夏旅行つづき… 松島観光

夏旅行から戻って1週間がたちましたが、もうずいぶん前のことのような感じがします。

E8CA5DA2-E0D6-4AE8-9604-271BEAE5D980夏旅行は、目的の花火を無事観覧した後は、今まで経験したことのないタイムスケジュールで宿に戻りました。深夜の道の駅で休憩し、予定より早くホテル到着で26時。急いで24時間入れる天然温泉に。午前3時頃ですが混雑! でした。

そんなわけで、流石に翌日はホテル10時出発です。

二日目は、仙台市近くの松島を観光しました。東北方面へは旅行でないと行く機会がないので、有名なところですが初めての場所です。お昼に松島に到着、150分自由行動で午後2時に集合したあとは、一路バスで戻るというスケジュール通りに観光することができました。

 

東北自動車道から仙台市あたりに近づくときは、震災の時のことを思い出しつつ、しばらく行くと風光明媚な松島湾が見えてきました。

まず、遊覧船を申し込んでいたので、そちらへ。小型の船で、運転手さんとガイドさんが直に島の説明をしてくれました。湾の島が津波を多少緩和したということでした。伊達政宗の菩提寺である瑞巌寺前の木々は震災の津波で倒されたとかで、大きな切り株が見られました。

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短い橋で渡れるところにある、五大堂からは、松島湾が見渡せて、良い写真スポットでした。

F26D0C3B-DB81-4FE9-B3CD-F637F65D190C食の方では、笹かまぼこを焼いて頂くという体験工房や、生ガキも焼きたてが食べられました。お土産店では、ズンダの〇〇というお菓子が沢山ありました。

 

A3A49C42-FBA6-43AC-9FCA-6DBC26C2632Eお寺があり、海があり、観光地化しているところなど鎌倉に似た風情と感じ、実際このお寺(円通院)の入り口などは、よく似たお寺が鎌倉にもあったと思います。

松尾芭蕉が、まつしまや・・・と詠んだ場所はどこだったのかと思いつつ、帰路に就いた次第です。*パンフレットによると船で見た島の1つでしたが、素通りでした。*

帰路は、行きと同じ、2時間を目安のパーキング休憩で戻りましたが、途中羽生Pは、趣向が凝らされた建物でした。時刻は午後6時過ぎ、毎日の母への電話をかけて旅の無事を知らせ、順調に戻りました。

 

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夏旅行―大曲の花火を見に

8月の大曲の花火大会というのは、毎年最終週の土曜日と決まっているそうです。

今回で93回目の開催だそうですが、第5週になったのは初めてだとか。しかも、8月31日なので、夏旅行といってももう秋へのスタートが始まる中、まさにこの夏をしめくくる打ち上げ花火となりました。

お天気が最後まで心配だったのと、旅行申し込み時に、「バス駐車場から花火の座席まで80分から90分行きも帰りも歩きますがよろしいですね」の念押し。25名集まらなければツアーは取りやめるということでしたが、無事に集まったようで、早朝6時の集合にタクシーで向かいました。

9年前のねぶた祭のツアーを思い出す長距離バス旅行ですが、距離は正直で、青森までよりは若干短く感じられ、17時に会場近く?の駐車場に到着できました。

3A340574-9352-40FF-AE24-B1F4D05ABC32大曲の花火会場周辺は、田園が広がっていました。雄物川の河川敷に会場が用意されていますが、そこに向かう人の数はまさに大群衆と言えるでしょう。添乗員さんの言うことには、昨年は75万人が観覧したということです。

今まで、夫が花火を好むこともあり、家族や夫婦で何回か他の花火大会にも行ったことがありますが、大曲の花火は独特のものがありました。花火師による花火が27。その途中に、スポンサー提供花火が6。8時45分ころには大会提供の花火ミュージカルという風に色々な花火が見られました。花火師の花火は、それぞれ①10号打ち上げ花火 ②10号の自由玉 ③創作花火という風に、花火師1つにつき3つ見せてくれます。

花火師の創作花火は、音楽付きで趣向が凝らされていて、音と光で幻想的な気分にさせられます。スポンサー提供花火もさらに大規模に美しく、終わりが名残惜しい気がしました。

・・・

 

 

 

安野光雅展、最終日に

もう行きそびれたと思っていた美術館の今年の夏の企画展に、最終日に行って来ました。

今朝も朝起きたら、エアコンを入れた時と同じ27℃の涼しさだったのと、日曜日だったのが良かったと思います。

自転車で20分、まだ木陰は涼しさを保つうちに移動できました。家々も道々も、のんびりとした休日モードがまたうれしく感じました。

美術館には、開館30分には着きましたが、早駐車場も、駐輪場も8割埋まる混みようでした。若い家族連れや、仲間同士といった人たちが多くみられました。

企画展内もほどほどの人の入り。

「安野光雅」は、90過ぎでまだ健在の方。「ふしぎなえ」で絵本デビューした画家です。「さかさま」「ふしぎなさーかす」「もりのえほん」などの、視点を変えてトリック的に描かれている絵本の原画がまず展示されていました。他にも、科学絵本、切り絵、ポスター、デザイン画など。どれも、水彩で細密に描かれていて、1枚の絵からの情報量は沢山あり、退屈しませんし、絵そのもが楽しくきれいなものばかりでした。切り絵の方は、それとは全然違う楽しさのある―昔話に笑いを混ぜ込んだ文を含む切り絵でした。

出身地、島根県津和野の美術館に収蔵されているものがほとんどなので、この機会を逃したら原画を見る機会はなかったと思うので、思い切って今日行動できて良かったと満足です。

CA5E4D10-08D5-4190-91AF-C260582C13A1帰りの道々、今更ながらですが、毎年咲く街路樹の百日紅が、今年も暑さを感じさせることもなく爽やかに咲いていました。

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夏の終わりの花菜ガーデン

8月に入ってからずっと猛暑が続く毎日の中で、珍しく雨が降る予報。あいにく今日は、花菜ガーデンのサポーター予約を午前に入れた日でした。

 

詳しい天気予報では、9時頃から昼までは所により雨が降るがいったん収まり、その後14時以降また雲が来て大雨が降るという予報でした。

空は暗いけど家を出る時は降っていなかったので取りえず出発するも、途中で雨に降られました。しかも活動に来たのは私一人。

農作業に申し込んでいましたが、前半は園芸作業で、大きくなりすぎたポットの苗の剪定。後半、温室のニラの苗の植え替えをしました。これはなかなかの重労働。

今日の園内は、ほとんどと言っていいくらいゲストはいない感じに静まり返っていました。

天気予報はピッタリ当たっていて、雨は行きに降られたあとはだんだん回復、家に戻った後、午後14時過ぎくらいから大雨が通過して行きました。

夏もそろそろ終盤。家のブドウはもう少しで収穫できそうな様子。

 

 

夏の大阪行き

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富士川

昨年の夏には、実家大阪には行けませんでしたが、今年は行ってきました。

一昨年に、毎年の行事として、8月8日の施餓鬼参りに母と兄と3人で和歌山に行ってきたことが今更ながら遠い昔のことのように思い出します。

昨年の私の一大事と母の生活の変化はほぼ同時進行でした。一昨年暮れの母の入院、年明けて退院したのもつかの間、足の衰えから家での生活に不安を感じるようになり、サービス付き高齢者住宅に要介護2で入所。そのスタート時には、私も大阪に出かけ部屋を整えたりして、母の新たな生活がスムーズに行くよう働きました。が、その後は私の方に心配事項が発生してしばらく大阪行きは遠ざかざるを得なくなりました。

その間も、6時半からの電話タイムは習慣として、ほぼ毎日行っていて、施設生活のスタート時にかかわったこともあり、母の話すことや様子は手に取るようにわかりました。一昨年末、入院した母のために簡単携帯を購入したことが、今に至るまで功を奏しています。

ようやく一段落ついて、行くことができたのは昨年の11月、そして4月にも、次女夫婦を伴って結婚報告に行くことができました。

現在母は、今の環境に慣れて大過なく過ごせていますが、年々生活が縮小していくようなのが切ないことではあります。

0D821C11-95B2-4D2C-AC60-49AD75287185滞在は4泊5日、中3日間を母のところに訪ねて行きました。いつもは大阪単身滞在の兄がやっている、医院のお薬と食べ物の差し入れを引き受け、母宛の郵便物を届けて語らいの時を持ちました。郵便物の1つは母の甥からで、母の2番目の兄の遺作の絵画作品集です。絵を習ったことがないにもかかわらず、晩年認知症の妻の傍らで書き溜めた200枚にも上る絵。母と、伯父さんを偲びながら絵を楽しませてもらいました。

 

母のワンルームは、ベッドと車いすがある他は、大型収納とトイレと洗面があるのみ。そこへ、組み立ての収納台をニ〇リで買って毎回届けてます。今回3個目の木の台を組み立てました。ようやく、色々整理して使える部屋になりました。1つは机に、1つは飾り台に、今回のはベッド横のサイドテーブルとして。

 

滞在期間はあっという間に過ぎ、また毎日の電話交流の日々に戻りました。滞在中、初日はしっかり、あと2日はちょっと危ない感じの母でしたが、電話では母らしさのある律儀な応対に戻りホッとしています。母の活動の幅が狭まるに連れ、話の中身もワンパターン化してきましたが、まだ携帯電話の着信ボタンを押して話せることが大きな救い、私と母との大きな絆となっています。

 

ようやく夏がやって来ました

7月に入ってすぐの頃に行った花菜ガーデンでは拡張された蓮の池が見事でした。

七夕祭りは私だけが見に行きませんでしたが、夫の画像が素晴らしく、行ってきた気分です。

その後初めのうちは暑い夏を敬遠していましたが、来る日も来る日も曇天にもかかわらず蒸し暑い日々で、珍しく暑い太陽を待ちわびる気分を味わいました。

ようやく夏本番に!

まず着手したのが、梅干しの天日干しです。かれこれ50日も過ぎてしまいましたが。今回は、ちょっと変わった干し方でやってみます。これなら、鳥や昆虫の害は無さそう。

ブドウもきっと最近の太陽で成長のスイッチを入れ始めたことでしょう。この前袋の中を見ましたがほとんど変化無しでしたから。

この夏にやりたいことが色々あります。さあ、気分を上げて行こう!と思っています。

ぶどうの袋掛け

6月が一番美しいうちの小さな庭も、枇杷は葉っぱだけ、ドクダミ、クチナシは咲き終わり、今年も見事にたくさん花をつけたガクアジサイもピークを過ぎました。

これからは、気温上昇と共に虫の巣窟となるので、もう庭には近づきたくなくなりますが、ガラス越しの楽しみは、3年目にしてようやく実をつけたブドウの行く末です。

2318CCEA-1D50-43C4-937C-D134D626AE0Cこのブドウは、以前はイチジクを植えてあった場所に植えたもので、山梨に出かけたときに苗木として売られていたのを購入しました。確か3本買いましたが、この1本だけが育ってくれました。昨年、一昨年は葉を伸ばすばかりでしたが、昨年の夏の終わりにブドウの実らしきものがようやくつきました。冬が来て初めての実は育ちませんでしたが、春が来て期待通り実をつけてくれたのです。

BCE86FE5-2AF9-4C2C-808D-0906501D37B6さて、とにかく植物、作物育成に疎いので、肥料などは昨年の秋の残りを春先に施した以外は何の手入れもないままです。でも、数えるところ10以上の房をつけはじめたので、よく見かける袋をつけるべきかと思い、ネットからも情報を得て、今回新聞紙で作った袋をとりつけました。

晴れて乾いたときにつけるそうなので、2日間晴れた今日しかないと思い、とりつけました。上部は食パンの袋の上とかをしばっているあの針金で止めました。

全部で、14房ありました。大きく育つでしょうか?品種も不明なので、どんなブドウになるか楽しみです。作業終了後、ほどなくして雨が降ってきました。新聞紙の袋大丈夫でしょうか?

うちの庭、しばらくは、ブドウに注目して暮らしたいと思います。

箱根あじさい電車

箱根は日本有数の観光地ですが、うちの家はその観光地に割と近いのがラッキーであり、うれしく思うところです。

B89DDEE7-52AF-453B-844D-9E6B7F38EC0D大概夫の運転で出かけることが多いですが、今回は珍しく電車で行くことになりました。それというのも、目的が箱根登山電車、今の時期は通称「あじさい電車」に乗ってあじさいを鑑賞することだったので。10時に家を出発しました。

箱根湯本までは電車で何回か来たことがありましたが、そこから先の電車には乗ったことがあるかもしれませんがあまり記憶には残っていません。あじさいの頃に乗るのは初めてです。

箱根湯本の乗り換えで慌てて乗った電車は一番後ろの車両。全部で3両で、坂を上る電車なのでゆっくり走るものの、車両間移動はできません。

アナウンスによると、この珍しい山を登る登山電車は100年も前にできたもので、終点の強羅まで13km、その間トンネルもたくさんあり、合計2kmにもなるということです。電車が1台通るだけのトンネルですが、100年前の技術のまま戦災にも耐え今に至っているそうです。また、山では方向を変えるのがむつかしいので、3か所でスイッチバックを行って登って行くのだそうです。

なので、一番後ろの車両は、2回先頭車両に変わりました。

C3241DD8-1309-46C1-AA01-D6ACE6443F42終点の強羅駅からはケーブルが出ていてさらに上へ上っていけますが、今回はお昼をいただき強羅駅周辺を散策して戻ることにしました。強羅公園に数年前に来たばかりでしたので、その周辺を歩きましたが、急坂、横の道は平、というような地形で登って下って戻ったという感じです。

帰りの電車は、先頭車両の一番前座席に座れ、あじさいの様子もわかっていたので、ゆっくり堪能して戻ることができました。

買物もして家到着は17時、明るいうちに帰り着きました。

 

久しぶりの梅仕事

今の季節は、収穫された梅を使って、梅干し、梅酒、梅ジュース、梅ジャムなどを作りますが、それぞれ細かい作業が必要なので、梅仕事という言葉が生まれたのでしょう。

今日は、それが久しぶりに実感できる日でした。

梅には今までも十分関心を持っていて、梅ジャムから始まり、梅干し、梅ジュース、煮梅など、年によって何かしら作って来ました。昨年はそこに気づくことなくなく季節が過ぎていきましたが。

数日前、夫がたまたま6kgもの梅を持ち帰ったのが始まりです。2袋あり、大きいほうの袋には南高梅と十郎が、もう一つは名前は忘れたということでした。南高梅は通常よく見かけるサイズで、十郎はかなり小さいものでしたので、まずはその2種類を種別しました。ざっくり、南高梅1kg強、十郎3kg。もう1つの袋の梅は、南高梅よりは小ぶりだけれど小さくもない梅で、傷みの激しいものや、ヤニ果発生という感じでしたので、急いで洗うとともに使えるものと使えないもの選別をしました。

その状態で、この梅をどのようにするか思案しました。まず、梅ジュースにするにも砂糖の在庫が足りないので、昨日氷砂糖1kg、上白糖1kgをとりあえず買い、梅酒の瓶を開かずの扉の奥から取り出しました。(それで、昨日は古いものの整理など横道にそれてしまいました)

ED63DFE9-1D36-46C0-9B45-8A020567B11A昨日のうちに瓶の消毒なども終え、痛みの激しかった3番目の梅のキズを切り取ってヘタをとる作業、原形がしっかりあるものから600g選別するところまでをすませました。

今日は、選別した600gに、氷砂糖500g、ホワイトリカー1リットルで梅酒に仕込みました。残りの梅は梅ジャムに。

 

次に、十郎のヘタ取りを延々としながら、ここでも仕分け。ほぼ無傷のもので梅ジュースを作ります。1.5㎏ジュースに使える梅が選別できました。選別しながら無傷と無傷でない判断が時間経過とともに厳しくなったり甘くなったりする自分に気づき、ボーダーラインのところに沢山集まる現実を実感?したりしていました。

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1.5kgの梅を梅ジュースにしたのは初めてかもしれません。以前大きいのを買って失敗したと思っていた瓶が役立ちました。

01E7D5CA-4D1B-4FF1-8887-9FF3727E1923あとは、南高梅です。せっかくだから梅干しにしたいと思いました。梅干しは、何年か前、数年間ぐらい毎年作っていたころがありましたが、今はその情熱はありません。けれど、さらにさかのぼるころ、確か8パーセントの簡単梅干しの作り方を教わって作ったことがあることを思い出し、昨夜そのレシピを探し当てました。(ブログを始めて間もないころの記事へのコメント

 

そんなわけで、梅仕事、無事に色々種分けして終了しました。まだ、十郎の痛んだ1kgが残っていますが、これは近日中にまた梅ジャムに変身させようと思っています。

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梅雨の前の花々

3FEE9F78-0206-4B82-B245-CFA44949E6D5無事スマホ1ギガ未満をクリアして、6月を迎えました。気が付くと、家の周りはドクダミの白い花に包まれています。ドクダミの花は、梅雨に入る前に咲くそうです。

広くないうちの庭も6月になると数種類の花が咲き始めて、1年中で1番美しい庭となります。春に芽を出した若葉が青葉となりボリュームをつけ、最盛期に向かって生命のエネルギーを発散させているからでしょう。

植えてから毎年葉を広げるばかりだったブドウの樹も今年は期待できる実をつけはじめています。そして、昨年は枯れるのかと思われた枇杷の木が息を吹き返し新しい葉を茂らせたのもうれしいことです。クチナシはもうしばらく時間がかかりそうです。

 

さて、6月10日は時の記念日ですが、私の所属団体では5年に1度の生活時間調べを行っていて、6月1日より1週間、1日1440分をどのように使っているかを記録しています。もちろん強制ではありませんが、いい機会と思い入会以来、参加してきました。

ありのままでも良し、これを機会に有効な時間を使うように努力するのもその人次第です。

今回、私は個人目標として、毎日外歩き30分以上をカウントしたいと願っています。そんなことで、昨日は久しぶりに近くの川沿いをウオーキングしました。

川沿いの花も気づけば、様々な変化を見せていました。これからの花としてアジサイが形も様々に色づき始めています。

 

今までも楽しませてくれた川の道、ウオーキングの醍醐味を今回もいただけました。