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母の入院

2018年、年が明けて早半月が経ちました。

年末の27日に、大阪の母が急に入院することになりました。その日は同居中の兄が年末年始を自分の家族と過ごすために北海道に出発した日でした。

兄が戻るのは1月8日。その日まで母は、元の一人暮らしになるので、年末年始辺りを次女が、5日から8日までは、私が行く計画をしていました。途中何日か一人の時もあるけど、毎晩の電話もあるし、大丈夫と思っていました。

しかし、多分きっと、母は不安に思っていたのだと思います。

エレベーターで蹲り、立てなくなったところを、近所の人に助けられて、家まで連れて帰ってもらったけど、近所の人が心配して救急に連絡し、結果入院となったのです。

病院は立てなくなったくらいでは帰らされてしまうところですが、母の場合、まずインフルエンザ陽性と言われ、ほかにも悪い結果が出て入院になりました。入院は、兄と私のところに知らされることとなり、電話で逐一検査の結果が報告されました。心不全の兆候があり、起こりえる悪いことは色々あるように言われ、まさに青天の霹靂でした。

北海道の兄は急には戻れなく、私も翌日に飛んで行くわけにもいかない事情もありました。

それで三日後の30日の朝一番で出かけることにし、二日間でこちらのお正月準備と、向こうの準備あれこれをして出発しました。これが、始まりです。

これ以前とこの後では、母の何かが違ってきたように思えます。病院というところが、それを引き出したように思えますが、多分徐々に母の変化は起きていたのかもしれません。母も私も兄も、それを気付きながら、正常性バイアスが働いて、認めていなかっただけで。

重篤な病状のように言われ、インフルエンザのこともあり、集中治療室に近い個室に入っていた母は、意外と元気で、座る元気もありましたが、とにかく家に帰ると言って周りを困らせていました。私と話をするとかなり落ち着いて、それは言わなくなったのですが、次のポイントとして、もともと弱かった足が本当に動かなそうになっていたこと、母の聴力がかなり衰えていることに加えて、認知機能が下がっていることが心配でした。

IMG_7517家から、毎日つけている「主婦日記」、雑誌、ラジオ、またお絵かきノート、折り紙などを持って行くと、少し意欲は見せますが、以前との隔たりを感じました。

話ができるように、携帯電話を新たに契約して持っていきましたが、簡単な操作がしっかり身につかないし、指の力も足りない状況。

年末には次女も予定通り来て、2日に私も一緒に帰る予定にしていた私は、事態を理解していなかったようです。この日を敏感に察した母の心に大きな乱れがあり、私は帰るのを思いとどまりました。その後は、8日に兄に引き継ぐまで、母を見守るつもりで。

帰らないでよかったと本当に思いました。病院でじっくり付き添わなければわからないことは沢山ありましたし、実家の住まいの方もより整えることができたからです。(母は病室で89歳の誕生日を迎えました)

予定通り、兄に引き継ぐことができ、9日に関東の我が家に戻りました。関西と関東は、静岡構造線辺りで、本当に変わると思います。冬の関東は澄みきった冬晴れの中、凛とそびえる富士山が眩しいところです。自分の街の駅で降りて家路に着く道中がすべてお話のようにすてきだなと思いながら帰りました。

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毎晩かけていた母との電話は、今は兄と、母の様子を話すようになりました。

母の退院のスタイルを、今模索中です。その時にはまた母の娘が参上して、役に立ちたいと考えています。

紅葉と美術館

 

忙しい秋も終盤となり、勤労感謝の日から後4日間はいいお天気に恵まれました。富士山もくっきりと荘厳な姿が数日眺められました。

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そこで、今年の秋の締めくくりに、また二つのお出かけをしました。まず1つ目は、横浜そごうの美術館で12月3日まで開催の、平山郁夫のシルクロードコレクション展。その翌日、2つ目は都会を離れ、河口湖の紅葉を見に出かけました。

IMG_7451そごう6階にある美術館に入るのは初めてです。平山郁夫に関しては、何となく知っていたぐらいではっきりと認識したのは今回がはじめて。シルクロードの絵に関しては広く知られており、今回の展示はそれらの集大成のような感じで、その生涯と作品の生まれる背景がよくわかり、歴史解説も含めじっくり鑑賞することができました。

シルクロードを旅されたのは1970年代ということで、ご夫婦で回られたようです。砂漠の中の滅亡した王国、昔栄えたことがしのばれる遺品などから、遠い昔の人々ざわめきが聞こえて来たでしょうか?メソポタミア文明、インダス文明、イスラム諸国の国々。これらに関して、関心の低い私にとっては、どこまでも現実味の薄い物語の世界でしかなかったのが申し訳なかったですが、かなり迫力のある素晴らしい展示であったと思いました。

平山郁夫さんは文化財の保護にも私財を投じて行ってらしたそうで、こんな平山さんによって、破壊される前のバーミアンの仏像がリアルに描かれていたのは意味があることだと思いました。

他、薬師寺玄奘三蔵院の平山郁夫による壁画図の大きな下絵の展示もインパクトがありました。平山郁夫のおいたちでは、広島の原爆投下の時に旧制中学3年生で市内で被爆したというのにもそこから生還した人の人生として尊敬するものを感じました。

出身は広島近くの瀬戸内海の島で、しまなみ海道のルートにあたるせとだというところに平山郁夫美術館があるそうです。また八ヶ岳山麓にも、平山郁夫シルクロード美術館があるということでした。

翌日の河口湖の紅葉は、河口湖大橋を渡った向こう側まで行きました。

撮影場所は、紅葉のトンネル。

 

 

紅葉の回廊。

その後、外周を回る帰路の途中、湖岸沿いの一方通行の道に、車を止めて登れる丘があったので登ってみました。

赤い紅葉、淡い紅葉、薄黄色の黄葉、それぞれが彩なす自然の芸術を堪能してきました。

ざる菊観賞

変わりやすいお天気ですが、ちょうどいい具合に、明るい日が差す朝、ざる菊を見に行こうと誘われました。

近場という以外、行先はよくわからないまま、まず市内の西方里山地区の一角へ。きれいに栽培されたざる菊の花壇がありました。

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IMG_7368ざる菊と言うのは、今回初めて認識しました。ざると菊を両方思い浮かべた通りの外観。色はとりどりで、沢山並ぶと中々見事です。

剪定して仕上げるのではなく、1本の株からこのようにきれいな形に花をつけるということでした。

 

 

今ざる菊は、あちこちで見頃ということなので、もう一か所、南足柄市の矢倉沢地区に向かいました。公民館に車を止め、周辺を一回りしました。この前の日曜日にはざる菊のある場所を巡るスタンプラリーも行われていたということです。

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公園近くや個人宅に見事に咲いていました。

ざる菊、以前からこのように栽培されていたものか?少なくとも昨年は、やっていたようですが・・・? 秋を彩る、新たな新星です。

2つのお出かけ

11月も半ばとなり、この辺りから年末にかけては、つるべ落としの秋の日にも似てあれよあれよと過ぎて行きます。また、寒くなったかと思えばコートが暑苦しくなる日が続いたりと定まらない日々の中にも、あちこちで紅葉が深まっているようです。

前記事の終わりに記した、神奈川フィルの演奏には運よく今年も行くことが出来ました。文化の日に行われる神奈川文化賞・スポーツ賞の授賞式&お祝い演奏に今年も応募して招待券が送られて来たので行ってきました。(夫企画のお相伴で)

IMG_7349この授賞式は、昨年までは山下公園近くの県民ホールで行われていましたが、今年は山の手の県立音楽堂で行われました。今年再びの音楽堂行きです。

夫がもう1つ文化の日の立ち寄りメニューを見つけてくれて、この日は早めに家を出て、横浜駅高島屋方向にあるお菓子の専門学校の文化祭を覗いてきました。近代的なビルの学校で、販売の部は人が山のように押しかけていたので、2,3階の展示のところを見るだけでしたが、知らないお菓子の世界を見せてもらえ、極める道は様々にあることを改めて思いました。

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ここから音楽堂までは、夫の素晴らしい方向感覚で無駄なく横浜駅をスルーして向こう側に行き前回通った道へ合流して向かいました。と、しばらくして夫がここから一本奥の道からでも行けると新たな道を歩くことになり、その道は前の根岸線に沿った道路よりは少し高めの平行に続く道で車通りも静かでしたので正解でした。しかしその後途中から上って行った小山は、そこは見当違いでやや迷子になりかけましたが、私のスマホナビで確認したら、目的地すぐ下の道路のいつもの反対側に来ていることがわかり、ほどなく到着できました。

IMG_7352今年の授賞式も魅力的でした。恒例の1人1人の受賞者インタビュー、3人目は樹木希林さん。著名人の場合、ビデオメッセージのことも多い中、テレビで見るのと変わらないトークを聞かせてくれて楽しめました。ただ、今回は10月の音楽堂の時とは反対に一番後ろの席でしたので細かい表情が見えなくて残念でした。他の方のトークも、審査員代表の挨拶も、どれも気持ちがこもっていて今年も満足しました。

神奈川フィルの演奏、今年はテノールとソプラノ歌手お二人が加わり、内容豊かに見せてもらえました。テノール歌手の男性の司会トーク、温かい催しに感動したという言葉に共感しました。

 

IMG_7354さて、11日の昨日は、10年ぶりかの同窓会に出かけてきました。高校同期関東組の同窓会で、お昼に開催してくれるということで、出席することが出来ました。大阪の高校だけれど首都圏には割とたくさん住みついているので、その点心強く思います。関東在住約120人中今回は、京都と富山からの参加もあり22人くらい集まりました。うち女子は7人の参加でした。退職後田町駅近くでワインバーをやっている方が昼間の貸し切り会場を提供してくれて、実現しました。

IMG_7353堅苦しい挨拶もなく、ケータリングで用意してくれた立食の食事をいただきながら自由に歓談し最後に写真撮影して17時ごろ終了となりました。

23人中、ある程度知っている人は6人だけでしたが、そうなればそうで、高校時代のピンポイントで記憶を呼び起こし、また共通の有名人(先生、旧友)のこと、今住んでいる所のことなど、知らなかった人とも非日常的な会話が出来たのは楽しかったです。

年月を経て知り得るもう1つの物語が、いくつか聞くことが出来て、充実の3時間でした。

 

 

 

2つのコンサート

9月の終わりに、ミューザ川崎のコンサートに行ったのを皮切りに、10月に入りまた2回コンサートに出かける機会がありました。

IMG_72921つは、10月5日東京のサントリーホールでのハーモニーコンサート。これはAOKIグループの主催するコンサートで、チケット応募に当選した2,000人のみ参加できるというもの。夜のコンサートで18時開場、19時開演。招待はがきには、気になる一筆「当日は、女性はワンピース、スーツ、男性はジャケット、スーツなどでお越しくださり、優雅な気持ちでご鑑賞ください…」のような断り書きがありました。

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まあ、東京へ行くのだし夜だしと思って、夫婦ともども普段には着ないお出かけスタイルでくりだしましたが、確かに優雅な気分で聞くことが出来ました。そして、何より演奏がかなり素晴らしかった!ピアノ協奏曲のピアニストの方の大胆で豪快なタッチ、新日本フィルハーモニー管弦楽団の力強く狂いのない演奏ともどもすっかり魅了されて聞きました。コンサートで睡魔に襲われなかった稀有な体験でした。

演奏終了後は、脱兎のごとく丸ノ内線の最寄り駅目指して、夜の赤坂と長い地下道を20分歩き通して帰ったのも中々非日常的で、町暮らしの本能が目覚めて来る感があり楽しかったです。

その三日後、今度は横浜の県立音楽堂でのトップコンサートに出かけました。これは昨年も行って今回2回目です。これも神奈川新聞からの応募での招待券で行きました。桜木町の山の手にある音楽堂で、前回はJR桜木町を降りて、急坂を登っていきましたが、今回は横浜駅から根岸線沿いに歩き途中なだらかに上って、以前とは反対方向から音楽堂へ向かいました。何時もよく歩くみなとみらいの高層ビルが線路の向こうに見え、昔からの街並みを新鮮な気分でながめ、新たな発見をしながら歩きました。

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コンサートは、3人の音楽コンクール上位入賞者と神奈川フィルハーモニー管弦楽団との共演で、それぞれ聞きごたえがありました。今回は正面の割と前の方で鑑賞したので、表情なども見え、それぞれの楽器の音などにも関心がわいてきました。だんだんクラシックへの目が開かれてきたかしら?日常の暮らしの中でも、時々演奏曲が頭の中で回ってたり・・・・

以上今年の秋は、音楽と縁が深そうな予感です!運が良ければ、もう1回この音楽堂で、神奈川フィルの演奏が聞けるかもしれません。

 

働きの秋、芸術の秋へ

今日で9月が終わります。9月は、忙しく過ぎました。その要因の1つが母の住む大阪に2回往復したことにあります。単身同居する兄が、長期家を空けるということで、そのうちの半分を訪ねました。

 

北朝鮮の脅威とスロー台風が日本列島を脅かす中、1回目は13日から17日に。この時は、母と私の暮らしで、日常生活とおしゃべりなども以前に戻り楽しい時間でした。ただ戻らないのが、衰えてしまった母の脚。朝の元気なうちに徒歩15分くらいの駅の向こうのショッピングセンターに行くことを計画し、本屋と靴屋でショッピング。喫茶店で昼食。ニトリとダイソーでも買い物をして帰りましたが、帰り道は母の脚の限界だったのが現実を見せられる思いでした。

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この滞在での私の功績は洗面所横の棚の取り換えです。3段のプラスチック棚に色々なものが混在してわかりにくく、下の方は母がすでにかがめないので出すこともできない状態。そこで、新しく置き換えたのが、百均の組み立て収納。かごを2つ加えて、費用は1,400円というのがなかなかの自慢です。

 

 

 

戻って、数日を過ごして再びの大阪には、お彼岸参りのためで22日から24日と過密スケジュール。カナダから戻った兄と3人で和歌山へ。2人の付き添いが丁度なくらいの、母の和歌山行でした。父のお墓参りと母の実家にも行って来られ3人ともども達成感に包まれました。

 

体力のない私は、てきめんに9月後半は疲労風邪?状態に。しかしそれも、ようやく回復して、9月の最後の日の今日は、夫の誘いで、川崎方面に出かけました。午後からのミューザ川崎でのコンサートが目的でしたが、その前に川崎大師を見学することに。真言宗の大きなお寺であることを、今回はじめて認識しました。890年祭のような旗も出ていましたが、割と空いていて道中もシャッターの店が所々見られ、少子高齢化の影響はこんな大きなお寺の町にも?などと思ってしまいました。

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IMG_7277お昼は京急川崎駅ビルの3階。京急電車がの発着がよく見える場所でいただきました。

 

 

目的のコンサートホールは、震災の前に1度来たことがあり、震災では天井からの落下物の被害があったようですが、今日はそれも昔のこととなり、音響の素晴らしい場所で、フレッシュな演奏を楽しむことが出来ました。

 

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明日から10月、外界は選挙の風が吹く中、いよいよ秋が深まっていく気配です。

高岡旅行-観光篇

今年の高岡旅行は、8月21日~23日、2泊3日の旅でした。

二日目、叔父さんのホームを後にして向かった先は、高岡市美術館2Fの「藤子・F・不二雄ふるさとギャラリー」。川崎市にもミュージアムがあり、そちらには行ったことありませんが、高岡市は藤子・F・不二雄のふるさとなので、いろんなところでドラえもんに出会います。

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IMG_7131このギャラリーでは、藤子・F・不二雄さんが漫画家になるまでのおいたちや、作品の原点となる出会いなどが紹介されています。東京へ行って漫画家になるという決意を話したときにおかあさんは「そうけ」と言ったというエピソード、ドラえもんに登場する人物は周りにいる人を特徴的に描いたもので、ぼくはのび太でしたという記述などに和みました。

 

次に向かったのは、新高岡駅。二日目はこの駅近くに新しく出来たホテルを予約したこともあり、この近くに車を止めて、電車で富山へ向かいました。JR城端線で高岡駅へ、そこから、あいの風とやま鉄道(以前はJR)に乗り換えて。

富山市では、予報通り空模様が怪しくなる中、駅の北と南の2か所を徒歩で観光しました。

まず向かったのは駅から北へ徒歩9分の富岩運河、環水公園。水上ラインに乗って岩瀬浜まで行きライトレールに乗る一周コースもできたらと考えていたようですが、まずは、ここの水べりに店をかまえるスターバックスを目指しました。ここは世界で一番美しいスタバと言われているということなので。

IMG_7140現地へ向かうのと比例して空が暗くなり、雨雲が押し寄せ、雷も轟くようになって、今雷雨が襲ってきたらどこに避難しようかと考えつつ向かいました。乗り物はダメでもスタバだけは見て行こうと思いながら。環水公園に着いたら、対岸の小高いところにスタバがあるのが見えました。確かに日暮れてライトアップされると美しいことでしょう。とにかくそこまでと思いアーチを渡って行き、ちょうど店内に入るや否や、猛烈な雷雨が襲ってきたときには、よかった!と大きく安堵。この雨運の強さ?がこの旅の間中私たちにあったのはかなり幸いでした。

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スタバコーヒーをいただきながらの激しい雷雨見物は30分くらいで過ぎ去り、雲は広がるもののまた明るい空が戻りました。これなら水上バスも大丈夫かもと行ってみたら、船とライトレールの周遊は一日2回で、午後からのは行った後でした。

IMG_7162ということで、それはまたの機会と諦めて、富山駅に戻り、地下道から南へ出て、今度は南方向に徒歩10分の富山城址公園へ向かいました。そこには、富山市郷土資料館が富山城天守閣の中にありました。このお城は、昭和29年の富山産業大博覧会の際に、恒久の建物として建造されたそうです。堀や石垣は昔のものだそうですが、富山城の中世から現代まで400年の移り変わりを知ることができました。

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このあと、もう一か所富山の薬屋さんを訪ねる予定で城を出ましたが、前方に黒い雨雲が見えたので、慌ててもと来た道を駅の方に早足で戻りました。そろそろ足が疲れていましたが、先ほどの雷雨を見た者としては、これはまずいという思いが…、直後雷鳴が響き渡るようにもなりました。ちょうど駅地下道にもぐりこんだところで大雨となりました。横殴りの激しい雨で、これが道の途中なら傘など何の役にも立たないでしょう。ここでもホッと胸をなぜおろしました。

この後、高岡駅に戻り、車のところまで徒歩で戻るに当たり、若干雨に合いましたが、常識の範囲内の濡れで済み、幸いでした。

 

 

雨に関しては、翌日高岡を離れるまで、常に空を見上げ雲に注意を払って富山を後にしました。帰路も途中までは断続的に豪雨が続き、トンネルがホッとする道中でしたが、富山を離れるに連れ雨は止んで来て、長野に入った時には青空になっていました。途中から来た道を外れ、駒ケ根市にある「養命酒 健康の森」に立ち寄りました。

この場所は、中央高速の駒ケ根ICから近い場所で、以前立ち寄ったかんてんパパの工場のある伊那市や高遠にも近いところです。

IMG_7199標高の高い涼しい森の中にあり、14時ちょっと前に到着。ぎりぎり間に合ったランチの薬膳料理をいただきました。その後、本来なら予約のいる工場見学、最終14時半のコースに、運よくその場で申し込め、80分間じっくり養命酒ができるまでを見せていただきました。最後には試飲やお土産もありラッキーでした。養命酒はみりんを原酒としてそれに14種類の生薬を抽出させて出来上がるそうです。一日にたくさんの養命酒が出来上がり、世界へと送り出されるということでした。

 

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お酒が苦手な私は、これを見て養命酒を飲むには至りませんが、お昼の薬膳料理はかなり体に合う感じがしたので、JR上諏訪駅の近くにある「くらすわ」というレストランにはいつか行きたいと思いました。

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16時半ごろにここを後にしました。高速道路をあまり通らないのがいつものパターンですが、今回はひとまず駒ケ根ICから乗ることにし、来るときに入った諏訪南ICまで行く予定でしたが、高速道路が快適に流れていたこともあり、夕方の渋滞をさけて一宮ICまで乗ったので、21時前に家に到着できました。

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山梨からの富士山

 

2年ぶりの車の旅を無事終えられ、安堵と感謝の気持ちでいます。

 

 

2年ぶりの高岡旅行①

富山県高岡市は夫の郷里です。今は両親のお墓があるだけですが、年に1度は訪ねてお墓参りと近辺を観光&散策をしています。

結婚した当初は、未知の土地でその言葉の味わい深さに感嘆する程でしたが、かれこれ35年の年月を経ると、私なりに思い出深い地でもあります。子どもが赤ちゃんだったときからの思い出が色々ある上に、ここ7,8年ほどは観光することで富山県の歴史的な背景を知ることが楽しみの1つとなっています。

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毎年行くこの行事、昨年は夫の仕事の関係で行きそびれ今年は2年ぶりですが、車の旅がスタートすると慣れたいつもの道中が始まりました。

とはいえ、運転はすべて夫で、旅のコーディネートもすべて夫の頭の中、私はお墓参りをすること以外は何が出て来るかはすべて夫に委ねたままのスタートです。

←富士山は雲の中-山中湖

 

 

 

神奈川と富山の距離を考えると、こうして車の旅ができるのはあと何回?と今回は思うようになり、中部山岳地帯の風景を改めて、愛着を持って眺めました。

1日目は移動日。途中、山を越えて甲府の富士川を渡ったところにある、道の駅「富士川」に立ち寄りました。この道の駅は数年前にできたばかりの新しいところで、立ち寄るのは今回が初めてです。休憩というより展望室やモニュメントなどを見て楽しみました。

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IMG_7118その後、中央高速で松本まで行くいつものコースで、安房トンネルから平湯、神通川上流の道沿いを行き、明るいうちに目的地に着きました。

2年ぶりの両親のお墓は、今まで見たこともないくらい草が茫茫に生えていて唖然、早速黙々と草取りをして、大変やりがいを感じました。

1日目の宿泊は、高岡駅近くのビジネスホテル。今まで何回も利用していて勝手がよくわかるのが中々苦笑でした。

 

 

 

 

翌日は、朝一番で、夫の叔父さんが入っているホームを訪ねました。まだ自宅にいらした頃にお目にかかった時と比べ、あまりの変わりように驚かされましたが、頭はしっかりとされているようでした。

その前回何時お会いしたかの記憶はなかなか定かではありませんでしたが、過去ブログを検索してみて5年前ということがわかりました。過去を振り返るとき、ブログの記録はいつも役立つので、長く続けて来たブログの価値を改めて感じます。

夫の叔父さんのホームを後にしてからは、今回の旅の観光篇が始まります。

 

8月の帰省

IMG_7078今年も恒例の大阪帰省の旅に出かけました。毎年8月8日の施餓鬼参りの日にに、父のお墓のある本家近くのお寺に参るのが目的なので、今年も7日に大阪に向けて出発しました。ちょうど、長寿台風が九州の方から大阪方面に向かっているときでしたので、7日の早朝出発し、お昼には実家に到着しました。幸いにもその時は雨もあまり降っていませんでしたが、台風は午後から夕方にかけて和歌山に上陸し多分東側近くを通過したようでしたが、マンション内にいるとそれほど気が付くこともなく行ってしまったようで安堵しました。

翌日の和歌山へのお墓参りは、ほどほど雲も広がる中天気はまずまずで昨年同様、兄と母と私の3人で出かけました。昨年の4月より大阪で仕事を見つけた兄が単身で同居するようになったので、今は母の生活も変化しています。この前の1月には88才の誕生日を迎えましたが、今回体の衰えに抗しがたくなって来ている生活ぶりを目の当たりにして、元気で長生きするということの如何に難しいものであるかを思わされました。

以前のように、電車で天王寺へ出て、ショッピングを楽しむ脚力はもうありません。徒歩4分の最寄り駅の向こう側にあるショッピングセンターに出かけることも大儀になりました。幸い、マンションの下が大型ショッピングセンターなので、そこに1日1回、歩行器を押しながら出かけるのが足の訓練も兼ねた日課となっています。それにしても、1年前はコロの付いたカバンを横で押しながら歩いていたのに、安全のためにと歩行器に変えたら、もうそれ無しでは歩けない状態となっているのが驚きです。家の中の歩行も手すりや壁伝いで、一度座るとテーブルなどに手をつかないと立ち上がれない。足の筋力の衰えが半端ないのが心配です。

IMG_7081ですから、母はJRを使って和歌山に行くのはもう無理だと言い張っていましたが、兄と私が一緒なのだからと励まして、駅までの4分の距離と乗り換えを頑張ってもらい、何とか行って来ることが出来ました。聴力の衰えと物の理解にも時間がかかるようにはなってきましたが、根本的にはまだボケてはいないと言えるのが救いです。本家では皆で様々な話をするのにも昔の記憶も披露しながら今の話もしっかりとして集うことが出来、頑張って来てよかったと思ったようです。帰りは、天王寺の駅ビルで外食をして帰りましたが、日が長く食事を終えてもまだ日没前で、タクシー乗り場から黄昏の中をタクシーで戻りました。

翌日から1週間、兄は自分の家に戻るので、しばらく母と私の数日を過ごしました。料理、掃除など生活の助けが中心で、遠出の疲れもあり母は一段と足の具合が良くなく不安そうにしていたので帰る日を一日延ばして、戻りました。私が帰った後は、兄が戻るまでの丸3日は、お盆でもあり、お寺からもらった供犠を仏壇に立て、お供え物を並べて、父へのお経とお茶を備えることを日課として、静かな時を持っている様子が、毎夜の電話から伺えました。

今晩の電話では、人体の不思議のテレビを母も見ていて、ぎんさんの娘さんが凄いねと共感することが出来ました。この番組からは、たくさんの希望やヒントをいただくことができました。寿命というものに逆らうことは出来ないけれど、人として自然な生活をするということを益々追い求めて行きたいと改めて思います。母を思いながら。

 

 

地域のパソコン教室

昨年度の終わり、いつもの公民館だよりに、地域の公民館の自主事業として、パソコン教室の案内が出ていました。

「自己流でやっているが本格的に学びたい人」向きの講座という呼びかけに興味がそそられました。でも、今までならその後講習日程などを見てあきらめるというパターンが多かったのですが、今回は毎週月曜、全15回4月から9月までという日程全部が、可能なスケジュールだったこともあり、早速申し込みました。6人ぐらい先着順ということでしたが、一番乗りで申し込むことが出来ました。

巷のパソコン教室に行くとなると、場所は遠い上に何より講習料に驚きます。今回参加する講習は、1回2時間、ワードとエクセルを基礎から応用そして活用まで幅広く簡潔学習するとのことで、15回で6,000円。これはテキスト代であるというのは納得しました。講習料はボランティアといえるでしょう。

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4月に初めて参加した時から、とても気に入りました。私のレベルにはちょうど良かったと思います。目的としては、エクセルの関数の使い方を知りたいのが一番だったので、ワードの基礎とかは、大体知っているつもりでしたが、基礎から学ぶと1回目から、そうだったのかとかと思う点がしばしばあり、勉強になりました。ブラインドタッチ用タイピングソフトなどもメモリに入れてくださり、入力の基礎もさらっと過ぎて行きました。

先生の口癖は、パソコンは作業を早くするための道具だから、早くできるやり方を覚えてくださいということです。目からうろこのやり方がいくつかありました。

期待通りに毎週の講習が進んで行き、今日は10回目でいよいよ、ワード、エクセル共にレベルが上がってきました。ワードは、表の作成。きれいなカラーの表を作りました。表の各マスの大きさを動かしたり、来週はそのマスに画像を入れて行くそうです。エクセルでは、販売実績の表から、前回までは、合計、平均、最大、最小の値の入れ方を、3つぐらいのやり方で教わりました。その値の表から、今回はグラフを2通り作りました。

生徒は6名で、男3、女3。先生は男性。年齢はシニアなりたての私が一番若いという年齢層。平均70代になるのではと思われます。先生も地域在住の方ということですが、今回は第4弾ということで、とても評判の先生のようです。

話し方は、大学の先生のようで、伝えたい内容がすっきりと分かりやすく用意されており、毎回効率よく学べたと感じる2時間で、満足して帰ります。

あらためて、基礎から習うことの良さを実感しています。