はしばみセーラ のすべての投稿

高田の夜桜

三大夜桜に数えられている上越市の高田に行きました。
今年は、例年に比べて開花が遅かったので、
まだきれいな夜桜を見ることができました。
 
夕暮れに到着したときは、葉桜になりかかっている桜も見えて、
少し、ピークを過ぎていることも感じられましたが、
日没とともにライトアップされた桜が浮かび上がり、
昼にみるのとはまた違った幻想的な世界が広がってきました。
 
高田城とその周りのお堀を中心に
広い範囲にライトアップされた桜が続いていて、
遠くから見に来た甲斐があったと満足できるものでした。
 
ただ、この地は未だ結構寒く、春の装いをしているものには堪える冷え込みでした。
 
写真を何枚かカメラに収めましたが、
なかなか、夜景を撮るのは難しいことがわかりました。
 
 
 
 
 

いま,会いにゆきます

先日、テレビで2年前くらいにはやった映画「いま、会いにゆきます」が放送されていました。
 
普段は2時間ものは余程、チェックをいれたものでなければ見ないのですが、
久しぶりによい映像に会えた気がしました。
 
雨の降る季節に不思議なことが起こるのだけれど、
そのすべてが美しく描かれている。
しかも、その不思議さを除けば、ほんとうにどこにでもあるLove Storyが
ていねいに描かれていることに親しみを覚えました。
 
人生を自信を持って進んで行けるとき、
それは、真に誰かに愛を感じているときなんだと思わされました。
 
現実に戻って、関東の桜はもうとっくに終わりましたが、
まだ咲いている桜の地にいる、夫のもとへ、私もいま会いに行きます
 
 
 

再会ー横浜散策

今日のお出かけは、5年ぶりの友達との再会です。
 
同じ時間を過ごしているときは親しくしていても、ひとたび離れてしまうとなかなか会えないまま時間だけが過ぎてしまい、もうあれから○年もたったっけと、驚きながらもたちまち空白の時間はあっという間に飛び越えて昔の共通の意識に戻って楽しい時間が過ごせる、そんな、友達の一人です。
 
1ヶ月以上前から約束し、行き先は直前になって決まりました。
石川町で待ち合わせ、中華街でお昼を食べ、バスで三渓園に移動し、中を散策して、帰りは、根岸駅まで行って帰りました。
 
横浜フリー切符で行きましたが、市営赤い靴バスが乗り降りできるようになり料金が上がっていました。
中華街では、梅蘭というお店でちょっと変わったお好み焼き風焼きそばを食べました。美味しかったのですが、そのボリュームに圧倒されました。
その店を探している途中に中華学院というのがあり、その隣の寺院を見て中華街の異国情緒度がまたアップしました。
 
三渓園は、静かな住宅街の続きにあり、おだやかな日本庭園と昔の日本家屋がいくつか佇んでいてゆっくり時間を過ごすにもってこいの場所でした。池には、水鳥と亀が長閑に泳いでいて、横の端の際には、鯉が輪ゴムのように口を大きく開けてえさを求めていました。
 
南門にたどり着くと海が見渡され、海辺沿いにこの庭園が位置することを初めて実感しました。
 
初夏に向かって爽やかな一日が過ごせました。今度は、アジサイの頃に会うことを約束して。

名前の由来

今日は日曜日。
朝から雨で、明るさはあるけれど、花冷えとでもいうのでしょうか、
昨日の昼間の長閑さはどこかに行ってしましました。
 
こんな日は遥か昔の「はしばみ」にまつわる回想が浮かんできます。
 
はしばみの木というのは、実は実際には多分見たことがありません。
初めて、この名前に出会ったのは、小学生のころ読んだ童話「灰かぶり姫」の中です。
 
お母さんのお墓の隣に植えたはしばみの木がぐんぐん大きくなり、
やがて素敵なプレゼントを落としてくれるという話で、少女が、
「はしばみの木よ、はしばみの木よ、○○○を落としておくれ!」
というセリフが印象的でした。
後に、シンデレラを読み同じお話と受け止めていった経緯がありますが、
このはしばみの木だけは、グリムだけのものなのでここで感じた新鮮さはそのまま残っているのです。
 
シンデレラ的生き方、考えは少女の永遠の夢?いや今の時代に流行らないともいわれますが、私はこのお話からは、
けなげに生きる者への目に見えないものからの励まし、応援といったものを感じます。
そんな世界を夢見ていた娘時代をイメージして考えたニックネームでしたが、はしばみさんは、もうすでにいらっしゃたようなので、そこにもう一人の大好きなお話の主人公セーラを結びつけて名前ができあがりました。
 
本当はもう忘れそうになる頃の自分が、再び登場してくれることも期待して。
 

家の月桂樹物語

先日丸い蕾をつけた月桂樹は、いつの間にか一斉に花開いていました。
薄い黄色の小さな花がいくつか群がって咲いて、明るい感じになりました。
ロリエに、甘い香をプラスした匂いがします。
花が咲くのは今年で2年目です。
 
この月桂樹は、今から14年くらい前、4月29日のみどりの日に苗木を配っていたときにいただいてきたものです。このころは、毎年のように市から苗木が配布されていたので、月桂樹の前に、むくげや、芙蓉、くちなしなども家の裏庭に植えてありました。それで、月桂樹の居場所はなく、しかたなく大きな鉢植えに植えていました。苗木なので、細い幹に葉っぱが12枚くらいついていました、それは1年たってもそのままだったので、月桂樹の葉っぱをスープを煮るときに使うのはあきらめていました。
 
ところが、その後転勤でしばらくこの家を離れることになったのです。そのとき、なるべく世話のないように、毛虫と落ち葉の激しい、芙蓉とむくげを取り除き、あとにヒバとツゲとこの月桂樹を直植えにしたのです。
裏庭の中央に細く植えられた月桂樹は、2年後に見に来たときはすでに大木化していて、初めはにわかに同一とは信じられないくらいでしたが、よくみると幹の微妙な曲がりがまさしくあの幼木でした。
 
再び、住むようになってからも、これの成長は止むことなく、毎年のように春と暮れ頃には、枝を剪定しないと、さらにさらに大木となろうとしているようなのです。葉っぱもとても大きく、きれいな葉っぱを洗って干して、集まりに持っていった時に、ロリエではないのではと怪しまれるくらいの大きさなのです。でも、匂いでこれはロリエにまちがいないといってくださる方がいて疑いは晴れましたが。
 
狭い裏庭は、少し掘れば粘土質の土が出て来ますが、この月桂樹はどこから栄養分をもってくるのかしらと、時に不思議に思っています。
 

春の庭

今日は午後から雨になるという予報とは裏腹に、今のところとても良い天気で、この春を誰かと何処かで満喫しなければと落ち着かない気持ちになりますが、気ままに暮らしているわけでないのでそうも行きません。
 
4月になって、新年度がスタートし、活動の場もあちこちで新しくなりました。
気持ちを新たにできるときですが、慣れるまではこれがなかなかのストレスでもあります。
 
意外に冷たい春の風と、やさしいピンクの花吹雪。時にキラキラした日差し。日に日に緑に染まって行く春は、まだ始まったばかりですが、繰り返しの季節の中に住む私達は、決して繰り返してはいない。
先へ先へと進んでいて後戻りすることなく、同じ季節の中でその変化に戸惑いながらも、それを受け入れ工夫して前進していくしかありません。
 
家の裏庭の植物は、今年はどうも遅咲きのようです。
昨年から花が咲き始めた月桂樹はまた丸いつぼみを沢山つけています。
アジサイは思い切って剪定したので小さくなりましたが、少し芽吹いてきました。秋に植えたムスカリチューリップがなんとか花を咲かせてくれそうです。
 
なんだか空模様が急に怪しくなってきました。やはり天気予報は当たっていました。回覧板をビニール袋にいれて回したのは正解だったようです。
 

桜の季節

今日は朝から生暖かい風が吹いていましたが、夕方になりとうとう雨が激しく降り出して来ました。
 
先週は、しばらくお天気にも恵まれ、近辺の桜も一気に満開に近づきました。昨日も、電車に乗って出かける窓からも、見事な桜並木がいくつか見られました。
 
春の予感はまだまだ寒い頃の梅の便りから始まって、いよいよ桜が咲くと春も本番という感じがします。
このシーズンに卒業、入学などもあることから、桜を見ると浮かんでくる想い出もいくつかあり、しばしタイムトラベルし夢幻の世界に誘われそうにもなります。
 
名所の桜の想い出もいくつかありますが、桜として一番印象に残っているのは、子どもの頃に住んでいたところの桜並木のトンネルです。夜少しの光に照らし出されて白い光を放つ美しさが思い出されます。
以来、どこの桜も満開のときの美しさは同じです。近くでみると、たわわな花にうっとりし、離れて見ると、繊細な淡いピンクに心惹かれます。そして、数日たつと必ず春の嵐が訪れて、この可憐な花を散らしてしまう。それが分かっているので、なんだか落ち着かない日を送ってしまう桜の季節です。
 
今日の嵐で、近くの桜も半分くらい散ったかな
 
そんなことを思いつつ、京都、嵯峨の美味しい桜餅を思い出しながら、桜の葉っぱに包まれた桜餅(道明寺粉)を食べて癒されています。

ナルニア

映画「ナルニアはナルニア国物語を映画化したものですが、原作に思い入れがあっただけに映画で失望したくない気持ちであまり乗り気ではありませんでした。でも、いよいよ公開されるとどうも気になってとうとうレディースデイの今日見に行ってきました。
 
春休みということもあって、時間ぎりぎりだと満員かなと心配しましたが、5分前にチケットを買ったにもかかわらず、ガラガラで意外と人気が無かったのかと思いました。字幕版だったからかな?
 
なかなか原作のイメージそのままに描かれていて、CGの技術に今更ながら感心させられました。
ファンタジーの世界はなかなかわかりにくい共感できない場合もあるけれど、ナルニアはわりとわかりやすい方ではないかと思いました。冬の国に春がもたらされる喜びがよく描かれていたと思うのですが、原作を読んだ○年前にくらべて、私の心の方はもしかしたらナルニアのものでなくなっているかもしれないと、ルーシーのつぶらな瞳を見て思いました。しかし、フォーンのタムナスさんとの関わりや、ナルニアの住人には親しみを持つことはできました。
 
原作第1巻「ライオンと魔女」は、ナルニアの歴史の途中の話で、6巻の「魔術師のおい」でナルニアの始まりのところがわかるので、これから読むといいという人もいますが、私はそれには賛成しかねます。
映画は、作者の意図どおり第1巻から映画化されたことに好感がもてました。
物語には様々な想いが隠されていますが、それがひとたび形をとって活動するとき注意を払っていなと何もほんとうのことはわからない。話が進むに連れ、一つの言葉、一つの場面にも意味があることをナルニアの世界は教えてくれる。次回作が楽しみです。
 

海の見えるレストラン

今日は、鈍よりした空模様でしたが、洋風の洒落たレストランに行きました。
入り口の前の小路からは、海が一望でき、エントランスを入ったところには、細工を施した風鈴が飾られていました。近くなのに、ちょっと旅した気分になれるひと時でした。
 
ジャガイモがベースで何種類かの野菜が隠されているようなお味のポタージュスープが、一番印象に残りました。また飲み物として注文したカシス&オレンジジュースも程よい酸味で楽しめました。メインディッシュのいとよりのプロバンス風ソースは、大きな魚だったのが意外でした。
 
予約してあったこともあり、待たされること無くお料理が運ばれて、会話の弾む団欒の時を過ごすことができました。
 
心地よく満腹した後さらに行った2件目の店では、とても神経の休まるハーブティー(カモミールを飲んで年度の打ち上げが終わりました。
 
たっぷり、おしゃべりをしてトローンと眠りに誘われそうな日でした。。

文旦でつくるお菓子

土佐の文旦を予約注文してこの季節に食べるようになって数年になります。
 
今お店に行くと、今の季節の代表的な伊予柑を筆頭に、色んな種類のかんきつ類が出回っています。出回っていないかんきつ類も合わせると、とても沢山の種類があることに驚かされます。
 
文旦は出会うまでは名前はもちろん存在さえ知りませんでしたが、今ではこの季節に無くてはならない楽しみにしているフルーツです。
 
皮がピールにできると聞いてインターネットや本などもみていくつか試みましたが、なかなか会心のできばえにはならず、今年こそはという思いでいます。
一番作りたいと思っているのは、やはり皮を利用したお菓子で、ピールでなくとも、砂糖菓子のようなものを作って保存しておきたいと思っています。余裕があれば、ピールやジャムが作れたらと思っています。
 
少し苦味のあるさっぱりとした酸味が、私の好みに合っています。
皮と実の間の白いふわふわのところに良い成分があり、それが美味しいお菓子になるので、本当に捨てるところがありません
 
先週届いてさっそく、1回作りましたが、何箇所かうまくできなかったので再度チャレンジしたいと思っています。
 
以下、実際に作っている人に聞いた作り方です。
 
 1.皮を、薄くスライサーでむく。
 2.実を取り除いて、白いところを30分位水につける。
 3.白いところの重さをはかり、60%の砂糖を加えて火にかけ、
   砂糖が溶けたら火を止め一晩置く。
 4.再び火にかけ煮詰める。
 5.オーブンで乾燥させる。(少しだけ)
 6.グラニュー糖をまぶす。
 
 ※ 砂糖を加える前に、出来上がりの形に、切りそろえておこうと思います。