国宝ー松本城へ②

旅の二日目は、お目当ての松本城を観光しました。

ホテルからは、1200mくらいのところなので元気な人なら歩いても行けますが、今の私には難行です。それで城から400mくらいのところにある市営駐車場に止めて向かいました。

向かう道中の街並みも歴史を残す建物や記念のモニュメントも多く、ここも町全体がパビリオンの風を感じました。

松本城の入り口に到着して、まず外堀に大きな鯉がいるのにびっくり!お城は左前方です。パンフレットをいただいていると、そこは無料のガイドさんのいる場所で、ガイドをお願いすることに。シニアのガイドさんは松本城のことは何でも知っている感じで、内堀の周囲を歩きながらその歴史を存分に聞かせてくれました。

松本城は、室町時代に深志城として建てられたのが始まりで、その後武田に取られたが織田の軍勢が取り戻しもとの血筋の小笠原が入城し松本城と改名したそうです。松には待つという意味が込められているそうです。以後明治時代になるまでに沢山の城主によって守られて来たお城のようです。

今の天守を建てたのは石川数正、康長親子で、戦うための城として建てられましたが、一度も戦うことが無かったので今に残ることが出来たようです。ただし、当時のまま残っているのは中の柱などで、外側は幾度も改修工事をして今に至っているようです。

城の中にも入りましたが、段差が半端なく高く、急勾配なので、私は途中の月見櫓で待機しました。天守と月見櫓がつながっているのは松本城だけということです。

松本城の北側に、旧開智学校校舎があり、松本城と一緒に国宝となった場所ですが、今は改修工事をしていて見られませんでした。

お城の周囲の見どころのある場所のうち、縄手通りと中町通を頑張って観光しました。

縄手通りは、細い川沿いの通りで、途中大きな神社の鳥居が見られますが、車が通るような道ではなく200mぐらいでゆっくり楽しめる通りです。そこから少し南下した所にあるのが中町通で、こちらは道幅が広くあり、両側に古くからの建物、小さな博物館、食べ物屋さんなど様々な建物が並ぶ通りです。ここの栗ご飯が食べられるお店でお昼を頂き休憩しました。

その後は、市営駐車場に戻り車をイオンモールに移動させ、さらに休憩。夜のご飯を買ってホテルに戻り2日目を終えました。

松本2泊旅行①

6月第1週は、所属団体の5年に1度の時間調べの週で、メモを取りながら1日1440分×7日間、どのように過ごしたかを記録しました。翌週に旅行を控えていたので種別ごとの集計は戻ってからにしましたが、この1週目は、中々予定やすることの多い週でした。

病院受診、年金事務所で年金受給手続き、所属団体の当番の例会など。会のホームページ更新やInstagramアップの仕事も。時間調べの結果は如何ばかりか!

松本2泊旅行は、6/9~6/11に行って来ました。夫の運転での車旅です。その昔は、家族で夫の実家があった富山県高岡市まで毎夏車で行ってたこともあり、慣れてもいるし思い出も幾重にもあるコースでもあります。夫は長野に単身赴任してた時期もあるので、中部山岳地域には詳しいと言えます。そんな中、今回の松本市は子どもたちがまだ小さい頃に1回立ち寄ったことがあるくらいなので今回旅行者として行けるのは嬉しいことでした。

道中は、高速道路はあまり通らず下の道を行くのが夫の流儀。私もスピードを好まないのでちょうどよく、知った道を通るのでそのルートについて話がはずみます。富山へ行くことを思えば半分くらいの距離。1日目、夫が計画してくれた立ち寄り場所は、蓼科バラクライングリッシュガーデン!この近くでナビを入れたので、その通り進むとガーデンが現れました。

高地なのでバラの季節はもう少し後ですが、色々な花が咲いてきれいな場所でした。イングリッシュ風な寄せ植えを意識した配置を多く感じました。ガーデンはあまり広い場所ではなく、その中で高低差を利用した配置や、庭ぐらいの芝生エリア、イングリッシュレストランなどがあり、様々な種類のアジサイの展示と投票コーナーもありました。

ここで初めてアフタヌーンティーの3段のサンドイッチとケーキのお昼を美味しく頂きました。アフタヌーンティーは飲み放題のセルフ、3段もセルフで席に運ぶのでやや忙し目のカフェではありましたが。

季節がいいこともあり、高地のグリーンエリアは正解でした。満足して宿泊地の松本市へ向かいました。2泊するホテルは、松本駅からすぐの旅のホテルという名のホテルです。松本市の市街地図を見ると、この松本駅からほど近いところに、松本城、松本市の美術館、博物館、など見どころのある施設、通りなどがあり、以前訪れた金沢駅以上に観光しやすい所と感じました。加えて、大型のイオンモールもあるので、車異動で止めるにも便利です。

二日目に松本城、三日目に松本市美術館を訪れて帰路につきました。Instagramに画像を上げています。それぞれのエピソードは次回に!

横浜で友人とランチ

新緑が眩しい5月となり、月前半には長女の一家が遊びに来てくれたり、夫の誕生日や母の日に次女の家族もメール、ビデオ通話など交流がありました。

所属団体の集まりにも半年ぶりに出かけました。高齢化の影響で会員数が減少していますが、いまある人数で最大限の活動をしようとする意欲にあふれていました。暖かい笑顔に迎えられて励まされましたが、意外とエネルギーを使ったかもしれません。

そして翌週には、横浜に繰り出して、学生時代の部活の友達とランチ会食を楽しみました。

プランツォコース

場所は、JR横浜駅すぐの崎陽軒のビルにあるイルサッジオというイタリアンレストラン!初めての場所でしたが、駅から近いこともあり上手く見つけられました。崎陽軒ビルは横浜郵便局の向かい側のビルでうっかり見過ごしそうでしたが、重厚感のある建物でした。中も老舗ホテルのような落ち着きがありその2階にイタリアンレストランがあります。友達2人はまだ来ておらず、待合の場所には座り心地いのいいソファがいくつか並べられていました。程なくメールが入り友人たちは、地下の入り口から、エレベーターで2階まで来て再会しました。1年ぶりです。(右の画像ースープとパンと食後の飲み物が加わります)

女3人寄れば・・・で、楽しく過ごすうちに時間は瞬く間に過ぎランチの客は次々と退出、私たちは一番最後に出た客でした。あともう少しだけお喋りをしたく周辺を探して、結局また崎陽軒に戻り、今度は1階のアフタヌーンティーに入りました。アフタヌーンティーのケーキはもうありませんが、ドリンクはいただけます。ここも、座り心地のいい座席で正解でした。1時間ほどおしゃべりし、早めに帰路に就くことができました。

4/1を最後に、外出を妨げる副作用のある抗がん剤の点滴は終わりましたが、まだもう1つのアバスチンという分子標的薬、3週間毎、30分の点滴は続いています。こちらも様々な副作用が挙げられていますが、そのうち一番頻度が高い、高血圧への注意のためずっと朝起きたら1時間以内に血圧を計っています。

その数値が今月、所属団体の集まりに出席した次の日から4,5日間高い数値になり焦りました。病院に連絡して相談しようかとも思いましたが、取り合えず昼間のほかの時間の血圧を計ってみることにしたら正常値だったので、もう少し様子を見ることとして、横浜ランチにもこわごわ行って来ました。 行ってきた後は、朝の数値はやはり高いものの徐々に下がってきました。明日ぐらいには正常値に戻ってくれればと思っています。

病院には次回6/3の受診時にしっかりと相談したいと思っています。

4月-花のふり返り

今年の4月をふり返ります。

ソメイヨシノの開花が遅れた今年は、新年度と共に桜が見事に咲き競いました。あいにく晴天が長続きしなくて入学式、入園式にうまく合っていなかったりしたようですが。

孫のYMKちゃんの入園式の前日に思いがけず用事が出来て次女の家に訪問しました。夫の車で海とは反対の方向で、山間を抜けて行きました。山桜が春を知らせてくれている風景です。

近場では、ソメイヨシノが美しく花吹雪を散らす頃、八重桜がきれいに咲きました。大きな花に少し葉っぱがついて見事な咲きぶりでせっかくだから尋ねてきた長女とお花見散歩をしましたが、近くなのに八重桜を鑑賞したのは今年が初めてでした。

その後、徒歩で買い物の途中、中学校の敷地にまた違う種類の八重桜が見事に咲いていました。

うちの庭では、モッコウバラと30年ぶりに沢山咲いたツツジ、期待のネモフィラはちっちゃく5輪だけ花をつけました。

道を歩くとそれぞれの家の庭や道端、塀越しにきれいな花が沢山見られます。4月はまさに花の開花スタートの月。これから半年次々と咲く様々な花を見て、楽しみつつ元気をもらいたいと思います。

抗がん剤4/1に終了後の体調は順調です。

3月31日

2023年度もいよいよ今日で終わり。今日は5月6月の陽気で、近場の桜まつりが賑わっています。が、肝心の桜はまだ蕾でやや残念です。昨年は、3/28ごろの写真できれいに咲いていたから、今年は開花が早いと言われてたこととは反対に、やや遅い開花となりそうです。

近くの商業施設の一部が改装リニューアルで、今日まで閉店セールでした。日一日と売り場が狭くなり、商品が無くなっていきましたが昨日その最後を見物兼ねて行って来ました。ほぼなくなっていましたが、その中でキッチン用品の小物が70%引きになっていました。気づけば、敢えていらないけどあってもいいかなと思うものを何点か見つけてしまって買ってしまいました。

レモンしぼり108円、ボトルハンドル131円、シリコン刷毛177円、キッズ箸68円

明日からはリニューアル工事に入り7月ごろに新規オープンになるそうです。カインズホーム楽しみです。

冬の手仕事の「毛糸座布団」作りに取り掛かっていてまだ完成していません。もう二十数年前に教えてもらったもので、1つ作って母にプレゼントしたあとは、作っていませんでしたが、作り方のコピーを見るたびにいつかと思っていました。SDGsの精神にも則ったグッズと思います。

古ストッキングを使って、25×25のマス目を作り、そこに太毛糸でマス目に長編みで編みこんで行きます。4月になってしまいますが何とか完成させたいと思っています。

さて、明日はまた点滴6回目です。これが終われば、また新たな展開となりますが、今は無事に終わることだけを考えて過ごしたいと思っています。

年度末

日々をそれなりに過ごすうちに、桜の開花が迫る年度末を迎えています。

治療の方は、4回目と5回目を外来化学治療室で無事行い、あとは4/1の6回目が終わればTC療法は終了となります。この治療が終われば、脱毛、直後の倦怠感、2週目に起きる免疫抑制などの副作用から解放されるので、日々が過ごしやすくなります。ただ、回を重ねるずつ症状が増して来た足の痺れだけは、6回終わったあとも残ってしまうとのことです。

痺れは私も4回目から苦痛に感じるレベルになってきたので5回目の時に、これを緩和する薬を処方してもらいました。最近抗がん剤の副作用の痺れに効く薬と認定されたものらしいですが、効き目は人によって違うとのこと。即効薬ではなく長く飲む薬らしいですが、私は飲み始めて数日で効果がありました。痺れは全然治ってませんが、歩くと痛かったのがその痛みが全くなくなりました。ただ、この薬の副作用に挙げられている眠気がまさにあって、全く薬はもろ刃の剣と感じています。

この1カ月は冬から春へと日一日移り過ぎる日々で、ウオーキングでは春の訪れを感じました。また、孫のUMちゃんの3才の誕生日があり、ビデオ通話と写真でその成長を見ることが出来ました。

また、後付けの浴室換気暖房乾燥機を取り付け工事、シロアリ防蟻なども夫がメインで進めてくれました。

家での手仕事も複数取り掛かっています。今までに関心があって取り掛かったものの途中でそのままになっているもの、1回作ってもっと作りたかったにも関わらず終わっているものなど、素材がそのままになっているので、まずそれらを完成させたり、作り進めたりして完結させるのが今の目標です。

ものが減らないのは、心の整理がついていないからというのは真実です。

遺品整理と墓じまい

前回の更新からほぼ1カ月、2月の半ばを迎えています。

3回目の入院点滴は1月下旬に無事終わり、4回目からは外来での点滴となり、予約が来週の月曜日に入ってます。なので、今週は久しぶりに元気かつ免疫も上がる日が幾日か出来ました。

実家は、今兄が荷物撤収を1月下旬から始めています。そんな中母の水彩画作品集の本が出来上がり、親戚など関係のある人に渡すことが出来ました。

和歌山のお墓の今後も迅速に進められ、昨日永代供養の法要が行われました。私は参加できないので、facetimeをつないでくれて参加することができました。お寺の中の墓地から永代供養の納骨堂へ移動、永代供養用の夫婦の名前が刻まれた位牌を本堂に納めてくださったということです。

遺品は母の趣味の活動のものやアルバム、手書きの日記風手帳などを中心に引き取りました。そんな中で、母が水彩画と同時期に活動していた童謡、抒情歌のサークルの楽譜が山のようにあったのでそれを整理することに取り掛かりました。

左肩の日付を頼りに、西暦を割り出して4月から翌年の3月までのグループ分けをしたところ、7年分に分けることが出来ました。1年単位で季節の歌やわらべ歌、子どもの歌などの楽譜と歌詞、その8割が知っている歌ばかりなので見ているだけで楽しくなりました。毎年取り上げている歌も3割ぐらいあります。家でピアノでちょっと弾いて歌ってみたい人、幼少に携わる人などには重宝する楽譜ではないかしら?と思って、1年分単位で引き取り手を探そうと思っています。

あと、その他の実家のもので、拾い上げた2品。

1つは私が結婚する前に作った刺繍画の作品。母が寂しくなるので置いて行ってと言われ、以来44年間実家に飾られていましたが、今回引き取りました。額が大きくて送るに支障があったので中身だけですが、玄関の横のトイレの扉に張り付けるといい雰囲気になりました。

もう1つは大倉のブルーローズのティーカップ。2客あったけどかろうじて1客救い出しました。うちも場所がぎりぎりなので1客でちょうど良かったと思うことにしています。

2024年始動!

年が明けて、早半月が過ぎました。

今年は色々なことが重なり、お正月は夫婦二人で過ごしました。二日に次女家族とビデオ通話を、三日に長女の一家が玄関先に立ち寄ってくれて、其々新年の挨拶をしました。

その翌日からは、二泊三日でまた入院、2回目の点滴治療へ。

血液検査をして、白血球数が回復していたら予定通りの実施となりますが、白血球数は倍に、そのうちの好中球数は3倍になってて、無事に行うことが出来ました。

年末年始は、とても元気に過ごせてましたが、2回目の点滴を行った後はどうなんだろう?と不安が募りました。というのも、1回目はTC療法のみ。2回目はこれにプラスしてアバスチンという薬が加わるからです。この薬にも、また別の副反応の注意書きがずらりとあるので。

いちばん要注意なのが高血圧。それでこの後の日からは、家で毎朝血圧を計るのが日課となりました。初めの二日間は、緊張なのか足がポカポカ、血圧高めでしたが、その後は普通に戻りました。

脱毛も進んで来ていて、2回目の点滴入院のあと病院の美容室でベリーショートにしてもらい、ウイッグの着け方なども教わりました。今は、毛糸の帽子をかぶるかウイッグをつけるかのどちらかにしています。夜は寒いのでは?という夫の助言で初めは帽子をかぶってましたが、これは暑いということが判明。

慣れないうちは、顔つきが定まってませんでしたが、最近ではウイッグも帽子も私の1部となっています。

2回目のそのほかの副反応は1回目とほぼ同じで、便秘気味となり、吐き気は薬で抑えられて倦怠感が50%ある状況です。それも1週間が過ぎる頃にはすっかりなくなり、今は元気な毎日です。

そうなると、お家時間がたくさんある感じになり、手作り、手仕事を探し出して楽しむことにしています。

買い出しがあまりできないので、基本家にあるもので作るというのが条件となります。そこは在庫が多い家なので、ちょうどよい機会となってあるもの製作に励んでいます。

この春幼稚園に入園の孫の、幼稚園セットー応援製作第1弾、箱の張り紙、クッキー作り。

今週は免疫が下がるので人込みには行けないけれど、近隣を散歩しています。午前中は冬場れできれいな青空とあたたかな日差しが嬉しい散歩です。

2回目の治療を前に

2023年もあと2日。年の瀬を迎えています。

中々ブログを更新できないのはパソコンを開くのに時間がかかることも1つの原因です。並行してスマホから投稿できるTwitterを補足していましたが、Xに変わってからはあまり使うことが無くなりました。

実名で始めたInstagramが意外と使いやすく、スマホから気軽に開いて投稿できるところが魅力です。ただ画像がメインなので、言葉を並べたいときはやはりブログに戻ることになります。

12月14日、1回目の抗がん剤治療を終え、初めての3週間を過ごしました。年明け早々に、2回目の抗がん剤治療に入ります。抗がん剤治療は、副作用が山のように書かれていて、その都度対処していかなくてはなりません。薬によって違いますが、私の場合のTC療法では、まず吐き気が来て2週目には免疫が低下し、その後脱毛が始まるというのが大きなところ。ー予想通りではありましたが、吐き気の方は吐き気止めの薬でほぼ回避できました。反面関節痛が少しある倦怠感がありましたが、2週目に入る頃には不思議となくなりました。3週目に入る先日受診した血液検査ではやはり免疫が下がっていて、これが回復した所で2回目となるようです。免疫は下がっていましたが、ヘモグロビンと血小板の値は基準内だったので、少し安心しました。

また、点滴あとに残る違和感がその後変化して、受診の前の日ぐらいから蕁麻疹のように広がりましたが、抗アレルギー薬のアレグラを処方してもらったところ2,3日でほぼなくなりました。

2回目も無事に終われますように!ー2回目からは、アバスチンという抗がん剤が加わります。

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今年の12月は、それでも家の中で普通に暮らせたので、のんびりと年末年始を過ごせるありがたみを感じています。

記録事項として、

*ダイソン掃除機4年半使用にしてバッテリーが故障し、バッテリー交換しました。9020円着払いで。ドライバーで取り換え、見事復活しました。

*二重窓にしてから初めての冬、快適な暖かさです!

*この頃の食糧調達のメインはおうちコープeふれんずになりました。1日は冷凍弁当の試食。主菜を冷凍ものにして、副菜を作るスタイルで家事を軽減しています。

*年末年始のお菓子をネットで注文してみました。ーえびせん、おかき、干し芋

*手作りのお菓子、お正月料理も多少は作りましたー黒豆、紅茶豚、しいたけの煮物、田作り、カステラ、パウンド

そして今日は、折り紙でお正月に使う○○○○○を作って楽しみました。

暖かい師走

今日は12月12日。遅れがちのこのブログはとうとう2カ月も停滞してしまいました。

もう冬なのに秋のような暖かい師走ですが、10月頃はいつまでも夏のような日々だったかも知れません。この月の残したい記録は、月半ばに、和歌山の父の眠るお墓に、母の遺骨を収め、四十九日の法要を終えたことです。

父の実家のご夫婦2人と兄との4人で四十九日を行いました。少子高齢化社会の例に漏れないばかりか、私たちは、大阪どころか、私は神奈川、兄は北海道と遠方なこともあり、いずれは墓じまい=永代供養をしなくてはならない現実を前にしながらも、しばらくは整備されたお寺と墓地の佇まいの中で母を弔うことができました。

母のことが一段落ついたところで、毎年なら本格的な秋の紅葉と忙しい所属団体の秋の行事が待っている季節ですが、今年ばかりはそうは行きません。

一切の予定を後回しにして、私の体の異変の究明にとりかかったところ、重大な結果が待っていて、11月に2週間の入院、手術となり、退院してそろそろ3週間。ようやく体が元に戻りつつあるのを感じていますが、明日からは第1回目の治療に入るので、2泊3日の入院となりました。

重大なことは中々言葉にしにくいのですが、記録としての価値はあるかもしれないと思い機会を見付けて、書き残せたらと思っています。