はしばみセーラ のすべての投稿

中秋の名月

昨日の中秋の名月は生憎の嵐でそれどころではありませんでしたが、
ところが今年は、どうも今日が満月らしいということを耳にしました。
 
帰ってきた家族は、皆今日のお月様はとてもきれいだったということです。
それならと思って、玄関先に出て月を探してみました。
すると、お月様はちょうど家の真上に昇っていて、まん丸で白く透明な光を放って煌々と輝いておりました。
遠すぎて、多分綺麗に撮れないと思いつつカメラに収めました。
 
遠くから、太鼓の練習の音が、もう何時間も聞こえてきます。
日中、気温が上がったので、寒さも無くなり、いい夜になりました。

夜来風雨

昨日の雨が嘘のような眩しい光が、朝から射しています。
それにしても、きのうの風雨はちょっとした台風のようでした。沢山の荷物を提げての帰り道、風に阻まれて前進できないときがあったし、娘も傘がこわれてしまいました。
 ここ、2,3日除湿機をかけながら室内に干していた洗濯物を、一斉にベランダへ。窓を開け、ジメジメを一掃しました。
 
ここのところ、ブログ以外の文を書くことでかなり消耗しました。ひとつは、スペースが限られている原稿で、もうひとつは、発表時間が決められている下原稿。予想外に時間を費やし疲労しました。
いい季節ですが、いろいろと、したいことと、しなければならないことが一杯という気分です。
したいことは、家の片付け(物を減らすこと)、パジャマの製作、読書(ゲド戦記のⅤ巻:アースシーの風)、
しなければならないことは、関わっていることの仕事。
 
気分的に忙しい日が続いているので、秋の花を眺めに出かけたいところですが、
今日は、家の用事が一杯でもうお昼を過ぎてしまいました。
 
秋分を過ぎ、だんだん昼の時間が短くなっているのを感じるこの頃です。
日没までもう余り時間がなく、しかも、朝からの睡魔を解消する方が先かしら?と思うので、
このあたたかな光が、明日まで続くようにと願って今日は外出しないことにします。

山古志ウォーク

今日の長岡市は、生憎の雨ですが、昨日は、日中は日が射しほどほどの天気に恵まれました。
 
昨日は、中越地震からもうすぐ2年でようやく元の姿を取り戻しつつある、山古志村(今は長岡市山古志)で行われた、
第1回中越復興フェニックスマラソン&ウォークのイベントに参加しました。
マラソン参加者490人、ウォーク参加者1300人ということで、いずれも10キロのコースを行きました。
参加者は地元長岡の人が大半でしたが、私たちのように県外からも関東地方を中心に集まりました。
 
山古志の人は、現在約4分の1の540人が戻って生活を再開しているということです。
道々の家からは、手を振ってくださいました。道中、棚田の見える風景や、鯉の養殖施設や池、闘牛場、震災の跡をしのばせる山肌などがみられました
山古志支所から出発して1周10キロ完歩を目指して、老若男女が大行列したわけですが、道はすべて舗装されたところで、要所要所で、給水の準備があり、お昼の闘牛場では、豚汁の用意もしてくださって至れり尽くせりでした。
 
あらかじめ、コース地図を渡されており、のんびりと景色を見ながら、おいしい空気を吸って歩いたので、ストレスを感じることなく歩け、心地よい疲労感に包まれることが出来ました。
 
お昼過ぎ、1時半には山古志をあとにし、その後は川口町の和楽美(わらび)の湯に立ち寄って、終日くつろぎました。
ここも震災時にはかなりの被害をうけ、川口町全体は道が寸断され孤立し、SOSが地面に書かれた震災当時を振り返って、静かに長閑に暮れてゆく1日に感謝しました。
 
 
 
 

曼珠沙華公園

昨日より、長岡に来ています。
埼玉県日高市、巾着田曼珠沙華公園のフォトを夫より見せられました。
数日前の移動の帰路に立ち寄り撮影したものということです。
その日は、雨が降っていましたが、曼珠沙華の赤の鮮やかなこと!
余り素敵なので40枚余りの中から、いくつかをセレクトして、いただくことにしました。
こんな場所があるのですね。機会があれば、行ってみたいと思います。
 

疲労が回復した日

ここ二日ほど低気圧が通過して、気温も20度くらいに下がり、雨も降って、一気に疲れが出ましたが、
今日はからりと晴れ上がり、気分も上々です。
 
それで、行こうと思っていた絵本の原画展に出かけてきました。
もう、今日行かなければ終わってしまうので、ラストチャンスでした。
世界の様々な国の絵本が見られ、それぞれに個性があるのが面白く、来て良かったと思いました。
スロヴァキアの首都ブラティスラヴァで、2年ごとに行われているものらしく、その説明も興味深く思いました。
実は、チェコとスロヴァキアの位置関係なども知らなかったので、これは世界地図をもう1度見直さなくてはと思わされました。
なかに、マケドニアという国名なども見かけました。
 
パソコンの点訳、2週間ぶりに10ページを仕上げ、明日の持ち寄りおかず「のしどり」を作ったら、なんだか再び疲労感がただよってきました。

鎌倉散策

この頃、なかなかいい日和です。
 昨日は、メインの用事が終わった時点で、まだ正午前だったので、このまま家に帰るのはもったいないということになり、急遽行き先を考え、鎌倉へ行くことになりました。
ホリデイパスで随分遠くまで来ていたので、総武線快速で近場に戻ってゆっくり過ごすのがいいと思ったのです。
 
JRで鎌倉駅に降り立つのは久しぶりです。まず、お昼を食べるところをさがすことから・・・。
角2Fの蒲鉾店茶寮いただきました。その後は、小町通を歩いて、八幡宮の方へ。途中、銘菓のお店を何軒かみて、あぶり焼きせんべいを買って食べ、別のお店ではハチミツ入りソフトクリームを。しばらく行くと、お漬物やさんがあり、いろいろ試食。なんだか、さきほどから、食べてばかりいないかと思いつつ、そろそろ、八幡宮の入り口あたりに差し掛かりました。
しかし、そこで進路を右手に変えて、境内には入らず進んで行くと、「彼岸花のきれいな小路」が見えたのでそこに入って行きました。その後、横浜国大付属小中の横の道を歩いて行くと、その先は頼朝公の墓があるということでしたが、そこへは行かず引き返しました。
帰りは、横から八幡宮に入り、蓮の池を眺めながら、元の道を戻って帰り、もう少しで、駅というところで、最後のきわめつけ、おいしいコーヒーが飲めますという看板の店に入りました。
夫の薦めにしたがって、私の大好物のブルーマウンテンコーヒー(ここ1年は飲んでいませんが)を飲み、程よい酸味を楽しみました。
これでは、鎌倉散策ならぬ、鎌倉散財(食べ歩き)です。

いつもと違うこの日の展開は、やはり観光地、鎌倉のなせる業でしょうか?

 
街中をうろうろしただけで何だかすっかりくたびれてしまいました。これで一体何キロ歩いたのでしょう。
来週には、10キロハイキングの予定があるのに、こんなことで疲れるようでは思いやられます。
 

お彼岸

暑さ寒さも彼岸までというので、来週からは安定した秋の気候となるのでしょうか?
忙しかった1週間もようやく終わって、今日の、やわらかな日差しのあるwindyな朝は、ことのほか爽やかに感じられました。
 
この1週間は遊びの時間があまりなく日が過ぎて行ったものだから、そのストレスがあちこちを回り体が重く感じられますが、気持ちの方は、それに反してまだしばらく高揚しているようです。
秋という字は、「とき」とも読み、特に大事な時にこの字を書くということー忙しくしていた、今回の集まりで、印象に残った言葉です。
 
途中、赤とんぼの大群にあったり、季節の移り変わりを感じながら日を過ごしました。
 
昨夜、大阪の母から電話ー母は今日はお彼岸のお墓参りに和歌山へ行っています。
母の中に父は今もしっかりと生きていて、私も同じ思いでいます。
 
お墓参りのころに彼岸花。誰かの、歌に「ひとむら生えて、秋日強し」という一節がありますが、
そんな、彼岸花を見ました。
一緒に、お墓参りはしないけれど、忘れてはいないからね・・・と心の中でつぶやいています。
 

雨の日の外出

暑かった土日とは、打って変わって今週は、涼風が吹き始めたと喜ぶ間もなく、今朝は寒さを感じるまでになりました。
空も雨模様で、暑いのは疲れるけれど、寒いのも落ち着かないと、いつもながら我儘な思いでいます。
 
近頃外の用事に忙しく、準備すること、打ち合わせをすること、予定を立てることなどが沢山あって、追われた気分です。
あと1週間もすれば、ピークを迎え収束するので、それまで、丁寧掃除も、手作りおやつも、片付けもやらないと思います。
 
以前は、もう少しゆとりをもって準備していたのですが、近頃は時間的にかなり追い詰めなければ気分が乗らなくなってきています。
パソコンに時間をとられているところがあることも1つですが、異なる活動、多様な思考を求めている自分自身を感じてもいます。
 
今朝の外出は、失敗でした。雨の日は目的地が遠い。3分の遅れが、20分の遅れに拡大してしまいました。
 
多くの人の働きが集まる数日。久しぶりに、緊張と感謝の日々を過ごすことでしょう。
静かに、粛々と人の輪の中で、恵みを感じていたいと思います。
 

片貝の花火

昨日から、小千谷市、片貝町での花火を見るために、新潟に来ています。
この花火は、新潟の3大花火に数えられると言うことで、楽しみにやって来ました。
川の花火、長岡、海の花火、柏崎に対して、山の花火なのだそうです。
 
何年かぶりに、9日、10日が土日になるとあって、相当な人手が予想されると言うことで、私も、お昼過ぎには長岡駅に降り立ちました。
9月に花火なんて、ちょっと季節が合わないと内心思っていましたが、
この日は突然真夏逆戻りのような日が差して、花火に合わせて季節が逆行したのかと思いました。
 
結局夕方日が傾いてから車で出かけ、地元民のように詳しい夫の案内で、田んぼの広がる向こうの山の麓の神社の奉納花火のお祭りを味わうことが出来ました。
途中、穀倉地帯の田んぼの周辺の道は、駐車の車の行列で、あぜで食事をする人などもみられました。
 
盛り上がる熱気の中、午後7時半から、花火が始まるころには、すっかり日も暮れ、
草むらにシートを敷き確保した観覧場所の周りは一気に鈴虫や色んな虫の声がやかましく聞こえ出しました。
花火は、この後10時15分まで、打ち上げ続けられ、途中3尺玉や最後の10時には4尺玉が打ち上げられました。
 
花火の音といい、降ってくるような大きさと言い、こんなに間近に花火を見るのは初めてで、その醍醐味をじっくり堪能することができました。
この花火は、神社の奉納花火ということで、毎年日が決まっていて、雨でも風でも行うと言うことなので、今年はなかなかラッキーに見ることが出来たようです。
 
 
 

実りの秋

近頃、田舎コースで自転車を走らせ一面田んぼが広がるところに差し掛かると、
稲穂が重く垂れ下がる風景に出会います。
残暑の残る日々にして、着実に季節が移っていることを感じさせられます。
 
自然の懐に抱かれ,自転車を走らせている30分は、目の前に移り変わる風景と、自分が今携わっていることへの想いが重なって
様々な思考が生まれては消えつつ、ある時は詩的な、ある時は哲学的な時間を過ごします。
 
京都の哲学の道も、春には桜、秋には紅葉と自然が美しい道であることが、頷ける気がします。
 
今、秋の田を目の当たりにする私の中では、
  ♪実れる田の面は 見わたす限り、穂波のたちつつ 日影ににおう。
     垂穂は色づき 敏鎌を待てリ、 いざいざ刈らずや、時すぎぬまに。♪  の歌がいつも流れています。