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今年の旅-2日目(諏訪湖の花火大会)

遠路はるばるやってきた高岡ですが、翌日には早や帰路に着きました。

image帰路であると同時に、2日目の旅の始まりです。2日目は、15日がちょうど諏訪湖の大花火大会の日ということで、花火見物を計画しました。正確に言えば、計画したのは夫で、私は旅のお相伴に預かりました。夫が新潟単身赴任の5年間に、新潟3大花火を見物したので、あの感動をもう1度ということです。前もって調べたところによれば、諏訪湖大花火大会は4万発打ち上げられ、50万人の人が集まるそうで当日は、近くの宿屋は早いうちに満杯で、車では大渋滞で駐車場も少ない、ということでした。それで、私たちも諏訪湖花火の最寄駅、上諏訪から5,6駅離れた広丘(塩尻の次の駅)という駅に近いホテルの宿泊をとりました。とにかく、人が押し寄せるそうなので、ホテルになるべく早く着いて花火会場に移動しなくてはと思い、高岡をとんぼ返りのように後にしました(今までは、高岡観光をしたり、親戚の家に立ち寄ったりしていましたが)

富山県を出る前に、1カ所だけ立ち寄ったところがあります。昨年も立ち寄った、源のますのすしミュージアムです。鱒寿しは日持ちしないので買いませんが、昨年買った鱒と、鰤の昆布巻がとても美味しかったので、購入するためです。店内は、昨年と同じにねぶたのような大きな山車が飾られていました。お店の配置は少々リニューアルされていました。

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予定通り、早めにホテルに到着し、電車で上諏訪へ。午後3時くらいにもかかわらず、花火会場付近への人の列があり15分くらい歩いて、有料エリア当日券のところにたどりつきました。そして、エリア内に入ってシートを敷いて場所取りをしました。もう大勢シートが敷かれていて、テントをはって寝ころぶ姿があちこち見られました。屋台もすでに営業していていたので広島焼きを買ってきて、私たちもピクニック気分で遅いお昼にしました。

image用意万端となりましたが、花火のはじまりは午後7時です。まだまだ時間がある上に、花火の帰りは深夜になるかもしれないとなると、夜ご飯も用意しておいた方がよさそうです。そんなわけで、交替でエリアの外に出て買い物や散歩をすることに。私は、一昨年宿泊した(花火大会の日ではなかった)湖岸の宿が近くにあるのでそこまで足をのばし、近くのコンビニでおにぎりなどを買い込みました。有料エリアの外もいたるところシートの人々でいっぱいでした。

シートに戻り、今度こそ用意万端となりました。あと心配なのは、お天気だけです。諏訪湖はこの時点で曇りで一部晴れているところもありましたが、高岡から移動の山道はバケツをひっくりかえしたような雨でした。いつもはきらいなトンネルを今回ばかりは憩いのトンネルと思いながらの半分悪夢にうなされる気分の道中、長野県内は予報通りの曇りでホッとしました。 image

 

image心配しつつも、雨は降らずに7時の開始時間を迎えました。昨年は、雷雨となり諏訪湖花火大会始まって以来の中止になったということで、昨年の分も楽しみましょうとアナウンス。オープニングの花火はなかなか見事でした。思っていたよりも岸の方に上がっている感じに見えましたが、風向きも悪くなく、高くクリアに見えました。いつもの花火大会ではカメラにきれいな花火をおさめようとカメラ越しに花火を観賞することが多かったのですが、今回は実際に見物するのをメインに楽しみました。1つ気付いたことは、花火が下から上がって空でパッと花開くときにドーンという音がするのではなく、少し遅れて音が鳴ることです。今までの花火ではその差を気にしたことはありませんでした。もしかしたら、今回の花火の場所は、少し離れていたのかもしれません。

そんなことを考えながら、1時間が経過して1部が終了するかしないかのころに、雨粒が1滴感じたと思うまもなく、ザーザーぶり雨になってしまいました。雨天を気にしていたので、すばやくシートを片付け用意したカッパと雨傘スタイルに変身しましたが、雨の中でまで見たくない人々の帰る行列にやはり連なることになり、花火会場をあとにしました。上諏訪駅までは人の大行列で、花火の音を背後に聞きながら、徒歩15分のところ1時間以上かけて戻りました。

昨年よりはマシよ・・・という人々の声を聞きながら、やや中途半端な気持ちではあります。私たちは昨年は、今年と同じパターンで、韮崎の武田の里の花火を見ました。それと、今年の花火とで、何となく鄙びた感じの長野県の花火が印象づいてしまいました。やはり、花火は新潟かな・・・。

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お墓参りの旅ー1日目

今年も、夫の故郷の高岡へお墓参りをする旅行に出かけました。

image2泊3日で、昨年とほぼ同じパターンです。何通りもある車道ですが、これも昨年とだいたい同じ。高速道路をさけて、松田町から富士吉田市の須走へ、精進湖沿いの道から長野へと抜けて行きます。ここから北杜市あたりへ行くルートは、この春に神代桜を見に行ったのと同じルートです。なので、助手席の私でも、もうすぐ道の駅しらねがあるとか、わかるようになりました。ちなみにこの道の駅しらねは外観はおしゃれですが、トイレ以外は何も見るべきものはありません。

imageこの先にある、道の駅白州で昼食をとる予定でしたが、大変人気で渋滞ができているほどでしたのであきらめ、つぎの信州蔦木宿に立ち寄りました。横の階段を下りると河原で、キャンプをしている人々が見られました。ここの、地場産売り場で赤いルバーブが売られていたので買いたかったのですが旅の始まりだったので、鮮度を考え帰りに買うことにしました(が、翌々日は夕方だったので売り切れ・・・残念)

 

image高速道路は、諏訪南ICから松本まで乗りました。松本から、上高地の方に向けて行き、安房トンネルから平湯へ。平湯から神通川沿いに走って北陸自動車道に少しだけ乗り、小杉ICを降りて高岡へと向かうのがいつものコースです。いつものことながら、この道は山道で、いくつもカーブがあり、トンネルがあり、山間の村、そびえる緑の木々の山、崖があり、急流があるという道で、ここを何時間も走っていると、日本は本当に山が多い国だとしみじみ思わされます。出発時、雲の多い天気で雨が降ったりやんだりもしましたが、神通川沿いの道では川に靄がかかっていて珍しい光景でした。

高岡入りして、一路お墓に向かいました。これも毎年のことです。今年は、この時点で5時台でまだ明るく早く着けました。毎年、持参したお花とろうそく、線香をあげ、お参りしますが、今回はお花を翌日回収できないので、ろうそくとお線香だけにしました。このお墓は、実家のあったところから、車で5分くらいのところで、今ではこのお墓だけが、高岡とつながる場所となっています。車で5分の実家は、氷見線の駅のほど近いところにあり、海にも徒歩5分で行ける場所にありました。私も子ども達が小さい頃は家族で毎年、やはり車の旅で何回も来ていたので、ある意味懐かしい場所です。その実家周辺を一回りして、宿泊の駅前のホテルへ向かいました。

   

高岡の路面電車
高岡の路面電車

今年の帰省

毎年8月には、父の月命日である8日を含む何日間、実家の大阪に出向き、そこからさらに父のお墓のある和歌山(父母の実家もある)へお墓参りに行きます。

また、この機会に母との文化交流をと考え、映画を見に行ったり、百貨店でランチをしたり、ショッピングを楽しんだり、最近では手料理を作って喜んでもらったりしています。

そんなことで、今年も8日に無事母と和歌山行きを果たしましたが、母の足が昨年より一段と弱ったこともあり、また台風11号がゆっくり接近していて天気が悪かったこともあり、大阪での文化交流はおしゃべりのほか、母に手料理を作ってもらって、私はカバンの製作に取り組みました。あと、数個は作り、そのうちの1つを母にプレゼントするつもりです。

<ネクタイで作るカバン>

image最近教わった、ネクタイをリフォームして作るカバンです。材料は持参したので、仕舞い込んである、アイロン、ミシンを出して来て、作ることにしました。

用意するもの;

ネクタイのほかに、底にする布(今回は皮の余り布)、中の布、ファスナー(20㎝~25cm)、ネクタイの先と尾の二つの三角は切り取っておきます。

作り方;

1、ほどいたネクタイにアイロンをかけ

2、1/3に切って、向きを変え繋ぎ、長方形に縫い合わせます。

3、2から側面を2枚切り取り、底の布を真ん中につなぎます。

4、上にファスナーをつけ、 5、脇、底を縫います。

6、横のところに、紐を通す輪っかを取り付け、

7、ポケットを付けた中の布を作り、口のところにまつり縫いで縫い付け、仕上げます。

<帰路の話>

大阪からの帰路は、台風11号がちょうど近畿地方を通過する日と重なりました。

大阪駅までたどりついたところで台風が接近し、乗り換えてひと駅の新大阪までが電車が動かず1時間待ったところで、決断して地下鉄に乗り換え新大阪に行きました。決断するまでの1時間は、仕方ないこととはいえちょっと腹立たしいものでした。止まっているなら、もっと早く地下鉄に行ったのですが、次の電車でと次々案内されて、やはり取りやめというパターンで1時間が過ぎました。でも運転再開はその2時間後になったみたいだから、地下鉄に移動して正解でした。

新幹線は、ダイヤが乱れてはいるものの、JR全線止まっているときにも、徐行運転しながらも動いていました。(流石)

 

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母;母の実家にて(和歌山)
金魚と鯉
金魚と鯉

 

 

 

 

レトロなシルバニア

我が家は、とにかく物持ちがいい家です。

言い換えれば、家族そろって「捨てられない症候群」かもしれません。でも、幸いなことに、結婚後、振り返って、8年、6年、6年、9年という区切りで、引っ越しや、リフォームがあり、その機会に捨てざるを得ない状況ができて、何とかほどほどのガラクタ量に収まっています。

1年半余り前に、孫が生まれてからは、それでもこれだけは置いておいたというグッズが意外と沢山あることに驚いています。ベビーベッド、ハイチェアー、ベビー布団(新しいものも用意したがちょっと昼寝用のこちらが随分使われているよう)、お宮参りの着物、絵本おもちゃは多数。

imageそのレトロなおもちゃの1つが、シルバニアの熊ファミリーです。もう遊べるようになったようなので、長年しまっておいた箱から出しました。

ハウスや家具はホコリをかぶっているぐらいでしたが、熊ファミリーの面々は、これはヤバイと思うくらいのサビれようでした。そこで、服を脱がして服ともども石鹸でごしごし洗ったところ、一皮むけた美しさになったので、ようやくYちゃんに遊んでもらえることになりました。

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シルバニアって今はもう無いのかと思っていましたが、今も新しいハウスと動物家族が店に売られていました。子どもが大きくなったので、おもちゃ売り場を見ていても目に入っていなかったようです。最近は、また興味深くながめています。

夏の工芸作品1-牛乳パックの椅子

牛乳パックで作る椅子、正座椅子などを今までに何回か作ったことがありますが、昨年この牛乳パックの椅子の頑丈版を教えてもらいました。

従来のは、牛乳パックを三角形のピースにして24本を六角形に組み合わせて作りますが、頑丈版は各ピースにさらに筋交いのように補助牛乳パックを詰め込み、作ります。なので、牛乳パックは倍の48本分必要です。

imageまず牛乳パックをためるところから始め、半分ぐらいたまった頃から少しずつピースを作り始め、先月初めごろ一気に作り上げました。

外側をダンボールで覆い、中の完成です。

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imageここにキルティングの布のカバーをかぶせて出来上がりです。側面の継ぎ目を隠す位置に、持ち手のベルト布を縦にあしらってあるのが、デザインとしても機能としてもグッドのスツールです。

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早速、孫のYちゃんに届けたところ、気に入って座ってくれているということでした。

 

「牛乳パックは、大人では座るのがちょっと心配」ということは、これに関しては絶対ないといえる頑丈ぶりです。なので、今度は実家の母の仏壇前椅子として作ることを計画中です。

 

四世代交流ーあべのハルカス展望

6月の出来事、その3は、長女とその娘である孫を連れて、大阪の母のところへ行ったことです。

女、四世代交流というわけで、昨年の夏に初めて行って以来、2回目の訪問です。本当は、この前の3月のお彼岸を予定していましたが、そのときは孫が突発性発疹で行けなくなり、今回の日程を計画しました。

6月というのは、8月と共に祭日のない月で、8月は夏休みでお盆休みもあることを考えると、ただの土日と平日だけの月ということになります。以前は、この6月は近しい人の誕生日もなく意識の薄い月でしたが、この頃は、花もきれいで、真夏日になる前で、昼間の時間が長いということで、私の中では好ましい月になっています。

こんないい季節に、予定通り出かけられて良かったと改めて思っています。

孫を連れての旅、まず新幹線の待ち合わせでは、昨年とは変わって、元気よく歩いて私を見て「バー」と言えるまでになってました。そして帰るころには、「バーバ」と言えるようになっていました。

大阪の家では、私の母をみて、やはり「バー」でしたが、去年の母の写真を見て「ジー」。これは、写真の人と「おなじ」の「じ」なのです。だいたい、言葉の後の方の一音で伝えるという段階のようです。二音で言えるのが、「ママ」「パパ」「いやいや」など5,6個ぐらい。(この旅のあとは、バーバ、バイバイ、ジージ、などどんどん増えている模様)

image今回の旅は、3泊しました。翌日は、電車で二駅のところにある「あべのハルカス」へ。

展望台に上り下りするエレベーターは、16階から出ています。下から上る場合も一回16階で降りて、エレベーターを乗り換えて登って行きます。平日なので空いていました。

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ハルカス16階

 

昨年も、この下の近鉄百貨店には来ており、せっかくだから今回は展望してみようかというぐらいの気分でしたが、60階の展望回廊は、想像以上に空の上を感じさせる場所でした。

今まで、横浜のランドマークタワーや新潟の朱鷺メッセなど、高層の建物は何回か上っていますが、それらとは全く違う、開放感がありました。まさに、天上に来た気分。

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image眺める景色が、素晴らしいというのではなく、これぞ街という眺めに圧倒されました。どこまでも、家、家、家。そう、この街で育った私は、感覚的には世界はどこまでも家が並んでいると感じていたことを思い出しました。

そんなことを感じながら、母と、昔住んでいた辺り(ここから徒歩5分くらいのところ)や、天王寺公園、動物園、通天閣(どこにあるかわからないくらい)を見下ろしたりして、街を鳥瞰することにふけっていたころ、孫はだんだんご機嫌斜めでなだめる娘も疲れ果てていたようです。

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ハルカス58階

ハルカス展望は、58階がベースになっていてそこから59階、60階がロの字型に展望回廊となっています。58階には、レストランがあり、真ん中部分広場になっていました。孫のご機嫌が悪いので、とにかくそのレストランで食事をすることにしました。セルフサービス型の洋風メニューで、何とか四世代に合うメニューを探して注文しました。時間的に、まだ早い時間だったので助かりました。

 

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四世代でのハルカスの展望体験は、天空を思わせる印象と共に心に残ることでしょう。

☆☆☆

その次の日は、近くの公園で遊び喜んでいました。

その日は、近くの神社のだんじりが出て賑わっていました。あまり大きな音がするので、マンションから下を見下ろしたら、ちょうどだんじりが通って、ショーを繰り広げているのが見えました。嫁ぐ前10年住んだ場所だけど、地域の行事には疎かったなとあらためて思いました。

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何はともあれ、お天気にも恵まれ、楽しめた四日間でした。

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マザーリーフ

 

 

 

 

 

 

 

台風接近

 曇りながらも少雨にとどまった、三日間の湘南平塚の七夕祭り。

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晴れればカーッと暑い夏が待っているはずですが、なんとそれどころか南の海で、90年に1度かもしれないというくらいの大型の台風が発生したようです。今沖縄をねらうコースにあり、勢力を増しつつ進んでいるというから大変です。沖縄の人たちの、安全なところへの早い避難を願っています。

その後のコースも心配です。大まかな予想で、日本列島がすっぽり入っていました。関東地方としては、一番北よりのコースが最も被害が少ないようですが、いずれにしても大型なので、かなりの雨や風の覚悟が必要になるでしょう。

一番最近では、2007年の7月に上陸した大型台風に似ているとニュースで言っているのを聞いて、そんな台風ってあったかしら?・・・と記憶にありませんでした。それで、自分の過去ブログをしらべてみました。そんなに大きかったのなら何か記事にしてないだろうかと。

そうしたら、やはりありました、ありました。7月15日に台風一過とあって、沖縄、九州は被害が大きかったけれど、関東の方は割とあっけなかったと。それと、同じ頃に新潟の中越沖地震(柏崎震源の)もあったことがわかりました。

ついでに、周辺記事とそのコメントなどを読んで、タイムスリップの気分を味わいました。さすがに7年前にもなると、自分が書いたものでも新たなるもののように読めて新鮮で、書き残しておくことの妙味を味わいました。

ここ何週間か、パソコンを多く使かうも、ネットの方はご無沙汰状態で、当然ブログも停滞していましたが、書き残すことは、将来の自分への大きなプレゼントでもあるのだから、忘れたくない今を記録したいとの思いを新たにしました。

6月に書きそびれたこと

その1、

image1年中で一番美しい、6月の庭。今年は、びわ、イチジクがたくさん実を付けました。イチジクはこの後、斜めに傾斜しつつもこの枝だけ、旺盛に実を付け続けています。

そして、額アジサイが昨年に引き続き大輪の花をたくさん咲かせました。クチナシの白い花も、控えめに、マイペースに二日間の花をつけていましたよ。

おなじみ、ドクダミの白い花は一部ユキノシタも加わり混生しています。そうして、美しい6月の庭は、今や夏のジャングルに突入しています。

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その2、

image6月前半の花菜ガーデンに珍しく夫と二人で参加し、七夕の飾りー薬玉の上の丸い部分の花の取り付けをしました。

その日は3人の作業で、私はピンクを、夫は緑。蛍光色の鮮やかな色の花を竹の枠に取り付けました。中には電球が入っていて、夜の部で光るしかけです。雨に電球が濡れないための手立てもなされていました。

 

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なので、七夕まつりには、どのように完成したかをどうしても見たくて、それだけのために5日の夕方に繰り出していき、大探しの末見つけました。

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今年の七夕まつり、飾りつけは、最盛期に比べれば地味になったかもしれませんが、凝ったものもいくつかあり、何よりも手作り作品の飾りもそれらと肩を並べるように飾られているのが良かったです。作っている人のようすが目に浮かび温かみを感じました。

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その3もありますが、次へつづくにします。

 

 

鎌倉ウオーキング

先月参加した石垣山ウオーキングを主宰する団体から、今月のウオーキングのお知らせが届きました。先月の時にも、予定として書かれていたので知っていましたが、あらためて案内が届くと不思議と心が動いて、今月も参加することになりました。

行先は、鎌倉。鎌倉は何度か行ったことがありますが、北鎌倉から鎌倉にかけての地形、お寺の位置関係は知らないので興味深く参加しました。

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北鎌倉駅に9時20分に集合し準備体操をして出発しました。まず5分ほど歩いたところにある東慶寺に入りました。自由行動で、10時まで中を散策しました。ここでの見どころは、植物2つ。

岩がらみ
岩がらみ

1つは本堂の裏側の崖に生える「岩がらみ」という植物。アジサイの仲間なのか?9時から10時までしか中に入れないので見られてラッキーでした。

イワタバコ
イワタバコ

あと1つは、イワタバコ。これも崖に生える草。たくさん生えていて、紫色の小さなきれいな花を一斉につけていました。

 

 

 

 

 

imageそこからまた5分ぐらい歩いたところにある浄智寺でも希望者は中に入りました。入ったところに、特別天然記念のコウヤマキの大木があったことと、洞窟をくぐった向こう側に鎌倉七福神の布袋様の像があったことが印象に残りました。

 

コウヤマキ
コウヤマキ

 

imageこの浄智寺の横の方から葛原岡ハイキングコースに入り、山道を歩きます。ほどほどのところで、葛原岡神社に到着しました。ここでしばらく休憩ののち、昼食場所の源氏山公園に向かいました。途中、わき道を入って、源頼朝像のある広場に立ち寄りました。鎌倉の源氏山公園というのは、今まで全く知りませんでしたが、そこにこんな像があることにも驚かされました。なるほど、鎌倉は今も源氏が主(あるじ)として生き続ける場所なんですね。

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12時前に昼食場所に到着しました。源氏山公園は、特に何もない公園でしたが、緑に囲まれてお弁当をいただきました。

午後の「大仏ハイキングコース」道は、アップダウンのあるなかなか険しい道で、途中2陣グループはコースを外れて行きつ戻りつをする場面もありましたが、何とか「大仏トンネル」前のバス通りに出ることが出来ました。その道をしばらく歩いて高徳院の大仏をチラッとみたあと、長谷寺へ行きここのアジサイを堪能する予定でしたが、入り口前は人、人、人。90分待ちの案内が出ていたので、70名近い団体集団である私たちは遠慮することにして、次へ進みました。アジサイはこの次の御霊神社でも咲いていたのでこちらで楽しむことにしました。この神社の入り口は、江ノ電の踏切のすぐ前。トンネルから出てくる江ノ電とアジサイを写すスポット的な場所です。

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この踏切を渡って右折、しばらく進むと成就院の階段があり、上りました。片側がアジサイの壁になっていて、後ろを振り返ると人の波とアジサイ、そして遠くの海が眺められました。

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そして極楽寺に到着。拝観料のいらない境内に足を運びましたが、ここは特に印象に残るものもなく外に出ました。江ノ電極楽寺駅に近く、疲れが出た人もいたことから急きょこの場所で解散となりました。本来の解散地である稲村ヶ埼公園へは希望者30名くらいの団体に縮小し到着しました。
歩いて海に辿りついて見る海は穏やかな嬉しい海でした。江ノ島を反対側から眺めて写真に撮ることが出来たことも記念すべきこと。

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しかしながら、このあとはじわじわと疲労が勝ってきました。帰路は、稲村ヶ埼駅から満員の江ノ電に乗って藤沢で下車、一番先に目についたUCC喫茶に入り込みました。

初夏の風が吹くウオーキング日和ではありましたが、鎌倉を散策する人の多いこと!1日経過して、どういうわけか腰痛。トータルして、私には若干、ハードなウオーキングだったようです。

Y155スタンプラリー

しばらく晴れの日が続いていましたが、今日は予報通りの雨。例年より早く、関東地方も梅雨に入りました。

梅雨入りする前の、6月に入ったばかりの日曜日、初夏の日差しの中、横浜ウオーキングに出かけました。今回はY155イベント- スタンプラリーのポイント地点を巡るウオーキングです。6ポイントを好きな順序で回り、最終ゴール地点で、懸賞応募するというものです。

imageまず初めに立ち寄った馬車道ポイントは、県立歴史博物館。みなとみらい線の馬車道駅にほど近いところにあります。ここから中華街の方向に歩いて行きますが、この道路沿いには元銀行だった重厚な建物が立ち並んでいました。歴史博物館もそうですし、東京芸術大学と看板のある元銀行、下が旧銀行でそこに継ぎ足したように立つ高層のマンションもありました。そして、さらに進むと国の重要文化財の開港記念館へと続きます。

 

 

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次のポイントのありあけハーバー本店に行く手前の通りが賑わっていましたが、そこは神奈川県庁前の通りで、県庁内の広場や県庁の中もイベント会場になっているようなので、一通り見て回ることにしました。

image県庁前南北の道路では、近県からの地場産紹介テントが立ち並び、イベントの舞台などもあって、どう言うわけか”くまもん”が登場していました。県庁では、しずくちゃん、豚のキャラクターなどに出会いました。県庁の中も入ることが出来、知事室、会議室などが見られました。

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3階から連絡通路で隣のビルに行くことが出来、連絡通路からは、横浜港、象の鼻?が見えました。

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imageかなり長い道草をしましたが、関内ポイントのありあけハーバー本店でスタンプを押してもらった後、ここでランチをすることにしました。選んだメニューは「フレンチトースト」。とても美味でしたが、甘さ満点すぎでした。

 

 

 

このあとのポイントは中華街、元町、山手それぞれにあります。中華街は通りが斜めになっているのでわかりにくい感じですが、今回のウオーキングでほかの地域とのつながり具合が少しつかめた気がします。

image媽祖廟のところのポイントでスタンプ。隣には山下町公園(まぎらわしい)があります。中華街から橋を渡って元町通りへ。

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ポイント地点の元町プラザから山手通りへは、アメリカ山から行きました。エスカレーターで屋上に出ればアメリカ山公園なのでラクして行けます。4,5年前に来たときとくらべすっかり良い庭園になっていて、ジュンブライドの花嫁にも出会えました。

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imageここから、外人墓地の横を通り、山手十番館でスタンプ。その後は、海の見える丘公園経由フランス山を下って高架を渡り、人形の館に立ち寄ってから1階に降りました。そして、横を見ると何とそこには、マリンタワーがそびえていました。ここが山下公園どおりポイントなので、さっそく立ち寄り、スタンプが揃ったので懸賞に応募しました。その前の道路を渡ったところがゴールの山下公園です。

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ゴールでは、最終のガラポンくじがありました。珍しく参加賞以上をゲット。鐘が鳴らされ、小さな商品をいただきました。こういうのって、ゲーム感覚でなかなか楽しい気分です。

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今回は、ウオーキングというよりはぶらり散歩のような感じでしたが、天気も気候も良く、街全体がパビリオンのようで、ビューポイントが沢山あり、ディズニーランドとはまた違った楽しが味わえたと満足しています。

 

 

 

 

石垣山一夜城を巡るウオーキング

5月18日、あるく会主催の「石垣山一夜城公園巡り」の全10kmのウオーキングに出かけました。

image一般参加費400円。箱根登山鉄道の入生田駅に集合し、準備体操をしてから出発です。入生田駅といえば、近くに樹齢340年の見事な枝垂桜で有名な長興山があります。

まず、石垣山とは反対方向ですが、紹太寺の門から入って長興山の二つの名所へ向かいました。途中かの枝垂桜はもう初夏なので、周囲に同化する緑の姿になっていました。目的の名所一つ目は、「鉄牛和尚の寿塔」。もう一つは「春日局」の墓標がある稲葉一族のお墓。

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鉄牛和尚の寿塔       春日の局の墓

 

今回は、ガイドウオークでは無いせいか、説明を聞くことはありません。その辺の案内に書かれていることを自分で読んで納得するのみです。長興山の下りは、別ルートで長く急勾配の石段です。こちらから上るのでなくてよかったと思いました。

 

image元の入生田駅に戻り、線路を超えて駅すぐにある「生命の星・地球科学館」で小休憩したのち、川を越えて反対側の石垣山へと向かいました。

 

 

 

 

小田原は、よく来るのに、この石垣山の存在は全くと言っていいほど知りませんでしたので、新鮮な感じがしました。初めのところの道しるべには、頂上まで2300mとあり、ゆるやかなカーブの車道の脇をぞろぞろと登って行きました。

途中の道にもガイド看板があったりして、歴史的な道であることが感じられました。途中から、山道へ入って行きその途中でも1回休憩。参加者のほとんどが定年後のリタイヤ組の風情の方々ばかりなので休憩が多いのでしょう。その中ではヤングな私たちは、さわやかな気候とも重なって、かなり余裕のウオーキングでした。

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ほどなく目的地の二の丸公園に到着して、お昼休憩になりました。たっぷり1時間半くらいあったので、周辺を散策したり、少し下ったところのパーキング横の洒落たお店でソフトクリームを食べたりできました。

石垣山の頂上からは、小田原の市内が一望でき、松田断層の北米プレートとフィリピンプレートの境目が確認できました。石垣山というのは、豊臣秀吉が小田原の北条氏を倒すために一夜で築いた城と言われているそうですが実際は80日間4万人の人が動員されてできたということです。

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帰路は、みかん畑をながめながら反対側を下り、「海蔵寺」→「小田原漁港」と行き、すぐ近くのJR「早川」駅で解散しました。

image海蔵寺にはちょっと珍しい木がありました。「ビラン樹」といい四国、九州、沖縄に生える木でこの辺は北限とか。成長と共に幹があかくむけていくので、「バクチの木」「ハダカの木」と呼ばれているそうです。

 

 

 

 

image小田原港の海に面したところは、小田原提灯型の灯台が見えるほかは高速道路の高架とテトラ壁で何とも殺風景な感じでしたが、1軒だけガイドブックに出てきそうなお店がありました。また、少し戻ったところの小彎に船やらがあり、港だなと実感できました。

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10kmはきついかもと思っていたので、意外と楽勝感はありましたが、ふりかえって坂道や石段など、カラ元気で頑張っていたかもしれません。私にとっては、ちょうど良い内容だったと思っています。