月別アーカイブ: 2023年8月

大阪へ‐孫たちとUSJ

母との面会を終えた後は、遠いところをはるばる大阪まで来てくれた孫たちとの集いです。

この日の宿泊は実家のマンションが定員オーバーなので、梅田のホテルで私たち4人宿泊しました。夕食は、兄の提案でホテルのレストランで皆で集いました。

ちなみにこのホテル泊とレストラン予約は、約1ヵ月前から中々苦労して探しましたが、結果的にそれぞれ満足できるものでした。

レストランは、フランス料理と中華料理が食べられるレストランで、個室を用意してくれていてました。コースメニューもありますが、バルメニューという700円均一の料理が39種類あり好きなものを選ぶことが出来るので子どもたちも楽しめました。

ホテルはこのレストランからすぐのところでJR大阪駅の近く。翌日USJに迅速に行くためです。朝早く出発なので短い滞在でしたが、一部屋4ベッドで、「なんだか家のよう」と喜んでもらえました。

孫たちの楽しみにしているUSJは、娘と私の旧家族では20年前に開園した年に行きましたが、今はすっかり様変わりしています、と言いつつ当時の記憶も曖昧ですが。

孫たちは中でも最近できたニンテンドーワールドに行きたいということで、こちらも娘を中心にサーチしていましたが、人気のエリアで人数制限があり、確約券か整理券か抽選券で当たらなければ入ることはできません。夏休みの土曜日ですので。

またびっくりすることとして、入場チケットその他、日々の経済感覚の10倍感覚で臨む世界なので、お金を払う確約券は論外。あとは整理券と抽選券にかけ、外れたら諦めることに。

ユニバーサルを楽しむには、アプリを入れることが必須と知り、娘に伝え後は任せました。そのアプリに入場後早目に4人のチケットのデータを入れ、11時代の整理券を申し込んだところ、ラッキーにも⭕️となり、入場できることとなりホッとしました。ちなみに、ユニバーサルではどこにも案内パンフレットは置いてませんでした。アプリで確認する世界です。

開演は8時ですが、7時にホテルを出て7時半過ぎには最寄駅に着きましたが、もうすでに開園してて入場の長い列ができていました。一泊の荷物を持つ私たちは少し手前のコインロッカーに荷物を預けて並びました。ロッカーはまだまだ空いてたので助かりました。

この日はとても猛暑の日で、その後の荷物は主に飲み物やクールグッズ。

ニンテンドーワールドに入るまでに、ミニオンパーク、ワンダーランドを楽しみました。途中クールダウンのためにクリームソーダ休憩したのは9時半ごろでしたが、12時と言っても不思議ではないくらいの晴天ぶりでした。

ニンテンドーワールドは、まさにゲームの世界で、土管をくぐった先は2階構造。孫たちは早速パワーアップバンドをつけて、アトラクションを楽しみ始めました。暑さはマックスで、私は1つは一緒に回りしましたが、あとは土管の中で荷物番をしてました。

休憩タイムで、ヨッシースナックアイランドでお昼をいただきあとはお土産ショップ。そのうち孫たちも目的のものをクリアして合流しました。

娘孫たちはこの日に関東に戻る予定なので、午後3時にはUSJを出なくてはなりません。帰りの新幹線は指定席をとってあるのでその時間が目安です。朝早くからの入場、小学生なので体力的にも丁度ころ合いで満足して帰路に就くことが出来ました。

シニアの私は、休憩を多くとりながら炎天下よく頑張りました。孫が行きたいと言わなければもう来ることはないと思う場所を巡ることが出来て達成感を感じつつ、実家マンションに戻りました。

大阪へ-母との面会

大変暑い日々のまま、8月が始まりました。

今回大阪へ行くのは4月以来です。2月に母のところへ行ったことを記してからは、母のことを暫く詳しく書いてませんでしたが、母はここ数カ月で大きく変化しました。

2月に会った時、20年目の父の命日をしみじみ思いながら、母と筆談で話し持参したお菓子も食べてくれたあの時間はもう遠いものになっています。

コロナの縛りもゆるくなり、3月のお彼岸にまたと思っていた3月の初旬、その日は兄が面会に行く日でした。施設のミスで入浴の世話をしてもらっているときにストレッチャーから転落して頭と肘を怪我して、救急搬送されたのです。

兄が施設との交渉に当たり、当時の状況や時々の対応もしてくれ、私は入院治療することになった病院とZoom面会の予約をとって母の様子を見守りました。頭の傷は痛々しいものでしたが2週間くらいで施設に戻れ、お彼岸に施設に面会に行きましたが、その時は昼夜逆転していて眠っていました。

そして、その翌日にはそれは実は異変だったようで、再び救急搬送となってしまいました。尿路感染をおこして心臓に負担がかかり肺に水がたまったからで、高齢者がこの状況になると危ない状況であり、治っても繰り返すとの説明があり愕然としたのが3月下旬です。しかし、この時、点滴治療を数時間して入院するときには意識が戻り、兄と私をしっかり認識してくれました。そして、その後は見立てに反して回復しました。

しかし、元の施設には戻らない方がいいというアドバイスに従って、今の療養型病院に転院することになりました。当時コロナの影響で、入院してしまうと一切面会ができなかったのですが、転院移動のときだけは付き添えるので兄と二人で付き添いました。母は半分わかっているくらいの認知レベルのように感じました。4月下旬のことです。

転院先の病院も面会は出来なかったのですが、Zoom面会が週1回出来、その後月2回面会も出来るようになりこちらは兄が行ってくれています。

この面会枠を使って、今回長女が夏休みを利用して子どもたちを連れて来てくれることになりました。と言っても、2時から3時の間の15分間だけで、2人まで。子どもは面会できません。その間1階の待合ロビーで待ってもらいました。

私と娘で貴重な15分を過ごしました。母は眠っている感じでしたが、時々薄目を開けたりで呼びかけに少し反応してくれ、娘は喜んでくれました。

短い面会ですが、実現できてうれしく思っています。