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高岡旅行-観光篇

今年の高岡旅行は、8月21日~23日、2泊3日の旅でした。

二日目、叔父さんのホームを後にして向かった先は、高岡市美術館2Fの「藤子・F・不二雄ふるさとギャラリー」。川崎市にもミュージアムがあり、そちらには行ったことありませんが、高岡市は藤子・F・不二雄のふるさとなので、いろんなところでドラえもんに出会います。

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IMG_7131このギャラリーでは、藤子・F・不二雄さんが漫画家になるまでのおいたちや、作品の原点となる出会いなどが紹介されています。東京へ行って漫画家になるという決意を話したときにおかあさんは「そうけ」と言ったというエピソード、ドラえもんに登場する人物は周りにいる人を特徴的に描いたもので、ぼくはのび太でしたという記述などに和みました。

 

次に向かったのは、新高岡駅。二日目はこの駅近くに新しく出来たホテルを予約したこともあり、この近くに車を止めて、電車で富山へ向かいました。JR城端線で高岡駅へ、そこから、あいの風とやま鉄道(以前はJR)に乗り換えて。

富山市では、予報通り空模様が怪しくなる中、駅の北と南の2か所を徒歩で観光しました。

まず向かったのは駅から北へ徒歩9分の富岩運河、環水公園。水上ラインに乗って岩瀬浜まで行きライトレールに乗る一周コースもできたらと考えていたようですが、まずは、ここの水べりに店をかまえるスターバックスを目指しました。ここは世界で一番美しいスタバと言われているということなので。

IMG_7140現地へ向かうのと比例して空が暗くなり、雨雲が押し寄せ、雷も轟くようになって、今雷雨が襲ってきたらどこに避難しようかと考えつつ向かいました。乗り物はダメでもスタバだけは見て行こうと思いながら。環水公園に着いたら、対岸の小高いところにスタバがあるのが見えました。確かに日暮れてライトアップされると美しいことでしょう。とにかくそこまでと思いアーチを渡って行き、ちょうど店内に入るや否や、猛烈な雷雨が襲ってきたときには、よかった!と大きく安堵。この雨運の強さ?がこの旅の間中私たちにあったのはかなり幸いでした。

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スタバコーヒーをいただきながらの激しい雷雨見物は30分くらいで過ぎ去り、雲は広がるもののまた明るい空が戻りました。これなら水上バスも大丈夫かもと行ってみたら、船とライトレールの周遊は一日2回で、午後からのは行った後でした。

IMG_7162ということで、それはまたの機会と諦めて、富山駅に戻り、地下道から南へ出て、今度は南方向に徒歩10分の富山城址公園へ向かいました。そこには、富山市郷土資料館が富山城天守閣の中にありました。このお城は、昭和29年の富山産業大博覧会の際に、恒久の建物として建造されたそうです。堀や石垣は昔のものだそうですが、富山城の中世から現代まで400年の移り変わりを知ることができました。

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このあと、もう一か所富山の薬屋さんを訪ねる予定で城を出ましたが、前方に黒い雨雲が見えたので、慌ててもと来た道を駅の方に早足で戻りました。そろそろ足が疲れていましたが、先ほどの雷雨を見た者としては、これはまずいという思いが…、直後雷鳴が響き渡るようにもなりました。ちょうど駅地下道にもぐりこんだところで大雨となりました。横殴りの激しい雨で、これが道の途中なら傘など何の役にも立たないでしょう。ここでもホッと胸をなぜおろしました。

この後、高岡駅に戻り、車のところまで徒歩で戻るに当たり、若干雨に合いましたが、常識の範囲内の濡れで済み、幸いでした。

 

 

雨に関しては、翌日高岡を離れるまで、常に空を見上げ雲に注意を払って富山を後にしました。帰路も途中までは断続的に豪雨が続き、トンネルがホッとする道中でしたが、富山を離れるに連れ雨は止んで来て、長野に入った時には青空になっていました。途中から来た道を外れ、駒ケ根市にある「養命酒 健康の森」に立ち寄りました。

この場所は、中央高速の駒ケ根ICから近い場所で、以前立ち寄ったかんてんパパの工場のある伊那市や高遠にも近いところです。

IMG_7199標高の高い涼しい森の中にあり、14時ちょっと前に到着。ぎりぎり間に合ったランチの薬膳料理をいただきました。その後、本来なら予約のいる工場見学、最終14時半のコースに、運よくその場で申し込め、80分間じっくり養命酒ができるまでを見せていただきました。最後には試飲やお土産もありラッキーでした。養命酒はみりんを原酒としてそれに14種類の生薬を抽出させて出来上がるそうです。一日にたくさんの養命酒が出来上がり、世界へと送り出されるということでした。

 

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お酒が苦手な私は、これを見て養命酒を飲むには至りませんが、お昼の薬膳料理はかなり体に合う感じがしたので、JR上諏訪駅の近くにある「くらすわ」というレストランにはいつか行きたいと思いました。

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16時半ごろにここを後にしました。高速道路をあまり通らないのがいつものパターンですが、今回はひとまず駒ケ根ICから乗ることにし、来るときに入った諏訪南ICまで行く予定でしたが、高速道路が快適に流れていたこともあり、夕方の渋滞をさけて一宮ICまで乗ったので、21時前に家に到着できました。

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山梨からの富士山

 

2年ぶりの車の旅を無事終えられ、安堵と感謝の気持ちでいます。

 

 

2年ぶりの高岡旅行①

富山県高岡市は夫の郷里です。今は両親のお墓があるだけですが、年に1度は訪ねてお墓参りと近辺を観光&散策をしています。

結婚した当初は、未知の土地でその言葉の味わい深さに感嘆する程でしたが、かれこれ35年の年月を経ると、私なりに思い出深い地でもあります。子どもが赤ちゃんだったときからの思い出が色々ある上に、ここ7,8年ほどは観光することで富山県の歴史的な背景を知ることが楽しみの1つとなっています。

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毎年行くこの行事、昨年は夫の仕事の関係で行きそびれ今年は2年ぶりですが、車の旅がスタートすると慣れたいつもの道中が始まりました。

とはいえ、運転はすべて夫で、旅のコーディネートもすべて夫の頭の中、私はお墓参りをすること以外は何が出て来るかはすべて夫に委ねたままのスタートです。

←富士山は雲の中-山中湖

 

 

 

神奈川と富山の距離を考えると、こうして車の旅ができるのはあと何回?と今回は思うようになり、中部山岳地帯の風景を改めて、愛着を持って眺めました。

1日目は移動日。途中、山を越えて甲府の富士川を渡ったところにある、道の駅「富士川」に立ち寄りました。この道の駅は数年前にできたばかりの新しいところで、立ち寄るのは今回が初めてです。休憩というより展望室やモニュメントなどを見て楽しみました。

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IMG_7118その後、中央高速で松本まで行くいつものコースで、安房トンネルから平湯、神通川上流の道沿いを行き、明るいうちに目的地に着きました。

2年ぶりの両親のお墓は、今まで見たこともないくらい草が茫茫に生えていて唖然、早速黙々と草取りをして、大変やりがいを感じました。

1日目の宿泊は、高岡駅近くのビジネスホテル。今まで何回も利用していて勝手がよくわかるのが中々苦笑でした。

 

 

 

 

翌日は、朝一番で、夫の叔父さんが入っているホームを訪ねました。まだ自宅にいらした頃にお目にかかった時と比べ、あまりの変わりように驚かされましたが、頭はしっかりとされているようでした。

その前回何時お会いしたかの記憶はなかなか定かではありませんでしたが、過去ブログを検索してみて5年前ということがわかりました。過去を振り返るとき、ブログの記録はいつも役立つので、長く続けて来たブログの価値を改めて感じます。

夫の叔父さんのホームを後にしてからは、今回の旅の観光篇が始まります。

 

8月の帰省

IMG_7078今年も恒例の大阪帰省の旅に出かけました。毎年8月8日の施餓鬼参りの日にに、父のお墓のある本家近くのお寺に参るのが目的なので、今年も7日に大阪に向けて出発しました。ちょうど、長寿台風が九州の方から大阪方面に向かっているときでしたので、7日の早朝出発し、お昼には実家に到着しました。幸いにもその時は雨もあまり降っていませんでしたが、台風は午後から夕方にかけて和歌山に上陸し多分東側近くを通過したようでしたが、マンション内にいるとそれほど気が付くこともなく行ってしまったようで安堵しました。

翌日の和歌山へのお墓参りは、ほどほど雲も広がる中天気はまずまずで昨年同様、兄と母と私の3人で出かけました。昨年の4月より大阪で仕事を見つけた兄が単身で同居するようになったので、今は母の生活も変化しています。この前の1月には88才の誕生日を迎えましたが、今回体の衰えに抗しがたくなって来ている生活ぶりを目の当たりにして、元気で長生きするということの如何に難しいものであるかを思わされました。

以前のように、電車で天王寺へ出て、ショッピングを楽しむ脚力はもうありません。徒歩4分の最寄り駅の向こう側にあるショッピングセンターに出かけることも大儀になりました。幸い、マンションの下が大型ショッピングセンターなので、そこに1日1回、歩行器を押しながら出かけるのが足の訓練も兼ねた日課となっています。それにしても、1年前はコロの付いたカバンを横で押しながら歩いていたのに、安全のためにと歩行器に変えたら、もうそれ無しでは歩けない状態となっているのが驚きです。家の中の歩行も手すりや壁伝いで、一度座るとテーブルなどに手をつかないと立ち上がれない。足の筋力の衰えが半端ないのが心配です。

IMG_7081ですから、母はJRを使って和歌山に行くのはもう無理だと言い張っていましたが、兄と私が一緒なのだからと励まして、駅までの4分の距離と乗り換えを頑張ってもらい、何とか行って来ることが出来ました。聴力の衰えと物の理解にも時間がかかるようにはなってきましたが、根本的にはまだボケてはいないと言えるのが救いです。本家では皆で様々な話をするのにも昔の記憶も披露しながら今の話もしっかりとして集うことが出来、頑張って来てよかったと思ったようです。帰りは、天王寺の駅ビルで外食をして帰りましたが、日が長く食事を終えてもまだ日没前で、タクシー乗り場から黄昏の中をタクシーで戻りました。

翌日から1週間、兄は自分の家に戻るので、しばらく母と私の数日を過ごしました。料理、掃除など生活の助けが中心で、遠出の疲れもあり母は一段と足の具合が良くなく不安そうにしていたので帰る日を一日延ばして、戻りました。私が帰った後は、兄が戻るまでの丸3日は、お盆でもあり、お寺からもらった供犠を仏壇に立て、お供え物を並べて、父へのお経とお茶を備えることを日課として、静かな時を持っている様子が、毎夜の電話から伺えました。

今晩の電話では、人体の不思議のテレビを母も見ていて、ぎんさんの娘さんが凄いねと共感することが出来ました。この番組からは、たくさんの希望やヒントをいただくことができました。寿命というものに逆らうことは出来ないけれど、人として自然な生活をするということを益々追い求めて行きたいと改めて思います。母を思いながら。