カテゴリー別アーカイブ: 自然

鳥をめぐる回想

今日、自転車を走らせていたら、民家の庭先からカラスが飛び出してきました。口には大きなピンク色のものをくわえて。少々ゾッとしながら何をくわえているのかすぐさま、よく見たら、ハムであることがわかりました。庭先からハム?
これで、思い浮かんだことは、この家の人が庭に餌台をこしらえて、野生の鳥たちのために時々餌を置いているのでは?ということです。
 
そこから、回想がはじまりました。
 
10年位前、京都に住んでいた頃のことです。知り合いのお宅では、やはり小鳥達のために巣箱や、餌台をこしらえてあって、色んな鳥たちが来ていましたが、その中にとても驚くハトがいました。
 
そのハトは、とにかくいつも来て、そこの奥さんが出かけると、出先まで付いてくるということでした。
ハトは方向感覚がいいから、なるほどたいしたもんだと思ったものですが、ある日その方が横浜に住む娘さんのところへ出かけたとき、新幹線の窓からそのハトが追いかけてくるのを見たということを聞いたときは流石にびっくりしてしまいました。その後、関東地方までは、来れなかったようですが、ほんとうにすごいものです。
 
そんなことを考えながらしばらく行くと、刈り入れた後の畑に差し掛かったとき、落穂を拾っているのか雀の大群の乱舞を見ました。季節は、冬の入り口。鳥たちも冬支度を始めているのでしょうか?
 
まだ、陽だまりに鮮やかに夏の花を咲かせ続けている花々もある11月半ばです。
 
 

ある晴れた秋の日

今日は、先日来の暴風雨の日々から一転して、秋晴れの日差しの暖かい一日でした。
 
ちょうど、川沿いに自転車を走らせ、その後は車で高速を走って出かける日でもあったので、
この天からの贈り物のような秋の日を満喫することができました。
 
嵐の翌日の空は、毎日晴天の空と違って、汚れたものが一掃されて美しく、そこに現れる雲は芸術作品のようです。
念のためにカバンに入れたカメラに、少しだけ雪の冠をつけた富を収めることができました。
赤い実も、白い花も、光の中で楚々として輝いていました。
 
気の重い集まりではあったけれど、これだけの美しいものの応援を受けて、
穏やかに平安をもって終えることができたのは感謝です。
 

琉球朝顔

私が、よく通る道に、夏の終わりごろからか、いつも鮮やかな紫色の大輪の花をいっぱいつけているみごとな朝顔のからまったフェンスがあります。
それは小学校のフェンスで、その横を通るたびにこれをカメラに収めたいと思っていましたが、いつも急いでいるときが多く、立ち止まらず通り過ぎる日々でした。
 
でも、とうとう先日撮影することができました。、もう夕方になっていましたが、やはり沢山の花がいきいきと咲いていたので、自転車をとめ、デジカメをとりだしたところ、1人のおばさんが、後ろから、「その花ダメなのよ」といって声をかけてきました。私は、一瞬撮影禁止かと思ったのですが、続けて「その花、種がないのよ」
私は戸惑いつつも、「種の無い朝顔なんですか?」というと、「朝顔じゃないらしい」といわれます。よく見ると、葉もごついし、蔓の幹も硬くしっかりとしていました。
 
なんだか、奇妙に思いつつも、カメラに収めた画像を、見ながら一体これは何者?と思っておりましたが、
ようやくそれが琉球朝顔であることが、わかりました。
種が無く、宿根草ということです。どんどん、花が咲いてたくましい生命力を感じます。

中秋の名月

昨日の中秋の名月は生憎の嵐でそれどころではありませんでしたが、
ところが今年は、どうも今日が満月らしいということを耳にしました。
 
帰ってきた家族は、皆今日のお月様はとてもきれいだったということです。
それならと思って、玄関先に出て月を探してみました。
すると、お月様はちょうど家の真上に昇っていて、まん丸で白く透明な光を放って煌々と輝いておりました。
遠すぎて、多分綺麗に撮れないと思いつつカメラに収めました。
 
遠くから、太鼓の練習の音が、もう何時間も聞こえてきます。
日中、気温が上がったので、寒さも無くなり、いい夜になりました。

実りの秋

近頃、田舎コースで自転車を走らせ一面田んぼが広がるところに差し掛かると、
稲穂が重く垂れ下がる風景に出会います。
残暑の残る日々にして、着実に季節が移っていることを感じさせられます。
 
自然の懐に抱かれ,自転車を走らせている30分は、目の前に移り変わる風景と、自分が今携わっていることへの想いが重なって
様々な思考が生まれては消えつつ、ある時は詩的な、ある時は哲学的な時間を過ごします。
 
京都の哲学の道も、春には桜、秋には紅葉と自然が美しい道であることが、頷ける気がします。
 
今、秋の田を目の当たりにする私の中では、
  ♪実れる田の面は 見わたす限り、穂波のたちつつ 日影ににおう。
     垂穂は色づき 敏鎌を待てリ、 いざいざ刈らずや、時すぎぬまに。♪  の歌がいつも流れています。
 
 

蜂の巣撤去

朝晩は涼しくなりましたが、日中の日差しは暑く、まだまだ夏を感じさせられます。
 先週蜂の巣を発見したのも、暑い日でした。
 
「家の外壁の隅にある蜂の巣に、蜂が隊列を組んで集まっていて見るからに危ない」という次女からのメールが入り、恐る恐る帰って外壁をよくみたら、意外と死角になる隅に蜂の巣がありました。
私が見たときは外に2匹いるくらいですでに静まっていましたが、知ってしまった以上、また蜂の集結などあっても困るので、早速市役所に電話をしました。
我ながら、この対応は早かったように思います。
 
環境整備課が応えてくれたところでは、蜂の巣撤去は、今順番待ちであること、市の職員がするので専門家でないので、高いところなど場所によってはできない、ということでした。
1階軒下くらいの高さで、巣の大きさは10cmくらい、長い体の蜂であることを告げると、
足長蜂のようだから家で殺虫剤ででも駆除できるといわれましたが、
「順番、待ちますのでお願いします」とお願いし、いよいよ明日の午前中に来ていただけることになりました。
 
蜂の巣撤去を市が請け負うという発想は、どこから出てきたのかわからないですがとてもありがたいと思っています。
しかし、市職員さんも大変な話だと思ったりもしています。

夏の草花

8月になり、関東地方もいつのまにか梅雨はあけて、もうずっと前から夏だったような毎日になりました。
朝晩は、やや涼しく高原の夏とまではいかないまでも、なかなかいい感じです。
 
今週は、田舎コースでお出かけの日が多かったので、夏の木々、草花と毎日のように出会えました。
 
ブログの方、ちょっと目を離していたら、驚きのスペースに変貌していたので、あわてました。以前のが慣れていたので、戸惑いましたが、この際、デザインを変えて気分を一新することにしました。 
この爽やかなブルーは、結構気に入っています。
マンネリの気分になる手前だったかもしれないので、今回の変化は良かったと受け止めたいと思います。
 
話戻って、夏の道で、今出会う草花で、印象深いのは、オシロイバナ、ホウセンカ、それとうすピンクの百合です。
オシロイバナは、小学生の頃、この花の種を一杯集めて、白い粉を出して遊んだ思い出深い花です。濃いピンクの花が一般的ですが、黄色や、白のも見かけました。
 
百日紅も少し目に付くようになってきました。
こちらは、町コースでお出かけのとき、道路沿いにいっぱい咲いているのが見られます。今年ももうそろそろです。
木の幹が滑らかな感じでサルがすべりそうだからこのような名前がついたのでしょうね。そして、漢字では、「百日紅」と書いて花の様子を説明する日本語は、なかなか楽しい言語です。
 

ムクゲの花

今、自転車を走らせていると、色々な色のムクゲの花がきれいに咲いているのを目にします。
以前家の庭に、八重のムクゲがあり、沢山花を付けるときは、とても優美な庭になったことを思い出します。
 
家は、JRの最寄り駅から続く街並みの最北に位置していて、
家の北を流れる川を越えると一面田畑が見渡せる、まさに田舎がそこまで迫っているところにあります。
駅方面に出かけるときは全く街に暮らしている気分ですが、
ここのところ、田舎コースでのお出かけが続いています。
 
川沿いには、最近までアジサイもきれいに咲いていました。
四季、おりおりの草木、花々にいつも癒されている気がします。
 
 
 
 

桜の季節

今日は朝から生暖かい風が吹いていましたが、夕方になりとうとう雨が激しく降り出して来ました。
 
先週は、しばらくお天気にも恵まれ、近辺の桜も一気に満開に近づきました。昨日も、電車に乗って出かける窓からも、見事な桜並木がいくつか見られました。
 
春の予感はまだまだ寒い頃の梅の便りから始まって、いよいよ桜が咲くと春も本番という感じがします。
このシーズンに卒業、入学などもあることから、桜を見ると浮かんでくる想い出もいくつかあり、しばしタイムトラベルし夢幻の世界に誘われそうにもなります。
 
名所の桜の想い出もいくつかありますが、桜として一番印象に残っているのは、子どもの頃に住んでいたところの桜並木のトンネルです。夜少しの光に照らし出されて白い光を放つ美しさが思い出されます。
以来、どこの桜も満開のときの美しさは同じです。近くでみると、たわわな花にうっとりし、離れて見ると、繊細な淡いピンクに心惹かれます。そして、数日たつと必ず春の嵐が訪れて、この可憐な花を散らしてしまう。それが分かっているので、なんだか落ち着かない日を送ってしまう桜の季節です。
 
今日の嵐で、近くの桜も半分くらい散ったかな
 
そんなことを思いつつ、京都、嵯峨の美味しい桜餅を思い出しながら、桜の葉っぱに包まれた桜餅(道明寺粉)を食べて癒されています。