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6月にまた旅行!③~浜松城

今回の旅の最終日は、帰り道の途中にある浜松城に立ち寄ることを目指して出発しました。少し下の道を走り、一の宮インターから高速に入りすぐ国道1号線に入れる音羽蒲郡インターで降りました。同じように考える人が多いのかこのインター、出る時渋滞が起きていました。

でもその後は順調に流れ、海沿いを走るときはまるで高速道路のような流れに乗ってかなり距離を稼げました。

浜松城到着は12時過ぎ。ここでたっぷり3時間昼食と見学が出来ました。今回はまず大河ドラマ館を見てからお城を見学。やはり、家康がテーマなので過去2日訪ねたところと被るところも多くありましたが、印象としては中々好感の持てるお城と館でした。

家康が19歳から45歳までの壮年期を過ごした出世城と言われるだけあって、全体に活気と活力を感じたのは気のせい? 今大河ドラマも浜松城時代をやっているので、最も親近感がわくのかもしれません。

今回の旅、合戦場ばかりたずねて争う時代の人間模様を幾度も見せられましたが、結局は徳川家康がその最後に日本をまとめて且つ260年の平和な世の中を作り上げたことの偉業を知ることが最も大きなテーマと知らされました。

そして先日の大河「築山へ集え!」を見て、これが真実なのかはともかくとして、みんなが平和を願いながら、男は戦をして女は戦なく平和を夢見ているー女の願いは中々届かないけれど願うことが平和の種であることを感じました。瀬奈が、家康に「あなたを見て、この考えが浮かんだ!」というところは絶妙と思いました。

浜松城をあとにして、あとはよく知った関東圏目指して5時間走行で戻りました(了)

6月にまた旅行!②

一日目のその後は、関ケ原から岐阜市内の宿泊ホテルへ向かい、途中で夕食を済ませ、遅いチェックインをしました。

二日目は、名古屋市を越えて岡崎市に向かいました。もちろん岡崎城があるからです。ナビを入れて9時過ぎに出発。一般道路で行くと結構時間がかかり岡崎城には12時過ぎに到着しました。

駐車場に止め、まずお城に向かいました。徳川家康が生まれたお城で、産湯の水を汲んだとされる井戸などがありました。お城の中は、博物館風に家康の背景はもちろんのこと岡崎市の産業や文化の紹介があり、プロジェクションマッピングのようなのに入りこんで楽しめる仕掛けもありました。

大河ドラマ館はお城と少し離れたところにあり、外周を回ってそちらに足を運びました。こちらでは、松本潤家康のポートレートを始め、大河ドラマの配役と重ね合わせて様々な説明、展示、映像が繰り広げられ「どうする家康」の世界に浸れるほか、関ケ原合戦については映像とデジタル化されたジオラマ模型を重ね合わせた時系列による再現で、様々な武将の動きなどをリアルに知ることができました。

堪能して車に戻る頃には、雨がぱらっと降ってきましたが、まずまずセーフでした。

ホテルへの帰路では、途中、長久手に立ち寄りました。高速道路利用で長久手を打ち込み出発。東名~名古屋瀬戸道路に分かれてすぐのところに長久手があります。古戦場であるのと、すぐ隣がイオンモールであるのが立ち寄りのポイントです。こちらで夕食をとりました。

長久手は、小牧長久手の合戦で知られる古戦場ですが、月曜日で資料館は休館。静かな佇まいだけを目に収めました。夕食を終え、高速道路でホテルの最寄りのインターである岐阜各務原(ギフカカミハラ)ICで下りてホテルに戻りました。(つづく)

6月にまた旅行!①

しょっちゅう旅行に行く家ではありませんが、前回の旅行の記憶が新しい時にまた出かけました。今回はツアーではなく、JR岐阜駅近くのホテルに2泊。ここを拠点に徳川家康ゆかりの地を訪ねる旅です。

日曜出発ということで、まず関ケ原を目指して朝7時に家を出発しました。普段は下の道を最大限活用する派ですが、今回ばかりは、一番近いインターから入り小田厚、新東名を走りずっと高速道路で昼食も済ませて、13時に関ケ原インターを降りました。

途中、長篠の戦いの場所にある、長篠・設楽原パーキングで、信長・家康連合軍の陣地あとを見学しました。今回の旅の最初の訪問地です。

最大の目的地の関ケ原に早く到着できたので、関ケ原古戦場をめぐる前に、ここから車ですぐの伊吹山ドライブを先にすることになりました。

伊吹山は意外と高い山で、そこへの道は昨年の白山ホワイトロードを思わせる切り立った崖の道を登りました。山頂手前で大きな展望駐車場エリアがあり、そこからの眺めを楽しみました。ここから山頂までは3ルートで、一番近いほぼ階段コースだと20分で行けるようでしたが、次の予定があるので断念しました。

琵琶湖一望は少々視界は曇ってましたが、眺望はまずまずでした。

関ケ原に戻ったのは14時半。石田三成の陣地をまず見学。辺りは、今も田んぼが広がる平地で、決戦地の旗がある場所はその真ん中。地形と合わせて想像しやすいまま残っています。色々な武将の塚などが点在するようですが、このあとは関ケ原古戦場記念館に入りました。

前日にブラタモリでも取り上げていたので、中々タイムリーでした。ここでは、映像や展示物などあらゆるものを利用して、合戦の背景、武将、当時の状況が様々に見られます。一番迫力のシアター予約はうっかりしてて見られませんでしたが。

今年の大河の主役の大一番の地ということで、合わせて賑わっていました。今回の旅の「どうする家康」テーマ展示を見る始まりとなりました。(つづく)

ツアー⑤城崎温泉~

城崎温泉は有名な温泉地ですが、今回初めて訪れました。

丹後半島をぐるっと回って、京都府から兵庫県豊岡市に入って円山川を越えたら、大谿(おたに)川沿いに7軒の外湯があります。私たちはホテル泊でしたが、お風呂は外湯推奨で外湯巡りのチケットまで用意されていました。

が、もともと温泉好きではない私はさて、行っても2,3個かな?ぐらいの熱意でしたが、温泉好きのはずの夫がまさかの熱意なしで、結局地蔵湯という温泉だけに行きました。城崎温泉はとにかく熱いことで有名らしく中でも一番入れそうなところが家族向きと書かれた地蔵湯でした。入ってみて、確かに熱い湯でしたが42℃くらいかしら?夫は幸いちょうど良かったと言ってました。

三日目は、バスで米原に戻り新幹線なので、観光の方は程々に考えていましたが、ゆっくり9時半に出発して、2箇所、それぞれに印象深い場所に立ち寄りました。

その1つ目は、玄武洞公園。前日に見た立岩はじっくり見られませんでしたが、こちらが本命と、見てみて初めてわかりました。

迫力ある規則正しく並んだ六角形の柱状節理。また、玄武岩はこの玄武洞の石が江戸時代に学者により名付けられたものとわかり、その圧巻の風景とその背景にある歴史に自然の偉大さを感じる時間が持てました。

もう1つの訪問先は、出石(いずし)ー今は豊岡市の1つの地域となっていますが但馬の小京都と呼ばれる場所。出石城址がありました。蜃気楼という日本で2番目に古い時計台や明治館、永楽館などの歴史的建造物があり趣のある町でした。

またおそばが有名で、話のタネにいただきました。小さいお皿に載せたおそば5皿がワンセットで、1枚160円で追加できるというもの。「いずしを、さらに、そばに」という看板、うけました!

このあとは、いよいよ一路、米原を目指してのバス移動。車窓からは豊岡市ならではの光景が! コウノトリ→

来た道を戻りました。さすがに、ガイドは無くゆっくりと車窓を眺めたり仮眠したりで米原到着です。途中一か所だけ、明智光秀の居城―福知山城が見られました。

帰りの新幹線は、17:33発のこだま号のグリーン車両。ゆっくりと夕飯のお弁当を食べながら無事に帰宅しました。(了)

天橋立ツアー④

最大の目的地の天橋立訪問を終え、二日目の宿泊地である城崎温泉までは、海岸沿いに丹後半島をぐるっと回って進みます。

次の訪問地は、伊根の舟屋の里。ここでは船を収納する場所がある建物が海に面して立ち並んでいます。団塊の世代ぐらいのガイドさんが来られて、色々説明してくださいました。

伊根湾には約230軒の舟屋があり、説明を受けた対岸の舟屋は江戸時代からのもの。舟屋の持ち主はここに住まず、道を隔てた後ろの家屋に住むのだそうです。舟屋の前がすぐ海で小さい波が寄せています。台風の時などは家ごと被害を受けないのでしょうか?

その答えは、湾に浮かぶ青島という島が防波堤になっていて大波は来ないから大丈夫なんだそうです。

江戸時代の絵図と今の写真を比べてもほとんど同じで、且つ今なお生活している集落は他にはないということで、「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されているそうです。

街並みの説明なども聞いたあとは、またバスに乗り込み、丹後半島の海岸沿いを進んで行きます。

車窓からは海がずっと見えていてガイドさんが良いタイミングで見どころを案内してくださいます。形のいい兜山、ぐるっと回って一瞬ですが、丹後半島の松島と呼ばれるアングル、小さいけれども見つけられた屏風岩、など。

柱状玄武岩で出来ている立岩は、一応下車してまあまあ見えるところに案内してくださいました。

その後に立ち寄った琴引浜海岸は、とても美しい海岸でした。歩くとキュッと音がするのでこの名が付いたそうですが、普通に歩いても鳴らないそう。まずお天気が良く砂が乾燥していてきれいであり、砂をこするようにして歩くと鳴るのだそうです。砂の中に石英が混じっていてそれが擦れる音だそうです。

現在、この琴引浜の砂は持ち帰ることは禁じられています。

丹後半島ぐるりと海岸沿いを楽しく巡り、予定通り4時半ごろには次の宿泊地城崎温泉に到着しました。(つづく)

天橋立ツアー③

旅の二日目は、いよいよ本命の天橋立行きです!朝食7時、出発8時と早いスタートです。

旅の行程は、パンフレットに書かれていますが連れて行ってもらう旅は前もって中々頭には入りません。バスに乗り宮津湾を眺めながらだんだん天橋立が近づきます。ガイドさんが、観光船で今回訪れる天橋立一の宮まで行くことを告げ、その際に廻船橋を通るのでよく見るようにとの説明を受けた時には、何のことやらイメージがわかず聞き流していました。私たちのためにわざわざ1日1回橋を回してくれるのです、とか…?

その意味が、体験と検索により徐々にわかりましたが…(^_^;)

観光船は宮津桟橋から出発、船長は紅一点の方と紹介がありました。船の2階は椅子は無く屋上風なので船室に入って出航しましたが、ほとんどの方は初めから2階に行かれて、5名くらいで船のガイドさんの挨拶とガイドを聞きました。ここでも、もうしばらくしたら上に上がって廻船橋を見てくださいと!

廻船橋を通る前に、天橋立が大きく近づき、間の水路へ船が入って行くその先に橋の半分が回った橋が見えてきました。残りの半分の橋には人が溜まっています。全く通行の邪魔をして船が通過するのだなと理解しました。このように迷惑になるからなのか、観光船の宮津港から出港する船は、一日に1船のみとなっていました。

ちなみに此の後またこのJR天橋立駅に近い文殊港にバスで戻って、この橋を渡って天橋立を散策することになります。

ここを通過した後の天橋立西側の海は阿蘇海と言うそうです。一の宮桟橋が近づくと左手に舟屋が二十数軒見られましたが、午後に訪れる伊根地区にはこの10倍約230軒あると言うことでそちらが楽しみになりました。舟屋というのは、海に面して家が建ち、車の車庫のように船が入るように建てられている家屋のことです。

一の宮桟橋を降りるとすぐ近くに、元伊勢籠(この)神社があり、そこに参拝した後、天橋立散策組とケーブルで傘松公園へ上がる組とに分かれました。

私たちは、夫の要望で松林散策組です。バスで文殊港まで戻り先程の廻船橋を渡って、ゆっくり小一時間、天橋立を散策しました。

良いお天気で、右手遠くに昨夜宿泊したホテルが見え、右側は砂浜のところも見られました。左手は阿蘇海、すぐそこまで迫る海で静かにさざ波が立っていました。松林は夫婦の松、友達の松、昭和天皇が皇太子の時に植樹した松、などが印象に残りました。

昼食の後、次の訪問地―伊根の舟屋へ向かいます。(つづく)

天橋立ツアー②

京都丹後鉄道宮舞線というのは西舞鶴から宮津までの路線です。その内私たちが乗った区間は四所(ししょ)から栗田(くんだ)まで。

1両編成で、黒、黄、青、赤色の車両が走ります。それぞれに名前がついていて、私たちが乗った車両は青色の青松です。車内もユニークで、片側にテーブルがありカウンター席のように外を眺められ、もう片側は4~6人掛けの対面テーブル、場所によって飾り棚と応接室のソファーがある場所、普通の横式座席のところなど1両の中が色々にレイアウトされていました。

椅子取りゲームに負けがちな私たちは座る場所が見つからず、仕方なく先頭に。撮り鉄?のような男の子が陣取ってはいましたが、幸い運転席の横の場所から前方が眺められました。

だんだん海に近づいて走るようになり、また由良川橋梁という赤い橋を渡りました。この赤い橋は水面近くを走ることで有名だとか! 南側から撮影すると空と海が一体となったところを一直線に橋があり、そこを電車が走るという写真が撮れる撮影スポットだそうです。

栗田駅を降りた後は、また同じバスに乗り、早いうちに宿泊ホテルに到着しました。天橋立を望むリゾートホテルでゆっくり夕食を!というキャッチの通り、天気に恵まれたこともあり、天橋立を東から眺めながら夕食が出来ました(つづく)

天橋立ツアー参加①

今回の行先は、「天橋立、城崎温泉と丹後半島の旅」です。我が家では、旅行を計画するのは専ら夫で、今回の行先も夫が何年か前から行きたいと言っていた場所です。

関東からは遠方になるので数年前には飛行機で行く話も出てましたが、それは私が難色を示していたものです。もともと関西出身の私は天橋立には小学校の遠足で行ったことがありますが、まあ何も覚えていません。

出発の日の前日の朝まで台風の影響の大雨でしたが、台風一過で出発出来たのは幸いでした。

東京発のツアーに小田原から乗り込んでの参加です。新幹線小田原駅は私には馴染みの駅ですが、この日の朝はいつもと違って中学生の修学旅行の団体でごったがえ。暫くすると修学旅行と書かれた貸し切り新幹線車両が到着し、それを見送った後に私たちが乗る新幹線が到着しました。

新幹線は米原で下車。ここからは近江鉄道バスに乗ってのツアーの始まりです。バスが走り出すと早速ガイドさんの案内が始まりました。

バスを降りる舞鶴市まで、滋賀→福井→京都とサービスエリアやパーキングに立ち寄りながら高速道路を走る道中、途切れることのない車窓のガイドがあり、それがあまりにも丁寧&詳しく&的確なので、通過する場所にも心惹かれました。

伊吹山と湖北地域の話→敦賀市一望と敦賀湾→美浜町→三方五湖→小浜市→東舞鶴

バスを降りて向かった先は、京都丹後鉄道宮舞線の四所駅です。(つづく)

当たり月-5月

5月は何をしても、気候がいいのではかどる季節です!

月初めはゴールデンウイークですし、世の中が動き出して、テレビの番組も私の良く見るクイズ番組では、名所や花のきれいな場所がとりあげられて知らないところの知識も増えました。

以前は、この機会にどこかに出かけることも多かったのですが、今は人の集まるところに人が押し掛ける時期に行くのはいかがなものかと、静かにしています。

所属団体での当番がこの5月に当たっていて、これは地味に大変で昨年度の3月に当たったばかりなのに、年度替わりでまた当たるとは?と思う気持ちに追い打ちをかけるように、例会当日の発言くじにも当たってしまいました。もう1つの勉強会の準備する発表「今年の電気代について」にも当たっていたのに、その日また当日発言くじにも当たってしまいました。

すっかり閉口ですが、いいこともあるもので、毎回惰性で応募しているコープのキャンペーンで豚肉ロース肉の塩麹漬けなどが当たりました。何か送られてくるのは気分がいいものです。

そういえばベルメゾンから期間限定クーポンが送られていたことを思い出し、うちにある優待券と組み合わせて、夏服上下とお菓子を注文!それがさきほど送られてきました。ネットの購入は、いつも迅速で満足します。サイズ四苦八苦でしたが、試着してみるとこれがピッタリ。自分のサイズもつかめたし、今後はネットでの服の購入に期待できそう!

花菜ガーデンは2回申し込んでいましたが、1回目は雨で中止。もう1回が昨日あり、こちらはお天気も良く、ガーデン内を散策できました。

6月はもうそこまで来ていますが、最終日の集まりは、これがまた当番に当たっているのは偶然かしら?

3月4月をふり返って

4月最後の日の今日は、雨が少し降る日曜日です。新緑の季節から青葉の季節へ移りつつあります。10年を振り返るときは早いと思いますが、この1カ月は植物の変化と同じくらい時間の経過を感じます。

今年の春は早く、桜も3月後半には見ごろを迎え、4月、4年ぶりの近場の桜まつりは花にもお天気にも恵まれました。菜の花とのコラボも見られ、日本国中が待っていた桜の季節となりうれしく思いました。桜は近場の何か所かでかなり満足を得ました。ただ、桜が散るように亡くなられた方の知らせが続き、寂しい思いもしました。

大阪の母にも大きな変化が訪れています。3月の前半、施設での事故で顔に傷を負った母は、持病の心不全が悪化して入退院を繰り返し、施設には戻れない状況になってしまいました。このことで、3月4月と大阪に出かけ母の環境の変化の対策を兄と相談しつつ気の休まらない日が幾日か続きました。

今は、状態が安定はしていても事故前のレベルには戻れず、施設での生活はむづかしいので療養型の病院に入っています。また病院は面会はまだ出来ないので、出来るようになるまでは週1のZoomで話すしかありません。

新年度となり、花菜ガーデンの活動には3回参加し、春の花菜ガーデンを楽しみました。また近場に大型アウトレットもオープンし、近くなのにお出かけした気分になれるのはありがたいと喜んでいます。

所属団体の活動も、コロナ前の活気を取り戻そうと動き始めています。

前へ進むしかないわけですが、体力×知力×未知のフィールドへ ― バランスを取りながら今を生きるしかありません。