの熊ファミリーです。もう遊べるようになったようなので、長年しまっておいた箱から出しました。

ハウスや家具はホコリをかぶっているぐらいでしたが、熊ファミリーの面々は、これはヤバイと思うくらいのサビれようでした。そこで、服を脱がして服ともども石鹸でごしごし洗ったところ、一皮むけた美しさになったので、ようやくYちゃんに遊んでもらえることになりました。

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シルバニアって今はもう無いのかと思っていましたが、今も新しいハウスと動物家族が店に売られていました。子どもが大きくなったので、おもちゃ売り場を見ていても目に入っていなかったようです。最近は、また興味深くながめています。

四世代交流ーあべのハルカス展望

6月の出来事、その3は、長女とその娘である孫を連れて、大阪の母のところへ行ったことです。

女、四世代交流というわけで、昨年の夏に初めて行って以来、2回目の訪問です。本当は、この前の3月のお彼岸を予定していましたが、そのときは孫が突発性発疹で行けなくなり、今回の日程を計画しました。

6月というのは、8月と共に祭日のない月で、8月は夏休みでお盆休みもあることを考えると、ただの土日と平日だけの月ということになります。以前は、この6月は近しい人の誕生日もなく意識の薄い月でしたが、この頃は、花もきれいで、真夏日になる前で、昼間の時間が長いということで、私の中では好ましい月になっています。

こんないい季節に、予定通り出かけられて良かったと改めて思っています。

孫を連れての旅、まず新幹線の待ち合わせでは、昨年とは変わって、元気よく歩いて私を見て「バー」と言えるまでになってました。そして帰るころには、「バーバ」と言えるようになっていました。

大阪の家では、私の母をみて、やはり「バー」でしたが、去年の母の写真を見て「ジー」。これは、写真の人と「おなじ」の「じ」なのです。だいたい、言葉の後の方の一音で伝えるという段階のようです。二音で言えるのが、「ママ」「パパ」「いやいや」など5,6個ぐらい。(この旅のあとは、バーバ、バイバイ、ジージ、などどんどん増えている模様)

image今回の旅は、3泊しました。翌日は、電車で二駅のところにある「あべのハルカス」へ。

展望台に上り下りするエレベーターは、16階から出ています。下から上る場合も一回16階で降りて、エレベーターを乗り換えて登って行きます。平日なので空いていました。

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ハルカス16階

 

昨年も、この下の近鉄百貨店には来ており、せっかくだから今回は展望してみようかというぐらいの気分でしたが、60階の展望回廊は、想像以上に空の上を感じさせる場所でした。

今まで、横浜のランドマークタワーや新潟の朱鷺メッセなど、高層の建物は何回か上っていますが、それらとは全く違う、開放感がありました。まさに、天上に来た気分。

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image眺める景色が、素晴らしいというのではなく、これぞ街という眺めに圧倒されました。どこまでも、家、家、家。そう、この街で育った私は、感覚的には世界はどこまでも家が並んでいると感じていたことを思い出しました。

そんなことを感じながら、母と、昔住んでいた辺り(ここから徒歩5分くらいのところ)や、天王寺公園、動物園、通天閣(どこにあるかわからないくらい)を見下ろしたりして、街を鳥瞰することにふけっていたころ、孫はだんだんご機嫌斜めでなだめる娘も疲れ果てていたようです。

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ハルカス58階

ハルカス展望は、58階がベースになっていてそこから59階、60階がロの字型に展望回廊となっています。58階には、レストランがあり、真ん中部分広場になっていました。孫のご機嫌が悪いので、とにかくそのレストランで食事をすることにしました。セルフサービス型の洋風メニューで、何とか四世代に合うメニューを探して注文しました。時間的に、まだ早い時間だったので助かりました。

 

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四世代でのハルカスの展望体験は、天空を思わせる印象と共に心に残ることでしょう。

☆☆☆

その次の日は、近くの公園で遊び喜んでいました。

その日は、近くの神社のだんじりが出て賑わっていました。あまり大きな音がするので、マンションから下を見下ろしたら、ちょうどだんじりが通って、ショーを繰り広げているのが見えました。嫁ぐ前10年住んだ場所だけど、地域の行事には疎かったなとあらためて思いました。

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何はともあれ、お天気にも恵まれ、楽しめた四日間でした。

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マザーリーフ

 

 

 

 

 

 

 

車中にて

大雪が2度降ったあとの雪の風景が元に戻るまで、1週間くらいかかりました。その後は、春の訪れが感じられる日も増えて、自転車で田舎道を行く意欲も出てきました。
春霞のせいか富士山は見えませんが、丹沢山系がくっきりと雪肌を見せて美しかったので、カメラに収めました。

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今週になると、2月もあと少しであることに焦りを感じ、あれこれし残していることをやり始めました。日が早く過ぎるように感じるのは、記憶に留める力が衰えるからだと思います。
これらの日々からのメッセージは、後日記すつもりです。

昨日の朝、かねてより心配であった母の兄である伯父さんの訃報が知らされました。それで、母と一緒に終焉のセレモニーに参加すべく、大阪に向かう新幹線に乗り込みました。眠るように亡くなったという伯父の生涯を偲ぶ時間を過ごしたいと思います。

雪の日の命日

父が亡くなって早11年が過ぎました。
今日2月8日の命日は、毎年、実家に帰り母と時間を過ごし、お墓を新設してからは、お墓参りをするのが定着していました。
しかし、今年は色々と事情が重なり、この日のお墓参りはしないことになり、代りにお彼岸に行くことに決めました。

そんな命日の今日は、朝から大雪で、ことに関東地方は何年ぶりか何十年ぶりかという、経験したことのない吹雪の1日となりました。

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玄関のドアを開けるとすぐ雪が積もっているので、このアプローチのところだけは、雪が来ないように雪掻きを2時間おきに5回しました。雪を取り払ってもすぐに積もる恐怖を味わいました。

空を見上げると、冬将軍が唸り声をあげながらすべてのものを白に埋め尽くそうとしているので、こんな日にどこかへ出かけたら、遭難してしまうのではないかという気分にもなり、雪国の人の苦労を垣間見た気がします。

午前中は、ソチオリンピックの開会式に見入り、午後は雪を見ながら、何人かの人の心配をしつつ、電話やメールで時間が過ぎました。

最近、毎日定期便になった母への電話では、大阪は雪はほとんど降っていないということでした。思い出してみると、今年の命日は、11年前と同じ土曜日です。こんな日に大雪が降るのは何かのメッセージではないかしらと思ったりしました。

時が静かに過ぎるのを感じます。

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先週のこと

振り返ってみれば、先週はめまぐるしい1週間でした。 その内訳は、3泊は大阪、帰って2泊したあと、今度は娘の家で1泊というめまぐるしさです。

その間に所属団体の集まりもあり、切り替えて各々の時間を過ごすも、あとの整理が追い付かず、するべきことがたまっている状態です。焦っても仕方がないので、緊急性の高いものからゆっくり片づけてますが、そのうちスルーしてしまうものも出てくることでしょう。

image大阪行きは、急に決めたことで、今回の帰省は、母のメンタルを心配して母との日常的な時間を過ごすために出かけました。1日は手作りの料理を作って食卓を囲んで語らいの時を持ち、もう1日は梅田阪神百貨店で娘の時間を過ごしました。

当初、1番に掲げていた、古いエアコンを買い替えるための相談と購入は、周辺のチラシを検討したのち大手通販のカタログから選んだので、お店に出かける手間なしに事が済み、色々する時間ができました。

10Fからの眺め
10Fからの眺め

母は、電話の時には状態が悪そうでしたが、会った時にはかなり」元気そうになっていて、その後は話の内容などかなり活性して若返った感じになりました。

携帯電話を電話としては使いこなしていますがメールは数年前少しやったきりの母でしたが、今回再びやる気になり、短い文を送るようになりました。先日も、夜遅くなったので、メールで要件を送ったら、それなりに返ってきて、なかなかいい調子です。

image娘の家に行くのは、前々からの予定でした。この日にパパが出張で、母子だけになるとのことでお泊りに行きました。娘の家に行くのは久しぶりだったので色々新鮮でした。

もうすぐ1歳になる孫の成長は日をおかず出会う機会があったので、ある程度わかっていましたが、2,3ポ歩けるようすはまた新たな可愛さでした。

カラフルなおもちゃで遊ぶ一方、今探索活動の真っ最中。何でも、見てさわってなめて世界を知るのに大忙し…と言う風に見えました。時々、理解不能になって泣くのかなと思います。

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このように過ぎた、先週は大阪32度、関東も記録的な暑さの1週間でした。

大阪旅行ー4世代交流

毎年、8月と2月の2回の実家帰省、今回は娘と昨年生まれた孫も一緒に行くことになりました。

ひ孫が生まれてすぐにお祝いに駆けつけたかった母でしたが、なにかとあってチャンスを逃していました。娘も、遠距離、高齢を考えて、何とかこちらから見せに行けないものかと日を検討してくれて、今回の帰省となりました。娘とは、小田原駅で待ち合わせて新幹線に乗り込みました。今回ばかりは、1ヵ月前に11号車多目的室のある車両の座席をキープし、いつもとは違う新鮮な帰省となりました。

新幹線に乗り込めば旅はスタートです。新大阪駅、大阪駅、天王寺駅、乗換の駅はどこも人、人、人。こんな都会に来るのはYちゃん初めてだねえといいながら、実家の家に到着。感動の対面を果たすことができました。

image人見知りでご機嫌の悪い時もあるので心配でしたが、機嫌は上々で笑顔をふりまき、母も、写真で見てたのと同じ、可愛らしい! と和やかな対面でした。

9カ月の赤ちゃんの世界はどんなものなんでしょうか?その後も、母に対しては、特別の関心があるような風でした。また、関西が好きなのでしょうか、関西弁で話しかけたりあやされたりする時もとても楽しそう!

image滞在中の1日は、4人で電車で二駅のあべのハルカスに出かけました。正確には、ハルカスの根っこにある近鉄百貨店のタワー館、その8階子ども用品売り場を楽しみました。普段、私も娘も、百貨店に遠い暮らしをしているので、爛々としてしまいました。

ベビー休憩の場所も、こんなの見たことない!というデラックスさで娘も喜んでいました。

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          image   ハルカスからQzモールを見下ろす 

毎年のとおりに8日には父のお墓参りへと、和歌山へ母と出かけました。その日の帰路では緊急地震速報の誤報が出たりして、ヒヤリとしました。

image一人暮らしで、友達もみな年をとっていることもあり、若い世代、さらには赤ちゃんと一緒の数日は、母をとても活性化させたようでした。そして、母だけでなくお隣の家族も、久しぶりに赤ちゃんの泣き声を聞いて新鮮と言ってくださり・・・、高齢者の人数が増えている今、子どもは周囲に活力を与える貴重な存在だなとあらためて感じました。

大阪も、関東も暑い暑い真夏の日々が続く中、4世代交流旅行、無事終えられてホッとしています。

2月の最終週

今日で2月は終わり、昨日と打って変わり、暖かい春を感じさせる日差しにほっと一息ついています。最終週である今週は、引きかけの風邪をかかえながら毎日出かけていました。

IMG_1113[1]花菜ガーデンに出かけた日も良いお天気で、この日は温室作業。主にカーネーションの芽の剪定をしました。観賞用としては、1つの茎に1つの花を咲かせるのだそうで、横に伸びる枝や芽をとると、大輪の花をつけるそうです。

この日はこのあと、記念日が続く娘の家に行って、スポンジケーキを焼きました。

 

 

 

IMG_1124[1]うってかわり、次の日は親戚の葬儀で東京へ。最近めっきり行かなくなった東京へこんなことでいくことになろうとは・・・。私の伯母のご主人さんで御年97歳。東京都内のお寺で行われました。12年前に一人息子を亡くされてからは、すっかり元気も生気もなくされてしまったと聞いていましたが、3,4年前のという遺影はずいぶん若く見えました。

意味がほとんどわからない読経の中の3万〇〇日という日数が印象に残りました。100年生きると3万6500日くらいになるから、生きた日数のことと思い、長い日々がしばらく頭をかけめぐりました。お元気な頃は幅広くご活躍だったので、お通夜にはたくさんの人が来られたそうですが、葬儀は平日のお昼ということで、ほどほどの人数で静かに終わりました。

長く生きた1人の人にかかわる人が集まり、少しの時間ではあるけれど交わることは、人と人をつなぐ貴重な時間と感じました。親戚の方々も、話をすると名前とお顔が一致して楽しく感じられました。

IMG_1126[1]帰り道は、東京メトロで東京駅を目指し、念願の新しくなった東京駅駅舎を生で見て帰路に着きました。

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*引きかけの風邪は、小規模に終わりました。動いて体を暖かくしていたのがかえってよかったかもしれません。

 

 

大阪行きーその2、道頓堀川クルーズ

大阪行き、後半は母とのレクです。

最近の何回かは、映画を見てから本屋内レストランで昼食、本を買って百貨店で買い物をして帰るというパターンでしたが、どうやら二人とも今回は別のことをと思い始めていました。

私は、日々新しくなっている大阪梅田周辺散策でもよかったのですが、母は梅田には月に2回行ってるからかあまり積極的でなかったので、母がつぶやいた道頓堀川から船に乗って中之島の方に行くという案を採用することにしました。普段ならアイフォン検索で、もうちょっとはっきり調べていく私ですが、実家に戻るとなんだかアナログ人間かつ行き当たりばったり人になってしまって、とにかく心斎橋筋の道頓堀を目指して出かけました。

IMG_1030[1]地下鉄の心斎橋駅、大丸百貨店、心斎橋筋は、母も久しぶりだったようで、二人で懐かしみながら歩きました。

日曜日の10時台は、まだお店も半分くらいしか空いていなくて人も少なく、気持ちよく歩けました。道頓堀橋に到着。かに道楽やグリコの看板などの有名な光景をこんなに観光客のように眺めるのも初めてかもしれません。そして、道頓堀川というのは、今までじっくり見たことはなかったと思います。

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ドンキホーテのお店の前に、船着き場がありました。行けばあと5分で出発。これだ!とあまり吟味することなく乗った船は、中之島行ではなく、道頓堀川を周回する「とんぼりリバークルーズ」という船でした。9つの橋をくぐりながらガイドのお姉さんが大阪風に解説してくれました。

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IMG_1072[1]の船を降りるとき近くを屋根つきの大きな船が通り過ぎました。後で調べたら、どうやらそちらが、中之島公会堂の方まで行く船だったみたいです。

短い乗船でしたが、母はこの非日常体験がとても楽しかったらしく、その後の大丸百貨店めぐりも含めて実りある1日となりました。

昼食の中華レストランは無添加を心がけるお店とうたっているだけあって、薄味で美味しい味付けでしたし、お茶で入った和風の喫茶のケーキセットもとてもよかったですが、一番の実りはステッキを買ったことです。

IMG_1095[1]母は足がふらつくにもかかわらず、杖は邪魔になるからいらないの一点張り。さすがに、もうそろそそろと自分でも思い始めていたかもしれませんが、雰囲気のいい杖売場があり私の積極的な勧めに逆らうことなく吟味し始め、とうとう購入することとなりました。小さく折りたたんで持ち運べるタイプでお洒落な柄。しかも、家に帰って説明書を読んで、杖ではなくステッキという表現されていたのがまたまた気に入った風でした。

そんなわけで、今回のお出かけは中々記憶に残るものとなりそうです。本屋には行けませんでしたが、実家近くの未来屋書店に私だけが立ち寄り、母が好きだという江國香織さんの新刊「ちょうちんそで」をプレゼントしました。