カテゴリー別アーカイブ: メモリアル

帰る日のこと

大阪から、昨日帰りました。
近々父の7回忌があり、その前座というわけではありませんが、思い立って、
たまたま兄が来る日に合わせて出かけ、旧家族の集まりが実現しました。
母は、これから1年に1回ぐらいこんな日があってもいいねえと喜んでくれました。
 
はっきりしないお天気の日が続いていたので、今回は、おしゃべりだけで帰るつもりでしたが、
帰る日になって、とてもいいお天気になりました。
あまり時間もないけれど、どこか紅葉でも見て帰りたいと思い始め、
結局、母の提案で、なんばから心斎橋まで御堂筋のイチョウを見て帰ることになりました。
 
久しぶりに降りた、JRなんばは少し雰囲気が変わっていましたが、
だんだん記憶がよみがえったりしながら、地上に出ました。
 
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御堂筋の大銀杏は、黄葉まっさかりの少し前の元気さがあり、なかなか見事でした。
 
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      IMG_4583 道頓堀川  IMG_4584  
 
道頓堀川や、松竹座、そごうと大丸の建物など、地上を歩くことはあまりなかっただけに、
大阪ウオークもなかなか楽しめました。
 

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和歌山出身の母ですが、大阪に長く住んでいるので、この辺りも私より詳しく、
友達とよく行くというレストラン街で昼食を食べて、
 
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御堂筋線の心斎橋で母と別れ、新大阪から新幹線に乗り込み、帰りました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

大阪帰省、昨日今日

昨日の午後、ひかり415号で大阪に向かいました。
毎日最高気温35度の酷暑の地を覚悟して。
あっという間の2時間半は、久しぶりのホットコーヒーと車窓からの景色を眺めながら…。あいにく曇りから雨が降り出しましたが、おかげで大阪の熱気も幾分おさえられていました。
新大阪駅では、珍しい緑っぽい新幹線を見ました。

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大阪は、相変わらずエネルギッシュな街。たくさんの人が当たり前の様子で行き交っています。かつては、私もこの中をすいすいと行く人でしたが。

今日は、予定通り母と映画館へ。「崖の上のポニョ」をみました。
味わい深い手作りの映像。人魚姫を真似したの?と心配でしたが、全然別の話ー宮崎ワールドそのものでした。
母も、綺麗でわかりやすく子どもと老人にとてもいい話と、近所の友達に報告していました。

明日は、本命のお墓参りです。

 

帰宅

大阪帰省旅行から、昨日帰って来ました。
4泊5日の日程でしたが、振り返ってみると行きと帰りは、日が射していましたが、
中3日間は、曇り、雨、霙の日々でしたが、関東の大雪はすっかり知らないですみました。
 
しかし、寒い日はまだまだ続くようで、今日はまた雪の予報が出ています。
なのに、今頃から東京方面に出かけます。
大雪にならないといいなあ。
 
今回の何枚かの写真、帰ってからアップしたいと思います。
 
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今回の旅のメモ
 
2月2日、父のお墓参りの和歌山行きです。
いつものパターンで、静かな時間が過ぎました。
昨年は、札所のある近くのお寺を参拝し、従弟の家を30年ぶりにたずねましたが、
今回は、曇り空の下、周辺をウオーキングするにとどまりました。
柊と沈丁花が印象的でした。
 
     和歌山、大阪行き2008 005   和歌山、大阪行き2008 004
 
2月3日と4日は、寒い時期なので、家の中で母との文化交流を楽しみ、
久しぶりに、たくさんゆっくりと話をして、今まで聞くことの無かった
母の新婚の頃の話を聞くことができました。
 
     そして、ちゃっかりとバザーに出すための  和歌山、大阪行き2008 008
                「幼児のエプロン」を仕上げたりもしました。
 
       
2月5日は、朝から白玉団子入りフルーツを作って、午後に大阪を後にしました。
帰りの新幹線から、青空が見え、雲や山の景色が広がると、わけも無く撮影したくなり、
数枚をカメラに収めました。
  
   和歌山、大阪行き2008 010   和歌山、大阪行き2008 011   和歌山、大阪行き2008 013  
  新幹線車内はがらがら。                                   京都駅
  
     和歌山、大阪行き2008 018     和歌山、大阪行き2008 019 綺麗な空と雲
    
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

陽光浴びて出発

寒い日が続く1月をようやく抜け出し、2月を迎えました。
父の命日のある2月には、毎年大阪の母のもとに行って、一緒に父を偲ぶ時間を持っています。
今回は、2月になるやいなやのいちはやい出発です。風の冷たさは、相変わらずですが、家を出てからの道筋、新幹線から見える景色は眩しく陽光あふれる日和となりました。

冬には綺麗な富士山が見られるので、今回も期待しましたが、残念なことに、頭を隠していました。
三島に近づいたとき、裾野が姿を表した様は、まるで天空のラピュタのような荘厳さを感じました。

  新幹線から、2月の和歌山 001  新幹線から、2月の和歌山 003

       富士山の裾野                            富士川鉄橋から

こうして、2月の声を聞くと日々の様々な出来事や思いも、小さくまとめられてしまったように感じます。
天竜川を過ぎて、もうすぐ浜松です。

  新幹線から、2月の和歌山 004  新幹線から、2月の和歌山 005

名古屋に近づく辺りで、遠くの方に雪をいただいた山が見えました。富士山はもう過ぎたはずだし・・・。この山は、名古屋を過ぎてさらにはっきりと目立つようになりました。立山連峰かしら?

   新幹線から、2月の和歌山 006  新幹線から、2月の和歌山 007

さらに行くと、伊吹山でしょうか?ひときわ大きく堂々と迫ってきました。こだまに乗って、ゆっくりと景色を楽しむことができました。

                    新幹線から、2月の和歌山 008

 
 
 
 
 
 
 

絵画と音楽

この頃、口を開けば寒いと言っているような気がします。
今日は、昨日の予報では、雪ということで緊張しましたが、予報ははずれ曇りで収まりましたが、
冷蔵庫のように寒い1日に変わりはありません。
 
昨日は、近くの美術館でやっている幼児の絵画展を見てから、
娘の吹奏楽団の演奏会に出かけました。
自らは、音楽人でなかったので、10年以上吹奏楽を続けている娘の演奏会を聞きに行くことで、
音楽の世界とも、繋がりができたように思います。
昨日の曲目は、すべて詳しい解説付きでしたので、興味が持てました。音楽というのも、音で色々なことを
表現しているということを改めて思いました。言葉や、絵とは違って、意識下のところにも働きかけてくるような感じで。
それでかいつも、半分は睡魔とのたたかいですが。
 
昨日は、大寒ということでしたが、出かけることで
色彩豊かな幼児の絵と、音量たっぷりの音楽を聴いて、しばし寒さを忘れて芸術の時を過ごせました。
 
       鎌倉芸術館 003
 
 

都会の庭園

寒い日々にもどうにか慣れて、今日は冬至。
カウントダウンが近づいて、いっそう時間のたつのが速く感じられます。
 
     *****   ******   *****   *****
 
先日大阪に行った折のことです。母と阪神百貨店に行くことになり、
地下鉄無料パスのある母には、私に合わせてもらって環状線で行き、大阪駅で降りました。
久しぶりの大阪駅は、再開発されて、あちこち変わって綺麗になっていました。
 
         大阪行き2007.12 033       大阪行き2007.12 034
 
ふとみると、以前はなかった、ヨドバシカメラの大きなビルが目に入り、    
母にそのことを話したことがきっかけで、この日の行き先は変わりました。
 
ちょうど、お昼時であったこともあり、ヨドバシカメラの左向こうにみえている、空中庭園のあるタワービルに行くことになりました。
空中庭園には、10年ほどまえに行ったことがありますが、
その辺りに滝見小路という地下街があるというので、そこでお昼を食べることになりました。
 
  大阪行き2007.12 037 大阪行き2007.12 038  大阪行き2007.12 040
   
 このビルに行くまで、再開発現場が広がっていて、工事現場、地下道を経て10分以上歩いてやっとたどり着きました。
 
たまたま、広場ではドイツの店が並んでいて、ドイツの店員さんが「手作り!」と笑顔をむけてくれ、
広場中央には大きなツリーがあってクリスマスの雰囲気がでていました。
 
    大阪行き2007.12 047  大阪行き2007.12 045
     
 
その広場の横から下へ降りて行くと、
木がうっそうと茂った庭園と小さな池と小川があり、街中なのに見事だと思いました。
 
   大阪行き2007.12 052  大阪行き2007.12 050
 
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滝見小路は半地下に作られていて、この庭園を眺めながらお食事ができるようになっていました。
実際にあった場所の大正、昭和時代を復元したもので、たばこ屋、郵便局、交番、などがあり、レトロな雰囲気でした。
 
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    大阪行き2007.12 068 大阪行き2007.12 063 
 
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お昼は、結局おうどんのお店に入り、窓ごしに樹木を眺めながらいただきました。
平日のお昼でしたので、会社勤風の人もいて、レストラン街は賑わっていましたが、
この場所一帯は、やや閑散としている感じはありました。
 
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今回は、空中庭園の方へは行きませんでしたが、横のスペースには菜園や、稲を植えていた場所などあり、
街中にあって、自然のやすらぎを恋い慕う、設計者のコンセプトを感じました。
 
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京都嵐山へー追憶その2

大阪からの帰路は、京都の嵐山を経由しました。
嵯峨嵐山は、以前6年間住んでいた所で、娘達が小、中、高を過ごした場所でもあり、
とても思い出深いところです。
 
関東に戻って1,2年たった頃、1回訪れましたがそのときは、まだまだここに住んでいて、どこにいても庭のような感じがしたものですが、早いもので、もうかれこれここを離れて8年になります。
 
あいにくこの日は、朝から雨の予報でしたが、阪急嵐山駅を降り立ったときは、雨はどうにか持ちこたえていました。
夜に、「花灯篭」のイベントがあるということで、駅にも明かりがつけられていました。
 
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改札を出ると、すぐに桂川(大堰川)に出られ、渡月橋をバックに山々が見られます。
 
   嵐山へ2007-11  嵐山へ2007-10
 
今回は、訪れる人も少なく、靄がかかっていたこともあり、とてもしっとりと趣のある風景が広がっていました。
 なるほど、ここは名所でたくさんの人が訪れるわけだと、認識を新たにしました。
 
 
 
冬の名物、ゆりかもめたちが川の半ばで休む姿がみられ、  嵐山へ2007-9  
 
            山はまだ紅葉を残しており、赤い紅葉は最盛期を過ぎてなお、楽しませてくれました。
 
        嵐山へ2007-14     嵐山へ2007-15
 
渡月橋を過ぎたお店通りでは、以前無かった場所にオルゴールのお店があったので、少し覗き、
 嵐電嵯峨嵐山駅を過ぎて、
                   嵐山へ2007-16
 
天竜寺の入り口で右に曲がって、かつての生活圏へと入って行きました。
このさきには、中村屋のコロッケの店があり、お土産通りよりもいくらか安く売られているのは地元の人にはよく知られていることです。久しぶりに、買って帰りました。
 
観光の道から、一歩入ると、そこは普通の古い街。それでも、突然由緒ある場所が、ぽっと出現したり。
 
京都とはつくづくそういう街です。元住んでいた場所の最寄バス停(車折神社前)から、京都駅行きのバスに
乗り込むと、ちょうど雨が降ってきたので、そのまま京都駅まで乗って帰りました。
 
       嵐山へ2007-12
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

追憶紀行

今回の旅の目的は、父のお墓参りでした。
早いもので、かれこれもうすぐ5年になります。
関東に住む私としては、気になりつつも、お墓参りは、夏のお盆の頃と2月の命日の頃と、2回に決めていましたが、
今回は、遠くに住む兄がお墓参りに来るということで、旧家族が集まれる良い機会なので、
万障繰り合わせて出かけることにしました。
 
母は、もうすぐ79歳という年齢を感じさせない精神力の持ち主で、生活環境にも恵まれて
”遠くの親戚よりも近くの他人”共同体で、意欲的に暮らしていることが、何よりもありがたいことです。
 
もうすでにそれぞれの日常生活は違うステージであっても、元をたどれば同じ源流に行き着く支流。
 
今回は、お墓参りの後、早い時間に天王寺に戻れたので、天王寺駅から南の松崎町一帯を散策しました。
この場所は、旧私達家族が、18年間住んでいた場所。私にとっては15年間義務教育を終えるまでいたところです。
ここの移り変わりを、私は5年おきくらいに歩いては追憶に浸ってきましたが、兄にとっては、相当な年数を経ていたようです。
 
ふりかえってみれば仮住まいの場所ではあったものの、子供時代を過ごしたこの場所は、懐かしい原風景をたどる宝庫なのです。しかし、道は昔のままながら、建物は8割が様変わりし、変わらず残っている木造家屋は、過ぎ去った年数の長さを物語っていました。
 
「まるで浦島太郎やな」ー ♪ もといた家も村も無く、道に行きかう人々は顔も知らない者ばかり♪
 
今思うと狭い一帯にある、母校の、幼稚園から高校までを一巡りし、追憶の旅を終えました。
 
 
 

イチジクの思い出 ☆☆☆

今朝は、昨夜から降り続く雨の朝でした。
予報では、午前中はまとまった雨が降り、午後からは止んで、明日にかけて曇りということでしたので、
今日、行く予定にしていた、田舎コース方面の予定は欠席することにしました。
家にいて、しておきたい先手仕事もあるし、雨の中行かなくても・・・と思いました。
 
心配していた雨はさほど降らず、出かければ違ったいいことに出会えたかもと思いますが、
まあ今日は、家での充電日ということにしましょう スマイル
 
この前のイチジク、恵みの雨のおかげで、元気でいるように見えます。
私がイチジクを好むのは、第一にあの果実が好きなことにありますが、もう1つ、
子どもの頃の思い出にあるかもしれません。
 
大阪のJR天王寺駅から徒歩5分の、街中に住んでいたにもかかわらず、
私の育った場所には、春には桜、秋にはイチョウの黄葉、ポプラ、アカシヤ、松の木があり、
そのほかにも、背の低い木や中くらいの木、地面にはクローバーが生えていて四葉を見つけたりしていました。
また、お年寄りの方たちがお世話しているうっとりするくらい、綺麗な花壇も近くにありました。
 
子どもの私は、そんな木々の多い場所や、草の生えるところ全部が遊び場で、年上や年下の子ども同士で、
日が暮れるまで遊んだ日々が、原風景として思い出されます。
たくさんの木々中でも、イチジクは変化のある葉っぱと、面白く曲がりくねった幹が魅力で、そこに、腰をかけたりして、
あるときはお家のように、あるときは船長室や基地にすることができ、楽しく遊んでもらっていたのです。
 
平成も20年近く過ぎようとしている今からは、昭和の古きよき、30年代の思い出。
その原風景から歩き出すと、交番、市場。南へ行くと小学校と幼稚園。
小学校の校庭には、「のびゆく子」の像が飾られ、校舎の壁には 校訓 
「しんのつよいこー しっかりと前をみつめ、正しいと思ったことはどこまでもやりぬく子どもになりましょう」と書かれている。
あるとき、途中の町工場に、懸賞の「おしゃべり九官鳥」が製造されていました。
また、鉄腕アトムは、21世紀が舞台の夢のあるお話で、そのころの、未来の街という絵には、立体交差のハイウェー、高層ビルの間を車が走っているような風景が定番のようでした。
 
子どもが、子どもらしくいられた時代の、懐かしい思い出です。
 
                   
 

母の携帯電話

8月9日
 
短い大阪の滞在中、約束していたことがありました。
それは、携帯電話を買うこと。ケータイ
 
今年78才になる母ですが、年々携帯電話が普及していることに、いつも敏感に気にしていて、
数年前までは、自分の交流している人たちで持っている人はいなから、買っても使う時がないと
思っていたみたいですが、ジワジワと高齢者も持つようになってきて、その思いは膨らんでいました。
 
 母の年になると、シンプルフォンといわれる、電話だけのがいいのか、メールもできるのがいいのかも含めて、
各社、数ある中、ひとりではとても買えない代物です。
母の友達は、大概、「娘や、息子がこれを持ってと渡してきた」という経緯が多いというので、
そろそろ、決断のときと思ったわけです。
 
私が、同行したからには、ほとんど私好み。私と連絡の好都合な、ソフトバンクを迷わず探し、
機種を探していたら、1機種だけ、持ちやすく見やすく字の大きいのがあり、迷わずそれに決めました。
 
どうやら、それは最近出た機種のようで、高齢者が持ちやすいだけでなく、機能もフル装備で、
使わないかもしれないけれど、なんだかお互いに嬉しい気分になりました。
 
料金体系やら、慣れた口調で説明があり、本体の分割料金だけで2年間過ごせそうな見通しでしたが、
母の方は、なんとか使いこなそうと意欲満々です。
 
実家マンションの隣に住む、やはり1人暮らしのお友達が尋ねてきて、話が携帯電話のことになり、
「あら~、先を越されてしまった。今度一緒についてきて。私も買おう!」と携帯電話への思いは伝播して行きました。この方、87才。
 
帰るまでの、アフターサービスとして、メール交換、電話の掛け合い、カメラ撮りして壁紙にしたり
にわか携帯教室をやって帰ってきました。
 
帰りの新幹線からもメールを送り、帰ってから携帯から電話をしました。
電話の方は出なかったので、家電にかけると、メールはすぐに見られたとのこと。
返信はどこかで行き詰まってできなかったようです。電話のほうは、ちょうどマナーをはずしたところで、
音が鳴りきづいたが、戸惑っているうちに切れたとのこと。
 
「やはり、1人になると難しいわ~」とのこと。
「まあそうね。また、暇なときに電話で教えるから」と約束して、この件は次回に持ち越されました。