夏から秋へ

8月も、あと2日余り。2つの実家行き旅行のあとは、ずっと忙しい日々が続いています。世の中も、とうとう新しい首相が決まる運びになりましたが、私の暮らしも、小さな変化がいくつかありました。

1つ目は、庭の植物。
ゴーヤは、二回目の旅から帰った時に、かなり脱水症状だったのがたたり、それ以後、実がオレンジ色に変わり、雌花の赤ちゃんは消滅してしまいました。
ゴーヤの他に、今年は、イチジクが12個位、実をつけました。いち早く食べ頃を迎えた1個目は、鳥に食べられてしまい、2個目は早く取りすぎ、3個目に、ようやく食べ頃のを収穫できました。

                 

 

 

2つ目は、総合防災訓練。
今年は、地域の組長をしている関係で参加しました。
うちの地域は、海から6Km離れているにもかかわらず、津波が来ると想定されていて、屋上避難の訓練もしました。

           

3つ目は、携帯を新しくしたこと。
スマートフォンに関心を持っていて、あれこれ考えた結果、iPhoneに変えました。購入してから、一週間が過ぎ割りと使い慣れました。ケーズで親切な
説明を受けたのに何故かイオンの売場で買いました。ワオンカード5000ポイントが付いてるのが決め手で。iPhone4に決めたのは、アンドロイド携帯より機能は少ないシンプルフォンですが、その分料金もシンプルなところ。でも、インターネットに関しては、全く驚きました。はじめ、アプリを増やすことに力を注いでいましたが、iTunesでパソコンと同期させるや、一挙iPhoneが、パソコンと同じ環境になりました?パソコンに向かう時間が減った分、電気代は減るかも。タッチパネルは気に入っています。

他にも、闘病中の2人のご主人の訃報、支援活動参加、東京お出かけなど目まぐるしい日々を過ごすううちに季節は秋へと移り行くようです。

       

もう1つの夏旅行

私の実家への旅から戻って、数日を過ごし、今度は家族3人で車の旅です。

旅といっても、こちらもお墓参りがメイン。夫の両親のお墓がある高岡へ出発しました。子どもが、小さかった頃は、毎年夏に、車で出かけ、その途中の信州で1泊するパターンをよくしていましたが、年月を経て10年以上前から、高岡にはお墓と親戚だけになり、尋ねることも数年に1度になっていました。

また、昨年などは高速1000円ということでしたが、それも元に戻り、今回は昔のように中央高速を使っての懐かしいルートの復活です。

子どもが小さい頃のように途中で1泊することはせず、それどころか行き帰りとも寄り道観光をしました。渋滞があまり酷いと出来ないかと思われましたが、何とかできて満足しています。

行きの立ち寄り先は、新穂高ロープーウェイで西穂高へ。ここのロープーウェイは、1と2があり、まず短い1を乗り、次に長い2階建てロープーウェイに乗って、2156mの山頂へ行きます。1番目のロープーウェイは傾斜が急で、帰りは1番前に乗れたので、その様子を写すことができました。

     

                             

              

高岡でも、メイン行事のほかに何カ所か今回は、巡ることができました。

まずは、高岡駅南側にほど近い場所にある瑞龍寺。曹洞宗のお寺で、高岡城を築いた前田利長公をとむらうために立てられたお寺ということですが、その広さ大きさに圧倒されました。このお寺に「便所の神様」というのがあるので、今年は、はやり歌の「トイレの神様」で人を招くイベントもやっていると聞きました。

    

                

              

高岡二日目は、高岡大仏を見学した後、「雨晴海岸」へ。氷見線の雨晴駅に車を止めて海岸散策をしました。この1つ手前の駅にほど近いところに夫の育った実家があり、以前良く来た辺りですが、雨晴海岸は初めてでした。

           高岡の大仏

遠浅で気持のよい日本海の海岸で、人も多くなく、いいところです。海岸を歩いて行くと、貝がたくさん落ちていたので拾って持ち帰りました。

   

             雨晴岩

             

      女岩

夫が子どもの頃、写生に行ったというお寺、勝興時にも立ち寄りました。こちらも、重要文化財です。これも、広大な敷地と仏閣で、人気ない境内を思い出話とともに懐かしみながら歩きました。

                  

                 

 

その後、うちの名前の交差点が隣の市にあるということで、ルーツを探りつつその場所を散策しました。交差点のほかに、橋、お寺、古い地名などもあって、なかなか収穫がありました。

そして、帰路。帰路は、ずっと一般道を走り、塩尻市「奈良井の宿」という、中山道の古い町並みの残る場所を訪れました。かなり山奥の気がしたのに、人が沢山来ていると思ったら、そこは、NHKドラマ「お日様」の撮影現場だった場所とわかり、興味深く見ました。

村上堂の飴屋さんとして使われた中村邸の近くのお蕎麦屋さんで、お蕎麦を食べました。なかなか本格的なお味の気がしました。

   

家の前のお宮さん            村上堂の飴屋

 

            

その後の帰路は、そのちょっと先、高遠あたりで、4時過ぎであったこともあり、他の寄り道はやめて、中央道、河口湖、須走をへて、御殿場から東名に入って無事8時頃には、近くに到着できました。

今年の実家行き2011夏

大阪の実家には、夏と冬の2回行ってます。8年前父が無くなってから、母が一人暮らしなので、この回数は、最低限守るようにしています。実家へは、この他に、長女と次女が、日を替えて、1回ずつ行くので、それも力強い繋がりになっています。

私の実家行き夏編は、たいていお盆の前、8日の月命日を挟んで、4,5日行きます。中3日間ぐらいの滞在で、その1日に和歌山の父と母の実家をたずね、お墓参りをしてきます。あと2日は、1日は近辺を楽しみ、もう1日は映画、ショッピングなどのお出かけをします。

ワンパターンのようで、その内訳は行くたびごとに、違ったものがあり、世の中の変化を感じたりします。

まず、実家大阪、母の家では、襖18枚天袋8枚と畳16.5畳分のやり替えをしたと聞いていましたが、見事きれいになって青畳の匂いに包まれていました。慎重な母は、電子レンジとオーブントースターの電源を使う度に抜き差ししているのを見て、私はスイッチ式のコンセントを薦め、さっそくそれに切り替えました。

今回のお出かけは、いつもの映画館で「コクリコ坂から」を見たあと、いつも行く本屋の喫茶店はやめて、5月に新しくできたQ’zモールというショッピング街に出かけました。ここは、天王寺駅の斜め向かいに当たる場所。阿倍野筋沿い、近鉄百貨店の向かいのところに、東京に来たのかと思うようなショッピングゾーンが広がっていました。

      

          

この辺りでお昼をと思いつつ、混んでいたので、母の勝手の知ったステーションビルミオのレストラン街に移動しました。ここもほどほど人はいるものの、落ち着いた空気でした。

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和歌山行きは、いつもJR熊取駅から直行のバスで行きます。県境の山を越えて行くので景色がきれいで、早い取り柄がありますが、急カーブと振動は大変なものです。今回1つ発見したことーそれは、熊取を出発してしばらく行ったところに、原子力の燃料施設があるということーその横をバスは通っていました。

さて、和歌山は父と母の実家のあるところ。紀の川を挟んで、JRの駅すぐのところに父の実家が。父の墓は、その近くにあります。母の実家は、そこから、竜門橋を渡って、竜門山の山麓、少し上がったところにあります。今回も、お墓と両方の家を訪問し、伯父さん、義叔母さん、従兄世代の心優しい人たちと語らい、その子ども世代のようすを聞き、帰って来ました。田舎の町にも、周りの家が新しくなったりと変化はありますが、山と川は変わりません。その懐かしい、母にとって懐かしいであろう風景を今回はカメラに収めて帰りました。

         

               

                   

               

家のゴーヤとよそのゴーヤ

今年は、節電の波に乗って、例年にも増して、ゴーヤのグリーンカーテンの風景が見られます。

家でも、6月の初旬のラストチャンスに、ゴーヤを一株買って、3年前の段ボール堆肥の土に植えました。植えた後で聞いたところによると、土は園芸店に売っている野菜の土などに植えると、肥料があらかじめ入っているので、失敗なく育つということでした。

     

でも、まあ少しの心配をよそに、大きな鉢に一株、少なく育てたのが功を奏したのか、ぐんぐん成長してくれて、朝顔とゴーヤのために張ったネットは、見事ゴーヤのみのグリーンカーテンとなりました。(朝顔は別鉢で、枯れてしまった)

       

初期の頃に、下の方で1つ見つけた雌花は、いち早く大きくなり、先日収穫しました。

その他の実は、2階のベランダに大小6から7個実をつけています。最近では、ベビーの雌花を探すのが日課になり、ベランダに出ては、隈なく眺めています。雌花は、花が咲く前からゴーヤになる部分があることがわかりました。

   

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今日は、1か月以上ぶりに、、花菜ガーデンのサポーターに。きらめきモールのハンギングバスケットの水やりをしました。花菜ガーデンでも、しばらく来ないうちに、ゴーヤの栽培があちこちにありました。白いゴーヤの実があるのを見てびっくりしました。

ここのゴーヤは、栄養がいいのか葉が密集して、色も濃い気がします。うちのゴーヤは、家の側から見るので、いつも裏側を見ていますが、壁などに這わせると表を見せているので、葉の形などもよくわかり、芸術的に感じられました。

   

時間が余ったので、キッズファームの奥にある畑の草取り。おおきなカボチャがころがっていました。

       

今日は、野菜のお土産付きです。一番最後の残り福3つ。        ズキーニとゴーヤとナス。それぞれ、1300g、200g、100g。ズキーニの巨大さが目立ちます。今晩は、野菜の天ぷらにすることにしました。

チャリティーコンサートへ

東日本復興支援のチャリティーコンサートに行って来ました。詩の朗読と音楽ということで、暑い夏に爽やかな気分になれるかなと期待して。

谷川俊太郎・パリャーソ みみをすますというタイトル。谷川俊太郎の名前は知っていました。代表作は?というと出て来ないのですがかなり著名人として。なので、ご本人が朗読するとは思っていなかったのですけれど。

パンフレットを見て、ご本人が朗読。息子さんの谷川賢作さんがピアノ、そしてハーモニカ奏者の続木力さんの3人の舞台ということを知りました。

♪空を越えて~の鉄腕アトムの歌の歌詞は、谷川さんだったのですね。初めの方で、これをピアノの伴奏でうたわれました。朗読の声と言い、メリハリがあって御年80歳とは思えない位でした。親しみやすい、1対1の様なざっくばらんなトークを交えながら、代表作や代表作の直前に作ったあまり知られていない詩とか、最近作った詩、震災後作った詩、若い頃の詩など、様々に朗読してくださいました。

構えた所のない気さくなお人柄と、出来上がった作品の、宇宙に広がって行くような詩の世界の感性とのコントラストもご本人が朗読されるからこその魅力でした。

息子さんのピアノとハーモニカの演奏は、ジャズ風な感じで、音楽でありながらちょっと絵画風。谷川さんの詩と同じに、いくつかの絵を見たような感じがしました。

トーク&質問コーナーもあって、益々普通人ぶりを見せられましたが、科学についてを質問してきた方に、鉄腕アトムの頃は、科学がどんどん進歩していく未来を感じる時代だったけど、今は、原子力に陰りが見えて考え直さなくてはならない時代に来たと言われ、共感できました。また、詩を書く時以外の時間は、詩のことを考えてはいないということで、ゆったりと詩を書く時間がたくさんほしいといっておられる辺り、詩が好きな根っからの詩人でいらっしゃると感じました。

終わった後、パリャーソCD購入者には谷川さんのサインがもらえる。パリャーソというのは、ポルトガル語のピエロという意味だそうで、続木力さんと谷川賢作さんの二人組のグループ名?ジャズを基盤に、様々な名曲を演奏される。結成10年。

*ダイナミックなステージを見せて下さった息子の賢作さん。谷川俊太郎は、父親である前に、偉大な詩人ということで、大きな敬意を示していらっしゃる所に好感が持てました。続木力さんは、京都の有名パン屋さんの御曹司、そのパン屋さんを知っていたので親しみが湧きました。

夏の1日、期待通りに爽やかな時間が過ごせました。

電気炊飯器について

 先日のことですが、炊飯器にセットしたお米が、上手く炊けていないことがありました。私の設定の不備があったかもしれませんが、何となくもう寿命のような気もして、その翌日には新しい炊飯器を購入しました。

 娘には、「え~! 古い炊飯器とはまだしっかりお別れの挨拶をしていないし、写真は撮っておいてね」と、早い対応を驚かれました。

 

 うちの炊飯器の歴史を振り返ると、まず結婚当初のは、ナショナルの丸い普通の炊飯器、緑シリーズの家電でした。これは、ただの電気釜で複雑な構造でないこともあり、18年も長持ちしました。その後買い換えたのが、今回不具合になった、炊飯器です。この頃には、もうIH炊飯器が出始めていましたが、高額ということもあり、1ランクだけ上げて「マイコン炊飯器」を購入しました。コンピュータ制御でタイマーや早炊き等もでき便利になりました。

 さて今回買うにあたり、電気炊飯器をもう1度調べてみましたら、マイコン炊飯器、IH炊飯器、IH圧力炊飯器の3種類があることがわかりました。うちのように、ふだんは3合以下で使用するなら、マイコン炊飯器の方が電気代も安く済むというような意見も見ましたが、考えた末、また1ランク上げて、IH炊飯器を購入しました。マイコン炊飯器との違いは、電気で炊き上げるのでなく電磁波で高温で一気に炊き上げるということでした。高温で炊き上げるので、釜炊きに近い美味しいご飯が炊けるということでしょう。

 このIH炊飯器の中にも、仕様によって値段が様々ですが、私としては別にこだわりわないので、最もロー価格でよかったのですけど、ちょっと面白い仕様のがあったので、それに決めました。何が面白いのかというと、炊飯器の中に蒸し物用のトレーがついているのです。もちろん、おまけ的にあるので、全く使わなくてもいいのですけど、2.5合以下のときに、このトレーを取り付けて、野菜などを置くと、ご飯を炊く蒸気で蒸すことができます。

 まだ、とうもろこしを蒸すのに使っただけですが、この2階建て炊飯、なかなか気に入っています。

 

 古い炊飯器、見た目まだ新しそうですが、良く見ると釜の部分が相当に傷んでいました。長い間、ご苦労様でした。

             

6年ぶりの日暮里

昨日、布を求めて、6年ぶりに日暮里に出かけました。(前回http://wp.me/p18UMA-7U

          

JR日暮里駅を降りると、駅から左方向に真っすぐ延びた道を行くと、布の街が現れます。6年前と同じ、所属団体の衣のグループのメンバーで出かけました。

手作りが1部の人の趣味の様になった昨今では、普通のスーパーの手芸コーナーはどんどん縮小され、家の近くも今では、消耗品のゴムや糸やボタンなどはあるものの、布は切ったものが少しあるだけになってしまいました。

そのかわり、専門店では様々な手芸用品がそろえられているので、毎年場所を変えて、布を買いに行っています。

日暮里布の街は、都会の大きな専門店とは趣が違って、昔からの卸売の店が立ち並ぶところ。6年前の時は、4人と少ない人数だったこともあり、あちこちうろうろしましたが、今回はある程度お店を絞って、時間を決めて買いました。

自分の買い物のほか、今回は震災を受けて、支援物資としてプールする目的で、スモックエプロン用の布4m(2枚分)と鍋帽子用3m(2個分)をそれぞれが分担して選んで買いました。

前回は、冬でしたが今回は夏なので薄地の布が沢山あり、m100円、200円、250円、280円、380円と買い得の生地なので、わくわくしましたが、短時間でその中から選んで買うには、かなりの労力でした。m100円なんて、近場では売ってないので、ここの中から何か上手に選びたいと奮闘して、2点(それぞれ3m)を購入しました。

他のメンバーもたくさん買い、布の重量というのは意外と重いので、最後のポリエステル綿を買ったお店で、まとめて送ってもらうようにしましたが、私は1つだけ軽い布を持ち帰りました。(上の写真)

買い物を終えた後は、駅に近い辺りに4年前ぐらいにできたというホテルの地下のレストランで昼食をいただきました。

    

わかってはいたのですが、家にはまだ在庫の布がかなりある中、また増やしてしまいました。気合いを入れて手作りに励まなくては・・・。

7月の暮らし

先週は何かと忙しい日々でした。気づけば暑さも安定し、本格的夏の暮らしになった気がします。

七夕祭りには、結局行きませんでしたが、1枚だけ七夕飾りの写真があります。

田舎コースでよく出かけましたが、ある日のお出かけでは、珍しい夏富士が見られました。チャペックハウスと夏空&夏富士。

     

花菜スクールにも出かけました。今回は、「塩糀(こうじ)つくり」

糀とは、蒸した米や麦などに糀菌を繁殖させたもの。塩糀は、糀と塩と水だけでつくられた、まほうの調味料、・・・と学んだことの受け売りです。

      

今回は、実際に1人500gの糀が配られ、塩糀をつくるだけでなく、あらかじめ作って来てくださった塩糀できゅうりとなすのお漬物をつくり、

あらかじめ塩糀で漬け込んだきのこを使ってきのこパスタを作り、いただきました。

      

塩糀で漬けると、糀菌の酵素が食品の中に入り込んで旨みを引き出すのだそうです。糀といえば、今まで味噌作りのときに見るくらいでしたが、もっと色々に活用できそうで、楽しみが1つ増えました。

大感謝

毎日蒸し暑い日が続いています。

今日は、午後からにわかに曇って来ましたが、昨日は光化学スモッグ注意報が発令され息苦しさを覚える暑さでした。

そんな昨日の昼下がり、午前の集まりでの用事を終え、午後2時台の炎天下を自転車で家にたどり着いた。家に着いたら、今日ばかりはちょっとエアコン28℃で入れさせてもらっていいかしら~とか思ったり、冷たいものを飲んで、あとは仮眠かなと思ったり・・・。

ようやく家前。ここからの悪夢は昨日のことながら、昨日の私は気の毒でした。確かにポケットに入っているはずの家の鍵がなかったからです。落ち着いて、もう1度探し、バッグの中も念入りに探しても見つかりません。心当たりは、自転車20分の今日の行き先の公民館。

そこで、ポケットの携帯電話を一度取り出して話したので、その時に落ちたに違いないと。それにしても、また行くの~?しかし、スペアーキーを秘密の場所に置くようなことも普段からやっていないので、夕方6時、夫が帰って来るまでは入れないという現実と、ことは鍵のこと、家に入れないだけではすみません。一目散に今来た公民館に進路をとりました。

公民館では、訳を話して、隈なく探させていただきましたが、見つかりませんでした。そこの人曰く、「そもそも鍵をかけてない場合もあるし、自転車の乗り降りの場所も紛失しやすい」とのことでしたが、家の施錠に関しては、朝戻って1回確認したし、どちらの駐輪場にも何も落ちていませんでした。この時点であきらめて、大型スーパーで時間をつぶし、6時に帰宅しました。

今朝は、朝から頭が重く、目がしょぼつく感じがありましたが、おもむろに、お昼前から、鍵を見つけるための活動を始めました。

よくよく考えるに、初めはありえないと思っていた、自転車走行中に落とすという線が私の中で濃厚になっていました。昨日のズボンのポケットの角度が落ちやすい形状だったのです。以前、車に乗っていて、ポケットの携帯を座席に落としたことが何回かあったのを思い出しました。

それで、今日は道に落ちていないか確認しながら、ぐるりと回って、最後に警察署の遺失物の届け出に行くことにしました。誰かが、「あら鍵、落とした人困っているから届けてあげましょう」と届けてくれているかも・・・と、淡い期待をしつつも、こんな暑い時にわざわざ警察署まで届けてくれる人がいるのか?とも思ったりしながら。

警察署の落し物コーナーでは、早速事情を話し、落し物が届いているか確認している間、紙に届け出事項を記入しました。記入する台の暗いこと!いくら節電といってももう少し、工夫は無いものか。届け用紙を持って行くと、今度は係の男の人が現れて、これですか?と見せてくれたのが、私の鍵だった感動といったら!(わーい。あった、あった)届け用紙に拾った人の名前はなく、時間と場所は細かく書かれていました。やはり、路上。時間的に見て、帰路で落としたようでした。

警察署からの帰り道、不思議と頭痛は治っていて、なんだか元気になっていました。世の中、親切な人は沢山いますね。警察もしっかり機能しているし、日本はいい国だ・・・なんて気分で戻って来ました。

そういえば、かつても1回、もっと劇的に、落し物が戻って来た経験があります。5,6年前のこと。

夫が新潟に単身赴任していた頃のこと、子どもとともに夫の所へ行った帰り、気づいたら夫のアパートの鍵がなくなっていたのです。記憶を丁寧にたどった結果、新幹線の車内と東京駅構内のいずれかと考えました。幸い。新幹線の車両を覚えていたのでそれをもとに問い合わせ、落し物が集められている場所を教えてもらって、尋ねて行きました。そこで、3ヵ月ぶりかに見つかったのです。この時は、いつも使っている鍵ではないので、キーホルダーの色や形は曖昧、頼りは夫が持っている鍵と同じかぎかどうかということしか手掛かりはなかったので、夫にも同行してもらい一致したのです。

あきらめずに可能性を探すことは、無駄ではないとつくづく思う次第です。

今回、鍵をさがしているあいだに考えたことは、ここで鍵が無くなる訳は何か?これは、私に何かを知らしめるためではないのか?ということでした。昨日、街をさまよっている間、それ以前とは全く違った自分になっていました。眠くてだるかったのが、頭は冴えて体も元気。家にいたら、無駄に食べて飲んで、エアコンだって付けていたかもしれなかったのに、健康的でした。

そして、今日は木々の間を吹く風が、とても涼しいことに気づきました。緑の風という語の意味が実感出来た気がしました。それで、今日午後家に戻ってからは、エアコンを付けることなく、窓を風が流れるように開けて、ワンピースに着替え、扇風機とサーキュレーターを効果的に配置しましたら、かえって冷えとは無縁の南国の幸せ空間が現れました。

この、エコな生活をこの夏中維持したいものです。

 枇杷ー今年の収穫30個

久しぶりの文化資源ウオーキング

地元の文化資源を巡るウオーキングに、久しぶりに参加しました。一昨年から昨年にかけて、9回位出かけましたが、昨年夏位からは滞っていました。もう行ったことのあるコースがあったりしたことがきっかけでもありますが、昨年から花菜ガーデンサポーターを始めたこともあり、ウオーキングへの意欲が薄れたからかもしれません。(私がというより夫の方が)

今回のコースは、金田地区で、私的に家的に、今ブームの地域です。私は、集まりへ出かけるとき、この地域を通って行くようになりましたし、何より花菜ガーデンがある地域です。花菜ガーデンの周りと言えば、少しの集落があるだけの場所と思っていましたが、小さくともそれなりの歴史のある、結集力のある地域であることがわかりました。

今回のコースの全行程は4.1kmとさほど多くはありませんが、このガイドウオーキングは、いつもスタートとゴールが離れているので、駅からバスに乗って参加する人には、差し支えなく考えられていますがが、そうでない場合は工夫を強いられます。今回も考えた末、花菜ガーデンに自転車を置いて、スタート地点(東橋付近)まで歩く、そしてゴール解散の飯島からまた花菜ガーデンまで歩くということにしました。結果、ウオーキング距離はほぼ倍になりました。

今回歩いたところは、弥生、縄文の頃は相模湾の海だった場所ということで、その頃の発掘物はないようですが、それ以降の、神社、お寺、仏像、川、土手、橋などの昔を語るものものを、今回もたずね歩き、昔をしのぶことができました。

スタートの日枝神社。3班43名の参加でした。横に疱瘡を治す守り神も。

    

その隣にある寺、吉祥院。扉の紋が左右で違う。左が天台宗、右が曹洞宗という説明。衆寮として使われていたそうです。

  

しばらく行くと、小田原北条の家臣、布施氏のお屋敷跡がありました。今は前前前の市長の実家。          

古川という小さな川、これは昔の金目川の名残の川。天井川で暴れ川の金目川の流れを変えて今日に至っているとの説明。

 

蓮昭寺

     

            布施氏のお墓。1つの石で作られている。

小さな集落に立つ、八坂神社。江戸時代15軒の集落にあった神社としては立派。

       

 あちこち、植物はきれいでした。

  立ち葵のカラフルな群生。

 ブラックべリー            アジサイ

     

最後に記しておきたいこととして、昨日はかなりの猛暑でしたが、今日はかなり涼しくてラッキーであったことと、もう1つは、偶然にも知人のご夫婦と出会い、同じグループでウオーキングできました。久しぶりのガイドウオークは、なかなか新鮮でした。