富山県高岡市は夫の郷里です。今は両親のお墓があるだけですが、年に1度は訪ねてお墓参りと近辺を観光&散策をしています。
結婚した当初は、未知の土地でその言葉の味わい深さに感嘆する程でしたが、かれこれ35年の年月を経ると、私なりに思い出深い地でもあります。子どもが赤ちゃんだったときからの思い出が色々ある上に、ここ7,8年ほどは観光することで富山県の歴史的な背景を知ることが楽しみの1つとなっています。

毎年行くこの行事、昨年は夫の仕事の関係で行きそびれ今年は2年ぶりですが、車の旅がスタートすると慣れたいつもの道中が始まりました。
とはいえ、運転はすべて夫で、旅のコーディネートもすべて夫の頭の中、私はお墓参りをすること以外は何が出て来るかはすべて夫に委ねたままのスタートです。
←富士山は雲の中-山中湖
神奈川と富山の距離を考えると、こうして車の旅ができるのはあと何回?と今回は思うようになり、中部山岳地帯の風景を改めて、愛着を持って眺めました。
1日目は移動日。途中、山を越えて甲府の富士川を渡ったところにある、道の駅「富士川」に立ち寄りました。この道の駅は数年前にできたばかりの新しいところで、立ち寄るのは今回が初めてです。休憩というより展望室やモニュメントなどを見て楽しみました。

その後、中央高速で松本まで行くいつものコースで、安房トンネルから平湯、神通川上流の道沿いを行き、明るいうちに目的地に着きました。
2年ぶりの両親のお墓は、今まで見たこともないくらい草が茫茫に生えていて唖然、早速黙々と草取りをして、大変やりがいを感じました。
1日目の宿泊は、高岡駅近くのビジネスホテル。今まで何回も利用していて勝手がよくわかるのが中々苦笑でした。
翌日は、朝一番で、夫の叔父さんが入っているホームを訪ねました。まだ自宅にいらした頃にお目にかかった時と比べ、あまりの変わりように驚かされましたが、頭はしっかりとされているようでした。
その前回何時お会いしたかの記憶はなかなか定かではありませんでしたが、過去ブログを検索してみて5年前ということがわかりました。過去を振り返るとき、ブログの記録はいつも役立つので、長く続けて来たブログの価値を改めて感じます。
夫の叔父さんのホームを後にしてからは、今回の旅の観光篇が始まります。
みなとみらいホールへは、横浜駅で降りて、ウオーキングを兼ねて、日産ビルを通り抜けて行くいつもの行き方で向かいました。みなとみらい21区は、高層のビルなどが立ち並ぶ、未来都市のイメージにピッタリのところです。
その近くの三菱重工のビルでは、子どもが楽しめる技術館というのがあり、子ども科学館のような感じでここも賑わっていました。

レストラン街でお昼を済ませ、13時半開演のみなとみらいホールの演奏会に向かいました。
御霊神社横の江ノ電の踏切は、相変わらずアジサイ電車としてにぎわっていました。境内もそこそこアジサイが咲いていて、今回もここのアジサイで満足としました。

埼玉方面にはこの春3回目の出発で、見慣れた風景を見ながら、今回は茶畑街道も通り、鴻巣市に向かいました。現地の河川敷には、川幅日本一と書かれた橋を渡って到着しました。

前回の道とほぼ同じで、途中茶畑に入る手前で、秩父の方へ進路をとりました。予定より若干遅れ、道の駅でお昼をとったこともあり、芝桜観賞は午後となりました。夫は以前、現役時代の往復時に1回立ち寄ったことがあり、写真で見るほど広くはなく、大したことない…ということでしたが、花の咲き方で印象も変わると期待して出かけました。
近くで見ると一つ一つの花は、とても小さく可憐です。夫が言ってたように、その場所は写真にとれる広い場所一か所だけです。自然の中に置かれた、芝桜の造形展示場ともいえると思いました。周囲の木々や、岩肌が見えたそびえたつ山などと良いコントラストを見せてくれていました。


2時間余り散策した後、近くの石門群という百名山にもなっているという登山道の入り口を覗いてから、次の富岡製糸場に向かいました。










駅北は、旧市街でしょうか?昔のような道を行き、音楽堂へ続く紅葉坂はとても急坂。両側のマンションやホテルなどはとてもハイセンスですが。

最初の中野公園のビューポイントは建設中の新東名高速というくらい、割と何もないところでターンして相模川沿いに引き返し、元の社家駅に戻りようやくショートコースのスタートにたどり着いたのは、50分後。



1年前にできた「ららぽーと海老名」。先ほどの図書館と同じく、一度見に行きたいねといいながら行かずにいましたが、本日2か所とも見ることができました。