移りゆく季節

猛暑の夏も、ようやく乱れ始めました。暑さ寒さも彼岸までというのは、まだ生きているようで安心しました。
9月に入ってから、暑い日が続いていても、確実に日は短くなるし、太陽の高さも違って来ているのがわかりましたから、流石に暑さだけが頑張っているわけにはいかなかったのでしょう。
 
家の隣の家の東側には接近して昔ながらの町工場の建物がありましたが、空き家となり、とうとう取り壊して3階建てのマンションが建つことになりました。その工事がお盆明けから始まって、今は更地で基礎の工事に入っています。1軒先だから、家はそれほど影響はないものの、東の風景は、明らかに見通せるようになり、特に午前の日差しが、今までなかった場所に長く差し込むのを感じます。
 
植物も、そんな変化を微妙に感じているのでしょうか?
葉ばかりが勢いのいい我が家の花壇のイチジクの木。全く実を付けないものだから、そのうちにすっきり剪定しなくてはと思っていた矢先、先の方の幹に、なんとかわいい実を付けていました。
目を凝らしてさがしたら、他の枝にも同じくらいのがあり、出来かけのも含めて5個くらい収穫できそうな予想をしています。ほんとに、自然は不思議です。
 
              
 
太陽の移動と言えば、昨日、サポーターをしている花菜ガーデンに作業にいきましたところ、15日の日がこの辺りからダイヤモンド富士が見える日だったことがわかりました。あいにく、この日は雨でしたが、たまたま13日の夕方自転車を走らせていた時、きれいな夕焼けだったので、シャッターを切った1枚がこれです。
 
                  
 
 
昨日の花菜ガーデンは、雨天の後の晴天で、気温も高くなく、ここちよい風が吹いて、気持よく作業ができました。
フラワーゾーンの方を歩くのは、しばらくぶりでしたが、木々が成長して、雰囲気が変わっているように思いました。デジカメをもたず、ケイタイはバッテリーあと少しだったので、残念でしたが、終了後、さわやかな園内を少しだけ携帯撮影しました。
 
                         
 
 
                         
 
 
園をでてすぐの道路ぎわには、ちょっと疲れたと言ってるかのような大輪のヒマワリが並んでいました。
お彼岸を過ぎると、9月最終週辺りにかけて急激な冷え込みがあるそうです。
 
                                                        

東海道保土ヶ谷宿ウオーク

2か月ぶりの東海道ウオークに出かけました。
 
日本橋の始まりの地点に戻ってから、どんどん京都方向に進んできて、今回は4番目の宿場、保土ヶ谷宿を歩きました。
日本橋から8里9町のところで、1日10里18町を歩く男性なら、次の戸塚宿が1番目の宿になるそうですが、年寄り、女子供連れはこの保土ヶ谷で泊まったということです。
 
まだ、残暑厳しいこともあり、相鉄、天王町からJR保土ヶ谷駅までの短いエリアを、ぐるっと迂回しながら4Kmの道のりを歩きました。その割には、15ポイントでガイドがあり、狭く車が通る道などもあり、あまり爽やかなウオーキングではありませんでした。
 
集合の天王町駅すぐ横には、帷子橋跡というのがあり、そこで記念撮影して出発しました。
 
         帷子橋跡
 
 
しばらく行くと、橘樹神社(たちばなじんじゃー樹はサイレント)という、京都八坂神社の分霊を祭る神社があり、
江戸時代には牛頭天王社とよばれていたのでこのあたり一帯が天王町と呼ばれていると説明がありました。
   
                    橘樹神社
    
たまちゃんが泳いでいたという川の橋を渡って、しばらく行くと松原商店街という、昔ながらの商店街がありました。
そこを抜けたところに分かれ道があり、ここでヘアピンカーブして、八王子街道と道しるべのある方向へ方向転換しました。
 
       追分の道標      
 
しばらくいくと、とても高いビルが現れて来ました。ここは、ビジネスパークという建物で、もともと東京ビールというのがあったそうですが、それがビール瓶の工場に代わり、今はこのような大きなびるになっているということで、「ふーん?」という感じながら、面白い場所でした。風変わりなモニュメントが、あちこちにあって、ちょっと「彫刻の森美術館」のようでした。
 
                
 
 

                  

 

 秋田犬のモニュメント、「犬も歩けば」 奈良遷都1300年に縁の作者らしい。

                

 
その後、歴史的な逸話のある場所、10ポイントを経て、保土ヶ谷駅にたどりつきました。
 
              
              本金子屋跡                 軽部本陣跡
    
ここで、まだ12時半でしたが、久しぶりのウオーキングだったので、ちょうど良い感じでした。ただひたすら、エアコンの効いたレストランでのドリンクバー&昼食を目指していました。
 
    

問題解決

台風が近づいて、何十日ぶりかで猛暑から解放されました。
出かける予定にしていた所へは、雨が降り出したので、自転車では厳しいのでやめました。
 
猛暑から解放されても、今日はあまり爽やかでないのは、湿度か、この暗さのせいでしょうか?
太陽が照りすぎると暑いと不満ですが、光が少ないのも陰気なもので、何事も「ちょうどよい」がいいととつくづく感じます。
 
さて、何かおかしいと思いながら数カ月が過ぎてしまいましたが、今日は思いがけず家にいるこの機会に、調べてみました。
 
おかしいのは、この前のMSNのリニューアル以来、一部の人のところにコメントを入れようとしたら、
今まで大丈夫だったのに、急に「この項目へのコメントは有効になっていません」となって、コメントできなくなったことです。
あれっと思いつつも、この頃更新も緩慢になっていたので、放置していましたところ、MSN以外の友達から、
同じようなことを指摘されました。
 
何となく、もしかしたら自分のもそうなってるのでは?と思っていましたが、本当にそうだったとは・・・。
それで今日は原因究明にとりかかりました(遅すぎる・・・?)
 
まず、MSNに問い合わせをしようと探しましたが、返事をいただける問い合わせはなく、あちこちさがしていたら、
スペースのヘルプ集のようなページを開くことができて、このことの答えが書かれているのを発見(もう3ヵ月も前に。それで、その通りに、設定を変更したので、これで制限はとれたのではないかと思います。
ご迷惑をおかけした方には、そんな訳でしたので、今後ともよろしくお願いします。
 
MSNも不親切です、それならそうと知らせてくれればいいのに。連絡不行き届きの問題をなんとかしてもらいたいものです。
今回のことで、アクセス情報が無くなった理由もわかりました。 完璧なものができないのでやめるという理由、本当にそれが理由なんでしょうか?
 
  ☆   ☆   ☆
 
それは、さておき、どっさり収穫のナス。周りに気軽にもらっていただける人もなかったので、せっせと料理しました。
写真の2つのあとにも、ナスのひきにくいため、ナスチップスなど。あとは、ナスの味噌汁、ナスのあんかけなどを考えています。
こんなに、ナスを集中的に食べたのは、初めてかもしれません。
 
        
      ナスの天ぷら                          ラタトゥユ
 

収穫祭

花菜ガーデンサポーターの収穫祭に出かけて来ました。
収穫と撤去を行うグループとカレーを作るグループに分かれて作業に取り掛かりました。
 
私は、収穫、撤去グループ。主に、ナスをハサミで切り取り、苗をぬきとりました。
今年の強力な暑さで、大きく育った野菜たち。枝ぶりも見事でしたが、撤去作業は根がしっかりしているので、なかなか困難でしたが、大勢で作業すると、数時間後には、きれいな畑が現れました。
 
            
 
 
           
 
 
 
収穫した野菜で作ったカレーの夕飯は、外に机を出して、解放感たっぷりに味わいました。
初めのころは、まだ日差しがありましたが、次第に日が沈み、終わる頃には、流石に猛暑は後退して、
気持のよい夏の夕暮れを感じることができました。
 
        
 
 
 
カレーを作っただけでは、有り余るほどの収穫でしたので、皆袋をいただいて、入るだけ持ち帰ることができました。
 
           
 
夫は、ミニトマトを中心に、私は、美味しそうなナスを選んで袋に入れました。
しばらく、季節の味を楽しめそうです。
 

小樽~運河のホテル

         
 
姪の結婚式を終え、JRタワー日航ホテルで一泊した翌日は、
兄の計らいで、小樽観光をしました。
 
チェックアウトの12時にロビー前に集合して、カナディアンご一行様が用意したバスに便乗させていただいて、小樽に向かいました。
札幌駅周辺は、以前来たことがあったので、昼までの時間はゆっくり過ごしましたが、生憎の雨で、時計台を見に行こうとした娘たちも足止めをされてしまいました。
 
雨は、降ったりやんだり、午後も曇天の中の移動です。
小樽までは、高速道路を通ると、小1時間で、運河のホテルふる川に到着しました。兄やカナディアンご一行様は、高台にある純和風ホテルに行くので、
ここで、私たち家族&母は、別れました。
 
ホテルふる川も、ロビーなどは、京風な感じで、ほっとする趣です。
 
             
 
 
     
       入り口付近                               フロント
 
 
荷物を預けて、チェックインの3時までは、周辺の散策に出かけましたが、ここも生憎の雨で、傘をさしながら、とにかくどこかのお店を目指しました。
スイーツのお店に立ち寄ったあとは、ガラス細工のお店を見て回りました。
 
      
 
天気が良ければ、あちこち行きたいところですが、ほどほどにしてあとは、ホテルからの風景を楽しみました。
 
夕食前、少し雨が上がった時に、すばやく運河周辺をひとまわりしました。
 
その後6時からの夕食は、とても、デラックスだったので、ゆっくり堪能するまで食べると、もう9時近くになってしまいましたので、あとはゆっくり温泉です。
翌日の出発は、帰りの飛行機の都合で、7時半と早いので、なかなか小樽をじっくり堪能できなかったのが、残念でしたが、短い時間に小樽の風景を印象付けられたのは、眺望のいい運河のホテルのおかげかもしれません。また、このホテルの朝食バイキングもとても充実していて感激しましたが、ゆっくり楽しむ間もなくの出発が悔やまれました。
 
                  
 
小樽を出発した後、新千歳までは、少しハラハラしました。昨夜からの豪雨で電車が遅れていたからです。早めに出発していたので、ちょうど良い時間に空港に着けて事なきを得ましたが。
新千歳から、私と母は大阪国際空港(伊丹)を目指し、他の私の家族は羽田行きにと別れました。
 
家族旅行は、子どもが大人になってしまうと、なかなかそれぞれの都合があるので、日程を合わせることができず、適いませんが、このような機会を利用して、少しだけでしたが想い出に残る時を持てたことが良かったと思います。
 
 
 

姪の結婚式

1年前から、予定に入れていた姪の結婚式に無事出席し、戻ってきました。
 
結婚式出席は、自分の結婚式の頃に友人の結婚式などに出席して以来、何十年ぶりかのことでしたので、そのことだけでも、さて服装は・・・から始まり、考えることが多くありました。
昔と違って、兄弟が少ないこともあり、今回は家族全員で出席、場所は関東から離れた、北海道でしたので、結婚式&家族旅行のようなところもあり、飛行機や交通機関のスケジュールを立て、全員が健康で行って来られるようにと神経をすり減らしていたところもあり、無事終えられたことへの達成感と開放感を感じています。
 
中でも、一番神経をすり減らしていたのは、母でしょう。81歳、大阪で一人暮らしをしていますが、結婚式当日、新千歳空港で、私たち家族と待ち合わせをして、行動を共にしました。
このために、母は、当日健康で、迷わず、遅れずに行けるのかと必要以上に心配して、1週間前からは食事制限をするぐらいの気の使いようだったのです。
かくいう私も、出発4日前まで、発熱の風邪で、家族に心配されていましたが。
 
宿泊のホテルで着替えをしたあと、兄と合流してお相手のお父様に紹介していただくあたりからは、気分は一気にハイモードです。
というのも、相手はカナダ人。結局、笑顔だけで、一言も発せずに終わりました。
 
神社での挙式のためのバス移動など、そこからはカナダディアンご一行様と一緒で、国際的な雰囲気の中に時間が過ぎて行きました。
 
     
 
結婚披露パーティーは、また場所移動をして、フランス料理の式場と聞いていましたが、お料理がフランス料理である他は、すべて和のイメージ。
日本の伝統文化を見せる工夫が凝らされていました。
 
       
 
司会、スピーチ共、カナダの父以外は、すべて英語と日本語で2回話すところが、国際的な雰囲気を増していました。
時間も取るからでしょう、スピーチは両家の父と、来客2人、新郎、新婦 の6人でしたが、沢山の話を聞いた気分になりました。
 
           それぞれに、心に残りましたが、新郎の「何故、人は結婚するのかを考えました。そして、それは、人がこの世に生きている時間は長くないから、短い時間をより楽しくなるように結婚という形を考えたのだと思う」の言葉には、若く、真面目な、一途さを感じ、姪の前途が幸せなものであることを予感させられました。
 
                                        
 兄の家族は、姪が幼少の頃と中学生の頃に海外に住んでいたことと、兄嫁が英語教室をしていたこともあって、姪の語学力が磨かれたことが今回の縁につながったようです。
 
英語は今や,話せて当たり前とも言われる時代ですが、島国日本では、日本にいる限り、英語を話さなくても不自由しないし、話す機会もないことが、日本人が英語を話せない一番の原因であることを改めて思いました。
 
自由な場面で、あちらの叔母に当たる人が話しかけてきて、ほとんど単語だけの会話をしましたが、もしこのような人が身近にいつもいるのなら、古い知識を絞り出して少しは話せるようになるだろうと思いました。
この人は、日本語のガイドブックを手に、なかなか積極的で、面白い人でした。
 
カナダご一行様には、どのように日本が見えたでしょうか?国によって、違う言語を話すことが今さらながら不思議に思いました。
 
二つの言葉を自由に話せる人は、そんなに沢山いるわけではありません。そのような、機会と才能に恵まれたこのカップルは、きっと二つの国を結ぶ架け橋になってくれることでしょう。
そんな、思いにさせられた、非日常的で、グローバル気分の1日でした。
 
 

夏休み、前半の日々

8月も半ばを過ぎました。
 
今年の夏の特記事項は、何と言っても猛暑でしょう。
夏休みということもあり、余計な外出は控え、まとめ買いしたあとは、家にあるもので工夫して何日か過ごすようなパターンで最近は過ごしています。
 
 

           

 
毎年の月命日のお墓参りに、今年も行って来ました。
7日から10日の日程で、まず実家の大阪へ。そこから、さらにお墓のある両親の実家の和歌山へと出かけました。
去年7回忌が終わり、時間の経過を実感するお墓参りでした。和歌山の田舎では、父の兄弟の長兄は他界していますが、次兄や母の兄弟は、皆90前後で健在です。父は亡くなる時80歳まで生きられたことをある意味満足していたけれど、やはり兄弟の中では早死にだったねえ・・と、母と話しました。
 
しかし、時はどんどん移り行きます。父の実家は、すでに私の従兄夫婦2人の暮らしです。3人の娘さんは皆嫁いで、応接間には、お孫さんの成長の写真が飾られていました。
母の実家は、母の兄夫婦が健在で、その子ども夫婦の2人の娘さんも結婚し、ひ孫が3人賑やかによく訪れているようです。
 
3年ぶりに、両家に立ち寄りゆっくり話をして、大阪に戻りました。
 
                
                 
 
大阪では、短い滞在時間ですが、普段は母1人の暮らしなので、この機会に何かと思って過ごしますが、その半分は私が休養しているような感じになってしまうことも否めません。
今回は、あまり外出せず、食事を作ってあげたり、普段できないところの掃除をしてあげたりしたいと思っていましたが、
話しているうちに、結局、その翌日は、午前に天王寺のアポロシネマで「借り暮らしのアリエッティ」の映画を見て、すぐ下の階の本屋の中の喫茶で昼食、近鉄百貨店の地下で買い物をして帰宅。
午後は、私が近場で食材を買って、夕食を作りました。翌日の午後には、早や、関東に帰るので、午前中に掃除と洗濯をしました。その時間を利用して、母は、銀行と郵便局の用をすませました。
 
相変わらず、元気で丈夫な母という印象でしたが、それでも、滞在中、足がしびれてふらつくのが、年々ひどくなると言い続けていました。といいながら、あちこち出かけることはでき、どちらかといえば、動いていた方がまだ調子がいいそうなのです。年をとると、それぞれに体調管理は欠かせないと改めて感じました。
自分の体の癖や、特徴は、自分にしかわからないところがあるから、色んな意見を参考に、自分が判断を下すしかないと思います。
”自分の主治医は自分”を肝に銘じておきたいと思います。
 
情けないのは、そして帰宅した私は、家に帰り着く手前ぐらいから、体がだるくなり、とうとう発熱、夏風邪を引いてしまいました。
それで、その後は、読書をしつつ養生の日々でした。
 
まあ、それだからこそ、普段は読めない長編ものが読めたのは、大満足です。
 
風邪は、ぶりかえしつつも、ようやく治って来たもよう。
 
                 

ジャム作り

今週は、何故かジャム作りが重なりました。
 
前回のブルーベリー摘みで持ち帰ったブルーベリーは、結局1.5kgで、とても沢山のように感じていましたが、
家に帰ると偶然にもいただきもののブルーベリーが1kgも届いていました。 
冷凍するかジャムにするか・・・と考えていましたが、そんな心配は無用、家族でどんどん食べるので、みるみる減って行きました。
 
翌日、花菜ガーデン近くの「あさつゆひろば」で、ルバーブという植物がレシピと共に売られていました。
 
      
 
レシピは、ジャムのレシピです。遠い記憶に、長野に行った時、このジャムを買ったことがありました。
また、集まりで長野出身の人が、やはりジャムが作れるよといって、この植物を配っていたことも思い出しました。
というわけで、この辺では珍しいこのルバーブを購入しました。
 
ブルーベリーの代わりに、ルバーブジャムを作りましょう、とレシピ通りに火にかけあっという間に出来上がりました。
 
       
 
 
その後、ブルベリーは、いただいたものは少々日にちがたっていることもあり、やはり残りはジャムにしょうと、ルバーブジャムの要領で作りました。
ちょっと、固めに仕上がりました。
                                          
 
そして、今日は先日、送られてきた、和歌山の桃。
固めだから、常温でと書かれていたので、その通りに、食べるのだけを冷蔵していましたら、今日残りを点検したら、柔らかくなりすぎているのが多発していました。
それで、これもジャムにするか、と、ジャム作り。なかなか、とろみ加減もうまく仕上がりました。
 
           
 
 
ジャムの作り方は、どれも同じ。
大きい実は、細かく切って、実の重量の2~6割の砂糖で、煮るとできることがわかりました。
砂糖は、多く入れると長期保存に耐え、分量も多く出来上がりますが、うちの場合は、3、4割にしました。
 
思いがけず、ジャム3姉妹ができたので、話のタネに実家へも持っていくことにしました。
 
              

ブルーベリーとミニトマト

「近くで、ブルーベリー摘みのできるところはないかなあ」と夫が言って、ネットで2カ所目星をつけて検討していましたら、
投げ込みのミニコミ誌の広告に、最も近くて条件のいい場所が出ていたので、先日の日曜日に早速そこに出かけました。
 
                  
      
     
 
大井松田の山の中のちょっとだんだん畑のブルーベリー園です。
時間制限はなく、摘み取り、食べ放題で、大人500円。摘み取ったブルーべリーは、100g、170円。
 
                
             
 
ブルーベリーの木をじっくり見たことはなかったので、小さな実をたくさんつけたブルーベリーの木の間を歩くのは、なかなか素敵でした。
食べ放題といっても、いちごのようにどんどん食べられるものではありませんが、それでもあちこち食べて満足しました。
収穫の方も、甘そうな大きな実を中心に、籠半分暗い摘みました。計ってもらったらちょうど1kgでした。
 
                                  
 
 
 
その翌日は、花菜ガーデンでの作業日。
 
前回は、ユリの切り戻しでしたが、今回は、ヘメロカリスの切り戻し。
いずれも、花が咲いた後の花茎を取り除いて、枯れた葉っぱなども取ってきれいにします。
 
夏の作業なので、30分ごとに休憩を入れての作業です。
サルスベリが、きれいに咲いていました。
 
            
 
 
作業を終えたあとは、チャペックハウス前のミニトマトの摘み取り。前回も今回も、かなりたくさんいただいてきました。
試食しつつ、もぎとる辺り、ブルーベリー摘みとオーバーラップしました。
 
         
 
太陽の下、植物と触れ合うことで、夏風邪ぎみなのがすっかり、解消されました。
 
 

天日干し

毎日、晴天で猛暑の日が続いていますが、そろそろ、それも綻んできたのか、昨日、今日の夕刻には、
遠くで雷の音がするようになりました。
やはり、先週のうちに、梅干しの天日干しをしておいて良かったと思います。
 
今年は、これに加え、野菜の天日干しにも挑戦しました。
ジリジリ照りつける太陽は、考えようによっては、またとない乾燥日和。
乾燥野菜、ビギナーには、キノコ類が無難ということなので、まずしめじを。
でも、これほどの日照りなら、いろんなものが乾燥させられるのではと思い、
大根、人参、ピーマン、きゅうり、トマトなども、細く切って並べてみました。
 
        
 
1日半たってみてみると、何ということでしょう!
量が、ガクッと減ってしまっていました。
これ以上、干すと、有るか無いか分からなくなってしまうと思ったので、急ぎ取り入れて食べることにしました。
 
                         
 
            
             しめじ                         人参、大根
 
 
                     
             きゅうり、ピーマン、トマト
 
きゅうり、トマトは、半生でそのままいただきました。そのほかは、簡単にいためて八方だしで調味していただきました。
全般に、甘味が増した感じで、歯ごたえがあり、深みのあるお味に変化していました。
 
梅干しの方も、今年は4日4晩の天日干しで、ミネラルたっぷりの味わい深い梅干しができました。