9月のレポート

ふと気が付けば、9月30日でした。

夏休みが終わり、新学期が始まり、暑さもひと段落着いた感覚は覚えていますが、それからの日々は私の中で空です。

忘れたわけではありませんが、日々をこなし、段取りをつけ、食べていたり、遊んでいたり、作っていたり、心配していたり、しゃべっていたり、・・・ほどほど普通の日々があったわけですが、そんな日々はふりかえると記憶の中では一足飛びになってしまいました。

世の中としては、結構色々な出来事がありました。今一番旬なのは、御嶽山の噴火。ひとつびっくりしてそこに意識がいくと、その前のことが忘れられてしまいますが、凶悪事件や、大型台風の接近、広島の山崩れ、など、こんなことが、意識の下で、虚無な気持ちを作り出したのかもしれません。

imageそれでも、家庭のイチジクの枝をはじめ、大量の剪定をした日が1日、自転車の道すがらの赤と白の曼珠沙華、家の金のなる木の再生がわずかに心に残ること。そして、手作り作品2点製作の少ない至福の時間が、ありました。

結局のところ、9月は秋だと思っていたのに、私の中では夏の終わりの延長でしかなかったことが残念だったということがわかりました。

これから、一気に深まる秋を十分味わって、思い出深く過ごしたいものです。

 

夏の工芸作品-3

暑さが戻って今一つ頭が冴えてこない中、毎年のことながら9月になりました。

世の中も、新学期を迎え働きの秋へと始動しつつあります。年齢を重ねるほど、時間のたつのが早いという言葉にはいつも肯きますが、一方で、たとえば夏休み前のことを考える時、随分前のことのようにも思われることも事実、「さて夏休みだ!」と思って切り替え夏休みを過ごしていたので、それ以前のことは随分昔のような気分です。

そんな夏休みに仕上げた工芸作品、3つ目は、ペーパークラフトの篭です。所属する集まりで教えていただけることになり、パッケージなどを扱っているお店で荷作り紐の太巻を購入し、材料を皆で切り分ける所から始めました。太い荷作り紐を必要な巾に裂くこともしますが、それにはパッケージベルトのような硬いもので切り裂くと便利でした。

1.まず底の部分から編んで行きます。長さの違う2本を交差させ、基本の編み方を1つします。できたら、次の1本を持ってきてその横に編み、その要領で底の真ん中の横1段が出来上がります。

2、次はその線に編んだものから、底の面へと広げるべく隣隣に、1列ずつ編み加えて広げて行きます。

image image image image image image 編み方  

3、底が編めたら、長い紐で周囲を編みます。角に来たら、隙間を三角にすると立ち上がります。1本で1段を編み、次の1本を取出し2段目を編みますが、編み始めの場所は、それぞれ変えます。

4、必要な段数が編めたら、一番上の段を折り曲げ、余った紐を内側に入れ込んで始末します。

5、仕上げは、編み上がった篭を水に1度沈めてから取り出し、レンガなどで角の形を固定させて日向で乾かし、すっかり乾いたら完成です。

篭はA5サイズが入る大きさを計画していましたが、作り手によって様々な大きさになりました。私の場合、B5を入れたいと思っていたのが影響したのか、うまいぐあいに丁度B5が入る大きさに仕上がり満足しています。

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花菜ガーデンー夏の終わり

今日は、年2回のサポーターミーティングの日です。

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数日前より一足飛びの秋のような気候が続き、今日の内容も稲刈り作業なのでますます秋らしいと思っていましたが、朝から電話があり、数日来の雨で、ぬかるんでいるので稲刈りは中止ということになりました。

それで、交流会だけにお越しくださいとのことで、全く申し訳ないですがお昼のカレーだけをいただきに出かけることになりました。今日は、天気も良くそんなに暑くもないので、花菜ガーデンの緑に囲まれてのカレー交流会も楽しみです。

☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆

実は数日前にも、サポーター活動で花菜ガーデンに出向く機会がありました。参加者2名の園芸活動でしたが、本来なら残暑厳しいであろう日のところ、一足飛びの秋の気候でしたから、ガーディナーさんの博学の知識を心地よく聞きながら楽しく作業が進みました。この日の作業は、バラ園の足元に生えるワイヤープランツを縁にそろえてカット、剪定する作業で、ほんの一部分しかできませんでしたが、やりがいのある作業でした。

久しぶりに来た花菜ガーデンの印象は、三日月山に黄花コスモスが目立っていたことと、ムクゲが色とりどりの花をつけていたこと、そして水を張った鉢に熱帯睡蓮がいくつも植えられていてこれもとりどりの花を咲かせていたことです。睡蓮の花は2日の命で、咲いた後の茎はダラッと下がるそうです。

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image活動の後、ハスの池で咲き終わった花を1つ取り、中を割って丸い実を見せていただきました。この実は、そのまま食べてもピーナツみたいな食感ですが、ご飯と一緒に炊いても美味しいそうです。ハスと言えばレンコンと思っていましたが実も食べられるのだと、1つ物知りになりました。

旅ー3日目(かんてんぱぱガーデン)

旅の3日目は、宿泊した場所から近い、「かんてんぱぱガーデン」に立ち寄りました。伊那市にあり、近くに桜で有名な高遠があります。関東にいて、日帰りするにはちょっと遠いところなのでこの機会に見てみることにしました。

かんてんぱぱは最近は見かけませんが、子ども達が小さい頃、よく買ったことがあります。70℃以上のお湯に混ぜるだけでできるジュースと一体化したゼリーの素です。一時よく売れたので、会社を代表する名前になったと思われますが、正式には伊那食品工業という会社の商品です。ということで「かんてんぱぱガーデン」が、伊那市にあるのはとても納得できることです。

image央高速の伊那ICを下りて、15分のところに広域農道をはさんで東西に広がるエリアに「かんてんぱぱガーデン」はあります。もともとは、働く社員のために緑のある快適な職場環境を作るという思いからできた場所のようですが、今は、本社棟以外は、一般の人が立ち寄れる場所になっています。ガーデンと言うだけあって、たくさんの木々と草花にあふれた庭園の中に、ショップや、レストラン(4つ)、ホール、などが配置されています。

 

 

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私たちが止めた駐車場から一番近い棟はショップ本店だったので、まず商品を見て回り試食のかんてんぱぱぜりーをいただきました。商品は、かんてんぱぱ以外にも、寒天をアレンジしたアイデア食品がたくさん並んでいました。寒天というのは、海藻抽出物で体に良いものだから、会社全体が健康志向になっていくというのは肯けます。健康パビリオンという研究棟もあり、各種健康測定ができて、食事のカロリーなどの実物を使った展示もありました。

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imageホールでは、自然を写したカメラマンのフォトギャラリーがあり、かんてんぱぱミュージアムには、ボタニカルアートの作品が飾られていました。ボタニカルアートというのは、植物を図鑑のように正確に書くことのようで、大航海時代にヨーロッパ諸国が長い航海で持ち帰れない植物を標本として書き示す目的から発した絵画の分野のようですが、絵の1つ1つが美しく、その細密さ(虫眼鏡で見ると茎から細かい産毛が見える)に感嘆する作品の数々がならんでいました。

結局、レストランにも入ってゆっくりランチし、半日は滞在する感じでこの場所を楽しみました。

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image帰り道、山梨側からの富士山のシルエットが浮かんだので、おもわずシャッターを。

なつかしく富士山をながめつつ、そのあとはひたすら来た道を走りに走りましたが、午後9時の帰宅となりました。

 

今年の旅-2日目(諏訪湖の花火大会)

遠路はるばるやってきた高岡ですが、翌日には早や帰路に着きました。

image帰路であると同時に、2日目の旅の始まりです。2日目は、15日がちょうど諏訪湖の大花火大会の日ということで、花火見物を計画しました。正確に言えば、計画したのは夫で、私は旅のお相伴に預かりました。夫が新潟単身赴任の5年間に、新潟3大花火を見物したので、あの感動をもう1度ということです。前もって調べたところによれば、諏訪湖大花火大会は4万発打ち上げられ、50万人の人が集まるそうで当日は、近くの宿屋は早いうちに満杯で、車では大渋滞で駐車場も少ない、ということでした。それで、私たちも諏訪湖花火の最寄駅、上諏訪から5,6駅離れた広丘(塩尻の次の駅)という駅に近いホテルの宿泊をとりました。とにかく、人が押し寄せるそうなので、ホテルになるべく早く着いて花火会場に移動しなくてはと思い、高岡をとんぼ返りのように後にしました(今までは、高岡観光をしたり、親戚の家に立ち寄ったりしていましたが)

富山県を出る前に、1カ所だけ立ち寄ったところがあります。昨年も立ち寄った、源のますのすしミュージアムです。鱒寿しは日持ちしないので買いませんが、昨年買った鱒と、鰤の昆布巻がとても美味しかったので、購入するためです。店内は、昨年と同じにねぶたのような大きな山車が飾られていました。お店の配置は少々リニューアルされていました。

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予定通り、早めにホテルに到着し、電車で上諏訪へ。午後3時くらいにもかかわらず、花火会場付近への人の列があり15分くらい歩いて、有料エリア当日券のところにたどりつきました。そして、エリア内に入ってシートを敷いて場所取りをしました。もう大勢シートが敷かれていて、テントをはって寝ころぶ姿があちこち見られました。屋台もすでに営業していていたので広島焼きを買ってきて、私たちもピクニック気分で遅いお昼にしました。

image用意万端となりましたが、花火のはじまりは午後7時です。まだまだ時間がある上に、花火の帰りは深夜になるかもしれないとなると、夜ご飯も用意しておいた方がよさそうです。そんなわけで、交替でエリアの外に出て買い物や散歩をすることに。私は、一昨年宿泊した(花火大会の日ではなかった)湖岸の宿が近くにあるのでそこまで足をのばし、近くのコンビニでおにぎりなどを買い込みました。有料エリアの外もいたるところシートの人々でいっぱいでした。

シートに戻り、今度こそ用意万端となりました。あと心配なのは、お天気だけです。諏訪湖はこの時点で曇りで一部晴れているところもありましたが、高岡から移動の山道はバケツをひっくりかえしたような雨でした。いつもはきらいなトンネルを今回ばかりは憩いのトンネルと思いながらの半分悪夢にうなされる気分の道中、長野県内は予報通りの曇りでホッとしました。 image

 

image心配しつつも、雨は降らずに7時の開始時間を迎えました。昨年は、雷雨となり諏訪湖花火大会始まって以来の中止になったということで、昨年の分も楽しみましょうとアナウンス。オープニングの花火はなかなか見事でした。思っていたよりも岸の方に上がっている感じに見えましたが、風向きも悪くなく、高くクリアに見えました。いつもの花火大会ではカメラにきれいな花火をおさめようとカメラ越しに花火を観賞することが多かったのですが、今回は実際に見物するのをメインに楽しみました。1つ気付いたことは、花火が下から上がって空でパッと花開くときにドーンという音がするのではなく、少し遅れて音が鳴ることです。今までの花火ではその差を気にしたことはありませんでした。もしかしたら、今回の花火の場所は、少し離れていたのかもしれません。

そんなことを考えながら、1時間が経過して1部が終了するかしないかのころに、雨粒が1滴感じたと思うまもなく、ザーザーぶり雨になってしまいました。雨天を気にしていたので、すばやくシートを片付け用意したカッパと雨傘スタイルに変身しましたが、雨の中でまで見たくない人々の帰る行列にやはり連なることになり、花火会場をあとにしました。上諏訪駅までは人の大行列で、花火の音を背後に聞きながら、徒歩15分のところ1時間以上かけて戻りました。

昨年よりはマシよ・・・という人々の声を聞きながら、やや中途半端な気持ちではあります。私たちは昨年は、今年と同じパターンで、韮崎の武田の里の花火を見ました。それと、今年の花火とで、何となく鄙びた感じの長野県の花火が印象づいてしまいました。やはり、花火は新潟かな・・・。

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お墓参りの旅ー1日目

今年も、夫の故郷の高岡へお墓参りをする旅行に出かけました。

image2泊3日で、昨年とほぼ同じパターンです。何通りもある車道ですが、これも昨年とだいたい同じ。高速道路をさけて、松田町から富士吉田市の須走へ、精進湖沿いの道から長野へと抜けて行きます。ここから北杜市あたりへ行くルートは、この春に神代桜を見に行ったのと同じルートです。なので、助手席の私でも、もうすぐ道の駅しらねがあるとか、わかるようになりました。ちなみにこの道の駅しらねは外観はおしゃれですが、トイレ以外は何も見るべきものはありません。

imageこの先にある、道の駅白州で昼食をとる予定でしたが、大変人気で渋滞ができているほどでしたのであきらめ、つぎの信州蔦木宿に立ち寄りました。横の階段を下りると河原で、キャンプをしている人々が見られました。ここの、地場産売り場で赤いルバーブが売られていたので買いたかったのですが旅の始まりだったので、鮮度を考え帰りに買うことにしました(が、翌々日は夕方だったので売り切れ・・・残念)

 

image高速道路は、諏訪南ICから松本まで乗りました。松本から、上高地の方に向けて行き、安房トンネルから平湯へ。平湯から神通川沿いに走って北陸自動車道に少しだけ乗り、小杉ICを降りて高岡へと向かうのがいつものコースです。いつものことながら、この道は山道で、いくつもカーブがあり、トンネルがあり、山間の村、そびえる緑の木々の山、崖があり、急流があるという道で、ここを何時間も走っていると、日本は本当に山が多い国だとしみじみ思わされます。出発時、雲の多い天気で雨が降ったりやんだりもしましたが、神通川沿いの道では川に靄がかかっていて珍しい光景でした。

高岡入りして、一路お墓に向かいました。これも毎年のことです。今年は、この時点で5時台でまだ明るく早く着けました。毎年、持参したお花とろうそく、線香をあげ、お参りしますが、今回はお花を翌日回収できないので、ろうそくとお線香だけにしました。このお墓は、実家のあったところから、車で5分くらいのところで、今ではこのお墓だけが、高岡とつながる場所となっています。車で5分の実家は、氷見線の駅のほど近いところにあり、海にも徒歩5分で行ける場所にありました。私も子ども達が小さい頃は家族で毎年、やはり車の旅で何回も来ていたので、ある意味懐かしい場所です。その実家周辺を一回りして、宿泊の駅前のホテルへ向かいました。

   

高岡の路面電車
高岡の路面電車

今年の帰省

毎年8月には、父の月命日である8日を含む何日間、実家の大阪に出向き、そこからさらに父のお墓のある和歌山(父母の実家もある)へお墓参りに行きます。

また、この機会に母との文化交流をと考え、映画を見に行ったり、百貨店でランチをしたり、ショッピングを楽しんだり、最近では手料理を作って喜んでもらったりしています。

そんなことで、今年も8日に無事母と和歌山行きを果たしましたが、母の足が昨年より一段と弱ったこともあり、また台風11号がゆっくり接近していて天気が悪かったこともあり、大阪での文化交流はおしゃべりのほか、母に手料理を作ってもらって、私はカバンの製作に取り組みました。あと、数個は作り、そのうちの1つを母にプレゼントするつもりです。

<ネクタイで作るカバン>

image最近教わった、ネクタイをリフォームして作るカバンです。材料は持参したので、仕舞い込んである、アイロン、ミシンを出して来て、作ることにしました。

用意するもの;

ネクタイのほかに、底にする布(今回は皮の余り布)、中の布、ファスナー(20㎝~25cm)、ネクタイの先と尾の二つの三角は切り取っておきます。

作り方;

1、ほどいたネクタイにアイロンをかけ

2、1/3に切って、向きを変え繋ぎ、長方形に縫い合わせます。

3、2から側面を2枚切り取り、底の布を真ん中につなぎます。

4、上にファスナーをつけ、 5、脇、底を縫います。

6、横のところに、紐を通す輪っかを取り付け、

7、ポケットを付けた中の布を作り、口のところにまつり縫いで縫い付け、仕上げます。

<帰路の話>

大阪からの帰路は、台風11号がちょうど近畿地方を通過する日と重なりました。

大阪駅までたどりついたところで台風が接近し、乗り換えてひと駅の新大阪までが電車が動かず1時間待ったところで、決断して地下鉄に乗り換え新大阪に行きました。決断するまでの1時間は、仕方ないこととはいえちょっと腹立たしいものでした。止まっているなら、もっと早く地下鉄に行ったのですが、次の電車でと次々案内されて、やはり取りやめというパターンで1時間が過ぎました。でも運転再開はその2時間後になったみたいだから、地下鉄に移動して正解でした。

新幹線は、ダイヤが乱れてはいるものの、JR全線止まっているときにも、徐行運転しながらも動いていました。(流石)

 

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母;母の実家にて(和歌山)
金魚と鯉
金魚と鯉

 

 

 

 

レトロなシルバニア

我が家は、とにかく物持ちがいい家です。

言い換えれば、家族そろって「捨てられない症候群」かもしれません。でも、幸いなことに、結婚後、振り返って、8年、6年、6年、9年という区切りで、引っ越しや、リフォームがあり、その機会に捨てざるを得ない状況ができて、何とかほどほどのガラクタ量に収まっています。

1年半余り前に、孫が生まれてからは、それでもこれだけは置いておいたというグッズが意外と沢山あることに驚いています。ベビーベッド、ハイチェアー、ベビー布団(新しいものも用意したがちょっと昼寝用のこちらが随分使われているよう)、お宮参りの着物、絵本おもちゃは多数。

imageそのレトロなおもちゃの1つが、シルバニアの熊ファミリーです。もう遊べるようになったようなので、長年しまっておいた箱から出しました。

ハウスや家具はホコリをかぶっているぐらいでしたが、熊ファミリーの面々は、これはヤバイと思うくらいのサビれようでした。そこで、服を脱がして服ともども石鹸でごしごし洗ったところ、一皮むけた美しさになったので、ようやくYちゃんに遊んでもらえることになりました。

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シルバニアって今はもう無いのかと思っていましたが、今も新しいハウスと動物家族が店に売られていました。子どもが大きくなったので、おもちゃ売り場を見ていても目に入っていなかったようです。最近は、また興味深くながめています。

夏の工芸作品1-牛乳パックの椅子

牛乳パックで作る椅子、正座椅子などを今までに何回か作ったことがありますが、昨年この牛乳パックの椅子の頑丈版を教えてもらいました。

従来のは、牛乳パックを三角形のピースにして24本を六角形に組み合わせて作りますが、頑丈版は各ピースにさらに筋交いのように補助牛乳パックを詰め込み、作ります。なので、牛乳パックは倍の48本分必要です。

imageまず牛乳パックをためるところから始め、半分ぐらいたまった頃から少しずつピースを作り始め、先月初めごろ一気に作り上げました。

外側をダンボールで覆い、中の完成です。

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imageここにキルティングの布のカバーをかぶせて出来上がりです。側面の継ぎ目を隠す位置に、持ち手のベルト布を縦にあしらってあるのが、デザインとしても機能としてもグッドのスツールです。

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早速、孫のYちゃんに届けたところ、気に入って座ってくれているということでした。

 

「牛乳パックは、大人では座るのがちょっと心配」ということは、これに関しては絶対ないといえる頑丈ぶりです。なので、今度は実家の母の仏壇前椅子として作ることを計画中です。

 

四世代交流ーあべのハルカス展望

6月の出来事、その3は、長女とその娘である孫を連れて、大阪の母のところへ行ったことです。

女、四世代交流というわけで、昨年の夏に初めて行って以来、2回目の訪問です。本当は、この前の3月のお彼岸を予定していましたが、そのときは孫が突発性発疹で行けなくなり、今回の日程を計画しました。

6月というのは、8月と共に祭日のない月で、8月は夏休みでお盆休みもあることを考えると、ただの土日と平日だけの月ということになります。以前は、この6月は近しい人の誕生日もなく意識の薄い月でしたが、この頃は、花もきれいで、真夏日になる前で、昼間の時間が長いということで、私の中では好ましい月になっています。

こんないい季節に、予定通り出かけられて良かったと改めて思っています。

孫を連れての旅、まず新幹線の待ち合わせでは、昨年とは変わって、元気よく歩いて私を見て「バー」と言えるまでになってました。そして帰るころには、「バーバ」と言えるようになっていました。

大阪の家では、私の母をみて、やはり「バー」でしたが、去年の母の写真を見て「ジー」。これは、写真の人と「おなじ」の「じ」なのです。だいたい、言葉の後の方の一音で伝えるという段階のようです。二音で言えるのが、「ママ」「パパ」「いやいや」など5,6個ぐらい。(この旅のあとは、バーバ、バイバイ、ジージ、などどんどん増えている模様)

image今回の旅は、3泊しました。翌日は、電車で二駅のところにある「あべのハルカス」へ。

展望台に上り下りするエレベーターは、16階から出ています。下から上る場合も一回16階で降りて、エレベーターを乗り換えて登って行きます。平日なので空いていました。

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ハルカス16階

 

昨年も、この下の近鉄百貨店には来ており、せっかくだから今回は展望してみようかというぐらいの気分でしたが、60階の展望回廊は、想像以上に空の上を感じさせる場所でした。

今まで、横浜のランドマークタワーや新潟の朱鷺メッセなど、高層の建物は何回か上っていますが、それらとは全く違う、開放感がありました。まさに、天上に来た気分。

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image眺める景色が、素晴らしいというのではなく、これぞ街という眺めに圧倒されました。どこまでも、家、家、家。そう、この街で育った私は、感覚的には世界はどこまでも家が並んでいると感じていたことを思い出しました。

そんなことを感じながら、母と、昔住んでいた辺り(ここから徒歩5分くらいのところ)や、天王寺公園、動物園、通天閣(どこにあるかわからないくらい)を見下ろしたりして、街を鳥瞰することにふけっていたころ、孫はだんだんご機嫌斜めでなだめる娘も疲れ果てていたようです。

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ハルカス58階

ハルカス展望は、58階がベースになっていてそこから59階、60階がロの字型に展望回廊となっています。58階には、レストランがあり、真ん中部分広場になっていました。孫のご機嫌が悪いので、とにかくそのレストランで食事をすることにしました。セルフサービス型の洋風メニューで、何とか四世代に合うメニューを探して注文しました。時間的に、まだ早い時間だったので助かりました。

 

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四世代でのハルカスの展望体験は、天空を思わせる印象と共に心に残ることでしょう。

☆☆☆

その次の日は、近くの公園で遊び喜んでいました。

その日は、近くの神社のだんじりが出て賑わっていました。あまり大きな音がするので、マンションから下を見下ろしたら、ちょうどだんじりが通って、ショーを繰り広げているのが見えました。嫁ぐ前10年住んだ場所だけど、地域の行事には疎かったなとあらためて思いました。

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何はともあれ、お天気にも恵まれ、楽しめた四日間でした。

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マザーリーフ