2 月に入り

ここ数日寒い日が続いています。日本列島を見渡せば、日本海側では大雪警報が続いていて毎日のように雪かきが欠かせないというニュースを目にします。幸い関東地方は快晴で乾燥という、反対の気候。富山出身の夫は若い頃、この違いを身を持って感じた時に衝撃を受けたそう!

それはさておき、2月は私の誕生月。しかも今年の誕生日はいよいよ大台、古希を迎えました。昔私の明治生まれの祖母が、「〇〇〇〇〇、古希を迎えし元旦に 心静かに雨音を聞く」と言う短歌を披露してくれたことがありました。私、18歳くらいだったかな。当時は、若い世代が大量にいて老人はわずかの時代。何だか寂しそうでした。その年齢に私が達したことにとても感慨深いものを感じています。

老人がドサっといる時代。つい自分の年齢を忘れていますが古希という字がその事実を思い出させます。

今日は、1つのけじめとして運転免許証の自主返納の手続きに出かけました。車は殆どペーパードライバーだったけど、運転経歴証明書を作ることにしました。この手続きには運転免許証の更新と同じ大きさの顔写真と1100円の収入印紙が入ります。今回この顔写真、家で撮ってコンビニのマルチコピー機で証明書の写真を作りましたところ、少し小さいと言われて、今度は4分割の写真を撮って行ったところこれは大きすぎと難航しましたが、何とか申し込みにこぎつけました。出来上がりは来月です。この際にいただいたのが、この証明書カードで利用できる施設の一覧表。ただの記念にと思ってましたが、特典もあったようです。

*今回、スマホからの新規投稿をやってみました。パソコンからと同じ感じで出来ましたし、写真画像の挿入は、スマホ保存の画像からダイレクトに挿入できることがわかり、パソコンより手間要らずなこともわかりました。これなら、手軽に更新出来ます。Instagramへの投稿と半々に出来そうです

2025年がスタート

新しい年がスタートしました。今年のお正月は2年ぶりにお正月らしく過ごせました。長女一家が訪問してくれて、食事やみんなでトランプ。長女が2階の天袋から昔のゲーム「ドンジャラ」を取り出してきて楽しみました。すっかり忘れてましたが、見ているうちになんとなく思い出しました。スマホのゲームが大人も子供も流行りですが、人対人の面白さも大事にしたいと思いました。

次女宅は昨年生まれたHちゃんがまだ小さいので、こちらから出向いてお正月を楽しみました。Hちゃんは、まだ2カ月なのでラックに寝てるか次女が授乳してるか娘婿が抱っこしてるかでともすると3歳の姉のYちゃんのかわいらしさで時間が過ぎていくのですが、ラックで声をあげたHちゃんに思い切り声をかけたら何と極上の笑顔を返してくれました。それはたまたまではなく、その後も何度も!赤ちゃんは話せないけど、おおよそ今置かれている場所の概要を把握していて、物凄いスピードで日々成長してるんだなと思いました。

お正月が明けると色々なことがまたスタートですが、うちでは昨年のうちに計画していた屋根のリフォーム工事が始まりました。まず足場を組み、黒いネットで家をぐるっと取り囲まれると、晴天続く冬場れの日々が一転、雨の日のような室内となりました。しかし、翌日には屋根職人が4人もいらして、どんどん作業が進みその翌日には並行して室内の階段の手摺の取り付けも行い、何と屋根は二日間で仕上がりました。その後のネット足場外しは1週間後でしたが。

ちなみに屋根のリフォーム、うちは築40年の瓦屋根。重い瓦が近頃心配になり、軽くてメンテナンスが簡単なガルバニウム鋼板、ガルテクト(瓦の1/10の重さ)にやり替えました。これでひとまず安心ですが、家の中のリフォームと違い屋根は遠くからしか見えないので実感薄いのが残念です。同時に行った階段の手摺が意外に役立ち見た目も良くて、物の変化を久しぶりに楽しんでいます。

さて、今年の年賀状ですが、昨年は母の喪中で2年ぶり。年賀状から脱退?宣言の人を除き出した年賀状。1/4までに届かない人が約半数いて、そのうち2人はメールで返事。結局6人が返事なしで、また今年で脱退宣言も2人いました。年齢、疎遠、はがきの高騰などが原因でしょうか?そんな中、お年玉年賀状、今年は2枚当たりました。0の年もあったので、今年は優秀でした。ただ切手のデザインはあんまり。

ブログ1月はどうにか前半をまとめることが出来ました!

2024年 大晦日

今日は良いお天気で割と暖かく、一日穏やかな日でした。

12月に入ってからは、例年通り安定した冬晴れの日が続く中、引き続き次女宅へ食事のお届けや、クリスマスのころにはプレゼントを持って出かけたりしました。

日没が冬至の頃には少し遅くなって来てるのを実感したりしながら近場のレストランで忘年会を楽しんだ日もありもしました。

年賀状は、やめる人が少しずつ増えてるせいでやや少ない枚数になってきました。さらに一昨年から「スマホで年賀状」アプリで作成するようになって12月前半には一筆入れる以外は完成したものが届いたのに、結局その一筆書きに28日は追われました。

1年ぶりに再開したカーブスは何と12月に6回も行くことが出来ました。最初はマシーンが重く感じましたが、すぐに元の感覚が戻り、足の裏の感覚も鍛えられる気がするので再開して正解でした。

まあでも、気持ちは以前と変わりない年末ですが、1日に出来る活動の量があきらかに減ってるのが残念です。悟りを開きつつ、今できることを楽しみながら行く年に感謝し、来る年を静かに迎えたいと思います。

11月の出来事

11月の出来事として予定されていた次女のところの赤ちゃん、無事に生まれました。そして予定通りに、私と夫とで出来るヘルプになんとか通いながら11月が過ぎて行きました。

その間に、私の所属団体では1年で1番のイベントがありそれに微力を出す日もあり、またその後の近くの集まりで、思いがけずのスイーツを楽しむ日もありました。

そんなこんなで、私の中で暫く遠ざかっていた手作りのお菓子や料理も必要に駆られ、いくつか復活できたのは喜ばしいことです。何か自分に出来ることを見つけて計画し行動することが人には必要なことで、それが体にも心にも癒しとなることを痛感します。

足の裏の痺れや痛みはまだまだ回復しないので、カーブス休会1年間の期限の迫るこの月末には退会しようと手帳の予定にも記入していましたが、ある言葉を投げかけられたことで180°気持ちが転換し、昨日12月から再開の手続きをしてきました。慣れたところを続けることは大事だと気持ちを新たにしています。

私の所属団体の近しいところで、6月まで元気だった方がその後余命宣告を受け3カ月で亡くなるということがあり、皆言葉では言い表せないショックを受けましたが、今朝お隣の会でも全く同じような経過で亡くなった方の訃報が届きました。元気で一日を過ごす今は当たり前のことではなく人の命はとても儚いものであることをつくづく感じています。

温暖化の日々、秋の訪れは遅かったですが、まずテレビを通して日本各地の名所の紅葉を目にし、急に寒さが訪れた日に市街を見回してみると近場の木々も色づいて秋の趣と冬の訪れが近いことを感じました。幸い、私の住んでいる地は西高東低の冬場れの日が多いのがありがたいことです。この冬も希望を持って過ごせますように!

10月の出来事

また1カ月が過ぎました。月日の経つのが早く感じられます。日々の記録は到底あきらめるとしても、月に1度の投稿で様々な移り変わりを少しは記録できます。

たとえばこの月末は、他の月末とは違います。このブログかれこれもうすぐ20年続くので、この20年のことなら検索したら大きな出来事は振り返ることが出来ます。今から12年前に長女が長女を出産した経緯など。「お誕生日の次の日に」というタイトルで載せているので、読み返すと感慨深いものがあります。

今月は、病院通院3回(2箇所ー定期治療と定期経過観察)に歯科6回と医療関係の外出のほか、集まりや集いもそこそこありました。

中でも一番のものは、つき半ばの次女の長女YMちゃんの3歳の七五三のお祝に神社へ詣でたこと。お宮参りの時と同じく関係者6人が集まり祝いしました。お宮参りの時は本降りの雨でしたが、今回は秋晴れの気持ちの良い日でした。七五三は11月では?という突っ込みあると思います。そう、11月は次女の次女が生まれる月なのです。今、いよいよ近づいて来ました。

中々本格的な秋は遅く、周辺では紅葉はまだと思っていましたが、徐々に少しずつ秋は深まってきているかもしれません。そして、急に一気に秋が過ぎて寒波がやってくるというのが最近のパターンなのかもと昨年をふり返って思っています。

来月のヘルプに備え、最近あまりしなくなった手作りの料理を復活させたいと計画中です。

9月をふり返って

8月からまたひと月が過ぎました。いつもなら今の時間はお風呂上がりで寝る前のくつろいだ時間を過ごしていますが、今日は活性化してパソコンに向かってます。

今くつろいでしまうと明日はもう10月になってしまい、9月のアップは0になり、9月をふり返ることも面倒になりそうなので。

今月は3日、まず母の1年目の命日がありました。母の遺影と花を飾って母を偲びました。

9日、通院日の風景はよく実ったお米、秋の風情ですが、空には積乱雲のような雲。まだまだ暑い日は続きました。台風もいくつか発生して、ひやひやしましたが、大雨によって能登半島に集中的に雨が降り再びの被害の知らせには、気の毒すぎる思いと他人事ではない思いを感じ、会のみんなで防災対策のことをあらためて考える時を持ちました。

また、後半に差し掛かる頃は、我が地域ではダイヤモンド富士が見られます。場所と時間を調べ天気に恵まれれば、1年に2回春と秋にそのチャンスがありますが、今までこのことに頑張ったことはありません。今年はふと思い立って一番近い場所に出かけてみましたが、きれいな夕焼けが見られるに終わりました。

Screenshot

季節の移り変わりは遅いですが少しずつ涼しくはなっていますし、何より日が短くなっているのが秋を感じさせていると思います。9月に入ってからは孫のYMちゃんとは、毎晩ビデオ通話で「おやすみ」をするようになりました!2,3分の通話ですが、たまにスクリーンショットをしたりして楽しんでいます。

YIちゃんの3歳の七五三ももうすぐです。

8月の終わりに

今台風10号が鹿児島に上陸した後、停滞し迷走しそうな様子で目が離せません!

今年の夏の酷暑は、大体7月の10日過ぎに始まり、外は危険な暑さで、室内はエアコンが欠かせない夏の暮らしがずっと続きました。台風が近づいて少し気温が下がるもまだまだ暑さは続くものと思います。

この夏のあいだにはいくつかの出来事がありましたが、中々このブログにたどり着くことが出来ませんでした。1つに手軽なInstagramがあるからですが、今回はそのInstagramをパスしてこちらにやってきましたが、パソコンの立ち上がりの悪さにやはりやめようかと思いました。これって、やはりパソコンの性能の悪さでしょうか!

さて、今ものすごい大きな音で警戒レベル4の知らせがありました。うちは土砂災害の警戒地域ではないので避難の必要はないと思いますが。

今日はお天気が怪しかったので、買い物に出る代わりに、ホームベーカリーでパンを焼きました。いつもは夜にタイマーでセットするのですが、昼に早焼きコースで焼きました。クルミを途中に投入して何とか出来ましたが、上部が白い感じに。しかし、切って食べてみたら、クルミの香りのする美味しいパンに焼けててまあ満足です。

少し前ですが、うちの庭に3房実った葡葡でジャムを作りました。ぶどうを乾煎りしてつぶして漉すというやり方で作るとほんの少しのジャムしか作れませんでしたが、味は葡萄の味をしていてパンにつけていただいています。

夕飯の支度のリミットが近づきました。せっかくのブログタイムですが、ここで終了です。私は元気で過ごしています。

これはチェリートマトです!

近場の旅行

7月に入り今年もいよいよ夏本番です。

お天気がはっきりしない中、夫と近場の一泊旅行に出かけました。行先はみなとみらい。車の旅ではないので、近場ですが今の私にとってはそんなに楽な旅ではありません。

みなとみらいは来るたびに新しい発見がある場所です。今回の行先は、夫の提案で「カップヌードルミュージアム」。

まず駅徒歩3分のホテルを確認してから目的地を目指すことに。根岸線桜木町駅の新南口から出ると、横浜市役所の高層ビルまで歩道橋で行けます。その向かいのビルが宿泊ホテルと確認し、目的地を目指しました。ところで、この横浜市役所は市役所のイメージとは程遠いステキな建物で1,2階は商業施設が入りおしゃれでした。

この日は強風で雨もぱらつく悪天の中、20分歩いて目的地に到着しました。カップヌードルミュージアムの受付で入館とマイカップヌードルファクトリーのイベントに申し込みました(計1,000円)

5階建ての4階には世界の麵が食べられる麺ロードがあり、まずそこに!人が沢山で食堂に入るのに並び、場所を確保してチケットを購入してから各店に注文。全体に量が少なく価格は高くという感じでしたが、私が食べたラグマンという中央アジアの麺料理は、まだ当たり!の味だったかもしれません。

2階で創業者安藤百福ヒストリー、シアターなどで即席めん誕生への理解を深め、その後いよいよ3階でマイカップヌードル作りを体験しました。

カップを自動販売機で購入、仮の蓋をしてもらい、側面の作成ーまず今日の日付を記入し、マジックで好きな絵や文字を書きます。それが出来たらファクトリーに並んでカップを渡し、麺を工場式に入れてもらい、次に出汁を選び具を4種類選んで入れてもらいます。その後機械でシールの蓋とラッピングをして完成!これを入れる手提げ袋もあり一工夫されていました。空気を細い入口から入れると膨らみカップを入れた開口部もふさがりました。世界に1つだけのマイカップヌードルの出来上がりです!賞味期限は1ヵ月程度らしいので、食べる時が楽しみです。

周りは若い人たちが多く、海外からの人も多く見られ、普段とは違う空間での数時間でした。

その後ホテルに戻ったあとは疲れが出てぐったりでしたが、ホテルの2階の休憩場所が居心地がよく、無料のドリンクバーにも癒され、元気を取り戻しました。

疲れが取れたところで夕食への散策です。市役所からの歩道橋がカーブして桜木町駅のランドマークタワーに近い方まで続いていたので、早くそちら側にたどり着きました。お目当てのレストランのある東急スクエアまではまだまだですが、このあとはエスカレーターやムービングウオークがありずいぶん助かりました。

そんなことで、夕食を無事に済ませた帰り道はきれいな夜景が広がっていて、これこそ 1泊したから見られる景色と満足しました。みなとみらいのシンボルタワー、ランドマークタワーの足元にはロープ―ウェイのエアキャビンが動くのがまた楽しく感じました。

1日目に大体の目的を果たした私たちは、翌日はゆっくり出発、高齢者らしく帰路につきました。

6月の振り返り

1年で1番過ごしやすい(と最近思う)6月も今日が最終日、2024年の前半が終わります。

松本旅行は1番の出来事でしたが、実はもっと沢山のイベントがありました。せっかくなので、記録しておこうと思います。

まず所属団体の5年に1度の時間調べがあり、6/1から7日間、1440分×7日間の行動記録を行いました。家事時間が5年前と比べて減ってると予想しましたが、変わりなかったのは意外でしたが睡眠時間は予想通り増えていました。

6/3にはこの度の3週に1度の通院がありましたが、次回6/24は病院の都合で延期、その1週間後の明日はこちらの予定があり、結局5週間後の7/8が次回の通院日となりました。そんなこともあり、やや解放された気分です。

6/13は、もう1つの病気ー6年前に手術をした後、定期的に通院している病院へ。東京の病院なのでいつもお出かけ気分です。今回は先の病院で4月に撮ったCTの結果を持参。肺の方も変わりなしということで次回を予約。しかし、帰りの小田急電車が途中ストップして迂回して帰るというアクシデントに会いました。実は2月の時も同じように電車が止まっていてこちらはホームで待ちましたが。遠くに出かけると様々なアクシデントに出会うと実感。

また今月は、大学時代の学科の友人たちとの会食を町田で、部活の友人たちとの会食を鎌倉の長谷でそれぞれ予定していて無事行って来られました。町田での会食の日はその日だけ大雨という日でしたが、最寄り駅までの夫の送迎もあり電車が止まることもなく行って来られました。長谷の方はそこから十日ほど後で天気に恵まれ、江ノ電でゆっくり行くことが出来ました。

6月の初めの週に遅ればせながら年金受給の手続きをしました。そして下旬に入りネット証券を開設。NISA講座の手続きを行う等、私に似合わないことなども始めています。何であれ新しいことを始めるのはまあ楽しいかもと思っています。

家の近くに合歓木があることを発見!また、紫陽花も道の花もきれいな6月でした。

松本旅行③

三日目は帰る日ですが、ホテルからも近い松本市美術館に立ち寄りました。中々特徴のある美術館で楽しめましたが、その記述の前に今回宿泊した「旅のホテル」について少し。建物は新しく設備なども最新使用で気持ちよく泊まれました。大きなテレビ、Wi-Fi設備、枕元コンセント、トイレは青い光が出る抗菌仕様で、浴室洗面設備とは別。洗面ゆったりで、バスタブは足が伸ばせる大型でゆったりとした家庭風呂風。

パジャマ、タオルなどは自分でサイズを選び取りに行く。部屋キーをエレベーターのボタンにかざさないと自分の階に行けない、など。朝食バイキングは充実していて連泊でしたが、重複するものが少なく楽しめました。松本駅に近いホテルでしたが、駅周辺は再開発前の街並みといった風情で、ホテルの隣が丸善が入るビルで上の方にダイソーやカプセルホテルなどがありましたが、本屋と百均を物色する時間はありませんでした。

さて、松本市美術館は主に松本市出身の草間彌生さんの作品が常設された美術館です。企画展の方はやってなく、常設展をゆっくりと鑑賞しました。まず、外側から特徴的な点と網目の芸術モニュメントが目を引きます。自動販売機やベンチ、ポストもドット。こんなに特徴的なのに私は今回初めてこの方と作品を認識しました。中に入り説明を読んでいくと、私の母と同じ年齢であることがわかり、経歴や生きた時代にますます親しみが湧きました。母は昨年94才で亡くなりましたが、草間さんはまだ芸術活動をされて残しておられる言葉にも惹かれるものがありました。

芸術的な空間から、その後は一路、松本から神奈川へと帰路につきました。

*ビーナスラインから白樺湖を抜けたあたり道沿いにお蕎麦屋さんがあり立ち寄りました。夫がはるか昔に入ったことがあるらしく・・・。美味しいおそばが食べられましたが、おばあさまが1人の接客で少し不思議感のあるお店でした。