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「半分、青い」半年をふり返って

NHK朝ドラは、初めの1週間で嫌にならなければ大抵見ています。

と言いつつ前シリーズは途中挫折で、今シリーズ「半分、青い」が始まった4月は、新たな気分で見始めるも、すぐ耳鳴りと難聴に悩まされるようになり、主人公の片耳失聴と何やら共通項を感じながら、様々な展開を楽しみながら最終回まで漕ぎつけました。

主人公の出産時から、37,8歳頃?まで、印象に残る様々な場面がありましたが、それを見ている私の方もわずか半年ながら様々な展開があったので、このお話がより印象深いものになったように思います。

まずオープニングの歌は大変興味深いものでした。若者の早口のセリフは初めはほとんど意味不明でしたが、毎日聞くうちに聞き取れるようになり、明るさと哀愁を混ぜ合わせたような応援歌に聞こえてきて毎朝元気をもらいました。♪「つづく日々の道の先を 塞ぐ影にアイデアを 雨の音で歌を歌おう すべて越えて響け」♪ 私の日常に重なりました。

今回の朝ドラは、半年で37,8年を描くこともあり、展開が急すぎるとの反応に対して、作者の北川さんは人生の特徴的なシーンを描いているとの解説があったり、SNSを通してメディアを通してリアルタイムに作者が次回予告をしたり解説をするという今までとは違った試みも「半分、青い」の世界をじっくりと楽しめる半分になっていたように思います。

朝ドラ受けは、何年か前から始まったもので、今は当たり前のように楽しんでいますが、以前は次がニュースでガラッと変わっていたある日、ポーカーフェイスのアナウンサーが朝ドラを受けた表情をしてこれはニュースと思ったことがあります。今回は華丸さんの反応が人間味があり楽しかったです。

物語は、鈴愛の人生を通して様々なことを問いかけるものでしたが、片耳失聴、漫画家を目指す、秋風塾での交流、28歳の挫折、急な出会いと結婚、出産、離婚、シングルマザーとしてのいくつかのチャレンジ。これらの展開は、今の時代に特別なものはなく、様々な場面で共感者がいたのではないかと思います。唯一特別に思われるのが、同じ日に生まれた律の存在。二人はどの方向を向いて終わるのか。それは明日の最終回のお楽しみです。

2011年の東日本大震災で友人のユーコが亡くなるという展開が最終週で知らされ、突然の災害によっても私たちはいつ何時、平穏な日常がこわされるかしれない身であることを改めて知らされます。その場面に遭遇して、最後まで患者によりそったユーコの死は、同じようにして亡くなった多くの人のことを思い出すものとなり鎮魂の思いでいます。

その上で、生きるも死ぬも特別なことではなくあたりまえのことで、生きているものは今を力強く進んでいくべきというメッセージは、何歳の人にとっても同じ思いでいるべきだなと改めて受け止めました。

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入院の日の記憶

7月もあと少しとなりました。西日本豪雨に続く異常高温の日々、変わった台風12号などに記憶される月となりましたが、私的には手術による入院という大きな経験をした7月でした。

肺の影が何であるか、手術以外の検査では判明できなかったので、とうとう胸腔鏡による手術で影のところを切り取り生検することになったのです。

考えてみると、これまで入院というのは子どもの頃に3日間した以外は2回のお産だけです。とはいえ、一か月前に気管支鏡の検査で、鎮静剤を使うため一泊入院をしたこともあり、割と冷静にその日を迎えました。

5月に地元の病院から片道2時間弱かかる、築地の聖路加病院に転院し、家から遠い難点はありますが、今冷静に安心して日々を過ごしていられるのは、建物、設備、などが十分に整っていて、人の配置も十分であることのほかに、全体を包む雰囲気ー物静かで親切な空気のおかげだと思います。。

案内プレートなど3か国語で書かれていて、カウンターや椅子の配置などが一般の病院と雰囲気が違うので、外国の病院にいるような気分にもなります。また、少し光を落とし気味の照明は工夫されていて、上向きの間接照明、壁が薄ピンクに見えるのは、照明によるものでしよう。

 

手術の日は、7月13日。前日に入院し、当日は8時に病室を出発しました。病院の近くで一泊した夫が手術の見送りに立ち会ってくれました。

手術室に入った私は、用意された手術用ベッドに案内されました。透明のエアークッションのマットが敷かれていて横になると暖かさを感じました。上には大きないくつものライトのついた照明。それから、点滴の針のセットが行われ、酸素マスクのようなものを吸い込みました。2回深く吸い込んだところで、手術室での記憶は終わりです。

麻酔チームによって全身麻酔が保たれ、手術には5人の先生チームで行ってくださったものと思われます。

名前が呼ばれて、意識を取り戻したときは手術は終わっていました。今何時だろう?と時計を確認したら、11時半でした。大体予定通りか、早いくらいで安心しました。迅速診断などで、悪い結果が出た場合、予定変更となることも告げられていたので。

39373899-0FEC-40D5-9930-B399507DF92F部屋までは、ベッドのまま戻ります。点滴以外にも、5つぐらいの管やコードにつながれた状態です。

途中の待合で、夫と長女が待ち受けてくれていて、2才の孫とタッチして病室へ戻りました。病室は5階の西エリアで、そこへ入るには、IDカードがいります。原則小学生以下は入れないということで、後で夫だけが話に来てくれました。

 

 

翌日のお昼までは、重病人でしたが、その午前中に点滴以外のものは取り外され、ややすっきりしました。手術の日とその翌日までのシーツに、遠赤シーツが使われていたのと、ベッドから離れられるまでの間、両ふくらはぎにエコノミー症候群予防の電動サポーターが巻かれていたのが印象に残りました。

経過は良好で、手術をした日の夜からおかゆの夕食をいただくことができました。室内は、洗面、トイレ、シャワー設備が整っていて、快適です。

9AB52CED-35E2-416E-AB85-CBDC4B0AC5D7その翌日の日曜日、長女と次女がそれぞれ来てくれて、お昼の時間を共にしました。5歳の孫が風邪をひいたので来れなく、お手紙をとどけてくれ、なごみました。

その翌日は夫が来てくれる予定でしたが、火曜日早朝退院ということになったのでキャンセルし、その日はレントゲンと採血以外は予定もなく(コーチ2という器具を使っての呼吸訓練と棟内を1周100メートルを歩行する訓練はあり)、一日ゆっくりと、待合においてある図書を借りてきて1冊読みふけりました。

77EE2466-C868-47AB-BCA8-2815F020625A入院生活を通して、看護師の方々は皆さん優しく親切でした。ただ、私の入院中3日間が土日祭日であったからか、毎日担当の方が変わり、夜は夜で別の人、そのうち2回目になった人は1人だけで、たくさんの看護師の方で回していることを感じました。ちなみに、初めの2日間の昼担当は同じ方で、術前術後とても親身に当たってくださったことには感謝です。

また、聖路加病院の食事は、私の口に合いました。一見質素なのですが、栄養バランスがすばらしく、野菜の種類も多く、いろどりに工夫がみられ、何より味付けが丁寧でおいしいのが気に入りました。

割と元気に退院して、1週間後の診察も終えましたが、傷の痛みが後退する頃から、別の痛みが気になっています。ドクターによると、肋間神経痛だそうで、手術の時にさわった影響とか。

肝心の検査の結果は、次回8月の通院日に説明していただけるということです。

 

 

iPhoneの機種変

一昨日、7月1日付けで、iPhoneを5から8へグレードアップしました。iPhone5は、2013年以来5年使用し、まだまだ使うつもりでしたが、とうとうバッテリーが膨らんできて危くなったので急遽変えることになりました。

ららぽーと2階のアップルのお店で、長い検討の末購入しました。予備知識としてはもともとのソフトバンクで機種変するのか、Yモバイルに乗り換えるのかを検討し、迷った末低価格を狙ってYモバイルにと思っていましたが、まさかの展開で、auに乗り換えることになりました。後で考えると、このお店は、アップルの店で、iPhoneのみを販売し、一番条件にあったものをすすめてくれるということだったけど、結局auからの販売員によってうまく誘導されたのかもしれません。ソフトバンクでは、現状より月額2000円高い支払いになるところ、auだと現状維持、Yモバイルは1000円くらい安いだけで中身の魅力に欠けていたので、auが勝利したものと思います。思案中に、上と掛け合っての本体価格の2万円値引きも、大きく決断へ繋がった。セールスのお姉さんは全く上手く導いたと思います。

ちなみに、私たちがこの店にこだわったのは、データ移行を有料でやってもらえるからだったわけですが、昔は無料で各店舗やってくれたけど、今はやってくれなくなっているというのは本当でしょうか?この手間に、大きくお金をかけてしまったなという残念はありますが、新しいiPhone8、すぐに以前と同じ環境で使えるようになり、なかなか快適です。容量が今までの4倍あるほか、指認証に感動、ワード、エクセルのような機能もついてて、益々パソコンを開かなくなりそうです。

機種変はいつも突然やってきますが、これによって、生活が少しずつ変化しているのを感じています。

はしばみセーラのピンチ

季節が早く進行している今年は、その後ネモフィラの季節も、芝桜の季節も、バラの季節もすべて半月以上早くやってきて、美しい6月も半ばにして終盤を迎えています。

5月は耳鳴りも下火となり、スマホゲームから足を洗い、早寝早起きの実践で体も健康的になり、スタートをしましたが、その後は付きまとう陰に心乱され脅かされて日々を過ごしました。

そして、それはまだ現在進行形ではありますが、少し息継ぎの時を与えられてこの場にいます。経過を少し・・・

1月の健康診断の胸部レントゲンで要精密検査となり、CTを1ヵ月おきに3回撮り経過を見ても消えない陰によって肺がんを疑われ、初めの病院ではこの時点で、手術的に陰の部分を取って調べることを提案された。検査と言っても手術という現実に納得がいかず、東京の病院に転院を決意。紹介状を書いてもらい、5月半ばに初診のあとは、迅速に手術でない検査をすることができた。まず、Pet検査。しかしこの結果に衝撃。陰影のところに色がついていたから。続いて、気管支鏡検査。この検査は以前はとても苦しい検査だといわれており、また確実なものではないと前の病院では言っていたが、こちらの病院では、9割方採取できるし特定できるということで、病名確定するべく1泊入院で行った。ちなみに、麻酔と鎮静剤をうまく使うからか苦しいこともなく、半眠り状態で、今となってはあまり覚えていない。昨日その結果を聞きに行った。俎板の鯉で逃げられないという思いに反して、結果は意外なものだった。確実に細胞は採取できたがそれらしきものは出てこなかったので肺がんではないとのこと。それは一先ずうれしいことではあるが、では何?という問題が残る。先生は、リンパ腫を疑っているとのこと。それの確定検査として、初めの病院が提示した、手術的検査を今提案されている。今なら、手術検査も納得できるし、手術そのものへの信頼も持てている。

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2人に1人はがんになる時代と聞いてはいましたが、真剣に思いに取り入れたことはありませんでした。年をとったら何かしらの病気が出てくるのが大多数だからこそ、皆さん気を付けて努力して健康な一握りになるべく努力していることに今更ながら気づかされました。そして、それでも老いはさけられないし、物事には終着点があることを現実的にリアルに今感じています。

私の役目的には、あと2,3することが残っていてそれを果たしたい思いと、その他は、自分の終活として一番に取り掛かりたいのが物の整理です。無駄なものを手放し、途中のものは仕上げる。10年後にやればいいという気分ではなくなりました。

 

 

年の初めに

image寒いけど、お天気に恵まれた元日、今年も長女一家が訪ねてくれて皆でお雑煮とお節をいただきました。1歳を過ぎ歩けるようになった孫は、自由に動き回ることがとても嬉しいようすで、ジージとバーバの存在も心得て理解している風でかわいさひとしおです。楽しい時間はやがて過ぎて、夕方帰宅を見送ったあとからです。

何だか、体が思わしくない雰囲気になってきたのは。やや、前兆は感じていたので朝には葛根湯を飲んでいましたが遅かったみたいで体中にだるさが襲ってきました。夕食は簡単に済ませ、いつも愛用の置き薬の風邪薬を飲んで早めに寝ました。

幸い、食料は買い込んであるので2,3日は大丈夫と言う感じではありましたが、風邪の方は一晩寝れば治るどころか熱が上がり始めもう必要最低限以外はベッドから離れられなくなりました。それが丸3日間続き、今朝方ようや頭がすっきりとして平熱に戻りました。

今年のお正月は特に予定が無かった分、去年を振り返りじっくり今年を計画出来る時間にあてられると思っていたのに、結果は寝正月となってしまい、今唖然としています。まあ、しかしゆっくり休養することと言うのも日常の中では中々できないことなので風邪とともに体をリフレッシュしたと思えばよいのかもしれません。

スタートが遅れましたが、今日から今年の1歩を踏み出したいと思います。

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年末の思いーあれこれ

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今年も残すところ、あと1時間を切りました。今年の12月はなかなかブログ編集画面にたどり着けませんでしたので、せめて31日の最後だけはほかのものを置いてこれを優先しました。

でもあまり、ぐずぐずしていると新しい年が来てしまうので、色々省いて簡潔に行きたいと思います。

まず、12月の振り返り。毎年のごとく今年も所属団体のクリスマス礼拝でよいお話が聞けました。言葉には命があり、万物は言葉によってなっている。私たちは見えない言葉を信じる・・・というとらえ方。

その後、この頃足の調子が悪い母のところへ、4泊5日滞在。私が行くと喜んでくれて少し元気になっている気がします。帰ってからは、年末カウントダウンの日々で、音楽会に出かけたりもしました。今年の年末の特徴は、とにかくいつもの年より寒いということ。

今日31日は、お節の最終メニューに、掃除、洗濯の追い込みーお天気がよかったので驚異的に進みました。しかも2時間ばかりは近くの新しくできたユニクロにまでいくレパートリーの多さ。

簡潔のつもりが長長しくなりました。しかし、本当に書きたかったのはこれから書くこと。

最近、テレビで「世界こんなところに日本人」のような番組があちこちでやっていて、よく見ています。世界の様子がわかり、日本人がいることで親しみがわくからです。それを見るにつけ思うことは世界てなんて小さいのだろう、どこもみんな同じだなということです。

今日、ふと思ったのは、デズニーランドのイッツアスモールワールド。いつも理屈無く感動するアトラクションですが、それは大きな大きな真実があるからなんですね。

これからの世界が平和でありますように。みんな仲良くいられますようにと年の終りにお祈りしたいと思います。

 

♪ 世界中どこだって 笑いあり涙あり みんなそれぞれ助け合う 小さな世界

世界はせまい 世界はおなじ 世界はまるい ただひとつ

世界中誰だって ほほえめば仲良しさ みんな輪になり手をつなごう 小さな世界

世界はせまい 世界はおなじ 世界はまるい ただひとつ

年度末

早々と満開になった桜ですが、その後また寒い日が続いたので、満開を保ちつつ週末を迎えようとしています。別れと出会いの季節を静かな華やかさで彩ってくれています。

IMG_1231[1]今日は、久しぶりに春の暖かい日差しが出る中、バスに乗って駅方面に向かいました。途中の道では桜ならぬこぶしの花も満開。本来ならこういう日は普通に自転車で行くはずですが、今回の行先は厳密には駅の近くの眼科です。1年くらい前から、急に落ちてきた視力を何とかしたいと半年前から眼科にかかわるようになっています。

9月に受診した医院で、「白内障」と診断されました。50代で50パーセントらしいから、早いけど珍しいほどではないらしい。手術すれば眼内レンズを入れるから近視も矯正されてよく見えるようになるということ。手術を前提に考えるなら自力で行きやすい所の方がいいので、駅近の医院に受診し直すことにしました。セカンドオピニオン的に、2つの医院を受診するのは初めてでしたが、雰囲気や話の進め方など随分違いました。

初めの医院では、手術をすると治るけど、するかしないかは自分で決めてください。一方、後のところでは、ぜひ両目やってください。・・・色々検討した結果、急に視力の落ちた右目だけをすることに決めました。後の医院は、目の見え方やその後の生活の質を向上させたいという観点から、眼内レンズに関して様々に検討を加え生活スタイルにあった視力を考えてくれる姿勢が私の要求とも合っています。

手術の日が決まり、そこから逆算して3回、事前の検査や準備の日が設けられていて、今回、その第1回目に行ってきました。

今までも、ある程度の検査はしていましたが、今回はさらに色々ありました。なかなか経験することではないし、興味深かったので、ここに記録しておこうと思います。まず、3台の機械で、精密眼圧、眼底、などを測定。その後、視力表で矯正視力と斜視の検査。角膜の細胞数の検査。眼内レンズを作るための眼軸の測定。瞳孔を開く目薬をして水晶体の撮影。網膜の検査。あと、血液検査です。

検査師さん、お医者さんなどから視力のことの説明をきいていると、人の目の不思議を今更ながら感じます。結局のところ脳が見るということをきいたことがありますが、メガネのレンズは度が上がるほど物は小さく見えることや、子どもの頃に正しい視力を経験しておかなければ物をはっきり見られなくなるなど、眼から脳へと関心が移って行きました。

今回私が目指しているのは、この医院で紹介していたモノビジョンという考え方。一方の目で遠くを見、もう一方で近くを見るという見方。慣れれば脳が補完して違和感無く見えるようになるとか。思惑通りにいけばいいけれど、やってみなくてはわからないので心配なことではあります。

帰り道、バスの窓から見る桜は、満開の満開。散る前の全盛期のようなたわわな花をつけていました。明日のお花見が楽しみです。

NHK朝ドラ「純と愛」-感想

もともとドラマが好きな方ですが、家庭の主婦となってからは集中して見られないこともあり、遠ざかっているうちに、内容やキャストなどが世代交代してだんだん興味が薄れていった経緯があります。

そんな中で、NHK朝ドラというのは、唯一見やすいドラマということで、第1週目で嫌いにならなければ大概見ているように思います。半年ごとに変わりますが、ここ2,3年はパスすることなく、どの話も楽しんで見てきました。

今回の、「純と愛」は沖縄と大阪を舞台にするヒロインの成長物語であるといえば今までの流れの中の1つにも聞こえますが、何かどこか違う雰囲気が初めからありました。ヒロインの純は、自分の思いに忠実で、今どき珍しい熱血漢、不思議な出会いから夫となる愛(いとし)は、人の本性が見える能力あり、その背景や事情をかかえる家族の誇張されたような人間模様、など普通では考えられない設定で話が進んで行きます。特殊能力がある辺り、フィクションを楽しむスタンスでお話に入り込んで行きましたが、話の展開が予想以上にめまぐるしく、ありえないと思える発言や行動なども多々目にするようになり、ついていけない気分になったりもしました。

しかし、不思議なことに設定、筋はともかくとして役者の演技はそんな現実をなかなかリアルに演じているので、見ていて退屈することはなく話の中に引きこまれます。そうこうするうちに、この頃ではありえないと思っていた人物設定なども、現実をとてもうまく表しているようにさえ感じられるようになってきました。

今話は、経営難となった純の実家のホテルの処遇について、リゾート業者に売り払って借金を返したい父と、何としても頑張って「おじいの魔法の国」のホテルにしたい純との攻防が続いていて、周りの家族は気持ちは純の方でも、現実的な父の行動に引きずられて行くようすが写し出されています。武田鉄矢演じる父の発言は、世の中のよくある父の言葉であり、それに対する母の思いも多くの妻が考えていそうなこと。

純の家族は、普通の家族を表しているのに対し、愛の家族は、弁護士の両親、母がリーダーをとった家で、特殊な家庭が象徴的にあらわされています。考えてみれば、ほかの人物(純の勤めていたホテルの人々)も皆、色んなタイプの人を象徴的に表していているのがわかります。

オープニングのうたは、今回もなかなか効果的です。♪信じていれば~、きっと伝わる♪ 理想はあっても中々それを口にできない世の中。架空のお話と見せかけて、様々な人に向けて熱い思いを発信しているのではないかと思えるようになってきました。

事実は小説より奇なり、ありえそうにないと思える今回のドラマは意外と、もっとも事実に近いお話ではないかと思います。後半も楽しみたいと思います。

懐かしの競技、アーチェリー

ロンドン五輪、楽しんでいます。

男子体操の予選のときはハラハラしましたが、応援するうちに返って親近感が持てたような気がします。水泳も、同じような感じで応援しつつ選手を覚えるというか・・・。競技のあとの選手インタビューには、どの選手もしっかりと答えていて、スポーツを極める人は、まず心を鍛えているというのを感じました。

アーチェリー女子団体、銅メダルでこの競技にもスポットがあてられましたが、私も大学の4年間励んだスポーツでもあり、懐かしみながら眺めました。中心からから、黄、赤、青、黒、白に色分けられた的、弦の張られた弓とカラフルな矢。弓の性能はテイクダウンの、良さそうなものを使ってるように見えましたが、他は以前と変わらず、懐かしいフォームとリリース。  そう、このおしゃれで優雅な雰囲気に魅了されて入部したのですが、現実はかなり泥と汗にまみれるスポーツでした。 あの時だけ、あの時だからこそできたスポーツでした。

当時は、50mと30m、それぞれ1回(6分間だったかな)に6本の矢を討つことを6回。60×6=360 360×2=720点満点で、500点が出ればまずまずでした。オリンピックは、対戦するとあって、交互に3本、70mでやっているの今回初めて知りました。

アーチェリーは、普段使わない筋肉を使うので、練習を怠れば持久力がなくなるし、心の乱れがすぐに現れます。オリンピックでは、みんな和やかさを前面に出してプレイしているのが好感が持てました。

オリンピックの後半も、マラソンや陸上、サッカーなど楽しめそうです。時差の加減で、いつも、日本の夜中に競技を行っているので、朝携帯ニュースを見ると色々結果が出ています。こういうオリンピックもなかなか珍しいです。

明後日からは、毎年恒例の里帰り。マンネリ化しない今年ならではの時間を作りたいと思っています。

札幌へ

大手術をした兄を見舞う、札幌行きがようやく実現しました。

母は大阪、私は神奈川と、旧家族はバラバラの居住であることが行動を遅くしていましたが、良いタイミングで行って来られてホッとしました。大阪回りで、関空から札幌へ。そして関空へ戻り、翌日関東に戻って来ました。4泊5日の旅。札幌は2泊です。

大手術のあと、1回トラブリ、3週間の停滞を余儀なくされた兄ですが、その後順調に回復することができたようです。2週間前には絶食療養中だったのが、食事を再開することができ、私たちが行く前日にはいくつもの管が外され身軽になった状態で再会できました。

あったときの第一声「無事生還したよ!」と言って、すさまじい手術痕とまだ体の方に残してある管を見せてくれて、状況を色々教えてくれました。そして、私たちがいた3日間の間にも、食事の量なども増えてどんどん良くなって行きました。

遠く離れていると、心配だけど遠くから無事を祈るしかない状態でしたが、大変だった日々と今回の手術がラッキーであった現実を改めて知り、この日までこぎつけられたことに、母共々改めて安堵しました。

札幌の2泊3日は、少々気温は低めでしたが、新緑に包まれ日差しが眩しい、1年でも数少ない美しい季節に行き合わせたようでした。行き帰りのフライトと合わせて、ページを改めて記録に残せたらと思っています。