月別アーカイブ: 2014年10月

中原街道ウオーク(ガイドと巡る文化資源14)

前回から1年ぶりで、また文化資源ウオークに参加しました。

今回のコースは、平塚の中原街道を歩くシリーズの3回目です。昨年1回目を参加し、続きも歩こうと決めていましたが、2回目はパスし、今回の3回目への参加になりました。今回は、中原御殿バス停に集合し、大磯の化粧坂一里塚の終点までです。

旧道にあるバス停は狭い場所なので、近くのお寺の広い駐車場に集まり2班に分かれ出発しました。

さて、中原街道の復習ですが、この道の全体は、江戸時代、江戸虎ノ門から相州中原(平塚市)を結ぶほぼ直線的な60Kmに及ぶ道で、別名御酢街道とも呼ばれる道です。

途中、川崎市の中原区などは区に名前を残したり、碑などもよく見かけるけれど、肝心の発祥地の平塚での扱いは小さいと、ガイドの方が嘆かれていました。今回のウオーキングのコースはまさにその起点ともいうべき場所で、近隣に住む者なのにあまりにも知らなかったので勉強になりました。

 

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出発してすぐの道の角に、高札場の道標と案内板がありました。そこから中原小学校へ入る道路があります。

その高札場向かいに御酢街道の名前のルーツにかかわる御酢のお宅があると伺いました。家康様が中原御殿にお住いの頃に、御酢を作っていてそれがとても気に入られ、それを江戸まで中原街道を使って運ばれ御酢街道と呼ばれるようになったということです。

 

 

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道の突き当りには中原小学校があり、ちょうどその場所に、道に面して石に刻まれた大きな碑があります。今まで足をとめたことはありませんでしたが、それによると現在の中原小学校の場所全体が、当時の中原御殿があった場所であるということです。

家康様が江戸から日帰りのできる場所に立てた御殿で、周囲に堀をめぐらし周りは小さな城下町のようになっていたということです。

 

 

 

imageそのころの、様子が描かれた絵が小学校横の消防団のシャッターに大きく書かれていました。一面林の中に、御殿とお宮があり、遠くには富士山が書かれていました。

この御殿を造営した方の子孫の方のお宅が、その近くに洋風にファンタスティックに建っていて、そのコントラストも楽しかったです。

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imageここから、化粧坂一里塚まではその後に付け加えられたもののようですが、ここからは直線的にではなくジグザグと進んで行き、最初の立ち寄り場所は大久保公園。この公園は、以前のウオーキングでも平塚で最初にできた公園で当時はこの辺りは新興住宅街だったと聞いたことがあります。横にある諏訪部神社は、水天宮を祭っていました。

私の記憶では、この大久保公園の象の滑り台は、以前空から街を眺める番組で雲じいが見つけ紹介してくれた滑り台です。

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ヘルシーロードを横切り、農業高校を過ぎ、八雲神社、商業高校を見ながら進み行くと、商業高校入り口横に成器塾跡の碑がありました。宮崎拡堂が1850年頃に開いた漢学の塾で、この辺りでは最も早くできた中等教育施設だそうです。ここ平塚は当時は教育先進地域だったということです。

 

 

次に足を止めたのは、大きなタブの木。樹齢200年以上で保全樹木になっている木で、「五霊社跡」の碑がその前にありました。また、道、建物をへだてて西側にもう1本、タブの木があり、そちらもおまけ的に見ました。行き止まりの奥に、向こう向きに鳥居があり、手前にその木がありました。対であることから入り口にあった2本の木だったのではと想像が膨らむようでした。

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imageその後、国道1号合流地点で大磯と平塚を区切る標識のある辺りで、京方見附跡を遠目に眺め、大磯方面に向いました。その橋を徒歩で渡るのは初めてで、前方には広重の絵にある高麗山が絵と同じかたちで丸く大きく見えました。

対岸に渡ったところで、左前方にある善福寺の説明を受けましたが、このお寺の中に横穴の遺跡があるということだけが印象に残りました。

 

 

化粧坂へと進む途中に、高来神社に立ち寄り説明を聞きました。歴史で神仏混交という語句は知っていましたが、ここはまさにその聖地だったようで、鳥居をくぐった向こうには寺社のようなものがありました。今は多分その中に社殿のようなものがあるのでしょうか。昔は高麗寺だったようで、明治初年に高麗神社に、その後明治30年に高来神社となったようです。読み方は(たかくじんじゃ)です。

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化粧坂一里塚手前に、虎女の化粧井戸跡がありました。曽我物語に出てくる、その方がここで水をくみ化粧に使ったので化粧坂という地名ができたそうですが、今そこに井戸はありませんでした。

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image一里塚の終点地点には、案内板が建てられていました。この一里塚は中原街道の一里塚であると同時に、東海道の一里塚でもあるそうで、ここを分岐点として中原街道が始まっているということです。

 

 

今回のウオーキングで、私の中で断片的にあった情報がつながったことが多くありました。説明してくださるガイドの方は、自分の足で歩いてまとめた資料なども駆使して説明してくださり、熱意が伝わりました。大感謝です。

 

 

 

 

品川駅周辺散策

先日の土日は、安定した秋晴れの日となりました。

せっかくだから、どこか紅葉のきれいなところへ出かけたいねということになりましたが、今の時点で紅葉を見ようと思えば、標高の高いところや北の方に行かなければまだ見られません。この近辺が色づくのはあと1ヵ月待たなければなりません。コスモスなら、まだ見頃の場所は何カ所かありましたが、その気分ではなかったみたいです。それで、行先候補に挙がったのが、久しぶりの東京散策です。

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品川駅の近くの東京食肉卸売市場でフェアーがやっているということだったので、それを見るということにして出かけることになりました。私としては、肉?という気分でもありましたが、いい天気の日にお出かけするのには賛成でしたので。

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川崎駅でようやく座れ、品川駅をリサーチしました。食肉市場は確かに駅の南側すぐのところです。そして、その辺りのビル群と緑地帯は、数年前東海道ウオーキング、品川宿のときに1回通ったことのある場所でした。催物会場到着は11時を過ぎていたので、もう人がいっぱい集まっていて、試食ブースは長蛇の列、終了のものもありました。肉の販売コーナーも買い物の人でごった返していましたが一回りして雰囲気だけ味わって、出てきました。

image駅に戻る途中で、フリーマーケットの案内があったので、その方向へ。ビル群の中にたくさんのマーケットが広がっていました。じっくり見たらいいものもありそうでしたが、通り過ぎるだけにしました。

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この頃になると、私たちの興味はこのビル群に移っていました。折角だから上の方で展望できるビルはないかと。ビルの2階に上がるとそこには、駅から続く大きな道が広がっていて、その通路を通って、各ビルへと移動できるようになっていました。最上階には展望フロアーは特に無いようでしたが、案内をみていると、何んとファミリーレストランが何軒か入っているのに気づきました。こんな場所に似合わないと思いながらも、では入ってみようかということになり、その中の1軒へ。

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通路から一番奥のその店は、通常店舗の雰囲気とは変わって、ビル内レストランの落ち着きがあり、案内されたテーブルからは、品川駅と線路が見えて、なかなか落ち着ける場所でした。が、やはりファミレスだからでしょうか?ほぼ満席の上に、幼児子ども連れのファミリーのお客が半分以上占めていました。

imageimageその後は、品川駅に戻り、反対側も散策することに。こちら側は、品川プリンスホテルなどの昔からの場所ですが、陸橋を渡って、柘榴坂の方から上って行って一回りしました。途中木々が茂っている高輪森の公園に立ち寄ったりしながら、ぐるっと1周しました。駅前の道路から、ぐんと上がる地形は、そういえば以前のウオーキングの時、品川駅辺りは海が迫っていたとか言ってたのを思い出しました。

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以前海だった?港南側は今はビルが立ち並び大勢の人が住む町になっています。品川駅は新幹線停車駅でもあり、将来的にはリニア新幹線の駅にもなるのだから、これからますます栄えて行く地域なんでしょうね。歴史を感じさせる高輪側、未来型都会を感じさせる港南側と2つを味わって、偶には都会に来るのもいいものと思いつつ帰路に着きました。