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春分の日に part1

春なのか、冬なの、随分綱引きの続いた今年の冬も、今日の日を境に退散してくれるでしょうか?
冬至が過ぎてから、明るい日差しを楽しみに過ごす冬は、昔から良いイメージです。
そして、春分までこぎつけると、明るい昼が普通に約束されています。太陽と共に目覚め、
つるべ落としの夕陽に追われて家に帰ることもありません。
 
昨日、次女が友達と卒業旅行に出かけ、長女は送別会で帰りは遅く、1人の夕食でした。
今朝は長女を、早朝ディズニーシーに見送り、春分の日は始まりました。プチ1人暮らしのような。
 
沢山予定していることがありますが、まず連日5時間の睡眠時間を解消すべく、
2度寝を試みるも不完全燃焼で終わりました。
今日の予定のメインは、夫の母のグループホームを尋ねることです。
最近は夫が戻ったときに一緒に行くことが多くなりましたが、今回は、久しぶりに単身で出かけます。
片道2時間半を、千葉方面に総武線に乗って出かけます。
夫の母がこのホームに入るようになってそろそろ2年になります。今年91歳。
 
1人暮らしは、欲張りになりますから、直ぐに家を出発するわけには行きません。
昨日に引き続き、大量の洗濯。そして、1つ奮発は、ホームへのお土産のバナナケーキ作り、
これが、先ほど焼けたので、このあとすっ飛んで行きます。
 
しかし、駅まで自転車25分。その途中にある、美術館に立ち寄って、お誘いを受けた展示を見る時間は
あるでしょうか?とにかく、予定していたメニューをクリアしたい!
片道2時間の車内で読む本を持参して。

卒業

 春がそこまで来ていた1週間前と打って変わって、寒い1週間でした。
 
 色々なことが、年度の締めくくりへと、急ぎ足で進んで行きます。
 ことに、今年の三月は予定表を埋める予定が、ぎっしりと・・・。
 
手帳、片手に昨日は、大学時代の旧友とのランチおしゃべり会?に横浜までくりだしました。
4人で、スカイビルの最上階のレストランに。
    
     
 
 中華メニューをいただきながら、それぞれの日々を語り合いました。
                ふかひれスープ
 
先日、久しぶりに行われた同窓会(神戸での)に出席した人の、写真を見ながら様子報告なども。
すでに、デジカメ写真がパソコンメールで送られていますが、従来の写真もまだ健在。
30年の年月が、過ぎても少しも変わらない面々・・・と思っているのは、自分達だけ。子どもには、
「小母さんばっかりだねえ」と言われたと、大爆笑!
子育ての終盤に向けて、親離れ、子離れは如何に? 教育費の山の再確認、幸い?今日のメンバーには、
まだ子どもの結婚を経験している人はいませんでした。
親の介護についても、親元を遠く離れているもの同士の、事情などが聞けました。
 
1日過ぎて、今日は次女の卒業式。朝から一段と、寒い日でした。
この頃は、大学でも、入学式も、卒業式も父兄に案内が来て、ご臨席を・・と勧められ、勧めに応じて
全部出席してきました。今回が最後となります。
ミッションスクールの、讃美歌と聖句からのはなむけの言葉の数々に、耳を傾けました。
そして、あとは、デジカメと携帯での撮影風景があちこち。私も、その仲間に加わり撮影、程ほどで帰路に。
 
子離れは、できているつもりでいます。でも、親でなくなるわけではありません。
人は、長い年月をかけて、ゆっくりと次の世代へメッセージを伝える時間を与えられた生命だと思います。
まだ、伝え切れていないことをこれからも。そして、まだ健在の親からは、これからも、先を生きる知恵をもらい続けたいと思います。
 

ブログの保存

ブログを始めてから、もうすぐ2年になります。
 
初めは、公開せずに、メールの代わりに、いつでも覗ける掲示板のようなものとして、
日々の様子を綴っていましたが、約1名の反響は、予想外に寒かったので、4ヵ月後には、
タイトルも変えて、ブログ本来の形にして公開日記に踏み切りました。
 
といっても、粛々と、自分の記録を続けていきましたが、読み手が自分以外にいるという事実は、
私的な日記でありながら、独特の張り合いを生み出して、日に日にこれにはまって行ったように思います。
 
なかなか自分からは違う人のところに行って、コメントができないのに、関心を示してコメントをくださった方々のお陰で、
お友達にしていただいた方が、少しずつ増えていって、益々ブログが私の中で生気を帯びたものになって来ています。
 
以前から、時々思っていたことですが、この日記サイト、せっかくの日記なのに、
保存はできないのでしょうか?
一度、フロッピーに入れようとしたことがありましたが、入りませんでした。
やはり、これはコンピューターにあるものでなく、どこかにあるものだからなのでしょうね。
 
では、あとは印刷するしかありません。
そう思い立って、初めの4,5ヶ月を印刷し、1年たったころ3ヶ月程印刷したあとは、また日に日に膨大化する中
なす術を見出せずにいました。
 
でも、一昨日、大きなきっかけをいただきました。
いつも、お邪魔させていただいている方の記事に、写真集を自ら編集、製本されたことが載せられているのを見て、
いつも、見せていただいていたものが、早々と1冊にまとめられていることに、なんともいえない衝撃を受けました。
ブログの保存は、つまり印刷だとこのとき、感じたのです。
 
それで、昨日と、今日、印刷をして、90%印刷を終えたところです。
目的は、あくまで記事の保存なので、、あとはクリアファイルに入れて、見やすくするのみですが、
コメントのところなどをどうしようかなど、いくつか思案はあります。
 
今まで、時々、これまでの記事が、ある日MSNの大元がトラぶって全部消去されたり、また、
自分の何かの誤操作で、消去されたり、ということがあったら、随分喪失感あるかなと、
心配でしたがこれでとにかく安心です。
 
 

早春の公園

街コースでお出かけした帰り、まだ高い日差しに誘われて公園に立ち寄りました。
平日の昼下がり、訪れる人はまばらでも、自然の営みは休むことがありません。
  
  
 
 
       赤い花 (カンヒザクラ )         白いつぼみ (コブシ)              そして薄いピンク (玉縄桜)
     
 
 
   ピンクの花には、2羽の小鳥が忙しそうに遊び、青空に映える長閑さに、私もシャッターを押す仲間に加わりました。
       園丁風のおじさんが、メジロだねというのを聞きながら・・・。
 
       
   
 帰りがけ、謂れのある河津桜の満開にしばし見とれつつ、凛とした冷たさの中、
   着実に近づく春の足音を確かに感じました。
                                    
 
           
 
   家に帰っての楽しみは、早春の光を集めたかのようなフルーツ。
  「文旦」が今年も、送られてきました。お店では、あまり出回っていませんが、
  この極上の美味しさは、今の季節の苺に勝ります。
  しかも、実だけでなく皮もお菓子やジャムになり、捨てるところはごくわずか。
  今年も、たくさんピールやジャムを作ろうと、はりきっています。
 

早春の風景

冬の寒さが戻った今日、またいつもの田舎コースで、自転車を走らせました。
 
  
 
   日の光が眩しく、今年も3月がやって来たことを実感します。
   去年の3月からすぐに月日が経ってしまったような気がします。
 
  でも、落ち着いて考えれば、忙しい夏、秋を経て、色んな行事、出来事がありましたが、
  ふり返るときは、それらが、あたかも1枚のCDに収められたかのように小さいスペースの中に納まってしまい、
  時間が過ぎたことの大きさばかり、1つ年をとったことの不本意さばかりを思ってしまいます。
 
  春の光は強烈で、いつもこの別れと出発の季節を印象深くさせます。なんと、心さわがせる春の陽!
  満開の桜の中で、ひと時の幸福に浸るときまで、この落ち着かない日々は、今年も続くのでしょう。

手作り味噌

今日は、生暖かく、朝のうちは薄日すら射すお天気でしたが、
次第に風が強くなってきて、正午を過ぎる辺りから、雲が広がってきました。
その後、なんだか嵐の前のような静かさがあり、そして、天気予報どおり激しい雨になりました。
 
そんな午後、予定していた味噌作りをしました。
注文した材料が、先々週届き、こんなに暖かい日続きですので、流石に追い立てられる気持ちになりました。
 
        
 
大豆に、米こうじ、麦こうじを混ぜて作るもので、15,6年前に教わって以来、
1,2回作らなかった年がありますが、ほとんど毎年作っています。
今作って、9月ごろには食べられるようになります。いつも、夏を越すのがドキドキで、
そっと、秋に覗いてみますが、淵の方が、少しカビが出るときもあります。
容器を新しくした年には、全くカビが出なかったので、多分何かが繁殖してしまうのでしょう。
 
手作りで作るときは、いつもこの配合でつくりますが、米こうじだけで作っても
さして変わらなかったようにも思います。うちの家族は、お味噌の味にこだわる人間はいませんが、
私の自己満足で、長く続いています。
 
      
 

昨日の夕陽

今日の午後は、3人の来客を招いての集まりがありました。
 
近頃、家に人を招くことがご無沙汰で部屋が散らかっていましたので、
 予定の入った3日前から、部屋の片付けに最優先でとりかかりましたが、昨日は1日外出の日。
でも、とにかく食べることと寝ることの次に片付けと掃除を持ってきて、家族の協力も得られたおかげで、
なんとか、1階はお正月時よりも、埃が無く、片付いた部屋を出現させることができました。
 
昨日の行き先は、奇しくも「住」についての勉強会。キッチンの収納整理のヒントなどよく頭に入りました。
白いものは白く、光るものは光らせて、時間に区切りをつけて朝の仕事をし、掃除はお客様をお通しできる程度に、
など、心に響く言葉を再確認して帰りました。
 
バスを降りて公園のそばを通るころ、ちょうど夕陽が沈むところでした。
夕陽はいつも感動させられる・・と思いながら歩いていると、空に輝く彗星のようなものが!
それとも飛行機雲なのか、くっきり見えたのに、カメラにはさほど写っていませんでした。
 
     
 
今日の集まりを無事終え、よい機会を得たことに感謝して、これを機にすっきり生活に転換しようと思います。

醸造の街、摂田屋、散策

今回の、新潟行きは、昨日夕日を追いかけながら信濃川沿いを車で行き、
         
 
お気に入りの温泉である、川口町の和楽美(わらび)の湯に行った他は、
とりたてて観光もせず、ゆっくりと帰路につく予定でしたが、
帰る日の今日、勧められるままに、近所散策をして、レトロな街並みをカメラに収めました。
     
         
 
 長岡、宮内界隈の摂田地区は、昔から醸造業が盛んで、今も営まれている地域だそうです。
 2月にもかかわらず、全国的な高気圧の下、真っ青な空、雪無しの晴天で、さすがにこれでいいのかしら?
 と思いつつ、雪除けの施された木々の見える道を散策しました。
    
            
 古い街並みを歩いて行くと、話に聞く名所が、違和感無く現れてきて、シャッターを向けるのが
 恥ずかしいくらい、今も現役の越のむらさきの醤油さん、長谷川酒造、星野味噌やさんなどがありました。
 
 
      
 機那サフラン酒本舗、吉乃川酒造資料館「瓢亭」、旧北越銀行は閉鎖されているようでした。
 
        
                      こんなレトロな床屋さんも、確かに一見の価値ありと思いました。
 
 中越地震を乗り越えて、今も続く醸造の街。
      これからも、この風情を保って行って欲しいと思いました。

上越新幹線に乗って2

とき367号新潟行きに乗って、今年も雪国へ来ました。
 
関東地方は今日はよく晴れていましたが、長いトンネルを抜けると雪国、と思いきや、
まだ晴れていてよく見ると、そこはまだ手前の上毛高原。
また長いトンネルがあり、これを抜けると確かに越後湯沢は雪国でした。
しかし、その雪はいつもの年より少なく、しばらく雪の田んぼの景色が続いたあとは、
目的地長岡は、雪は全く積もっていませんでした。
 
去年来たときは、銀世界を楽しみ、一昨年は寺泊まで雪の中かにを食べに行った、雪国は
今年はありませんでした。
 
宮内駅に降り立ち、見える東山には、まばらな雪が見えます。
ここは、あと2年ぐらいは、訪れる地。
 
    
 
南の留守宅にいる子らは、もう大人だから心配はいらないけれど、
いままでの習慣で、母の恵みを残してきました。
 

木の橋

私の住んでいるところには、川がいくつかあります。
南は海で、東と西に、わりと大きな川が海に注いでいます。それらの川は、上流にいくに連れ、蛇行したり、
何本かに枝分かれして、違う名前の小さな川になっています。
本当は、反対で、上流から流れてきたいくつかの川が集まって大きな川となり、海に注ぐというべきですが。
 
そんなわけで、私は北に向かって田舎コースで出かけるときは、いくつもの橋を渡って行きます。
大概、橋は道路の続きになっているので、別に橋を渡るというより、川を過ぎたと感じるくらいですが、
あるとき、古い木の橋が、改修工事をしている傍を通りました。そして、
橋のないありさまを見て、はじめて川の威力を感じました。今時は川は脅威ではありませんが、
川に橋がなければ、隣の市に行くことすら困難ですし、それどころか市内も、あちこち分断、孤立してしまうと思ってしまいました。まあ、そうなったときでも、私は一番広いブロックに住んでいる・・・などと、妄想にふけりました。
 
                                                         
 
 
それもこれも、古い木の橋が取り去られたのを見たからでしたが、今日その場所に行ってみると
真新しい、やはりの橋が、完成していました。木の橋だと30年で架け替えなくてはならないそうですが、
木の香りのするなかなか粋な橋なので、渡る必要も無いのに、今日は渡って帰りました。