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大阪からの帰路

毎日冬晴れの天気が続きます。師走も押し詰まり、昨日大晦日まであと6日というテレビのセリフに心底あせりました。

image先日、20日~23日まで3泊4日と短い期間ですが、大阪の母のところへ行ってきました。毎晩30分の電話をしているので、暮らしぶりはお互い手に取るようにわかっていますが、冬のカーペットを出したり、花の植え替えや、高いところの掃除などは、出向いて行かないと埒があきませんので。

大阪では、予定の手助けのほかにも、ハルカスに出かけたり、近くのショッピングを楽しんだり、一緒に料理を作ったりと充実して過ごすことが出来ました。

image行き帰りの新幹線は、もう毎度おなじみになってはいて、帰りはいつも小田原に止まるひかり号に乗って帰ります。その新幹線はいつも、新大阪始発なので、祭日のこの日でも余裕で自由席でも座れるのがありがたい。

いつもは、ゆったり座れる3人席窓側に座り、名古屋を過ぎてからの海の景色を楽しんだりしますが、今回は、その新幹線、二人席の窓側をねらいました。山を背にした山崎のビール工場が見られるか確認したかったからです。いつも、大阪から京都のあいだで外の景色に注目したことはなかったのですが。

はてさて、走り出すと、大阪京都間で山崎あたりは一番スピードが出ていて、ちょっと離れたところにサントリーのビール工場の看板が見えましたが、山を背にしたものとは違っていました。残念、逃したのであとは、晴天の富士川鉄橋の富士山を見ることだけが楽しみです。

imageしかし、その手前の浜名湖?かと思われる湖の向こうに小さな富士山が見えたので、とてもラッキーな気分になりました。

が、スピードをあげて走る新幹線、富士山のアナウンスもないまま、うとうととした隙に、雄大な姿が見られる富士川鉄橋を通過してしまい、直後気づきました。あわてて撮った珍しい場所からの3枚の富士山が今回のお土産画像になりました。

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関東圏に戻ったら、冒頭のとおり、年末の追い込みの中、片付かない心をもてあます毎日。青空だけは冬晴れで凛としていて、近くから見える富士山も毎日大きくリアルです。

東京散策ー皇居乾通り

先週の土曜日、抜けるような青空と張りつめるような冷気の中、皇居の乾通りの紅葉を見に出かけました。

今年は、天皇陛下傘寿の年ということで、その記念行事の一環として、12月3日から5日間、皇居乾通り(坂下門から乾門までの750mの道)を一般公開するという記事を夫が見つけ、出かけることを計画しました。

土曜日までの平日での参拝ですら朝から人々が列をなして集まっている様子が報道されていましたので、できる限り早く出発することにし、10時前には皇居前広場辺りに到着しました。話に聞いていた通り、坂下門へ続く道には長い列ができていました。

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列の先には、検問?があり、手荷物とボディチェックを受け、門前の列に並ぶことが出来ます。

坂下門をくぐると、列は解放され、ちょっと自由な道になりますが、警備のおまわりさんがところどころに立っていて、「記念の写真撮影は、長時間立ち止まらず、一カ所で1枚にしてください」というような注意アナウンスがずっと流れていました。

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いちょう、もみじ、その他の紅葉は中々美しく、建物や濠の風景を入れながら、めったに見られない景色を堪能しつつ撮影しながら、乾門まで行きました。

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image乾門を出たところには、北の丸公園が近くにあったのでとりあえず、その辺りをブラブラ歩きました。ここの公園の紅葉も素晴らしく、今年は、最後に都心で会心の紅葉が見られたと嬉しく思いました。この周辺には、科学技術館や武道館などがあり、中でも武道館前の大銀杏が最大の黄葉ではないかと思います。

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その後、靖国神社も近いのではということで回りましたが、銀杏もさることながら、鳥居の大きいのに驚かされました。中に大村益次郎の銅像があり、受験知識の片隅にいる人ではあるが、ピンと来なくてその場所を去りました。

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この辺りで12時半くらい、このまま東京駅に戻るのは早すぎるので、もう1カ所、神宮外苑の銀杏を見に行くことになり、地下鉄で表参道駅まで行きました。地上に出る手前の階のところで、おしゃれなフードコートがあったので、入ることに。美味しいベーカリーや美味なカレーなどが食べられディズニーランドのフードコートの格はありそうと思い、味と雰囲気を楽しみました。

その後、表参道を歩き始めましたが、ここの並木の紅葉は終わってました。横の道から外苑の方向に進路を変え、途中、国学院高校や日本青年館を見ながら目的の外苑前銀杏並木に到着しました。

なんとか、銀杏フェアーの最終日を保つ並木道でしたが、3時を回るとも夕暮れが迫ってくる感じで物悲しく、徐々に帰路へと向かうことになりました。

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ガイドと巡る文化資源15-岡崎地区

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先週の日曜日、今まで行く機会を逸していた岡崎地区のガイドウオーキングに参加しました。

北に位置するこの地区の公民館などは、行ったこともあり全く知らないところではないと思っていましたが、説明を受けて実際に歩いてみると、知らない発見が山ほどあり、何よりも印象がガラッと変わって好感度がアップしました。

この日は、秋晴れの晴天で、その2,3日前に寒波で富士山が真っ白に雪化粧して美しい姿を見せていました。

今回、ガイドをしてくださったのは、この地区に在住の女性の方です。高倉健と同じ年齢と聞くまでは、10歳くらい下の年齢を思うくらいの、明晰で心身ともにタフな方でした。初めの説明で、この地区には山が4つあり、順番に巡って行くので、上れば下るという地形であるということでした。

image1番目に訪れた山は、岡崎公民館。ここの建物の前には、この地区の主人公ともいえる岡崎四郎義実の像がありました。源頼朝の旗揚げの頃の功臣ということで、相模国の豪族、三浦善継の四男でこの岡崎の地に住んだことから岡崎の名を名乗っているということです。

 

 

 

imageこの岡崎にはこの平安末期から室町・戦国時代初期にかけて岡崎城なるものがあり、その址が残されています。先の公民館横から階段を登ったところに岡崎神社があり、由緒ある美しい寺のような神殿がありました。この岡崎神社は、先の義実の頃の岡崎城の中心であった場所ということです。

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image次の山の岡崎小学校は、一気に時代をさかのぼり、縄文時代から古墳時代にかけての遺跡のある場所です。岡崎小学校が建て替えられるときに大規模な発掘調査が行われ、今回ガイドをしてくださった方もそれに参加したと話されていました。五六千年前、この辺りは近くまで海の迫る場所であったということです。市の博物館前の地面にある敷石はここから発掘されたものとか、キツネノカミソリという植物の球根が大量に発掘されたの珍しい発見ということです。上の入り遺跡というそうです。

次の場所に移動は、予告通り下ってまた上るということが何回か繰り返されましたが、海抜28mあるという山の手からの眺めはとても美しく、アップダウンの地形も横浜にでも来た気分で、今まで田舎と思っていましたが一気に山の手の住宅街に塗り替えられました。

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image広い県道をさらに北に上って行った辺り、住宅が途切れ開発中の山林にさしかかったところの奥に、義実の墓らしきものがあり、土手の向こうは隣の市という際を歩きました。途中、室町時代末の岡崎城の空濠跡などを見ながら、無量寺に行きました。ここの敷地はわざわざ切り取った感じに、隣の市の区域になっています。室町末期の岡崎城の本丸があった場所ということです。

お城と言えば高い天守閣を思い浮かべますが、岡崎城はそれ以前のお城で、地形の高低差などを利用して、敵が侵入しにくい立地に建てらたということです。そのため、当時の城の主の三浦義同から、北条早雲が岡崎城を落とすのに17年かかったということです。

解散地の紫雲寺に向かう途中、大御住グランドを眺める辺り、メタセコイアの紅葉が見られる風景、青空に映えて異国情緒さえ感じられました。

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1週間前のことですが、まだ感動は冷めていません。

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箱根大名行列を見に

image箱根の大名行列は、毎年11月3日の文化の日に行われます。今回、長期予報に反して、秋らしいお天気に恵まれたので見に行くことになりました。

箱根というから元箱根の方かと思いましたが、実際は小田急線の箱根湯本の温泉街挙げての行事でした。乗り換えの小田原駅でチラシが配られて湯本駅前14時頃通過に備え、アピールと注意のアナウンスが流れていました。

行列は、駅前を流れる早川の対岸にある湯本小学校を10時に出発し、旧街道を通ってゆっくり大回りして、午後に駅前を通過し駅の対岸すぐ前の冨士屋ホテルで解散となります。途中何カ所かで止まって火縄鉄砲や演技を見せてくれます。

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私たちは11時過ぎに湯本駅に到着したので、行列がいるところまで、ウオーキングで追いかけました。行列がお昼休憩をとる天成園から少し遡った鮎見橋の手前で行列を迎えました。その橋で「下に~、下に~」拍子木♪、の演技を見せてくれました。

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行列は、実際は先頭は、地元小学校のマーチングバンド隊、次に在日米軍楽隊、学生マーチングバンド隊、があって、その後にまず北条鉄砲隊が歩き、ようやく大名行列が通過します。大名行列の最後尾の人たちと一緒に沿道の人々も次のところまで一緒に歩いて行きました。次のお昼休憩ホテル前でも、演技を披露してくれましたが、なんと、大名行列のあとにもう一つ、芸能パレードというのがあって、舞妓さんの美しい群れや、和服姿の人たちが踊りを披露してくれました。

一通り見ることが出来たので、駅周辺が混雑する前に移動しておいた方が良いと思い、早めに箱根湯本駅を後にしました。

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imageちょうどお昼時に移動したので、乗換駅の小田原で昼食をとることにしました。以前混んでいて入れなかった由緒ある食堂に再度行ってみることになりました。小田原駅から10分くらい歩いたところにあるだるま料理店です。今回も人が若干群がっていて、30分待ちをして中に入れました。

中は、一昔前を思わせる内装、しかし、外で人が待っているにもかかわらず、空きテーブルが多い感じがしました。天丼セットを注文、築地で食べた天丼を思い出すお味でした。

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imageお腹がいっぱいになり、ゆっくりまた小田原駅に戻る途中、地下街が新しくオープンしたことに気づき、見てみることに。オープニングセールの最終日でしたが、なかなか賑わっていて、あちこち試食、試飲のコーナーがありました。輸入食品の店で、各種コーヒー豆が半額で売っていたので、2袋購入しました。

からくりボックスを開けるコーナーがあり親子連れが群がっていました。その中に紛れて私も、すぐにあきらめず挑戦しました。開けられた人の様子を盗み見したりしながら、ようやく開けられました。

image気付くと夫の姿がなく、携帯の電源OFFの夫とは連絡の取りようがありません。仕方ないのでしばらくそこで待っていたら、大きな干物を手にして現れました。

なかなか印象の良い小田原の新地下街でした。

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中原街道ウオーク(ガイドと巡る文化資源14)

前回から1年ぶりで、また文化資源ウオークに参加しました。

今回のコースは、平塚の中原街道を歩くシリーズの3回目です。昨年1回目を参加し、続きも歩こうと決めていましたが、2回目はパスし、今回の3回目への参加になりました。今回は、中原御殿バス停に集合し、大磯の化粧坂一里塚の終点までです。

旧道にあるバス停は狭い場所なので、近くのお寺の広い駐車場に集まり2班に分かれ出発しました。

さて、中原街道の復習ですが、この道の全体は、江戸時代、江戸虎ノ門から相州中原(平塚市)を結ぶほぼ直線的な60Kmに及ぶ道で、別名御酢街道とも呼ばれる道です。

途中、川崎市の中原区などは区に名前を残したり、碑などもよく見かけるけれど、肝心の発祥地の平塚での扱いは小さいと、ガイドの方が嘆かれていました。今回のウオーキングのコースはまさにその起点ともいうべき場所で、近隣に住む者なのにあまりにも知らなかったので勉強になりました。

 

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出発してすぐの道の角に、高札場の道標と案内板がありました。そこから中原小学校へ入る道路があります。

その高札場向かいに御酢街道の名前のルーツにかかわる御酢のお宅があると伺いました。家康様が中原御殿にお住いの頃に、御酢を作っていてそれがとても気に入られ、それを江戸まで中原街道を使って運ばれ御酢街道と呼ばれるようになったということです。

 

 

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道の突き当りには中原小学校があり、ちょうどその場所に、道に面して石に刻まれた大きな碑があります。今まで足をとめたことはありませんでしたが、それによると現在の中原小学校の場所全体が、当時の中原御殿があった場所であるということです。

家康様が江戸から日帰りのできる場所に立てた御殿で、周囲に堀をめぐらし周りは小さな城下町のようになっていたということです。

 

 

 

imageそのころの、様子が描かれた絵が小学校横の消防団のシャッターに大きく書かれていました。一面林の中に、御殿とお宮があり、遠くには富士山が書かれていました。

この御殿を造営した方の子孫の方のお宅が、その近くに洋風にファンタスティックに建っていて、そのコントラストも楽しかったです。

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imageここから、化粧坂一里塚まではその後に付け加えられたもののようですが、ここからは直線的にではなくジグザグと進んで行き、最初の立ち寄り場所は大久保公園。この公園は、以前のウオーキングでも平塚で最初にできた公園で当時はこの辺りは新興住宅街だったと聞いたことがあります。横にある諏訪部神社は、水天宮を祭っていました。

私の記憶では、この大久保公園の象の滑り台は、以前空から街を眺める番組で雲じいが見つけ紹介してくれた滑り台です。

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ヘルシーロードを横切り、農業高校を過ぎ、八雲神社、商業高校を見ながら進み行くと、商業高校入り口横に成器塾跡の碑がありました。宮崎拡堂が1850年頃に開いた漢学の塾で、この辺りでは最も早くできた中等教育施設だそうです。ここ平塚は当時は教育先進地域だったということです。

 

 

次に足を止めたのは、大きなタブの木。樹齢200年以上で保全樹木になっている木で、「五霊社跡」の碑がその前にありました。また、道、建物をへだてて西側にもう1本、タブの木があり、そちらもおまけ的に見ました。行き止まりの奥に、向こう向きに鳥居があり、手前にその木がありました。対であることから入り口にあった2本の木だったのではと想像が膨らむようでした。

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imageその後、国道1号合流地点で大磯と平塚を区切る標識のある辺りで、京方見附跡を遠目に眺め、大磯方面に向いました。その橋を徒歩で渡るのは初めてで、前方には広重の絵にある高麗山が絵と同じかたちで丸く大きく見えました。

対岸に渡ったところで、左前方にある善福寺の説明を受けましたが、このお寺の中に横穴の遺跡があるということだけが印象に残りました。

 

 

化粧坂へと進む途中に、高来神社に立ち寄り説明を聞きました。歴史で神仏混交という語句は知っていましたが、ここはまさにその聖地だったようで、鳥居をくぐった向こうには寺社のようなものがありました。今は多分その中に社殿のようなものがあるのでしょうか。昔は高麗寺だったようで、明治初年に高麗神社に、その後明治30年に高来神社となったようです。読み方は(たかくじんじゃ)です。

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化粧坂一里塚手前に、虎女の化粧井戸跡がありました。曽我物語に出てくる、その方がここで水をくみ化粧に使ったので化粧坂という地名ができたそうですが、今そこに井戸はありませんでした。

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image一里塚の終点地点には、案内板が建てられていました。この一里塚は中原街道の一里塚であると同時に、東海道の一里塚でもあるそうで、ここを分岐点として中原街道が始まっているということです。

 

 

今回のウオーキングで、私の中で断片的にあった情報がつながったことが多くありました。説明してくださるガイドの方は、自分の足で歩いてまとめた資料なども駆使して説明してくださり、熱意が伝わりました。大感謝です。

 

 

 

 

品川駅周辺散策

先日の土日は、安定した秋晴れの日となりました。

せっかくだから、どこか紅葉のきれいなところへ出かけたいねということになりましたが、今の時点で紅葉を見ようと思えば、標高の高いところや北の方に行かなければまだ見られません。この近辺が色づくのはあと1ヵ月待たなければなりません。コスモスなら、まだ見頃の場所は何カ所かありましたが、その気分ではなかったみたいです。それで、行先候補に挙がったのが、久しぶりの東京散策です。

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品川駅の近くの東京食肉卸売市場でフェアーがやっているということだったので、それを見るということにして出かけることになりました。私としては、肉?という気分でもありましたが、いい天気の日にお出かけするのには賛成でしたので。

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川崎駅でようやく座れ、品川駅をリサーチしました。食肉市場は確かに駅の南側すぐのところです。そして、その辺りのビル群と緑地帯は、数年前東海道ウオーキング、品川宿のときに1回通ったことのある場所でした。催物会場到着は11時を過ぎていたので、もう人がいっぱい集まっていて、試食ブースは長蛇の列、終了のものもありました。肉の販売コーナーも買い物の人でごった返していましたが一回りして雰囲気だけ味わって、出てきました。

image駅に戻る途中で、フリーマーケットの案内があったので、その方向へ。ビル群の中にたくさんのマーケットが広がっていました。じっくり見たらいいものもありそうでしたが、通り過ぎるだけにしました。

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この頃になると、私たちの興味はこのビル群に移っていました。折角だから上の方で展望できるビルはないかと。ビルの2階に上がるとそこには、駅から続く大きな道が広がっていて、その通路を通って、各ビルへと移動できるようになっていました。最上階には展望フロアーは特に無いようでしたが、案内をみていると、何んとファミリーレストランが何軒か入っているのに気づきました。こんな場所に似合わないと思いながらも、では入ってみようかということになり、その中の1軒へ。

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通路から一番奥のその店は、通常店舗の雰囲気とは変わって、ビル内レストランの落ち着きがあり、案内されたテーブルからは、品川駅と線路が見えて、なかなか落ち着ける場所でした。が、やはりファミレスだからでしょうか?ほぼ満席の上に、幼児子ども連れのファミリーのお客が半分以上占めていました。

imageimageその後は、品川駅に戻り、反対側も散策することに。こちら側は、品川プリンスホテルなどの昔からの場所ですが、陸橋を渡って、柘榴坂の方から上って行って一回りしました。途中木々が茂っている高輪森の公園に立ち寄ったりしながら、ぐるっと1周しました。駅前の道路から、ぐんと上がる地形は、そういえば以前のウオーキングの時、品川駅辺りは海が迫っていたとか言ってたのを思い出しました。

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以前海だった?港南側は今はビルが立ち並び大勢の人が住む町になっています。品川駅は新幹線停車駅でもあり、将来的にはリニア新幹線の駅にもなるのだから、これからますます栄えて行く地域なんでしょうね。歴史を感じさせる高輪側、未来型都会を感じさせる港南側と2つを味わって、偶には都会に来るのもいいものと思いつつ帰路に着きました。

9月のレポート

ふと気が付けば、9月30日でした。

夏休みが終わり、新学期が始まり、暑さもひと段落着いた感覚は覚えていますが、それからの日々は私の中で空です。

忘れたわけではありませんが、日々をこなし、段取りをつけ、食べていたり、遊んでいたり、作っていたり、心配していたり、しゃべっていたり、・・・ほどほど普通の日々があったわけですが、そんな日々はふりかえると記憶の中では一足飛びになってしまいました。

世の中としては、結構色々な出来事がありました。今一番旬なのは、御嶽山の噴火。ひとつびっくりしてそこに意識がいくと、その前のことが忘れられてしまいますが、凶悪事件や、大型台風の接近、広島の山崩れ、など、こんなことが、意識の下で、虚無な気持ちを作り出したのかもしれません。

imageそれでも、家庭のイチジクの枝をはじめ、大量の剪定をした日が1日、自転車の道すがらの赤と白の曼珠沙華、家の金のなる木の再生がわずかに心に残ること。そして、手作り作品2点製作の少ない至福の時間が、ありました。

結局のところ、9月は秋だと思っていたのに、私の中では夏の終わりの延長でしかなかったことが残念だったということがわかりました。

これから、一気に深まる秋を十分味わって、思い出深く過ごしたいものです。

 

夏の工芸作品-3

暑さが戻って今一つ頭が冴えてこない中、毎年のことながら9月になりました。

世の中も、新学期を迎え働きの秋へと始動しつつあります。年齢を重ねるほど、時間のたつのが早いという言葉にはいつも肯きますが、一方で、たとえば夏休み前のことを考える時、随分前のことのようにも思われることも事実、「さて夏休みだ!」と思って切り替え夏休みを過ごしていたので、それ以前のことは随分昔のような気分です。

そんな夏休みに仕上げた工芸作品、3つ目は、ペーパークラフトの篭です。所属する集まりで教えていただけることになり、パッケージなどを扱っているお店で荷作り紐の太巻を購入し、材料を皆で切り分ける所から始めました。太い荷作り紐を必要な巾に裂くこともしますが、それにはパッケージベルトのような硬いもので切り裂くと便利でした。

1.まず底の部分から編んで行きます。長さの違う2本を交差させ、基本の編み方を1つします。できたら、次の1本を持ってきてその横に編み、その要領で底の真ん中の横1段が出来上がります。

2、次はその線に編んだものから、底の面へと広げるべく隣隣に、1列ずつ編み加えて広げて行きます。

image image image image image image 編み方  

3、底が編めたら、長い紐で周囲を編みます。角に来たら、隙間を三角にすると立ち上がります。1本で1段を編み、次の1本を取出し2段目を編みますが、編み始めの場所は、それぞれ変えます。

4、必要な段数が編めたら、一番上の段を折り曲げ、余った紐を内側に入れ込んで始末します。

5、仕上げは、編み上がった篭を水に1度沈めてから取り出し、レンガなどで角の形を固定させて日向で乾かし、すっかり乾いたら完成です。

篭はA5サイズが入る大きさを計画していましたが、作り手によって様々な大きさになりました。私の場合、B5を入れたいと思っていたのが影響したのか、うまいぐあいに丁度B5が入る大きさに仕上がり満足しています。

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花菜ガーデンー夏の終わり

今日は、年2回のサポーターミーティングの日です。

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数日前より一足飛びの秋のような気候が続き、今日の内容も稲刈り作業なのでますます秋らしいと思っていましたが、朝から電話があり、数日来の雨で、ぬかるんでいるので稲刈りは中止ということになりました。

それで、交流会だけにお越しくださいとのことで、全く申し訳ないですがお昼のカレーだけをいただきに出かけることになりました。今日は、天気も良くそんなに暑くもないので、花菜ガーデンの緑に囲まれてのカレー交流会も楽しみです。

☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆

実は数日前にも、サポーター活動で花菜ガーデンに出向く機会がありました。参加者2名の園芸活動でしたが、本来なら残暑厳しいであろう日のところ、一足飛びの秋の気候でしたから、ガーディナーさんの博学の知識を心地よく聞きながら楽しく作業が進みました。この日の作業は、バラ園の足元に生えるワイヤープランツを縁にそろえてカット、剪定する作業で、ほんの一部分しかできませんでしたが、やりがいのある作業でした。

久しぶりに来た花菜ガーデンの印象は、三日月山に黄花コスモスが目立っていたことと、ムクゲが色とりどりの花をつけていたこと、そして水を張った鉢に熱帯睡蓮がいくつも植えられていてこれもとりどりの花を咲かせていたことです。睡蓮の花は2日の命で、咲いた後の茎はダラッと下がるそうです。

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image活動の後、ハスの池で咲き終わった花を1つ取り、中を割って丸い実を見せていただきました。この実は、そのまま食べてもピーナツみたいな食感ですが、ご飯と一緒に炊いても美味しいそうです。ハスと言えばレンコンと思っていましたが実も食べられるのだと、1つ物知りになりました。

旅ー3日目(かんてんぱぱガーデン)

旅の3日目は、宿泊した場所から近い、「かんてんぱぱガーデン」に立ち寄りました。伊那市にあり、近くに桜で有名な高遠があります。関東にいて、日帰りするにはちょっと遠いところなのでこの機会に見てみることにしました。

かんてんぱぱは最近は見かけませんが、子ども達が小さい頃、よく買ったことがあります。70℃以上のお湯に混ぜるだけでできるジュースと一体化したゼリーの素です。一時よく売れたので、会社を代表する名前になったと思われますが、正式には伊那食品工業という会社の商品です。ということで「かんてんぱぱガーデン」が、伊那市にあるのはとても納得できることです。

image央高速の伊那ICを下りて、15分のところに広域農道をはさんで東西に広がるエリアに「かんてんぱぱガーデン」はあります。もともとは、働く社員のために緑のある快適な職場環境を作るという思いからできた場所のようですが、今は、本社棟以外は、一般の人が立ち寄れる場所になっています。ガーデンと言うだけあって、たくさんの木々と草花にあふれた庭園の中に、ショップや、レストラン(4つ)、ホール、などが配置されています。

 

 

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私たちが止めた駐車場から一番近い棟はショップ本店だったので、まず商品を見て回り試食のかんてんぱぱぜりーをいただきました。商品は、かんてんぱぱ以外にも、寒天をアレンジしたアイデア食品がたくさん並んでいました。寒天というのは、海藻抽出物で体に良いものだから、会社全体が健康志向になっていくというのは肯けます。健康パビリオンという研究棟もあり、各種健康測定ができて、食事のカロリーなどの実物を使った展示もありました。

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imageホールでは、自然を写したカメラマンのフォトギャラリーがあり、かんてんぱぱミュージアムには、ボタニカルアートの作品が飾られていました。ボタニカルアートというのは、植物を図鑑のように正確に書くことのようで、大航海時代にヨーロッパ諸国が長い航海で持ち帰れない植物を標本として書き示す目的から発した絵画の分野のようですが、絵の1つ1つが美しく、その細密さ(虫眼鏡で見ると茎から細かい産毛が見える)に感嘆する作品の数々がならんでいました。

結局、レストランにも入ってゆっくりランチし、半日は滞在する感じでこの場所を楽しみました。

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image帰り道、山梨側からの富士山のシルエットが浮かんだので、おもわずシャッターを。

なつかしく富士山をながめつつ、そのあとはひたすら来た道を走りに走りましたが、午後9時の帰宅となりました。