2018桜あちこち

 

今年は桜が満開になってから、晴れて暖かい日が長く続くおかげで、桜を長く楽しめています。

先週末は神奈川の桜、あちこちを堪能しました。

まず、地元の穴場スポットでしょうか?パークゴルフ場隣りに、絶好の花見エリアがありました。下を見下ろすと、バス路線があるものの普段はあまり来ない場所。遠くに来た気分になりました。

次は、隣の秦野市の桜並木が5kmに渡り続く道路。新聞にも出ていましたが、花で埋め尽くされた桜並木が車で走っても長く感じられました。

そして、この日の目的地の桜は、山北町の桜。ちょうどこの日は、山北桜祭りの日でした。JR御殿場線御殿場駅、山北鉄道公園を中心ににぎやかに開催されていました。こちらも、新聞で紹介されるなどある程度有名な桜スポットですが、今回初めて行くことができました。

 

久しぶりで出かけた花菜ガーデン。はなももも同時に咲いて春爛漫です。

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ブリューゲル展

IMG_7625東京の桜が満開になった先日、上野の東京都美術館で開催している、ブリューゲル展に出かけました。

久しぶりの東京のお出かけ。上野東京ラインで上野まで行くのも初めてのことで、東京の次に上野駅というのは便利と実感しました。お昼ごろの上野駅は人、人、人。桜の季節、美術館の展示、パンダと様々なものがあるから仕方ありません。

目的の東京都美術館は奥の方、動物園の隣辺りにあります。

ブリューゲルと言って私が思い出すのは、「雪中の狩人」という作品でしたが、今回展覧会を見て16、17世紀辺りの西洋美術の世界が、一気に頭に入り、魅了されました。夫が二人分のチケットを持っていたことで、たまたま出かけ下調べも無かったわけですが、このブリューゲル展は、ブリューゲル一族150年の系譜を見せるもので、4世代にわたり続く画家一族の物語が、絵とともに紹介されていました。

IMG_7617初代の絵がどのように受け継がれ、変化して行ったかは大変興味深いものでした。

初代ピーテル・ブリューゲル1世は、自分の師匠の娘と結婚し、その長男はピーテル2世、次男はヤン1世、そしてヤン1世の子どものヤン2世、この4人が主な人で、その周辺の子ども、孫ひ孫合わせて9人の作品が展示されていました。

ピーテル2世は印刷技術のない時代に、父の絵の模写を大量に行って画風を広めた人、ヤン1世は花の絵などを描き「花のブリューゲル」と呼ばれ、その子どもたちもそうした環境の中で、様々な作品を残しています。宗教画、自然の風景、花の絵、農民の暮らしの風景などに分けられます。

代表作品のバベルの塔、雪中の狩人は今回見られませんでしたが、雰囲気の違うバベルの塔、雪中の狩人風の作品はありました。

IMG_7633背景部分と手前とを別の人が書いた合作というのも興味深く、その作品と「鳥罠」という作品の絵ハガキを記念に購入しました。

 

ブリューゲルは、今のベルギーに当たる、当時のネーデルランドの南の方、フランドル地方の画家ということですが、150年にわたって活躍した一族の画風は、ほかの画家にも影響を与えたようです。遅めの昼食をとったあと、もう1つの目的である、西洋美術館の常設展示を見て思ったことです。

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建物が世界遺産となった西洋美術館、今はプラド展が企画展示としてやっていますが、もしこちらに来たとしたら常設展示はおまけ的な気分だったかもしれませんが、ここの常設展示の広いこと。西洋美術の数々が展示されていて、圧倒されました。ブリューゲルで西洋美術の造詣がちょっと深まったところで見たので、興味深く堪能できましたが、短時間ではなかなか消化できない内容でした。

ちなみに第4土曜日は常設展示は無料ということで、今回入りました。

 

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傘で絵を描く人

 

 

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上野公園の桜は、数年前に見に来たことがあり、今回は特に回りませんでしたが、実はこの時、満開とは知りませんでした。8分咲きぐらいかと…。西洋美術館横の桜は確かに満開でしたが。

今年は桜が早いようで、近場の桜も満開。今週末でなく、来週末予定されている桜祭りはどうなることかと思うこの頃です。

もうすぐ春ですが…

おそろしく今年は花粉の飛散量が多いということなので、家の中にこもるイレギュラーな暮らしは却ってよかったなと思いながら、今過ごしています。

先月末に、足の裏の粉瘤というしこりのようなものの撤去手術をしました。当初1週間弱の入院をと大層なことを言われてたので、日帰りとなっても、大事をとって今のんびり生活となっています。

このほかにも1月の健康診断でひかかったものもあり、随時自分のケアをしなくてはならない身となってしまいましたが、同時に大阪の母のことも、第2、第3の展開を迎えました。

1月に母が退院した時には入院後のサポートに大阪出かけました。その時の母は病院での衰えに比らべ戻ってからはどうにか元の暮らしができそうで安堵しました。ヘルパーさんにお昼1時間毎日来てもらい食事は朝昼はパンなどの定型食、夜は宅配弁当の減塩のものなどにし、家事の軽減をはかりました。そして兄の勧めで以前から検討していた補聴器の調整にもとりかかりました。

しかし、兄の帰宅が少し遅くなったちょうどその時に、再びアクシデントで今度はベッドから立ち上がれないくらいになってしまったので、相談の結果ヘルパーを頼んでいるところの提携するサービス付き高齢者向け住宅に入居することになりました。

兄が北海道に帰る予定の数日前の出来事で、交代に私が大阪に行くことを予定していたこともあり、母のホームでの生活のスタートに寄り添うこととなりました。18㎡の居室にはレンタルのベッドと車いす以外は何もない状態で、最低限の寝具と衣類を入所時に持ち込んだだけでしたので、生活しやすい道具を1週間かけて揃えました。私1人では手持ちできるものにかぎられるので、ニトリと百均を巡り取り揃えました。

老人介護施設は色々あり、今までいくら聞いても違いがしっくり頭に入らなったのですが、今回母がお世話になることになり、急に理解が深まりました。家で一人になる時間に不安を感じていた母は定期的な見守りと食事のサービスや生活援助をしてもらえることに安心を感じたようでまずは気に入っていることが伺えました。

母は入所当初は、助けなしには起き上がれないくらいでしたが、ほどなく起き上がれるようになり、車いすを持って立ち上がれるようになり、それを押し車にして歩き、室内のトイレにも行けるようになったのには驚きでした。

働きの悪くなった頭の方も、先の入院中購入し当時はなかなか取れなかった携帯電話が、ボタンを押して耳に当てる操作ができるようになりました。おかげで、こちらに戻った今、また時間を決めて母と会話することができています。

このように、もうすぐ春ですが、自分の検査結果がまずまずならば、今月も中ばに大阪の母のところへ行く予定。今までとは違った春を迎えています。

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祖父母参加

孫の幼稚園の祖父母参加という行事に出かけました。

孫のYちゃんは、昨年の春に2年保育の幼稚園に入園し、毎日元気に登園しています。これまでに、親子参観の日にYちゃんの妹のNちゃんの子守りに行ったり、保育発表会を見に行ったりで、何回か幼稚園に行く機会はありました。

今回は、家から祖父母と園児で登園し、2時間ほど祖父母を交えたプログラムで過ごすという企画です。4人の祖父母のうち都合がつくのは私だけなので、是非参加したいと思い楽しみにしていました。

手をつないで、徒歩10分ほどの道を孫と行くのは、とてもデリシャスな時間でした。孫はもう5歳。どんどん成長していく活力がやはり眩しく、つなぐ手は温かく、話す言葉には小さな世界に生きる知性を感じました。

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園では、出席点呼までにすることのお約束が10項目ぐらいあり、それが出来たら座るらしく、3学期ということで皆さん難なくこなしていました。先生は3人。出席点呼で27人、3人が欠席で30人のクラスです…とさりげなく数字に親しませたり、時計の針にも意識を向けさせたり。

孫と遊ぶ時間、その後お茶をいただき、祖父母と孫の一組でみんなと交流の時間があり、太極拳の体操、孫たちの歌の披露、とどれも孫の成長を身近に感じることのできる企画でした。

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いい企画を用意してくださった園の方々に感謝です。

母の入院

2018年、年が明けて早半月が経ちました。

年末の27日に、大阪の母が急に入院することになりました。その日は同居中の兄が年末年始を自分の家族と過ごすために北海道に出発した日でした。

兄が戻るのは1月8日。その日まで母は、元の一人暮らしになるので、年末年始辺りを次女が、5日から8日までは、私が行く計画をしていました。途中何日か一人の時もあるけど、毎晩の電話もあるし、大丈夫と思っていました。

しかし、多分きっと、母は不安に思っていたのだと思います。

エレベーターで蹲り、立てなくなったところを、近所の人に助けられて、家まで連れて帰ってもらったけど、近所の人が心配して救急に連絡し、結果入院となったのです。

病院は立てなくなったくらいでは帰らされてしまうところですが、母の場合、まずインフルエンザ陽性と言われ、ほかにも悪い結果が出て入院になりました。入院は、兄と私のところに知らされることとなり、電話で逐一検査の結果が報告されました。心不全の兆候があり、起こりえる悪いことは色々あるように言われ、まさに青天の霹靂でした。

北海道の兄は急には戻れなく、私も翌日に飛んで行くわけにもいかない事情もありました。

それで三日後の30日の朝一番で出かけることにし、二日間でこちらのお正月準備と、向こうの準備あれこれをして出発しました。これが、始まりです。

これ以前とこの後では、母の何かが違ってきたように思えます。病院というところが、それを引き出したように思えますが、多分徐々に母の変化は起きていたのかもしれません。母も私も兄も、それを気付きながら、正常性バイアスが働いて、認めていなかっただけで。

重篤な病状のように言われ、インフルエンザのこともあり、集中治療室に近い個室に入っていた母は、意外と元気で、座る元気もありましたが、とにかく家に帰ると言って周りを困らせていました。私と話をするとかなり落ち着いて、それは言わなくなったのですが、次のポイントとして、もともと弱かった足が本当に動かなそうになっていたこと、母の聴力がかなり衰えていることに加えて、認知機能が下がっていることが心配でした。

IMG_7517家から、毎日つけている「主婦日記」、雑誌、ラジオ、またお絵かきノート、折り紙などを持って行くと、少し意欲は見せますが、以前との隔たりを感じました。

話ができるように、携帯電話を新たに契約して持っていきましたが、簡単な操作がしっかり身につかないし、指の力も足りない状況。

年末には次女も予定通り来て、2日に私も一緒に帰る予定にしていた私は、事態を理解していなかったようです。この日を敏感に察した母の心に大きな乱れがあり、私は帰るのを思いとどまりました。その後は、8日に兄に引き継ぐまで、母を見守るつもりで。

帰らないでよかったと本当に思いました。病院でじっくり付き添わなければわからないことは沢山ありましたし、実家の住まいの方もより整えることができたからです。(母は病室で89歳の誕生日を迎えました)

予定通り、兄に引き継ぐことができ、9日に関東の我が家に戻りました。関西と関東は、静岡構造線辺りで、本当に変わると思います。冬の関東は澄みきった冬晴れの中、凛とそびえる富士山が眩しいところです。自分の街の駅で降りて家路に着く道中がすべてお話のようにすてきだなと思いながら帰りました。

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毎晩かけていた母との電話は、今は兄と、母の様子を話すようになりました。

母の退院のスタイルを、今模索中です。その時にはまた母の娘が参上して、役に立ちたいと考えています。

紅葉と美術館

 

忙しい秋も終盤となり、勤労感謝の日から後4日間はいいお天気に恵まれました。富士山もくっきりと荘厳な姿が数日眺められました。

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そこで、今年の秋の締めくくりに、また二つのお出かけをしました。まず1つ目は、横浜そごうの美術館で12月3日まで開催の、平山郁夫のシルクロードコレクション展。その翌日、2つ目は都会を離れ、河口湖の紅葉を見に出かけました。

IMG_7451そごう6階にある美術館に入るのは初めてです。平山郁夫に関しては、何となく知っていたぐらいではっきりと認識したのは今回がはじめて。シルクロードの絵に関しては広く知られており、今回の展示はそれらの集大成のような感じで、その生涯と作品の生まれる背景がよくわかり、歴史解説も含めじっくり鑑賞することができました。

シルクロードを旅されたのは1970年代ということで、ご夫婦で回られたようです。砂漠の中の滅亡した王国、昔栄えたことがしのばれる遺品などから、遠い昔の人々ざわめきが聞こえて来たでしょうか?メソポタミア文明、インダス文明、イスラム諸国の国々。これらに関して、関心の低い私にとっては、どこまでも現実味の薄い物語の世界でしかなかったのが申し訳なかったですが、かなり迫力のある素晴らしい展示であったと思いました。

平山郁夫さんは文化財の保護にも私財を投じて行ってらしたそうで、こんな平山さんによって、破壊される前のバーミアンの仏像がリアルに描かれていたのは意味があることだと思いました。

他、薬師寺玄奘三蔵院の平山郁夫による壁画図の大きな下絵の展示もインパクトがありました。平山郁夫のおいたちでは、広島の原爆投下の時に旧制中学3年生で市内で被爆したというのにもそこから生還した人の人生として尊敬するものを感じました。

出身は広島近くの瀬戸内海の島で、しまなみ海道のルートにあたるせとだというところに平山郁夫美術館があるそうです。また八ヶ岳山麓にも、平山郁夫シルクロード美術館があるということでした。

翌日の河口湖の紅葉は、河口湖大橋を渡った向こう側まで行きました。

撮影場所は、紅葉のトンネル。

 

 

紅葉の回廊。

その後、外周を回る帰路の途中、湖岸沿いの一方通行の道に、車を止めて登れる丘があったので登ってみました。

赤い紅葉、淡い紅葉、薄黄色の黄葉、それぞれが彩なす自然の芸術を堪能してきました。

ざる菊観賞

変わりやすいお天気ですが、ちょうどいい具合に、明るい日が差す朝、ざる菊を見に行こうと誘われました。

近場という以外、行先はよくわからないまま、まず市内の西方里山地区の一角へ。きれいに栽培されたざる菊の花壇がありました。

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IMG_7368ざる菊と言うのは、今回初めて認識しました。ざると菊を両方思い浮かべた通りの外観。色はとりどりで、沢山並ぶと中々見事です。

剪定して仕上げるのではなく、1本の株からこのようにきれいな形に花をつけるということでした。

 

 

今ざる菊は、あちこちで見頃ということなので、もう一か所、南足柄市の矢倉沢地区に向かいました。公民館に車を止め、周辺を一回りしました。この前の日曜日にはざる菊のある場所を巡るスタンプラリーも行われていたということです。

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公園近くや個人宅に見事に咲いていました。

ざる菊、以前からこのように栽培されていたものか?少なくとも昨年は、やっていたようですが・・・? 秋を彩る、新たな新星です。

2つのお出かけ

11月も半ばとなり、この辺りから年末にかけては、つるべ落としの秋の日にも似てあれよあれよと過ぎて行きます。また、寒くなったかと思えばコートが暑苦しくなる日が続いたりと定まらない日々の中にも、あちこちで紅葉が深まっているようです。

前記事の終わりに記した、神奈川フィルの演奏には運よく今年も行くことが出来ました。文化の日に行われる神奈川文化賞・スポーツ賞の授賞式&お祝い演奏に今年も応募して招待券が送られて来たので行ってきました。(夫企画のお相伴で)

IMG_7349この授賞式は、昨年までは山下公園近くの県民ホールで行われていましたが、今年は山の手の県立音楽堂で行われました。今年再びの音楽堂行きです。

夫がもう1つ文化の日の立ち寄りメニューを見つけてくれて、この日は早めに家を出て、横浜駅高島屋方向にあるお菓子の専門学校の文化祭を覗いてきました。近代的なビルの学校で、販売の部は人が山のように押しかけていたので、2,3階の展示のところを見るだけでしたが、知らないお菓子の世界を見せてもらえ、極める道は様々にあることを改めて思いました。

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ここから音楽堂までは、夫の素晴らしい方向感覚で無駄なく横浜駅をスルーして向こう側に行き前回通った道へ合流して向かいました。と、しばらくして夫がここから一本奥の道からでも行けると新たな道を歩くことになり、その道は前の根岸線に沿った道路よりは少し高めの平行に続く道で車通りも静かでしたので正解でした。しかしその後途中から上って行った小山は、そこは見当違いでやや迷子になりかけましたが、私のスマホナビで確認したら、目的地すぐ下の道路のいつもの反対側に来ていることがわかり、ほどなく到着できました。

IMG_7352今年の授賞式も魅力的でした。恒例の1人1人の受賞者インタビュー、3人目は樹木希林さん。著名人の場合、ビデオメッセージのことも多い中、テレビで見るのと変わらないトークを聞かせてくれて楽しめました。ただ、今回は10月の音楽堂の時とは反対に一番後ろの席でしたので細かい表情が見えなくて残念でした。他の方のトークも、審査員代表の挨拶も、どれも気持ちがこもっていて今年も満足しました。

神奈川フィルの演奏、今年はテノールとソプラノ歌手お二人が加わり、内容豊かに見せてもらえました。テノール歌手の男性の司会トーク、温かい催しに感動したという言葉に共感しました。

 

IMG_7354さて、11日の昨日は、10年ぶりかの同窓会に出かけてきました。高校同期関東組の同窓会で、お昼に開催してくれるということで、出席することが出来ました。大阪の高校だけれど首都圏には割とたくさん住みついているので、その点心強く思います。関東在住約120人中今回は、京都と富山からの参加もあり22人くらい集まりました。うち女子は7人の参加でした。退職後田町駅近くでワインバーをやっている方が昼間の貸し切り会場を提供してくれて、実現しました。

IMG_7353堅苦しい挨拶もなく、ケータリングで用意してくれた立食の食事をいただきながら自由に歓談し最後に写真撮影して17時ごろ終了となりました。

23人中、ある程度知っている人は6人だけでしたが、そうなればそうで、高校時代のピンポイントで記憶を呼び起こし、また共通の有名人(先生、旧友)のこと、今住んでいる所のことなど、知らなかった人とも非日常的な会話が出来たのは楽しかったです。

年月を経て知り得るもう1つの物語が、いくつか聞くことが出来て、充実の3時間でした。

 

 

 

2つのコンサート

9月の終わりに、ミューザ川崎のコンサートに行ったのを皮切りに、10月に入りまた2回コンサートに出かける機会がありました。

IMG_72921つは、10月5日東京のサントリーホールでのハーモニーコンサート。これはAOKIグループの主催するコンサートで、チケット応募に当選した2,000人のみ参加できるというもの。夜のコンサートで18時開場、19時開演。招待はがきには、気になる一筆「当日は、女性はワンピース、スーツ、男性はジャケット、スーツなどでお越しくださり、優雅な気持ちでご鑑賞ください…」のような断り書きがありました。

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まあ、東京へ行くのだし夜だしと思って、夫婦ともども普段には着ないお出かけスタイルでくりだしましたが、確かに優雅な気分で聞くことが出来ました。そして、何より演奏がかなり素晴らしかった!ピアノ協奏曲のピアニストの方の大胆で豪快なタッチ、新日本フィルハーモニー管弦楽団の力強く狂いのない演奏ともどもすっかり魅了されて聞きました。コンサートで睡魔に襲われなかった稀有な体験でした。

演奏終了後は、脱兎のごとく丸ノ内線の最寄り駅目指して、夜の赤坂と長い地下道を20分歩き通して帰ったのも中々非日常的で、町暮らしの本能が目覚めて来る感があり楽しかったです。

その三日後、今度は横浜の県立音楽堂でのトップコンサートに出かけました。これは昨年も行って今回2回目です。これも神奈川新聞からの応募での招待券で行きました。桜木町の山の手にある音楽堂で、前回はJR桜木町を降りて、急坂を登っていきましたが、今回は横浜駅から根岸線沿いに歩き途中なだらかに上って、以前とは反対方向から音楽堂へ向かいました。何時もよく歩くみなとみらいの高層ビルが線路の向こうに見え、昔からの街並みを新鮮な気分でながめ、新たな発見をしながら歩きました。

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コンサートは、3人の音楽コンクール上位入賞者と神奈川フィルハーモニー管弦楽団との共演で、それぞれ聞きごたえがありました。今回は正面の割と前の方で鑑賞したので、表情なども見え、それぞれの楽器の音などにも関心がわいてきました。だんだんクラシックへの目が開かれてきたかしら?日常の暮らしの中でも、時々演奏曲が頭の中で回ってたり・・・・

以上今年の秋は、音楽と縁が深そうな予感です!運が良ければ、もう1回この音楽堂で、神奈川フィルの演奏が聞けるかもしれません。

 

働きの秋、芸術の秋へ

今日で9月が終わります。9月は、忙しく過ぎました。その要因の1つが母の住む大阪に2回往復したことにあります。単身同居する兄が、長期家を空けるということで、そのうちの半分を訪ねました。

 

北朝鮮の脅威とスロー台風が日本列島を脅かす中、1回目は13日から17日に。この時は、母と私の暮らしで、日常生活とおしゃべりなども以前に戻り楽しい時間でした。ただ戻らないのが、衰えてしまった母の脚。朝の元気なうちに徒歩15分くらいの駅の向こうのショッピングセンターに行くことを計画し、本屋と靴屋でショッピング。喫茶店で昼食。ニトリとダイソーでも買い物をして帰りましたが、帰り道は母の脚の限界だったのが現実を見せられる思いでした。

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この滞在での私の功績は洗面所横の棚の取り換えです。3段のプラスチック棚に色々なものが混在してわかりにくく、下の方は母がすでにかがめないので出すこともできない状態。そこで、新しく置き換えたのが、百均の組み立て収納。かごを2つ加えて、費用は1,400円というのがなかなかの自慢です。

 

 

 

戻って、数日を過ごして再びの大阪には、お彼岸参りのためで22日から24日と過密スケジュール。カナダから戻った兄と3人で和歌山へ。2人の付き添いが丁度なくらいの、母の和歌山行でした。父のお墓参りと母の実家にも行って来られ3人ともども達成感に包まれました。

 

体力のない私は、てきめんに9月後半は疲労風邪?状態に。しかしそれも、ようやく回復して、9月の最後の日の今日は、夫の誘いで、川崎方面に出かけました。午後からのミューザ川崎でのコンサートが目的でしたが、その前に川崎大師を見学することに。真言宗の大きなお寺であることを、今回はじめて認識しました。890年祭のような旗も出ていましたが、割と空いていて道中もシャッターの店が所々見られ、少子高齢化の影響はこんな大きなお寺の町にも?などと思ってしまいました。

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IMG_7277お昼は京急川崎駅ビルの3階。京急電車がの発着がよく見える場所でいただきました。

 

 

目的のコンサートホールは、震災の前に1度来たことがあり、震災では天井からの落下物の被害があったようですが、今日はそれも昔のこととなり、音響の素晴らしい場所で、フレッシュな演奏を楽しむことが出来ました。

 

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明日から10月、外界は選挙の風が吹く中、いよいよ秋が深まっていく気配です。