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和歌山行き

8月8日
昨年と同じ日に、両親の故郷であり、今では父のお墓もある
和歌山にお盆前のお墓参りに出かけました。
 
今年は、梅雨明けが遅く台風も何回か訪れましたが、
8日は、去年と同じような入道雲がきれいな真夏の空模様となりました。
 
     
 
お墓参りをした後、父の本家に立ち寄り、その後車で山の中腹にある母の実家に送ってもらって
夕方まで語らいの時を過ごし、早い夕食を頂いて帰る、だいたい昨年と同じパターンで、大阪に戻りました。
 
和歌山線の中ごろに位置する当地まで、昔は、電車に乗って、かなり時間がかかりましたが、
今では、JR熊取から山を越えるバスが出来て、早く行き来ができるようになりました。
 
        
 
お墓までは、徒歩10分くらいですが、今夏1の暑さになり、チョッと参りました。
途中の道は、以前にも書いた、電線が地中にあり、電信柱の無い道です。
 
         
 
お墓では、ハプニングが一つ。うちのお墓の左のところに、足長バチが巣を作っていました。
母によると、先月来たときには小さかったのにということでしたが、巣は成長していました。
住職さんに、退治していただいたものの、巣に戻ってくる蜂がウロウロする中、恐々
お墓参りを済ませました。
                                           
母の実家へは、竜門橋という大きな橋で紀ノ川を渡って行きます。
     今回も、雄大な川の広がりと、雲の美しさに魅せられました。
 
母の実家は、母にとっても、私にとっても究極の故郷かもしれません。
母の9歳も年上の長兄が、まだ元気で現役で暮らしており、若夫婦は、すでに初孫がいるという
幸せな田舎暮らしが、そこにはあります。
 
今回、私にとって興味深かったのは、自家栽培のゴーヤをいただくために、畑へ連れて行ってもらって
色んな、野菜を見せていただけたことです。もちろん、無農薬ということで、
近くに、お店が無くとも、田舎は田舎の自給自足型の暮らしで、豊かに暮らしていることが感じられました。
 
               
  
               
 
 

東海道新幹線に乗って

夏本場、照り付ける暑さの中、ここのところ年中行事となった父のお墓参りを兼ねた実家行きのため、新幹線に乗り込みました。
ちょうどお昼の時間帯で、気温もうなぎ登り。幸い、二人席窓際に座れ、隣に人はいません。

これは、富士山を撮るチャンスかしら?と、携帯を構えつつ車窓を眺めていました。
しかし、どういう訳か熱海を過ぎるころから、雲が広がり、三島から見えるはずの富士山は全くみえず、それからしばらく行くと富士の裾野らしいあたりが見えただけで、今日はダメなことがわかりました。

大概遠景では、夏は雲に隠れている場合が多いですが、近くても見えないようでした。
一応、裾野地域と富士川鉄橋からを撮っておきました。

      

 その後、静岡に近づくとたちまち晴れてきて、さきほどの雲が嘘のようです。
 大井川、浜名湖あたりは綺麗な夏空がながめられました。

    

あっという間に名古屋に、到着。降りる人のどこかから高音の犬の鳴き声が。新幹線に犬を乗せてもよかったのでしょうか?
このあと、順調に晴れた空の下、新大阪に向かいます。

ブログの保存

ブログを始めてから、もうすぐ2年になります。
 
初めは、公開せずに、メールの代わりに、いつでも覗ける掲示板のようなものとして、
日々の様子を綴っていましたが、約1名の反響は、予想外に寒かったので、4ヵ月後には、
タイトルも変えて、ブログ本来の形にして公開日記に踏み切りました。
 
といっても、粛々と、自分の記録を続けていきましたが、読み手が自分以外にいるという事実は、
私的な日記でありながら、独特の張り合いを生み出して、日に日にこれにはまって行ったように思います。
 
なかなか自分からは違う人のところに行って、コメントができないのに、関心を示してコメントをくださった方々のお陰で、
お友達にしていただいた方が、少しずつ増えていって、益々ブログが私の中で生気を帯びたものになって来ています。
 
以前から、時々思っていたことですが、この日記サイト、せっかくの日記なのに、
保存はできないのでしょうか?
一度、フロッピーに入れようとしたことがありましたが、入りませんでした。
やはり、これはコンピューターにあるものでなく、どこかにあるものだからなのでしょうね。
 
では、あとは印刷するしかありません。
そう思い立って、初めの4,5ヶ月を印刷し、1年たったころ3ヶ月程印刷したあとは、また日に日に膨大化する中
なす術を見出せずにいました。
 
でも、一昨日、大きなきっかけをいただきました。
いつも、お邪魔させていただいている方の記事に、写真集を自ら編集、製本されたことが載せられているのを見て、
いつも、見せていただいていたものが、早々と1冊にまとめられていることに、なんともいえない衝撃を受けました。
ブログの保存は、つまり印刷だとこのとき、感じたのです。
 
それで、昨日と、今日、印刷をして、90%印刷を終えたところです。
目的は、あくまで記事の保存なので、、あとはクリアファイルに入れて、見やすくするのみですが、
コメントのところなどをどうしようかなど、いくつか思案はあります。
 
今まで、時々、これまでの記事が、ある日MSNの大元がトラぶって全部消去されたり、また、
自分の何かの誤操作で、消去されたり、ということがあったら、随分喪失感あるかなと、
心配でしたがこれでとにかく安心です。
 
 

大阪城公園、東から西へ

帰る日の朝、改修してきれいになったという大阪城公園に立ち寄りました。
 
大阪に育っても、そんなに行かない大阪城公園。子どもの頃に行った記憶は微か。
しっかりと記憶にある大阪城公園の記憶と比べても、こんなだったかしら?と思うくらい、
今回の大阪城公園には、驚かされました。
  
    
 
 
大阪環状線の大阪城公園駅を降り、東の方から西へ抜けて、地下鉄谷町4丁目までのコースを行きました。
大きな石垣の真新しい大阪城ホール、外堀、内堀、梅園、とどこをみても、以前と違う印象でした。
全体がまとまっている感じで、振り返るとビル群が対象的に立ち並んでいるのも。
  
     
 
          
 
    
 
 
  結婚して大阪を離れた頃は、東京に比べて大阪は緑が少なく、狭く、街が古びていると感じていたのが、
  年々新しいものができて、大阪もなかなか頑張っていると思ってきました。
  海遊館や、ユニバーサルその他、天王寺界隈も、御堂筋も、ビル群も年々新しいものができて、
  地下鉄も延び、実家近くも考えられないくらい変わりました。
 
  だから、大阪城公園も当然なのでしょうけれど、今回感じた
  ゆったりとした全体のまとまり、これは大阪全体の環境が整ってきたことの結果なんだろうと、
  大阪出身の者としては、嬉しい気持ちでいます。
 
        

命日のお墓参り

2月8日、父が亡くなってから4年経ちました。
昨日の命日のお墓参り、本当に良かったと思うことの沢山ある充実した、不思議ともいえる1日でした。
 
お墓には、大阪から電車とバスを乗り継いで、1時間以上かけて行きます。
バスを降り、花を買うために立ち寄ったスーパーの花やさんでふと時計をみるとちょうど父が亡くなった時刻でした。
そのとき、たまたま店内に「千の風になって」が流れ、母と顔を見合わせました。
 
本家に立ち寄るために道を進んでいくと、前から一匹の犬がやってきて、私たちを見ると尻尾をふって
何となく親しげに。犬にあまりなれていないけれど、さりげなくあしらっていこうとしたのに、相手もさりげなく、
なんとつかず離れずついてくるではありませんか。結局、本家の家までついてきて、驚いたことに
私たちより先に中に入って行きました。犬の方は、適当に追い払われてしまいましたけれど、あれは一体?
戌年で、犬が好きだった父のことをいまさらながら、母と話しました。
 
朝の予報では、午後から雨が降るということで、いつもここ一番のときには晴れる晴れ女なのに
今日は降るのかと思いつつ出かけましたが、お墓の参りの正午前には薄日がさし心がなごみました。
お墓に父はいないことは、知っていますが、母とここに来る意味はあると感じるひとときでした。
 
午後には、近くにある西国3番の札所である、粉河寺を久しぶりに観光して、
桃山時代の石の庭園などをカメラにおさめました。
 
 
 
帰り道、このお寺の門前に程近いところにある、母の姪で私の従姉の家に30年ぶりくらいに
立ち寄りました。お嫁入りした長女さんの挙式写真などを拝見し、ここの町に住む人の30年を、
ざっと感じ取れる時間でした。
駅からお寺へ続く道、よくみれば電信柱はありません。
地下のケーブル工事で何年もかけてこのすっきりした道ができたそうです。
      
 
   父の話も沢山して、帰路に着き、結局雨にあうこともなく、
   母と、ここでもしのぶ会が出来たねと話して、記念の行事は終わりました。
 
 

ピアノの思い出

家には、アップライトピアノが1台あります。
娘二人が、社会人になった今も(下はこの春から)、時々弾きます。
どちらも音楽家ではありませんが、趣味の範囲で楽しみ、仕事にも生かしています。
でも、実はこのピアノは、娘の音楽教育のために買ったものではなく、
私が結婚の際に、持って来たものです。私のものだったからですが、
その時点でまだ新しく、私はバイエルの次の段階の途中ぐらいで、かつてよく目標とされた
『エリーゼのために』もどうにかこうにかというところでした。
 
子どものころ、ヤマハ音楽教室のオルガンコースに2年間通ったことがありました。
このタイプの習い事のはしりだったかもしれません。このコースが終了したとき、次ピアノコースへ進むかというところで、
ピアノに進むならピアノを購入しなければなりませんが、そのときの住宅事情、家のようすからして進ませてとはいえませんでした。
ショックなことに、場所ふさぎと言う理由で、そのときあった電気オルガンも他に譲ることになってしまったのです。
 
年月がたって、皮肉なことに私が進学した先のカリキュラムにピアノが必要で、
10年以上たって、親の考えも家の状況も変わっていたせいか、
新品のピアノを今更のように、買ってくれたのでした。
確か、父が「今買っておくと、お嫁入り道具にもなる」??と言っていました。
 
そして、その言葉どおり、お嫁入り道具に持ってきて、
当然のように、娘達にピアノを習わせることができました。
 
趣味のスタンスで、長く習い続けてくれました。ほかに、いくつか習い事をしましたが、
娘達に一番感謝されているのが、このピアノの早期教育です。
 
教育は一代ではできないということを、あらためて実感します。
父は、深い意味はなかったかもしれませんが、
父のピアノ、とても役立ち、「今も娘達が名曲をいっぱい弾いてくれていますよ」と、
心の中で語りかけています。
 

テーマソング

秋は、文化的な催しがあちこちで盛んです。
マンネリ化した心には、なかなか感動するものには出会えにくいですが、
秋という季節と、忙しさの隙間をぬって、忘れかけているものが心を捉えてくれることもあります。
 
 
♪♪~やさしい心と勇気があれば、雪の国からカイちゃんを連れ戻すことができるのです~♪♪
 
最近、頭を巡っているフレーズです。これは、幼児向けのミュージカル劇、「雪の女王」のテーマの部分です。
アンデルセン童話の描く世界は、いつも美しい描写の中に、とても大きなテーマが隠されていて、
その世界で随分育てられましたが、それらは仕舞い込まれていて久しく開けていませんでした。
 
今の世相、今だからなのか昔もそうだったのか?
私は、今も昔も、文化的なものが進歩しても、人の心は変わっていないと思います。
 
幼児期は、色々なことを吸収するときですが、その時期に何を最優先させるのか?
私が学生時代に学んだことは、人を思いやる愛の心を、その白いキャンパスに描くようにということでしたが、
自分の子育ては?・・・と回想に耽りながら先のテーマソング。
 
子どもが成長した今も、子どもの世界が、身近に感じられる環境にいられることが、幸せなことかもしれません。
 
 
  ☆ ☆ ☆ 「雪の女王」あらすじ ☆ ☆ ☆
 
 カイ(男の子)とゲルダ(女の子)は、隣同士に住む仲良し。そんな時、雪の女王の悪い魔法の鏡が割れてそれが世界中に散らばった。ある日その粉が目に入ったカイは、雪の女王の館に連れて行かれてしまい、ゲルダのことも忘れて解けないパズルをしている。ゲルダは氷のお城へ向かい、女王の魔法を解いてカイを救うお話。
 

疲労が回復した日

ここ二日ほど低気圧が通過して、気温も20度くらいに下がり、雨も降って、一気に疲れが出ましたが、
今日はからりと晴れ上がり、気分も上々です。
 
それで、行こうと思っていた絵本の原画展に出かけてきました。
もう、今日行かなければ終わってしまうので、ラストチャンスでした。
世界の様々な国の絵本が見られ、それぞれに個性があるのが面白く、来て良かったと思いました。
スロヴァキアの首都ブラティスラヴァで、2年ごとに行われているものらしく、その説明も興味深く思いました。
実は、チェコとスロヴァキアの位置関係なども知らなかったので、これは世界地図をもう1度見直さなくてはと思わされました。
なかに、マケドニアという国名なども見かけました。
 
パソコンの点訳、2週間ぶりに10ページを仕上げ、明日の持ち寄りおかず「のしどり」を作ったら、なんだか再び疲労感がただよってきました。

ふるさと

8月8日、父の月命日のお墓参りとお盆の行事に参加するために、5日から実家に里帰り、さらにお墓のある和歌山へと移動して、いよいよ今日は、我が家に戻ります。
 
出発の頃、全国的に気温が上昇していましたが、ホームに降り立った大阪は、灼熱地獄のような暑さでした。
その後、台風が接近したこともあり、幾分和らいで、昨日のお墓参りは心配していた台風もそれて、青空に素敵な雲が浮かび、いい風のふく1日でした。
 
私の父と母の実家である和歌山は、紀ノ川がゆったりと横たわっていて、駅の近いところに父の実家が、また紀ノ川を隔てて聳え立つ紀州富士の麓に母の実家があります。幼い頃は、年に2回は訪れる場所でした。
 
今回、母の実家には6年ぶりに訪れました。
変わらぬ自然と,変わり行く人々の人間模様を、短い時間味わうことができ、感無量です。
 
出かける前の晩、家のパソコンに少々トラブルがありました。帰ったらそれをもう一度解明しなければなりません。
今や、パソコンはなくてはならないとまでいかなくとも、故障しては困るものになっていることを実感します。
 
 
 
 
 
 

名前の由来

今日は日曜日。
朝から雨で、明るさはあるけれど、花冷えとでもいうのでしょうか、
昨日の昼間の長閑さはどこかに行ってしましました。
 
こんな日は遥か昔の「はしばみ」にまつわる回想が浮かんできます。
 
はしばみの木というのは、実は実際には多分見たことがありません。
初めて、この名前に出会ったのは、小学生のころ読んだ童話「灰かぶり姫」の中です。
 
お母さんのお墓の隣に植えたはしばみの木がぐんぐん大きくなり、
やがて素敵なプレゼントを落としてくれるという話で、少女が、
「はしばみの木よ、はしばみの木よ、○○○を落としておくれ!」
というセリフが印象的でした。
後に、シンデレラを読み同じお話と受け止めていった経緯がありますが、
このはしばみの木だけは、グリムだけのものなのでここで感じた新鮮さはそのまま残っているのです。
 
シンデレラ的生き方、考えは少女の永遠の夢?いや今の時代に流行らないともいわれますが、私はこのお話からは、
けなげに生きる者への目に見えないものからの励まし、応援といったものを感じます。
そんな世界を夢見ていた娘時代をイメージして考えたニックネームでしたが、はしばみさんは、もうすでにいらっしゃたようなので、そこにもう一人の大好きなお話の主人公セーラを結びつけて名前ができあがりました。
 
本当はもう忘れそうになる頃の自分が、再び登場してくれることも期待して。