Y156スタンプラリー

5月の終盤は、JRで出かけることが重なりました。

所属団体関連のコンサート(小田原)と大きな集まり(1泊)があり、ハイテンションな日々が続きましたが、昨日は一転休日モードで横浜に繰り出しました。

 

アメリカ山から望む
アメリカ山から望む

2009年にY150という横浜開港150年の都市博があり家族で出かけましたが、その後毎年開港記念のイベントが行われていたものか、昨年はY155ということでスタンプラリーのお祭りがあり出かけました。今年もまたほぼそれと同じ要領でY156スタンプラリーが行われると知り出かけました。

スタンプの設置場所は、昨年とは若干違っていて、昨年と比較しつつ昨年を思い出しつつ、ウオーキングを楽しみました。今回の経路は、まず地下鉄馬車道駅→横浜開港資料館→ありあけ本店→中華街→元町→山手→山下公園

ガス灯
ガス灯

昨年は、開港当時の由緒ある建造物が珍しく、重厚な建物とお洒落な街並みを楽しみましたが、今回はそんな街並みの中でふと目を惹いたものを中心に画像に収めました。

たまくすの木
開港資料館のたまくすの木

開港記念会館はこの日は特別無料なので入ってみました。パンフレットによると、ここの時計塔はジャックとよばれ、あと2つキングとクイーンがあるということ。キングは神奈川県庁、クイーンは横浜税関の建物ということで、割と納得しました。

横浜税関
横浜税関
電話ボックス
電話ボックス
長野の観光バス
長野の観光バス

 

 

 

 

 

 

元町モニュメント
元町モニュメント

ところで、この町全体がまるでテーマパークのようなY156。パンフレットのテーマというのをみると、とても素敵な言葉が書かれていました。

「慈愛」~全ての愛を育み、共に進む~

「慈愛」というのは、「共感から生まれる自発的な大きな愛」を意味するのだそうです。

 

 

5月の新緑の風に吹かれ、お祭り販売テントの市が並ぶ街を、休日モードで楽しむ人々の群れに連なって散策しながら、家族連れの無邪気な子どもらの喜怒哀楽を眺めながら、平和なひと時をことのほか感謝する気持ちがわいてきました。

心も体も、リフレッシュされた1日でした。

小さな紫陽花様の花をつける花
小さな紫陽花様の花をつける花

 

 

5月のレポート(ブログ開設10周年)

今年の5月は雨が多いと言われていますが、振り返って雨の日の外出の記憶はあまり無く、柔らかな日の光や、暑くもなく寒くもなく心地よく頬をなぜる風に、今が1年中で一番いい季節だと今更ながら5月を味わう日々が多くありました。

imageこの季節には、毎年花を求めてのお出かけをしていますが、今年は初旬に1カ所だけ、近場のあつぎつつじの丘公園に出かけました。

すでに、終盤でしたが、まだ見られるエリアもあり、広場ではお祭りの出店が出て賑わっていました。とても広大なエリアで、日本一のつつじ公園を目指していたということですが、最近では財政難から拡張の計画はないということでした。

それにしても、日本一のつつじ園はどこだろう?と思いました。

 

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忙しいと覚悟したわりには、心はそれほど忙しくありません。が、そういえば5月のバラはまだしっかりと眺めないうちに、今日は川辺のアジサイが色づいているのに出会いました。名前の知らない野の花たちも、かなり美しく日差しの中、咲き誇っていました。

 

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珍しい野菜に出会える「あさつゆ広場」で、ルバーブを見つけジャムを作りました。作り方はブログ内検索で、過去の記事を見つけて作りました。

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そういえば、今年の5月は記念すべき5月です。ブログ開設10周年。10年の間に色んなことがありましたが、大きな出来事の詳細はブログで振り返ることが出来ます。人の記憶はあやふやなものですが、ブログで確かめてそのときの思いがよみがえるのは嬉しいことです。

これからも未来の私への発信を、心をこめて綴りたいと思います。

 

小田原北条五代祭りへ

5月3日の今日は、五月晴れのよいお天気となりました。 あちこちで、パレードや祭りが開催される中、ここのところ新たに関心を深めている小田原へ出かけました。北条五代祭りでにぎわう街中にくりだして、お祭り気分の中、小田原城周辺を散策しました。

image小田原駅を降りたったときから、甲冑姿の人があちこち立って案内パンフレットを配布していて、気分が上がりました。まず、小田原城へ。

二の丸広場では、食べ物や物産販売のテントが立ち並び賑わっていました。 階段を上って天守閣前広場へ。ここは子ども達が小さい頃よく来た場所で、動物園もまだ少しあり、懐かしく眺めました。衣装貸出し記念撮影イベントのコーナーがありました。

その後、天守閣には上らず、坂を下って行きましたら、真新しい鳥居(報徳二宮神社)があり、今年の4月15日にできたばかりのものでした。。

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imageしばらく行くと、小田原図書館と書かれたレトロな建物が。興味注がれ中に入ってみましたが、もう昭和そのもの!タイムスリップした感がありました。

お城の敷地を出る辺りには、ハスの池と藤棚があり、どちらもいい風情。お城の前には三の丸小学校がありますが、ここは素晴らしくお城にマッチする近代的校舎で、門入り口にはデザイン大賞をもらったとの看板が立っていました。

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次に目指したのは、小田原文学館。近づくにつれ、お屋敷街が現れ、長い塀の家やモダンな家など、ここが文学館かしら?と何軒も見間違えた末にたどりつきました。庭園内無料ということで中へ入りましたが、木立の中の文学館周辺は西洋の雰囲気、次へ進むと、急に竹が出てきて和のゾーンに変わります。2軒の文豪のお宅は、藤棚と鯉の池のある日本庭園の中、鬱蒼とした緑の中にありました。

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その後は、小田原の街並みを眺めながら歩き、高校生の力強い太鼓の演技などを見た後お昼をすませ、パレードは青物町交差点でながめました。

image火縄銃が爆音と共に撃たれ、さまざまな隊列が通過します。音楽隊、武者隊では手作り甲冑隊というのが印象に残りました。様々な甲冑はそれぞれ紙、段ボールなどで作られたりしているようです。 このあと、いよいよ北条五代に扮しての行列が続きます。初代北条早雲は、阿藤快。それぞれの北条は、外国人公募、全国公募などで、馬に乗って登場です。御付の人々も、市内の大学、高校等総出で扮して練り歩きます。そう、このお祭りは小田原市あげての一大イベントなんですね。

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阿藤快

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ところで、北条五代って知っているようで、北条早雲以外は聞いたこともなく、早雲もどんな人かもわからない異邦人。かわら版によると、北条五代というのは小田原北条氏のことで、鎌倉北条とは違うとのこと。北条早雲から五代、親子の争いもなく、豊臣秀吉に、無血開城するまでの100年間、平和独立国の夢とともに善政をしいたということです。 小田原市民にとっては、今も北条氏五代への熱い思いがあるのでしょうね。素晴らしい一族だったということがよくわかりました。

花菜ガーデン賛歌(サポーター活動にて)

花菜ガーデンのサポーターを始めて、早や5年がたちました。

初めの頃は、どの木々も小さめ、バラ園もまだまだこれからの風でしたが、年々変貌をとげて、バラに関しては一昨年くらいから、見事な花を咲かせるようになり、ガイドツアーも始まり、春と秋のロースフェスタの頃は、いつもと様変わりの来場数となります。それで、この4月から料金も改定となり、シーズンオフ期、通常期、バラの最盛期の3種類位の変動料金になり、年パスも値上がりしました。

バラのほかにも、昨年から、チャペックハウス横の触れん土ファームの畑が、春先にはチューリップ畑に変身します。しかし、夏場は畑として使うので、4月下旬には、まだきれいに咲いているチューリップを一斉刈り取りして畑に戻し、夏野菜を植える忙しさです。

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今回の活動は、1ヵ月ぶりでしたが、そのチューリップ畑あとの畑に、かぼちゃとズッキーニの苗を植える作業をしました。休憩は、チャペックハウス前の屋根つきベンチで、5月さわやかな風を楽しみました。苗を植えたあとは乾燥しないように、藁を敷き詰めます。

5月ということで、入り口に続く通りには、鯉のぼりが飾られ、気持ちよさそうに泳いでいました。三日月山の花々は赤が目立っていました。ポピーの赤だそうです。

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先日、私の集まりの仲間から、何故花菜ガーデンのサポーターをしているのか?と尋ねられました。とっさのことで、思いついた返答は、まあ気分転換のためかなと応えましたが、何故というのはあらためて考えたことはなかったのでその質問が自分の中に残りました。

花菜ガーデンがオープンしたときの募集で応募したわけですが、最初から良いイメージで、場所もよく通っていたところで知っていました。そして、園芸家カレル・チャペックの園芸への姿勢などがコンセプトの中にあり、チャペックの住まいを模した家もある、花と野菜の庭園、と説明された時の期待が全く裏切られることのない場所として、年々充実してきているのではないかと思います。バラ園は、品種の古いものから順に植えられ、イングリッシュガーデンを思わせるところなどもあります。

サポーターは、2か月前に送られる予定表で申し込んで、人数調整されて参加しますが、その日は予定された作業をガーディナーさんの指導の下作業に専念します。気候、天候によって大変な時もありますが、どんな時も植物と人と触れ合う一期一会ともいうべき、楽しい時間です。園芸に詳しい人も多く、花や野菜と親しみながら日常とはちょっと違った時間を過ごすのです。

そして、繁忙期はともかく、園内は人がまばらなのが落ち着きます。それをもとめる、カップル、写真家、散歩の人が時折通り過ぎるのもいい感じです。

何故という問いには、ここに惹かれ、フィーリングが合うからというのが今一番ふさわしい言葉かもしれません。

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絹さやの花

近場のお花見満喫

image今年の桜、私の家周辺の桜は一昨日ぐらいから満開状態となっています。その日、お天気もまずまずとなったので、お昼前から夫とゆっくり、日曜日には桜祭りが予定されいる渋田川へと花見散歩に出かけました。 祭り会場手前、家に近い当たりの桜もすでに満開状態で、川へと下した枝にもこぼれんばかりの咲きぶりを見せていました。

途中、秋にはサザンカが咲く道に、枝垂桜が200mくらい植えられているのを発見しました。 image 平日にもかかわらず、今日を逃しては・・・という人々がかなり歩いていて、桜の木の下でお弁当を食べる姿も見られました。(写真は閑散としていますが)

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ぐるりと回って対岸を戻ってくるときには、あまり人が入らない小路があり、進んでいくと、知らない山道に来た気分にもなれる散策路にも出くわしました。

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工場地帯の建物がそびえる道も、外観は一見美術館のような建物であったりと、桜の美しい川辺を意識してか、みんな芸術的な趣に一役買っているように見えました。

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☆この桜の木の下で、お花見をする予定でしょうか? image

まず、枝垂桜を見ました

先週の土曜日、桜の開花は県内まだどこも咲き始めという頃、唯一7分咲きになったという入生田、長興山の枝垂桜を見に出かけました。

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この場所には、今回3回目ですが、1回目は枝垂桜を見に行ったものの終盤だったように思います。2回目はウオーキングが目的で、緑の葉に覆われていました。今回が、いちばん勢いのあるところを見られました。

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このほかにも、紹太寺、入生田駅、車移動で一夜城の枝垂桜もきれいに咲いていました。

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石垣山の石垣
石垣山の石垣

枝垂桜は、ソメイヨシノに比べて花の咲いている期間は長いそうで、一足早く咲いても今度の土日もきれいに咲いていることと思います。

天王寺動物園へー四世代交流2

日々様々な出来事がある3月。もう若くはない身では、なかなか書き留める時間を作るのがむづかしく、日々が過ぎていきました。 でも、四世代交流の2を書かないで、四月を迎えるわけにはいきません。ということで、iPhoneから寝る前投稿です。

和歌山の彼岸参りをした翌日、ハードにも天王寺動物園へ出かけました。孫のYちゃんが喜ぶと思っての行き先です。

天王寺動物園といえば、子どもの頃は小学校の写生会で毎年行ってました。その後は、子どもたちのために実家に帰ったときに1、2回は行ったかしら? 広くて、柵の向こうに動物がいる昔ながらのイメージ。 今回行って、そのイメージは全く変貌しました。

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天王寺公園が改修中でぐるりと回って、南ゲートから入りました。まず、見たのがコアラ。えっ!コアラもいたんだ。その後、猿族を色々見た後、案内図で象の森が近かったのでそちらに周りましたが、これがぐるぐるとアジアンジャングルを歩かされるも象は見えず、ようやく最後にベストアングルに辿り着く趣向。 天王寺動物園も私が知らない間に、今時のテーマパーク的ランドに変貌していることに徐々に気づきました。

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その後は軽食をとった後、しろくまの赤ちゃんを見たあとは、Yちゃんが転んて大泣きして眠ってしまったので、そのまま園を後にしました.

少しの滞在でしたが、関東のズーラシアや金沢動物園とも共通すると、認識を新たにしました。

86歳の母にとってもこの動物園行きはチャレンジでしたが、母も庭園のような変貌を見て、また誰かと来たいたいう意欲がわいたようでした。

駅ビル、ミオで休憩し、書店散策、キオスクで大阪土産を買い…となかなかハードな四世代のお出かけでした。 image

お彼岸参りー四世代交流1

春の手前の寒波が感じられる先週、大阪の実家の母と和歌山のお墓のお彼岸参りに、娘、孫を連れて行ってきました。

image娘、孫とは小田原駅で待ち合わせ、新幹線で大阪に向かいました。今回で3回目です。孫のYちゃんは、新幹線が通過するたびにうわーっと歓声をあげていました。

新大阪で降りてから、2回電車を乗り換えて、母の住むマンションに到着です。1回目はベビーカー持参で、2回目はよく歩き回りましたが、3回目の今回は、よくしゃべりよく歌う成長ぶりを見せていました。

お彼岸参りの和歌山行は、電車、バスで片道2時間の旅です。バスは、山越えをする直行バス。やっと着いた本家宅では疲れて泣き出す場面もありましたが、お墓参りでは大人の様子を見て、Yちゃんもやってみると積極参加。その後、本家宅の心配りのあるおもてなしに、すっかりご機嫌になりました。

今回は、午後、私と娘、孫の3人は、町全体の雛祭りイベントでちょうど隣が古民家のお雛様を展示しているということで、じっくり見ることが出来ました。昔懐かしい書院風の町屋と貴重なお雛様の数々、お庭を拝見でき、旅気分も味わうことが出来ました。

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その後、自分の実家の方に出かけていた母と帰りのバス乗り場で待ち合わせをして、早めの帰路に着きました。バス停まで母を送ってくれたもう1軒の親戚の方も、短時間ながら笑顔と孫へのプレゼントをくれて、温かい気持ちに包まれて帰路に着きました。

外壁塗り替えリフォーム

またしばらく時が過ぎた間に、私の周りも様々な変化がありました。今年は、昨年のようなドカ雪は一度も降ることが無く、もう2週間もすれば桜の花が咲き始める季節になっています。

昨年から予定していた、家の外壁塗り替えは、年初めに近くのリフォーム店を訪れる所から始め、2月半ばには着工、昨日ようやく完了の運びとなりました。6年前に家の中のリフォームをしたときの業者さんとは、その後交流はなく、1度だけ排水管が詰まった時に連絡をとったことがありましたが、遠くの業者さんを呼ぶデメリットを感じたので、今回の外壁塗り替えは、近くの業者さんに足を運ぶことにしました。

近くに同じような業者さんは何軒かありますが、その中で今回のところを選んだ理由は、屋根瓦、その他のことで2回くらい無料の相談をした折に、とても親切で良心的な印象を受けたからです。

image外壁塗り替えが今回のメインでしたが、きっかけは軒天の補修です。かなり傷んでいて一昨年の台風の折には摩耗した隙間から巻き込んだ風雨が1Fのトイレにまで水をもたらしたこともありました。外壁は、見たところはとくに汚れている感じはありませんでしたが前回から15年経っており、軒天の補修には足場が必要なので、壁の塗り替え時期を見計らって、瓦点検も合わせて今回してもらうことにしたのです。幸い瓦は、特に問題のところは無く、もちろん耐震を考えて、軽い屋根にする場合もあるけど、費用のことを考えてそちらはパスしました。

壁、軒天、その他に外回りには、破風という部分があり、今回そこをガルバニウムの板で補強しました。行程としては、

足場組→雨といをはずす→軒天張替→外壁塗装(雨戸、小屋根部分も)→破風板金→雨とい取り付け→足場はずしで完了です。

壁、軒天、破風、雨樋すべて真っ白に変わりました。

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今回はリフォーム屋さんを介していたので、このついでに2Fトイレにコンセントを増設して節水暖房トイレ交換、1F洗面所の窓に内窓をとりつけるエコリフォームもしました。

どれも、少しの変化ながら、家が若干若返った気持ちになり、気分がいいこの頃です。

 

 

今年の2月は

2月は立春、暦の上では春となりますが、実際は寒いし雪も降るので、あまり好印象を持たれない月かもしれません。

しかし私にとっては、メモリアルデーの多い月、何より自分の誕生月なので子どもの頃より特別な親しみを持っています。そして、父の命日も2月なのです。

image今年はその父の13回忌を行うということで、ほぼ1年前くらいから、予定をたてその日を迎えました。法事の中身は、お寺での祈祷、お墓参り、会食ということで、それらすべてが故人を今一度思い返して偲び、今生きているものの親交を深めることにあると感じる時間でした。また1周忌、3回忌、7回忌のときとは変わって、今回は本家と私たち旧家族だけで、静かな味わいのある時間を過ごしました。

というのも、父のお墓は父の育った和歌山の本家の近くのお寺、母は大阪在住、兄は北海道、私は神奈川県というそれぞれの今の位置関係があるので、母が年々年を重ねるに連れ、みんなで集える時間は限られていることを思わざるを得ないからです。そういう意味で、今回の法事をすべてをやり終えられたことが母にとっての1つの満足であるし、私たちにとっても記憶に残る貴重な時間であったと思っています。(とても寒い日ではありましたが)

それと今回の実家帰省は、法事のほかにも嬉しい交流がありました。 北海道在住のためなかなか交流の持てない私の甥が、ちょうど受験のために大阪に来ていて、成長した甥と思いがけず大人トークができ親しく交わることが出来たことです。法事とも重なり、父の家で誰いうともなく父の眼差しを感じる時間だったと思います。そして、その後、桜咲く結果が伝えられ、本当に父の家に春が来た思いがしています。

☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆

大阪から神奈川に戻ったその日、私は特別な誕生日を迎えました。といっても、その昨日となんら変わることのない一つの通過点でしかない1日でしたが、これから先ではもっとも若いこのスタートラインを心にとどめておきたいと思っています。

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