秋の公園

3連休の最終日、長女が子どもたちを連れて家に立ち寄りました。前からの計画で、家近くの総合公園のふれあい動物園に連れて行くためです。

お土産を渡して見送るつもりでいましたが、この日は台風が去った後の爽やかな秋晴で、家にいるのはもったいないようなお天気だったので、一緒に行ってもいいかしら?と、迷いつつも行くことになりました。

この公園は駅方面に行く時にいつも横を通るところですが、ふれあい動物園や子供の遊具のあるエリアには随分長らく行ってませんでした。今回は、メタセコイアの並木道に近い当たりに車を止め、そこから進んで行きますと、まるで初めてのところに来たかのように新鮮な感じがしました。わんぱくランドの手前にバードウオッチングができるコーナーがあり、わんぱくランドは最近リニューアルしたようで、随分魅力的な遊具が並んでいました。そして、子供連れの来場者がたくさん訪れていて、びっくりしました。

ふれあい動物園は予約制で整理券をもらって、15分間入れます。ポニーの乗馬発券も数に限りがあり、午後は1時から販売開始でほどなく終了となりました。

長女は計画的に事を運んでいて、整理券とポニーの券を並んで手に入れ、檻の小動物を見て、お昼の場所を確保し遊具で遊び、午後はふれあい動物園で、モルモット、ひよこ、ハムスターなどを膝に乗せふれあって、ヒツジとヤギにえさをやり、ポニーの乗馬を楽しんで帰るというコースでうまく進められました。

目が届く範囲で子どもが楽しめるのが良かったと思います。木々も茂っていて森林浴もできますし、松ぼっくりやドングリ拾いも楽しんでいました。

もちろん、マスク、手洗い、手の消毒の感染防止対策はみなさんとっていましたので、危険を感じることはありませんでしたが、早く以前のように心配なくあちこちの公園をもっと楽しめる時が戻りますようにと願いました。

母のこと

昨年よりのコロナ禍で生活スタイルが激変していることもありますが、母との交流も随分変わってしまったことを思います。

母は父が亡くなった後は、一人暮らしの日々を14年ほど過ごし、5年前からは北海道在住の兄が大阪に仕事を見つけ、単身赴任の形で北海道と行き来して一緒に住むようになりました。

父が亡くなった直後から、足のしびれなどが出ていて、年齢と共に筋力も衰えるようになり、兄が住むようになる2年位前頃には、スポーツジムはやめ要支援の認定を受けて、デイサービスで足を訓練するスタイルに切り替えていました。一人暮らしに不安を感じるようにもなっていたと思います。

それで、離れて住む私の出来ることとして始めたのが、実家への帰省を増やすことと、毎晩定時に電話することでした。帰省の回数は遠方でもあり、年4,5回くらいにしかできませんでしたが、電話の方は、欠かさず日課となり、その日のことを語り合うことでお互いに安心することが出来ました。これは、兄が住むようになってからも、ホームに入るようになってからも、入院の時も、こちらが旅行の時も、かけられない事情のある数日を除いて毎日続きました。

しかし、ここ1年は母の認知度がさらに下がったこともあり、話す内容が決まってくるという感じになり、今年の1月には電話がなかなか取れない事態も出てきていました。ホームの人に様子を見てもらいやっとという状況でした。自分で取れた最後の電話では、「ああ取れて良かった!この頃、目も指の力も無いから」と。約2,700日の母と私の電話交流が終わりました。

そして、全くつながらなくなった数日後にホームに電話して調べてもらったところ、携帯電話が紛失していることがわかりました。電話で話せず、面会も出来ないとなると、母とのつながりが絶たれてしまうと焦りましたが、コロナ禍でもありホームの方で、ホームのタブレットとのラインビデオ通話を予約して利用できることを知り、今はそれを月に1,2回利用して母と話をしています。

これは母の顔が見られるので、様子が一目でわかるメリットがありますが、電話と違って画面越しに対面して話すので、うまく聞き取れないようで、ほとんど会話らしい会話ができていません。しかし、顔が見られるだけで目的は果たしているかなと思うことにしています。このビデオ通話の初めのころは、これは何?と不思議そうに合点がいかない様子でしたが、最近では、「久しぶり、元気そうね、足が悪いのでね、また来てね」とか話してくれています。

母の顔を見る限り元気そうで、持ち前の順応性で、あまり悲観せず過ごせているなら良しと思うようにしています。母のホームは、住宅型の有料老人ホームに分類される民間のリーズナブルなホームですが、市内にたくさん展開していて、実績のあるグループの新設された施設に入れたという良さがあります。介護スタッフは若い男女の方中心で、明るい雰囲気があり、食事は厨房で作られた温かいものを、4人テーブルでいただいています。

コロナ禍だからか、もともとかはわかりませんが、催し物はあまりやらないようです。ただ、母の場合、ケースワーカーさんの配慮で週に1回、散歩をかねた買い物に連れ出してくれる(30分)というのがあり、それはコロナ禍でもきっちりやってくれているようなので1つのメリハリにはなっていることでしょう。なので、面会が出来ないなら、この時間をねらって会いに行けば、外で会うことは出来るのです。それを兄が時々やっています。

昨日もビデオ通話で母の顔を見ることが出来ました。この先、大阪に行ける日は来るでしょうか?そのチャンスを逃すことなく備えたいと思うこの頃です。


春にも秋にも咲くタンポポ

東京オリンピック終わる

2回目の東京オリンピックが終わりました

この17日間は、印象深い日々でした。57年前にくらべて映像技術が格段に違うこともあり、無観客開催とはいえ、家で見る分には十分すぎるぐらいですし、また全世界の人が共通に見る映像なので世界は1つであるという思いも感じられました。

開会式の前にNHKで2019年の大河ドラマ『いだてん』総集編がやっていて録画したのを翌日見ました。当時視聴率が低く色々言われていたようでしたが、1964年以前のオリンピックの歩みが世界情勢と重ねてよくわかりましたし、人々の熱意も時代を超えて共通するものを感じることができました。落語の小噺の語りに合わせ、秀逸な描き方と今更ながら思いました。中村勘九郎が地下足袋で東京聖火ランナーの最終走者なのもここで納得した次第。

8/3には検診の予約があり、東京入り。いつも通り東京メトロに乗り換え最寄り駅で降りましたが、平日の車内、混雑はなく、外国人の姿もなく、病院周辺も全くオリンピックを感じさせるものがなかったのがかえって印象に残りました。余談ながら、この日、私は33年ぶりに東京在住の知人に会うことができました。特筆事項です。

さてオリンピックの話では、競技種目がたくさんあるのが印象に残りました。そのたくさんの種目に開催国日本の選手が必ずいて、しかもどれも活躍していたという印象です。しかし、その明るい映像と並行して、毎日のようにコロナの感染拡大が伝えられるという状況。正直ハラハラしましたが、パンデミックの中の世界の大イベント、中止となっていたら、アスリートの皆さんの努力は空しいものとなり、こちらに発信されることもなかったことを思うと、無事に日程を終えることができ良かったなという思いです。

そして、閉会式。今回は、スカパラ演奏が始まってから30分ほどは、入浴タイムで抜けましたが、あとは最後まで視聴しました。。やはり、光の五輪は映像として素晴らしいと感じました。木の服をまとった、ダンサーの踊りは木の精と思うならば感じるものはありました。盆踊り披露や、日本の夏を感じさせる静かな映像、宮沢賢治の「星めぐりの歌」で静かに聖火が消えるのを見届け、最後のARIGATOUの演出。

コロナ禍の日々の、ひとときのオアシスの時間でした。

梅雨が明けて1週間

ー東京オリンピックの開会式がありましたー

お天気が安定してから、1週間が過ぎました。太陽が姿を現すと、今の季節はどんどん気温が上がり熱中症にも気を付けなければいけない猛暑が続いています。

しかし、こんな時を狙ってすることもあって、週半ば、梅の三日三晩の天日干しをしました。簡単冷蔵庫梅干しですが、それなりに出来上がるので私向きと思って仕込みました。

週半ばにもう1つ発見がありました。今、庭にはブドウが少し実をつけるも、他の植物は、花が終わったアジサイ、実が終わったビワ、葉が汚れつつあるドクダミ、そして花が終わったあとドンドン枝を伸ばすモッコウバラなどで、この枝を剪定するために、庭に出たところ、なんということでしょう!アジサイが大きくなりすぎて、その枝の下に隠れてしまった、クンシランが長い茎をのばして、花を咲かせていたのです。

残念なことに、気づくのが遅く、もう終盤でしたが。冬に移植しようとしたのですが、恐ろしく固く根を張っていてびくともしなかったから、土台がしっかりとした植物なので、こんな技を見せてくれたのだと思います。


さて、ついに東京オリンピックが始まり、昨日はその開会式でした。競技は二日前から始まっていて、開会式に向けては今までの歩みを振り返る番組などもあり、賛否両論ある中、スポーツ選手だけでなくそれに向けて多くの人が力を注いで来たことを改めて感じました。新競技場の建設、ホストタウンのおもてなし準備、選手たちの1年延期による悲喜こもごもの今など。

開会式は、57年前は快晴の空の下でしたが、今回は午後8時から。映像と花火で始まりました。聖火がともるまでの4時間弱、それこそ入浴、食事を済ませて終わりまで見ました。まるで紅白を見るときのようなパターンと思いながら。(もっとも、紅白をそんな風に見たのは遠い昔ですが)

開会式の印象は、悪くありません。映像と実写がうまく調和がとれていたと思います。コロナ禍の今も映し出していたし、最新の技術や細かいところの環境への配慮や、日本の伝統の表現、日本の文化の表現、日本のシンボルの表現がなされていたという印象です。前回は、戦後からの復興であったとしたら、今回は円熟したところをとどなたかが言ってましたが、私もそのように思いました。

森林の国であり、昔も今も木の匠の国であるとのメッセージが感じられました。印象に残ったものは、多くの人と同じで、1824期のドローンによって空中に描き出された地球と、ヒストグラム50競技の実演。

今、日本の周辺には台風が次々出番を待ってる感じですが、どのようなオリンピックの夏になるのでしょうか? アスリートの活躍を楽しみにしたいと思います。


フライパンの買い替え

フライパンを新調しました。

今までは、テフロンのフライパンを使っていましたが、半年くらい前からそのテフロンの一か所がはがれたのか炒め物の度に、そこが焦げ付いたり、洗ってもこびりついていたりで、早晩買い替えなくてはと思いつつ使っていました。

こんな思いは初めてではありません。同様な経緯でここ10年くらいで3回目の買い替えです。フライパンは今回の26cmサイズの外に、22cmサイズも使っていてそちらは鉄製で、同じくらいの頻度で使っているにもかかわらず、問題なく使えています。

ということで、今回はテフロン加工のものはやめて、鉄素材、なるべく長く使えるものを購入したいと思い、ネットで探しました。品質は価格にも比例するけどあまり高いものはと思い、4,000円~6,000円の範囲で検索して見つけたのが、今回購入したものです。

「極めて錆びにくく、かつ強靭な夢の鉄フライパン」と説明されていました。なんでも、ただの鉄板ではなく表面に「窒化鉄層と酸化鉄槽」を特殊熱処理されているからだそうです。価格は5,979円。申し込みをした二日後に届きました。

取説に従って初回油ならしをし、使うときも、今のところ油返しもどきをして丁寧に使っています。だからなのか、今のところ問題なく、満足して使えています。

余談ながら、今回配送無料でしたが、必須条件ではないけれど、できればお買い物レビューをお願いします。とあったので、同様な内容をレビューしました。長く使ってからレビューしないとまだ真価はわからないかもしれませんが、とりあえず☆☆☆☆☆で。

また、今回のきっかけで、古いフライパンや天ぷら鍋の大小、オイルポットを処分しました。揚げ物料理は、22cmフライパンで少量の油で裏表揚げ、残り油はその都度牛乳パックに入れて燃えるごみで捨てるので、もう必要ないからです。

何を使い、何を使わないかが決まると、場所がすっきりとしていくように思うこの頃です。

コロナワクチン接種

 ―予約から2回目終了まで

まず政府の方針があり、その後各市町村ごとに実施されるという流れでしたが、当初の予定から1、2カ月遅れる感じで進んでいったように思います。ここへ来て、その遅れは若干取り戻せている感じはします。

医療従事者の次の高齢者の接種は、うちの市ではまず4月に75歳以上に接種券が送られ、集団接種が始まりました。かかりつけ医での個別接種は半月位遅れて5月下旬からです。その後、65歳から74歳は5月中旬に接種券、6月中旬には64歳以下60歳までという予定で、順次送付されています。

その後、接種券送付については、6月に入ってから、接種会場が増えたこともあり、40から59歳7月中旬、30から39歳7月下旬、29歳以下は8月以降と早い時期にすべての年齢の人が接種できる体制になってきています。

予約は、はじめ、接種券が届いたその日にスマホから申し込んだにもかかわらず、集団会場の8月しか予約できませんでしたが、その後情報を得て、個別接種の医院に電話で申し込み50分の末つながり、6/10、第1回目を予約出来たときはホッとしました。電話の1週間後だったので、緊張感もありましたが。

1回目、当日は、かかりつけの医院ではないので地図で確認しながら、夫と自転車で20分ほど走らせ見つけました。マンション1階の小さな医院で、受付が何人か並んでいましたが、すべて接種のために来た人ばかり。受付で問診票のチェックなどをして暫くすると別室に呼ばれました。その部屋には6人集められてのち、ドクターがやってきて順に接種。終わるとナースがタイマーと呼び鈴を置いてその後の説明をしてくれました。

何事もなく無事に終え、まっすぐ家に戻りました。接種時の痛みは軽いもので、その日のうちは腕の痛みを含め何も副反応はありませんでしたが、翌日患部を抑えると軽く痛いことに気づきました。しかし、これもその翌日にはなくなりました。ちなみに、夫の方は、当日は腕が重く感じられ、2日目は腕全体の筋肉痛があると言ってましたが、その翌日には治ったようです。

2回目は、その3週間後。あいにくその日は雨天だったので、夫の車で接種に向かいました。医院の駐車スペース、何台か駐車できるはずでしたが、うまっていたので、ごく近くのレストランの駐車場に止めていくことにしました。この駐車場はコインパーキングになっていて、レストランを利用すると2時間無料券がもらえるというシステム。運よく1台空いていて止めることができました。接種は、1回目とほぼ同じ要領で行われ、2回目なのでこちらもリラックスして受けることができました。

2回目は副反応が出る場合が多いと聞いていたので心配しつつも、ちょうどお昼の時間帯であったので、駐車したレストランでランチをして、戻りました。ちょっとしたことですが、この流れは気分的にゆっくりできて良かったです。副反応の方は、接種直後から患部の痛みが少しありましたが、翌日になってもそれ以上の症状はなかったので、午前の集まりにも参加できました。しかし、その後は軽い疲れ感と眠気(これは1日目にもあった)がとれず、ゆっくりと数日を過ごし今に至ります。並行して、接種患部もかゆみを伴って広範囲に赤くなりましたが、今は収まりつつあります。夫の方は、接種当日、腕全体の筋肉痛、翌日は全身倦怠感と筋肉痛で発熱しなかったものの病人のように1日を過ごしていましたが、その翌日には治ったようです。

ネットニュースを見ていると、接種後の副反応について様々な記事が出ています。重篤な記事を見ると接種を迷うのは当然で、私も高齢者でなければ一番最後にうつ人だったでしょう。しかし、病気をしたときに処方される薬のリスク、手術の時のリスク、放射線を使う検査のリスク、それら以上に大きいリスクであることもないのではと感じました。

あとは、言われている通りの免疫がつくことを願うばかりです。

花菜ガーデン活動ーふたたび

花菜ガーデンのサポーター活動を再開しました。今年度になってから3回、園芸活動に参加しました。

昨年度は、コロナ禍で登録の更新もできないまま1年が過ぎ、ただでさえ少ない参加の私は、秋に3,4回参加したきり、今年度に突入しました。

コロナ禍はまだ収束していませんが、対策ができるようになり、更新もして新たなスタートができたことはうれしいことです。2020年に10周年を迎えていた花菜ガーデンは、園内、気合を入れたリニューアルが進んでいて、楽しいガーデンに変化しつつあります。

5月の園芸活動では、1回目がバラの花柄摘み。嵐の後だったので、大量に傷んだ花柄をカットしました。ローズフェスティバルは終盤に差し掛かっていましたが、春バラの見どころのつるバラがきれいに咲いていました。

2回目は、三日月山の植え付け。この日は千日紅の苗を植えましたが、足場がぬかるんでいて、長靴に履き替え頑張りました。

3回目は、6月に入りハナモモの実を採る作業をしました。小さな梅の実のような実がたくさんついていて、放っておくと木が弱るということで時間いっぱいもぎ取りました。

6月になると、バラは終わり、ユリの仲間がきれいに咲いていました。それとアジサイも園内外で美しい季節です。

さて、リニューアルした花菜ガーデン内のあちこちにちりばめられたアルファベットが気になります。思いがけないところで見つけると楽しく、26文字隠れているのなら探してみたいところです。

楽しく平和な園内と対照的なコロナ禍の世の中。ですが、オリンピックに向けて、ワクチン接種のスピードが加速されています。

政府が言う、7月末までに高齢者の接種終了に向けて希望者全員に道が開かれている感じがしてきました。同時進行的にそれ以下の年齢、また職場、学校でも接種する動きです。副反応もろもろの迷いを振り切って、集団として早くコロナ禍から逃れられますように。

雨の日の慶事

5月は気温も上がり、爽やかな晴れの日が多いので1年で一番お出かけがしたくなる季節です。それを期待して、それぞれの予定も考慮して、Yちゃんのお宮参りを19日に予定しました。

当日集まる6人のうち、晴れ男、晴れ女が二人、曇りが1人であとは不明でしたが、あいにくちょうど雨にあたってしまいました。

コロナ禍も鑑みて、やらない選択もありますが、万全を期してやりたい想いが勝り、当日を迎えました。祈祷をしなくても参拝だけでも、短時間でもという、揺れる思いの中結局、祈祷を申し込み、恙なく終えることができました。

お宮参りの神社は、候補の2つのうち小さい方を選び、密を避けたようですが、小さくても内宮と外宮のある由緒ある神社。初めて訪れましたが、小ぢんまりとした敷地内はすっきりとしていました。

晴れていて人も多かったら、多分参拝だけで済ませたかもしれませんが、この日は予約もなかったので、Yちゃん1件のために準備してくださり、貸し切りで祈祷していただけました。宮司さんと巫女さんの二人で行われましたが、巫女さんの舞が見られたのは新鮮でした。祈祷中、Yちゃんが泣くこともなく長時間にもならず、よい時間が過ごせました。靴のまま宮の中に入り、椅子に座る式だったのも助かりました。

5月の雨の日でしたが、天気予報では、今年は間もなく梅雨入りするとか。1カ月も季節が前倒しになっているようです。何はともあれ、記憶に残るよい時間が過ごせたことに感謝です。

また、Yちゃんを抱っこしたときに、こちらの顔を見てニッコリしてくれたことで、大きな活力をいただけました。Yちゃんの健やかな成長を願ってます(バーバ)

*雨の中の我が家の植物たち

洗濯機 旧→新へ

新しい洗濯機はドラム式で、11kgまで洗えます。今までの洗濯機は、7kgまで洗える普通の全自動洗濯機で、故障もなく使えていました。この度、新しく買い替えるきっかけとなったのは、2つ。

1つは、昨秋、寒くなる前に時期を変えて2度ほど洗濯機の後ろの窓に虫が発生したことがありました。原因はわかりませんが、夫は洗濯機の排水溝から上がってきて、洗濯機にも住み着いているかも?と予想、私は2重窓の向こう側にも虫がいたことから、外から侵入したとも考えられると思っていました。

そして春が来て、また虫との格闘の季節になり、次の発生は何としても避けたいと考える夫。

もう1つのこととしては、娘の家にヘルプの日々を送る私。娘の家には、新しくしたばかりのドラム式洗濯機があり、その使いやすさ等々にすっかり魅せられていて、夫にも次に買うときにはドラム式がいいと思うわと宣言していました。娘の友達が絶賛していたのでドラム式にしたという言葉に納得しつつ。以前は、ドラム式は大きいので、うちの場所には置けないだろうということと、乾燥機能はそれほど使わないという理由で除外していましたが。

以上の2つが重なって思いがけない展開で、予定外の購入をすることになりました。決めると早く、連休中に配送設置で、快適な洗濯ライフを開始しています。

ちなみに、購入した洗濯機は、娘の家のと全く同じ製品で、左右の開きが違うだけです。なので、すでに使い慣れていて上々の使い心地です。乾燥機能も時間がかからず低コストだそうでそれも期待できますが、まだ使っていません。普通の洗濯でも、水の使用が少なく、洗濯時間が短いのも魅力。洗濯後は槽クリーンをしてくれるなど、カビ対策もクリーンな感じにできるのがうれしいです。

以前の洗濯機、まだ使えるのに…という思いもありましたが、マイブログを遡ってみたら、14年前に買ったことがわかりました。さらに以前の洗濯機が15年で故障して買い替えたとあったので、突然の故障となる前に買い替えられたと思うことにします。

洗濯機に虫が住み着くことはないということですが、今回配管のところも工事で取り付けてもらったので、ここからの虫の侵入を疑うことはなくなりこの問題も解決しました。

4月が過ぎて

早、5月のゴールデンウイークに突入しました。

3人目の孫が生まれ、母子ともに元気に退院してから4月の終わりまで、娘の家に数日いては自宅に戻る日々を過ごし、先日めでたくその日々を終えて元の生活に戻りました。

2カ月弱でYちゃんは、1kg以上体重が増え、今は人の顔を見れば極上のほほ笑みを向けてくれるようになりました。成長めざましい赤ちゃんのペースに、枯渇しかけた力の蘇りを感じる日々であり、2人の娘と2人の孫(全員女)のときを振り返り、次女と語る時間でもありました。

その間に、花の季節は次へと移り、今は新緑の眩しい季節となっています。

コロナ禍の先行きはまだ不透明ですが、引き続き注意を怠らず、新しい歩みを始めたいと思います。