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春分の日を過ぎて

桜の開花が待たれる年度末。今年は暖かいので、早いペースで咲いてしまわないかと気になっていましたが、今のところでは満開の桜を見るのは、4月に入ってからのようで安心しました。近場の桜祭りの日程が4月8日なので、近くに住む者としては気になっていましたので。

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先週の金曜日には、孫のYちゃんの卒園式があり、終了頃に私も妹のNちゃんと幼稚園に出向いて園庭で卒園の晴れ姿を見せてもらいました。平日にもかかわらず、父母で参加が8割を占めていて、子どもの成長を夫婦で見守る姿を微笑ましく思いました。

今日は、朝から暖かく暑いくらいの日になりました。お昼過ぎまでは眩しい日差しがありましたが、今は雲が広がっています。1月末より新築工事をしているうちの後ろの建築現場では数日前に基礎工事が完了し、昨日までに資材が運び込まれ、今日は上棟の日ということで、早朝より人が出て着工し始めました。

E324E5B9-1E10-4F11-AD71-6D7FFE9810259時ぐらいでもう1階部分は立ち上がり、12時には2階がかなりできるというスピードには目を見張りました。午後2時ぐらいに出来上がるかと思いましたが、最後の詰めは色々あるのでしょうか。まだ終了とはなっていないようです。

 

2階から眺めてみると、総合的にうちよりも高い建物のように感じました。どのようなお家になるのか、今まで家が建つのを間近で見たことはなかったので、中々興味深い出来事と毎日楽しみに眺めています。

卒業があったり、家が建ったり、…… 人それぞれ、色々な変化の中で過ごす私たちです。これから始まる大きな節目の時を、大きな感謝を持って迎えたいと静かに思っています。

 

サンシャイン

新しい年を迎えてから、1月も早や下旬にさしかかりました。

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1月1日は静かに過ごしましたが、近くの土手から撮った富士山を、学生時代(関西)の部活のグループlineに投降したところ、約2名の人に喜んでもらえました。

翌日は娘たちがやってきて、うちの家では未だ嘗てない大団円を囲むことができました。狭い部屋を工夫して使い、孫娘2人、大人6人の集い。2階に子どもの遊び部屋があるので、孫たちは1階2階を行き交い、半ばでは次女のhappy  birthdayもあり、賑やかに過ごすことができました。

 

 

 

1月16日は、昨年も参加した、孫のYちゃんの祖父母参加の行事に出かけました。卒園を間近に控えた年長さんのYちゃんはお友達もたくさんいて、のびのびと園生活を送っている様子に安心しました。お手玉、あやとり、駒回し、…色々な交わりが用意されていましたが、一番の感動は、「手のひらを太陽に」「雪」の2曲の歌のプレゼント。子どもの純粋な歌声は素晴らしい…。

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電気がついてるみたい!

 

 

 

さて、先週の終わり位から、うちの後ろの家が解体作業に入りました。数年前から空き家になっていて、ついにというところですが、少しずつ変わっていく世の中の一端を見る思いです。一昨日ぐらいからは重機が入り、今日はもうがれきの山が下に残るくらいに解体が進みカバーも半分下げられたところ、朝から南の強い日差しが1階の部屋の奥にまでも入ってきました。冬の日差しの何と明るく暖かなことでしょう!

冬晴れの関東地方の太陽は、私の大好きなものの1つです。これに引き寄せられてこの地に住むことになったといってもいいくらい。幸せな気分になって、「しあわせのうた」の北*を口ずさみながら外出。帰ってきたら、神奈川新聞から二コリの本が届いていました。(お正月パズルで当たったようでした)

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*北に住む人は しあわせ 春を迎える喜びを 誰より強く感じることが できるから

 

 

晩秋に

ここ2,3日、寒さが安定し、ようやく冬到来を実感されるようになりました。特に、今日のように凛と寒くよく晴れわたる日というのは、関東地方ならではのお天気です。

この一ヵ月は、大きく分けて二つの事柄の中で過ごしました。

前半は、8ヵ月ぶりの大阪帰省。毎晩母とは携帯電話で話していますが、今年の私のハプニングのため中々体移動がままならなかったわけですが、ようやく行って来られました。

2120F29F-D5C2-4766-89E6-22C16DD9F2DA母とは中身の濃い4日間を過ごしました。母の車椅子を押して、ホームの周囲を一周し道端のエノコログサをとり、公園で休憩。雨が降りそうな天気だったので、ものの20分くらいの散歩でしたが、母はそれを後の電話でいい思い出と何度も言ってくれます。

8C2F62F1-FC6C-48F2-BD65-B5EA448FBE5C母の部屋は18㎡くらいはありますが、ほとんど家具を置いていないので、部屋で書き物をするのは膝の上で不便とよく言ってました。今回、組み立て式で何とか持ち運べる台をニトリで見つけ部屋で組み立てましたところ、とても母のニーズにぴったりで喜ばれました。母の家からスタンドも持ってきて設置したので、部屋で作業しやすくなりました。

最後の日には、介護タクシーは予約でいっぱいのところ、それ以外の「ふれ愛タクシー」というのを用意してもらって、昼間の数時間を母のマンションに戻って過ごすことができました。

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今回はこれで満足し大阪から戻りました。その次は私の治療です。

今年の1月の健康診断で肺の影を疑われて、何回もの検査、転院、手術と明け暮れた結果、進行の遅い肺の悪性リンパ腫というレアなものとわかり、その後は血液内科でお世話になることになりました。幸い完治を目指せるということで、先月末からその治療に入りました。

治療は、分子標的薬であるリツキシマブという薬を1週間ごとに4回点滴するというもの。この薬の副作用は、初回に多くあらわれるので1回目だけは2泊3日の入院で行いました。私にとって3度目の入院で、今回は前2回とは別の緊張がありましたが、幸い平均的な副作用ですみました。2回目からは、オンコロジーセンターというところで、日帰りで点滴をします。今3回目を無事終えたところです。

週1回の治療ですが、同意書にサインするにあたっては、様々な注意書きが書かれているので、先生の、最初だけ熱が出るくらいで心配ないという言葉は2割くらい心に留め、とにかく不要の外出はさけ、感染症もらって来ないよう、家での健康生活を心がけて4週間を過ごす予定です。

晩秋の短い昼間に、偶々目にすることのできた紅葉と秋の風情。

 

毎年とは同じ気持ちでない年の暮れを、新しい気持ちで受け止め、前進したい。

 

 

 

手帳

9月に入って早々、台風21号が関西方面を襲い、関空周辺の被害が酷いというニュースが入ってきたその翌日には、北海道で大きな地震があり、震源地近くの被害のほかにも札幌を含む広範囲に停電が起こり電力不足となるという事態で、自然災害は年々少しずつ大きくなっていくように感じます。日頃の備え(と言っても気持ちの部分)が大事と改めて感じました。

これらのニュースの数日後に、良いお天気を願う予定が二つ入っていて、どちらも大きなイベントでしたが、幸い両方ともまずまずのお天気で無事終えられたことは感謝です。

その1つは12年ぶりに行われたもので、12年前のその時はどんな9月だったのかを回想しながら、1992年からずっと使っている手帳のことを思い出しました。

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この手帳は、メモのページが後ろに数ページあるほかはカレンダー式の予定欄が見開きであり予定などを書き込めるようになっています。それを見れば、その年に何があったか詳しくわかりますし、その年の覚書は手帳に書き込むようにしているので、私の場合、記憶があやふやな場合はまず手帳を調べることで解決する場合が多いです。ブログもある意味同じような役割をする時もありますが…。

 

12年前は2006年です。12年前の今回の行事の日程が21、22日と後半であったことの確認をしたほかは、自分の生活が今と違ってかなりハードな忙しい生活をしていたことにも改めて、年月の流れを思わされました。

当時、夫が単身赴任中で、2回夫の赴任先の新潟へ行き、片貝花火山古志ウオーキングに出かけたり、夫がこちらに来た時には夫の母親が当時入っていた千葉にあるグループホームへ行ったり、隣組の組長の年でそれの予定なども入っていました。

今はそれに比べたら、休養の合間に予定が入る暮しです。

剪定を忘れひときわ長く延びたモッコウバラのつるを見て「電線に届きたいんじゃない?」という孫の言葉などに癒されながら。

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8月の近況

4D034E4D-3BEE-431C-B822-9DFAFDCC76068月も最終週となりました。毎年なら、8日に和歌山の父のお墓のお寺の施餓鬼詣りに、母、兄と出向くことや、お盆の頃は夫の両親のお墓詣りに富山へ行く車の旅などが年中行事としてありましたが、今年はそれらが一変して地元暮らしの一ヵ月でした。

2月にホームに入った母とは、年末年始の入院時に母の携帯電話を新規契約したので、毎日夕方6時半から電話で話すことができます。3月のお彼岸以来大阪に行ってませんが、ホーム生活のスタート時に何回か通ったことで、母の生活を把握できるのが幸いです。

私の術後、その後は帯状疱疹、耳鳴りの再来などに悩まされながらも順調に回復しています。検査の結果がわかると言われた9日は、手術を受け持った呼吸器外科の締めくくりの日で、影の正体はマルトリンパ腫であると告げられ、今後は血液内科に引き継がれることになりました。リンパ腫の中でも最も低悪性度であるということで、過度な心配はなくなり慌てることもなくなりましたが、今後はまた必要な検査をしてゆっくりと治療方針を立てて行くことになります。

しばらくぶりで、病院通院の予約から解放された先週は、一時涼しい日もあったこともあり、二つの展覧会に出かけました。私の所属団体の秋の働きも始動しており、私の日常が戻ってきていることに感謝です。

夏の手仕事 - 暖簾とアクリルたわし

 

 

もうすぐ春ですが…

おそろしく今年は花粉の飛散量が多いということなので、家の中にこもるイレギュラーな暮らしは却ってよかったなと思いながら、今過ごしています。

先月末に、足の裏の粉瘤というしこりのようなものの撤去手術をしました。当初1週間弱の入院をと大層なことを言われてたので、日帰りとなっても、大事をとって今のんびり生活となっています。

このほかにも1月の健康診断でひかかったものもあり、随時自分のケアをしなくてはならない身となってしまいましたが、同時に大阪の母のことも、第2、第3の展開を迎えました。

1月に母が退院した時には入院後のサポートに大阪出かけました。その時の母は病院での衰えに比らべ戻ってからはどうにか元の暮らしができそうで安堵しました。ヘルパーさんにお昼1時間毎日来てもらい食事は朝昼はパンなどの定型食、夜は宅配弁当の減塩のものなどにし、家事の軽減をはかりました。そして兄の勧めで以前から検討していた補聴器の調整にもとりかかりました。

しかし、兄の帰宅が少し遅くなったちょうどその時に、再びアクシデントで今度はベッドから立ち上がれないくらいになってしまったので、相談の結果ヘルパーを頼んでいるところの提携するサービス付き高齢者向け住宅に入居することになりました。

兄が北海道に帰る予定の数日前の出来事で、交代に私が大阪に行くことを予定していたこともあり、母のホームでの生活のスタートに寄り添うこととなりました。18㎡の居室にはレンタルのベッドと車いす以外は何もない状態で、最低限の寝具と衣類を入所時に持ち込んだだけでしたので、生活しやすい道具を1週間かけて揃えました。私1人では手持ちできるものにかぎられるので、ニトリと百均を巡り取り揃えました。

老人介護施設は色々あり、今までいくら聞いても違いがしっくり頭に入らなったのですが、今回母がお世話になることになり、急に理解が深まりました。家で一人になる時間に不安を感じていた母は定期的な見守りと食事のサービスや生活援助をしてもらえることに安心を感じたようでまずは気に入っていることが伺えました。

母は入所当初は、助けなしには起き上がれないくらいでしたが、ほどなく起き上がれるようになり、車いすを持って立ち上がれるようになり、それを押し車にして歩き、室内のトイレにも行けるようになったのには驚きでした。

働きの悪くなった頭の方も、先の入院中購入し当時はなかなか取れなかった携帯電話が、ボタンを押して耳に当てる操作ができるようになりました。おかげで、こちらに戻った今、また時間を決めて母と会話することができています。

このように、もうすぐ春ですが、自分の検査結果がまずまずならば、今月も中ばに大阪の母のところへ行く予定。今までとは違った春を迎えています。

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母の入院

2018年、年が明けて早半月が経ちました。

年末の27日に、大阪の母が急に入院することになりました。その日は同居中の兄が年末年始を自分の家族と過ごすために北海道に出発した日でした。

兄が戻るのは1月8日。その日まで母は、元の一人暮らしになるので、年末年始辺りを次女が、5日から8日までは、私が行く計画をしていました。途中何日か一人の時もあるけど、毎晩の電話もあるし、大丈夫と思っていました。

しかし、多分きっと、母は不安に思っていたのだと思います。

エレベーターで蹲り、立てなくなったところを、近所の人に助けられて、家まで連れて帰ってもらったけど、近所の人が心配して救急に連絡し、結果入院となったのです。

病院は立てなくなったくらいでは帰らされてしまうところですが、母の場合、まずインフルエンザ陽性と言われ、ほかにも悪い結果が出て入院になりました。入院は、兄と私のところに知らされることとなり、電話で逐一検査の結果が報告されました。心不全の兆候があり、起こりえる悪いことは色々あるように言われ、まさに青天の霹靂でした。

北海道の兄は急には戻れなく、私も翌日に飛んで行くわけにもいかない事情もありました。

それで三日後の30日の朝一番で出かけることにし、二日間でこちらのお正月準備と、向こうの準備あれこれをして出発しました。これが、始まりです。

これ以前とこの後では、母の何かが違ってきたように思えます。病院というところが、それを引き出したように思えますが、多分徐々に母の変化は起きていたのかもしれません。母も私も兄も、それを気付きながら、正常性バイアスが働いて、認めていなかっただけで。

重篤な病状のように言われ、インフルエンザのこともあり、集中治療室に近い個室に入っていた母は、意外と元気で、座る元気もありましたが、とにかく家に帰ると言って周りを困らせていました。私と話をするとかなり落ち着いて、それは言わなくなったのですが、次のポイントとして、もともと弱かった足が本当に動かなそうになっていたこと、母の聴力がかなり衰えていることに加えて、認知機能が下がっていることが心配でした。

IMG_7517家から、毎日つけている「主婦日記」、雑誌、ラジオ、またお絵かきノート、折り紙などを持って行くと、少し意欲は見せますが、以前との隔たりを感じました。

話ができるように、携帯電話を新たに契約して持っていきましたが、簡単な操作がしっかり身につかないし、指の力も足りない状況。

年末には次女も予定通り来て、2日に私も一緒に帰る予定にしていた私は、事態を理解していなかったようです。この日を敏感に察した母の心に大きな乱れがあり、私は帰るのを思いとどまりました。その後は、8日に兄に引き継ぐまで、母を見守るつもりで。

帰らないでよかったと本当に思いました。病院でじっくり付き添わなければわからないことは沢山ありましたし、実家の住まいの方もより整えることができたからです。(母は病室で89歳の誕生日を迎えました)

予定通り、兄に引き継ぐことができ、9日に関東の我が家に戻りました。関西と関東は、静岡構造線辺りで、本当に変わると思います。冬の関東は澄みきった冬晴れの中、凛とそびえる富士山が眩しいところです。自分の街の駅で降りて家路に着く道中がすべてお話のようにすてきだなと思いながら帰りました。

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毎晩かけていた母との電話は、今は兄と、母の様子を話すようになりました。

母の退院のスタイルを、今模索中です。その時にはまた母の娘が参上して、役に立ちたいと考えています。

2月のモノローグ

今日で、2月が終わります。

2月は逃げる、2月は一番寒い、2月は花粉が飛び始める・・・と言われ、何となく人気の少ない月かもしれません。

しかし、私にとっては昔も今も、2月は特別な月であり、最も落ち着く時です。

何故か? 最もわかりやすいこととして、2月は私の誕生月だからというところから来ているのかもしれませんが、4月に始まる1年の終盤で、物事が完結に向かっている安定感。寒いけど日差しは日に日に強くなり、日が長くなり、暖かくなってくる喜びにあふれているからです。

というわけで、周りはそろそろ蕾がふくらむ気配に包まれてきましたが、今年はなかなかそれを確かめに出かける機会がなく、籠る日々のうちに日が過ぎてしまいました。唯一新鮮な発見は、夫の車で廻った近場の住宅地で見つけた、メタセコイアの並木道。

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東海大学キャンパスの東側の出口になりますが、位置的に学生の出入りはあまりなく、新しく造成された住宅地がそこから広がっています。市境にあるキャンパスということで、ここから入って、あちら側に出て道路を渡れば、隣の市になるというのは、何ともメルヘンチックな気分をかきたてられるではありませんか・・・。

ということで、今はこの画像がスマホの待ち受けになっています。

あと、困惑したことが2つ。アイホンがダウンしたことと、ラインゲームの1つがなかなかログインできない現象。アイホンダウンは、半年前にも一度あり、その後すぐ元に戻ったことがありましたが、どのようにして解決したのかが思い出せなく、苦慮していたところ、娘から「ネットで調べて直ったと言ってたよ」と情報を得て、今回もならばとネットで調べ、そのとおり試みたところ、直りました。 アイパッドからアイホンダウンを娘に伝えるメールを作成したときに、今回と同じ状況を詳しく説明してある、前回の未送信の文章を発見して、苦笑してしまいました。ダウンしたのは、ゲームをし過ぎたからかもしれないと書いてあったからです。

ラインゲームの1つ、pop2になかなかログインできない現象は、2月14日のアップデート以降です。こちらは、調べても当てはまるものが見つからず、原因はわかりませんが、感触としては、チケットを取る電話がなかなかつながらない感じと似ています。ログイン2/4のところでいつもパタッと落ち、たまに進むことができる感じですが、一時に20回以上アクセスしたらつながる確率はupするということがわかってきました。pop2のストレージが1Gを超え重たくなってきているのも原因の1つかもしれません。それ以外で考えられることとしては、最も時間をとっているゲームなので、忠告のメッセージかもと思ったり。

そんな日々を送りながら、おもちゃの魚作りは、数が増えてもうすぐオールメンバー揃いそうな2月の末日です。

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新しい年を迎えて

早15日が過ぎました。お正月、新年行事といつもと同じようでいて、少し違う今年の元日の様子を記します。

今年は二日に、長女一家と次女が一堂に集まり、賑やかに過ごしました。元日はというと、初詣ではなく、向かった先は、新しくできたばかりの商業施設、「ららぽーと湘南平塚」の初売り。

image福引、福袋の情報サーチは前日の31日にも来て、予定の行動です。ららぽーとの福引は2日ということで、元日はイトーヨーカドーの方に並びました。このようなものに元日から並ぶのは初めてですので、記念すべきことかもしれません。

8時に家を出発、整理券は132番。福くじは500番までです。特等から3等まで、20人くらいが当たります。くじは大きな箱にひもの頭がいくつもあってそれを引くと当たりかはずれかわかる仕掛けになっています。夫と私の順番までに当たった人は1人だけでしたので、チャンスは大ありだったのですが、残念ながらそれを引くことはできませんでした。

このくじを引くには、1回5千円かかりますが、当たらなかった人は5千円のナナコ商品券がいただけるということで、後でその商品券でお菓子の福袋などを買いました。

9時半から、ららぽーとがオープンし、今度は各お店の福袋にお客が足を運びます。この時の人の入りは?それはそれは、元日から結構な賑わいでした。まず本館入場にかなり並びましたから。新年早々、都会の気分満載でした。

私たちがまず向かったのは、予定の紅茶のお店、ルピシアの福袋。ここのは、種類別に番号でいくつも袋があり、3段階の値段に分かれています。予定していた5400円のノンフレバー紅茶を購入。私は無類の紅茶好き。これを買えただけで、今年1年が幸せに暮らせそうに思います。人気紅茶各種が12袋ありましたので。

他は、ざっと見回り、タリーズコーヒーとミスドの福袋を購入。無印良品は完売で買えず。服の福袋は買う気は無いのに、とても気になりながら眺めました。というのも、母と次女の誕生日を控えていて、それぞれもう用意をしてあるのに、何かプラスアルファが無いかという気持ちにかられていましたから。

そうしたら、たまたまアメリカンイーグルというお店の福袋が最後の1個ということで、呼びかけがありました。価格5千円、女性用のLサイズのものが入っているということですが、中身は黒い包に覆われ全く分からず。悩んだ末に買うことに(゜-゜)

買い物の順序としては、最後にイトーヨーカドーとミスドに寄りましたが相当な荷物となりました。家に帰ってからは、それら1つ1つの開封がスリリングなワクワク感があり、新年早々、物を増やし、ものの整理に追われましたが、なかなか非日常的な日が過ごせた元日でした。

*アメリカンイーグルの福袋の中身・・・白のトレーナー、チェックのブラウス、袖なしの羽織り物、半そでTシャツ、襟巻、サングラス、エコバッグの8点。  見た瞬間は、全部ガラクタに見えましたが、長女、次女、母、とりあえず取っておくものに分けたら、1つ1つがいいものに見えてきたから不思議です。ミスドのスヌーピーグッズと合わせて、娘たちへプレゼント包装したらいい感じになりました~(゚∀゚)

 

師走の出来事

12月は師走ともいわれ、毎年慌ただしく過ぎて行きます。

今年も例外なく、気付けばもう大晦日イブ。いろいろ、ブログに載せたい出来事、思いがあったのに、今となってはそれもちょと前のことになってしまったのが残念ではあります。

でも、来年になってしまうと、さらに今更ということにもなるので、ほんの少し12月を振り返りたいと思います。

12/1  大学時代の友人、関東組の女子会…小田急線海老名駅を初めて降りました。ららぽーと海老名で昼食、反対側のビナウオークも楽しみました。

/10  所属団体の同期会…にわか幹事で、近くの大山へ、豆腐料理とケーブル、阿夫利神社からの眺望を楽しみました。

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/image15  地元ららぽーとで、友人たちとお食事会…1階レストラン街のお店3eggsでランチ、この向かいの3coinsで木のクリスマスツリーを半額150円ゲットは、良い買い物でした。

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/22  この日は、珍しく家に人が集まり、持ち寄りの食事もするということになった日、年末掃除がはかどったし、狭いところに大人6人が集うために、色々工夫するのが、なかなか楽しかった。4人のテーブルで6人食べるためのランチョンマット、箸置きは箱の奥から初めて日の目を見ました。

 

/23  娘、孫たちが久しぶりに遊びに。娘曰く、家に来るのは3か月ぶりだとか。クリスマスも近いということで、プレゼントを贈呈しましたが、それぞれとてもいいお顔で受け取ってくれて、うれしい気持ちのばーばでした。

/24  花菜ガーデンで、1週間だけ木のおもちゃで遊べるコーナーがあり、とても良かったというのを聞いて出掛けました。

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とても良かったし、とても参考になりました。今、集まりで作ろうとしている布の魚釣りとよく似たのがあり、いくつか真似したい工夫点があったのと、ペットボトルのおもちゃが、なかなかさえていて早速、家でも作ってみました。

imageお土産にいただいた、折り紙の駒も、作り方をマスターしました。子どものおもちゃですが、ほとんど大人が楽しめるものばかりでした。

 

 

 

/27 年末の忙しい一日のはずですが、地元ららぽーとで夫とランチバイキングに。今回は、中華料理、横浜の招福門です。平日なので70分ということでしたが、体験してみないとわからないもの。店の内側はごく普通のテーブルとイス。標準コースはバイキングのみ。飲み物は別に注文する。冷たい飲み物バーと温かいお茶は別。お茶の場合は、葉っぱを入れたポットカップで出てきます。平日で空いていたこともあり、70分で十分たくさんの種類のメニューがいただけました。小籠包は、この店の売りらしく、バイキングとは別味のものがワゴンで回ってきました。

数日前、小嵐のような雨天と強風の日がありましたが、この後は年末年始と晴れの予報。富士山も毎日バッチリで空気が澄んだ冬晴れの日々が続くのはうれしいことです。

来年も着実な生活をすることを思いつつ、平和な日々が送れたらと思っています。