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5月のレポート③

さて、いよいよ当日の朝を迎えました。長女と私は手早く用意を済ませ朝食を急いでいただきホテルを後にしました。予定通りにJR新今宮駅➯西九条乗り換え➯桜島駅で下車し、万博のシャトルバスの乗り場へと急ぎました。

このバスも11月頃にスマホから申し込みました。というのも万博のチケットは購入した後、入場する日を登録しなくてはなりません。その際に何時に西、東どちらのゲートから入場するかを決めて登録します。当時はまだ夢洲駅が完成していなかったので、このシャトルバスの8時台のチケットを購入し西ゲートから入場することにしたのです。

いざ行ってみると、8時台の予約の人の多いこと!乗り場まで大きく回されて、並び待ち、無事電子切符上手くOK,通過、次々とくるバスに乗り込みました。乗ったタイミングで座れず、立ったまま海の景色を眺めながら25分万博会場にたどり着きました。

入場ゲートまでもまた回され、遠くそして並び、手荷物検査の後、無事に入場することが出来ました。入場のQRコードは、あらかじめ首にぶら下げるグッズを注文してあったのでスムーズでした。

西ゲートは、帰りの東ゲートと比べ裏側感は否めませんが、こちらにもみゃくみゃくがお出迎えで思わず記念撮影を何枚も! 周辺にはガンダムの館とモニュメント、吉本の丸い笑顔のパビリオンが見えました。うわさの大屋根リングの下は影で涼しく、その先にはエスカレーターも見えました。

10時予約のパビリオンにまだ時間があったので、待ち時間無く入れるEUパビリオンに先ず入りました。そう広くないスペースでしたが、映像の工夫が感じられ楽しめました。

唯一、予約のパビリオン近くに来ますと何とガラガラだったのでそのまま入場。この後近くの外国パビリオンを2つ入場。そして、エレベーターで大屋根リングの上に!

見晴らしがよく、両側に草花が咲いていて、気持ちの良い場所でした。道が二つに分かれている場所もあり、より高い方の道を少し歩いてみたりしました。万博会場は広く、この高い方でも遠くの反対側の道を見ることはできませんでした。

下に降りると、人が増えてきているのが明らかに感じられ、団体の子どもたちも見かけました。大屋根リングの下のいくつかにキッチンカーのようなお土産販売車が止まっていて、物色したりしているうちに時間も過ぎ、退場予定の12時40分が近づいて来たので東ゲート付近へと移動。

こちらはメインゲートにふさわしい空間の広がりの中、日付の付いたみゃくみゃくスポット。NTT、大阪ヘルスケア、パナソニック、三菱、などのパビリオンが並んでいました。オフィシャルショップもゲート付近にあり、ここも昼間から入場するのにも行列ができていました。

あっという間の、3時間40分でもともと予約していた午後3時30分からの日本館は向こう側で外観も見られませんでした。西ゲートから入場して北側の半分をどうにか眺めて退場したという感じですが、この日の夕方には関東に戻るにはこのスケジュールがマックスだったというわけです。

諸事情ある中、長女との二人旅はまたとない機会でしたし、何より今回の旅、特に二日目は荷物を肩にかけ、若者の速度で歩きに歩いた、歩けたことが不思議でもあり、私の体力にとってもマックスの旅だったというのが一番の想いです!また、心のふるさと大阪の万博による熱気、みゃくみゃくの熱気に元気づけられた旅でした。

5月のレポート②

長女と2人での大阪・関西万博への1泊2日旅行は、厳密には1日半旅行です。長女も小学生と中学生の2人の娘を旦那様に預けての1泊旅行は初めてということもあり、小田原駅に午後1時半に待ち合わせて新幹線に乗り込みました。

宿泊は新今宮駅から3分くらいのところにあるホテルで、8階の窓からは通天閣が眺められました。ホテル到着は夕方でしたので、チェックインしたあとは夕食を兼ねて、通天閣界隈の観光に繰り出しました。この辺りを歩くのは初めてで、ここもかなり熱気のある場所で、ねぶたのようなきらめきのある大阪独特の食べ物街でした。

通天閣に到着した時点で、午後七時で上って観光するには1時間かかるそうなので断念して、夕食タイムに。大阪名物の串カツをいただき、ジャンボたこ焼きを買ってホテルに戻り明日に備えました。

5月のレポート①

5月はとても変化のある目まぐるしい日々でした。ただ、私は先月の半ばから急に復活し元気な時と同じように動けるようになりました。

反対に腰の痛みが悪化した夫は詳しい検査の結果、腰だけでなく背骨の圧迫骨折が複数見つかりタクシーで整形外科に通って治療中。痛みも伴い、今のところ家の中だけしか動けなくなり、忍耐の日々を送っています。

5月の連休は、次女の一家が訪問してくれて6か月に成長したHちゃんとお姉ちゃんのYちゃんと交流でき、しばしなごみの時間でした。

所属団体の集まりでは5月が当番最寄で、また全国の集まりをZOOMで視聴するなど、毎年のイベントを味わいながら過ごしました。

こうした日々を過ごしながら、半年以上前から計画していた大阪・関西万博に何とか行くことが出来たのは全くの感謝でしかありません。

新幹線から撮影:東寺

大阪・関西万博へは夫と2泊3日で行く予定で、電子チケットは私が昨年8月にスマホから購入。宿泊は夫が株主優待券で予約していました。私が回復し夫は悪化する中、短縮して大阪の友達と行く案を夫が提示してくれましたが、私は色々考え1人でもと思い始めてた頃、歯科の帰りに訪問してくれた長女が、それなら私が同行できるかもと行ってくれて、後はその実現に向けて計画修正し、27日、28日の1泊2日長女と二人でで行って来ることが出来ました。

2年ぶりの大阪。新幹線のホームを降りたところから、大阪はmyakumyakuの熱気に包まれていました。

4月の庭

4月もあと数日で終わります。爛漫の桜を見た後、季節は日に日に次の季節へと移り過ぎて行ってます。

4/13には大阪・関西万博が開催され、日々その様子が伝えられ取り上げられています。1970年の万博を地元で体験した者としては興味深く、懐かしさもあるイベントで、55年ぶりという事実にあらためて過ぎ去った時間の大きさを思います。

今、うちの庭は例年のとおり、草木が芽を出し葉を広げ、雑草たちも生き生きと生え伸びています。今花を咲かせているのは、ピンクのツツジと黄色のモッコウバラです。

ツツジは30年以上前にすぐお隣の今は亡きご主人が、庭先越しに下さった小さな株が育ったもので、何年も花は咲かず、2,3輪咲くようになったのが限界かというツツジでしたが、周辺の植物の移り変わりで環境が変わったことで、一躍一昨年くらいから多数蕾をつけ年々拡大しています。

モッコウバラは所属団体で知人のところの株をを2つ取得、家の2箇所に植えたもので、1つはすぐに盗難に会いこの株だけが残りました。その数年後に2,3輪花をつけた時はとても嬉しかったことを思い出します。そして年々花が増えて行き、気づけば大きなアーチも出来るほどの拡大ぶりで、花が終わったらひたすら剪定が欠かせない花となりました。

こんな感じにうちの庭にある植物は、何かのきっかけで手に入れたものばかりで、その1つ1つに物語があります。次の季節に移ると咲き始めるガクアジサイは京都在住の時に鉢植えで育ててたもの。ぶどうは山梨のブドウ園で苗木が1本10円のような感じに売られてたもの(葡萄としての筋はいいかも)。ビワはこれも京都の知人が種から鉢植えで苗木に育てたものを頂いた。レッドロビンは横浜のどこかのパークでお持ち帰り自由にという苗木。住み始めたころに植えたものは殆ど諸般の事情で姿を消し入れ替わったが、唯一残っているのが、柘植の木です。その昔は、ヒバの木と月桂樹にはさまれてあるのかないのかという時代もありましたが、今や一番背の高い老木となりました。

地面を埋め尽くす雑草は自由な出自ですが、鬱蒼となる前に草とりをしてドクダミ、カタバミ、雪ノ下を保護しています。その結果、6月はドクダミの白い花がうちの庭を埋め尽くします。この季節かつてはクチナシの白い花もあったのですが、葡萄の勢いにショックを受けて退場しました。

さて、4月中旬より、分子標的薬の点滴全22回にあと3回を残して離脱しました。今後は3ヵ月ごとの検診となります。時を同じくして歩き辛さが改善され、普通の歩行ができるようになりました。

爛漫の春を楽しみました!

先月3月の後半は、年に1度の友人たちとの集まりに横浜へ出かけたり、所属の友人たちとの年度末の近場のレストランでの集いなどがあり、それぞれ楽しい時間を過ごしました。また、ソメイヨシノの開花は4月ということで、近場の南足柄に早咲きの「春めき桜」を夫と見に行きました。こちらはちょうど満開で、一足早く桜の季節を満喫しました。しかし、天候は三寒四温の日々で、夏日近くになった日から一日で真冬に逆戻りをしたりで、その合間をぬって楽しめたのは幸いなことでした。(こちらの画像はインスタグラムに投稿済み)

4月に入り、新年度がスタートし、所属団体の集まりもいち早くスタートしました。周りの木々や草花も咲き始め、先日の土日に開催された近場の桜祭りも良いタイミングで行われました。今、周辺のソメイヨシノは満開の時を迎えています。今日は、日差しもあり心地よい風の吹く春の良き日。

お昼前に、夫から今日は南足柄に桜を見に行こうと誘われ急遽行くことになりました。前の「春めき桜」と同じ南足柄ですが、今回は山北町と隣接するところにある大口広場のソメイヨシノの桜を見に出かけました。

大口橋を渡り、左に曲がると間もなく駐車スペースのある川沿いの公園に到着しました。こちらの桜はとても背が高く、青空に生えて見事です。鳥のさえずりも聞こえて満開の桜の合間を飛び回っています。もう満開なので風が吹くと桜吹雪がおこり、花弁を虫取り網で受け取ろうと遊んでいる親子もいました。

短い時間の滞在でしたが、春を満喫するに十分の迫力のある桜と雄大な酒匂川のロケーションでした。ここに来る道中に、秦野市のハナモモ、桜並木、震生湖越えなども楽しみ帰路では山北町の桜並木も見下ろせました。

今が春爛漫、今度の雨でこの春は次の季節へと進んで行くことでしょう。

どこかで春が

2月後半から3月初めにかけて、次女宅では節目の行事が目白押しでした。

その1つ、Hちゃんのお宮参りがありこの前、上の子の3歳の七五三のお祝をした神社で待ち合わせました。この日も良いお天気で、少しの時間でしたがお参りと記念写真で、記憶に残る出来事でした。

2つ目、百日のお食い初めの日には、ビデオ通話をくれてスクリーンショットで何枚か写真が撮れました。お姉ちゃんYKちゃんはすっかりいいお姉ちゃんでポーズしてくれました。3つ目、3月3日のお雛祭りは初節句なので、お祝いを渡しましたら、お飾りの前で撮った写真がlineで送られてきました。

4つ目は、お姉ちゃんのYKちゃんの4歳のお誕生日。その日に届くようにプレゼントを楽天市場で探して送りました。プレゼントは、メルちゃんのベビーカーと抱っこ&おんぶキャリー。遊んでる写真がLINEで届き、ビデオ通話でも話しました。

というわけで、少しの時間ですが、目白押しに楽しませてもらいましたが、次女の家ではまだまだYKちゃんの幼稚園の行事が、お誕生日会や年度末の参観など続いたようです。

3月に入ってから、暖かい日にはスギ花粉が放出されるようになり、雨で寒い日は鬱陶しく、晴れて暖かい日は花粉の脅威。なかなか暮らしにくい日が続きます。

でも春は、少しずつ近づいているので、暖かい光の中へ出て行く準備を今はしています。時間はたっぷりあっても昔のようにたくさんのことは出来ません。一番大事なことだけをして、爛漫の春を迎えようと思っています。

このあとは、長女宅では早いもので上の子のYちゃんの小学校の卒業式があります。

2 月に入り

ここ数日寒い日が続いています。日本列島を見渡せば、日本海側では大雪警報が続いていて毎日のように雪かきが欠かせないというニュースを目にします。幸い関東地方は快晴で乾燥という、反対の気候。富山出身の夫は若い頃、この違いを身を持って感じた時に衝撃を受けたそう!

それはさておき、2月は私の誕生月。しかも今年の誕生日はいよいよ大台、古希を迎えました。昔私の明治生まれの祖母が、「〇〇〇〇〇、古希を迎えし元旦に 心静かに雨音を聞く」と言う短歌を披露してくれたことがありました。私、18歳くらいだったかな。当時は、若い世代が大量にいて老人はわずかの時代。何だか寂しそうでした。その年齢に私が達したことにとても感慨深いものを感じています。

老人がドサっといる時代。つい自分の年齢を忘れていますが古希という字がその事実を思い出させます。

今日は、1つのけじめとして運転免許証の自主返納の手続きに出かけました。車は殆どペーパードライバーだったけど、運転経歴証明書を作ることにしました。この手続きには運転免許証の更新と同じ大きさの顔写真と1100円の収入印紙が入ります。今回この顔写真、家で撮ってコンビニのマルチコピー機で証明書の写真を作りましたところ、少し小さいと言われて、今度は4分割の写真を撮って行ったところこれは大きすぎと難航しましたが、何とか申し込みにこぎつけました。出来上がりは来月です。この際にいただいたのが、この証明書カードで利用できる施設の一覧表。ただの記念にと思ってましたが、特典もあったようです。

*今回、スマホからの新規投稿をやってみました。パソコンからと同じ感じで出来ましたし、写真画像の挿入は、スマホ保存の画像からダイレクトに挿入できることがわかり、パソコンより手間要らずなこともわかりました。これなら、手軽に更新出来ます。Instagramへの投稿と半々に出来そうです

2025年がスタート

新しい年がスタートしました。今年のお正月は2年ぶりにお正月らしく過ごせました。長女一家が訪問してくれて、食事やみんなでトランプ。長女が2階の天袋から昔のゲーム「ドンジャラ」を取り出してきて楽しみました。すっかり忘れてましたが、見ているうちになんとなく思い出しました。スマホのゲームが大人も子供も流行りですが、人対人の面白さも大事にしたいと思いました。

次女宅は昨年生まれたHちゃんがまだ小さいので、こちらから出向いてお正月を楽しみました。Hちゃんは、まだ2カ月なのでラックに寝てるか次女が授乳してるか娘婿が抱っこしてるかでともすると3歳の姉のYちゃんのかわいらしさで時間が過ぎていくのですが、ラックで声をあげたHちゃんに思い切り声をかけたら何と極上の笑顔を返してくれました。それはたまたまではなく、その後も何度も!赤ちゃんは話せないけど、おおよそ今置かれている場所の概要を把握していて、物凄いスピードで日々成長してるんだなと思いました。

お正月が明けると色々なことがまたスタートですが、うちでは昨年のうちに計画していた屋根のリフォーム工事が始まりました。まず足場を組み、黒いネットで家をぐるっと取り囲まれると、晴天続く冬場れの日々が一転、雨の日のような室内となりました。しかし、翌日には屋根職人が4人もいらして、どんどん作業が進みその翌日には並行して室内の階段の手摺の取り付けも行い、何と屋根は二日間で仕上がりました。その後のネット足場外しは1週間後でしたが。

ちなみに屋根のリフォーム、うちは築40年の瓦屋根。重い瓦が近頃心配になり、軽くてメンテナンスが簡単なガルバニウム鋼板、ガルテクト(瓦の1/10の重さ)にやり替えました。これでひとまず安心ですが、家の中のリフォームと違い屋根は遠くからしか見えないので実感薄いのが残念です。同時に行った階段の手摺が意外に役立ち見た目も良くて、物の変化を久しぶりに楽しんでいます。

さて、今年の年賀状ですが、昨年は母の喪中で2年ぶり。年賀状から脱退?宣言の人を除き出した年賀状。1/4までに届かない人が約半数いて、そのうち2人はメールで返事。結局6人が返事なしで、また今年で脱退宣言も2人いました。年齢、疎遠、はがきの高騰などが原因でしょうか?そんな中、お年玉年賀状、今年は2枚当たりました。0の年もあったので、今年は優秀でした。ただ切手のデザインはあんまり。

ブログ1月はどうにか前半をまとめることが出来ました!

2024年 大晦日

今日は良いお天気で割と暖かく、一日穏やかな日でした。

12月に入ってからは、例年通り安定した冬晴れの日が続く中、引き続き次女宅へ食事のお届けや、クリスマスのころにはプレゼントを持って出かけたりしました。

日没が冬至の頃には少し遅くなって来てるのを実感したりしながら近場のレストランで忘年会を楽しんだ日もありもしました。

年賀状は、やめる人が少しずつ増えてるせいでやや少ない枚数になってきました。さらに一昨年から「スマホで年賀状」アプリで作成するようになって12月前半には一筆入れる以外は完成したものが届いたのに、結局その一筆書きに28日は追われました。

1年ぶりに再開したカーブスは何と12月に6回も行くことが出来ました。最初はマシーンが重く感じましたが、すぐに元の感覚が戻り、足の裏の感覚も鍛えられる気がするので再開して正解でした。

まあでも、気持ちは以前と変わりない年末ですが、1日に出来る活動の量があきらかに減ってるのが残念です。悟りを開きつつ、今できることを楽しみながら行く年に感謝し、来る年を静かに迎えたいと思います。

11月の出来事

11月の出来事として予定されていた次女のところの赤ちゃん、無事に生まれました。そして予定通りに、私と夫とで出来るヘルプになんとか通いながら11月が過ぎて行きました。

その間に、私の所属団体では1年で1番のイベントがありそれに微力を出す日もあり、またその後の近くの集まりで、思いがけずのスイーツを楽しむ日もありました。

そんなこんなで、私の中で暫く遠ざかっていた手作りのお菓子や料理も必要に駆られ、いくつか復活できたのは喜ばしいことです。何か自分に出来ることを見つけて計画し行動することが人には必要なことで、それが体にも心にも癒しとなることを痛感します。

足の裏の痺れや痛みはまだまだ回復しないので、カーブス休会1年間の期限の迫るこの月末には退会しようと手帳の予定にも記入していましたが、ある言葉を投げかけられたことで180°気持ちが転換し、昨日12月から再開の手続きをしてきました。慣れたところを続けることは大事だと気持ちを新たにしています。

私の所属団体の近しいところで、6月まで元気だった方がその後余命宣告を受け3カ月で亡くなるということがあり、皆言葉では言い表せないショックを受けましたが、今朝お隣の会でも全く同じような経過で亡くなった方の訃報が届きました。元気で一日を過ごす今は当たり前のことではなく人の命はとても儚いものであることをつくづく感じています。

温暖化の日々、秋の訪れは遅かったですが、まずテレビを通して日本各地の名所の紅葉を目にし、急に寒さが訪れた日に市街を見回してみると近場の木々も色づいて秋の趣と冬の訪れが近いことを感じました。幸い、私の住んでいる地は西高東低の冬場れの日が多いのがありがたいことです。この冬も希望を持って過ごせますように!