おそろしく今年は花粉の飛散量が多いということなので、家の中にこもるイレギュラーな暮らしは却ってよかったなと思いながら、今過ごしています。
先月末に、足の裏の粉瘤というしこりのようなものの撤去手術をしました。当初1週間弱の入院をと大層なことを言われてたので、日帰りとなっても、大事をとって今のんびり生活となっています。
このほかにも1月の健康診断でひかかったものもあり、随時自分のケアをしなくてはならない身となってしまいましたが、同時に大阪の母のことも、第2、第3の展開を迎えました。
1月に母が退院した時には入院後のサポートに大阪出かけました。その時の母は病院での衰えに比らべ戻ってからはどうにか元の暮らしができそうで安堵しました。ヘルパーさんにお昼1時間毎日来てもらい食事は朝昼はパンなどの定型食、夜は宅配弁当の減塩のものなどにし、家事の軽減をはかりました。そして兄の勧めで以前から検討していた補聴器の調整にもとりかかりました。
しかし、兄の帰宅が少し遅くなったちょうどその時に、再びアクシデントで今度はベッドから立ち上がれないくらいになってしまったので、相談の結果ヘルパーを頼んでいるところの提携するサービス付き高齢者向け住宅に入居することになりました。
兄が北海道に帰る予定の数日前の出来事で、交代に私が大阪に行くことを予定していたこともあり、母のホームでの生活のスタートに寄り添うこととなりました。18㎡の居室にはレンタルのベッドと車いす以外は何もない状態で、最低限の寝具と衣類を入所時に持ち込んだだけでしたので、生活しやすい道具を1週間かけて揃えました。私1人では手持ちできるものにかぎられるので、ニトリと百均を巡り取り揃えました。
老人介護施設は色々あり、今までいくら聞いても違いがしっくり頭に入らなったのですが、今回母がお世話になることになり、急に理解が深まりました。家で一人になる時間に不安を感じていた母は定期的な見守りと食事のサービスや生活援助をしてもらえることに安心を感じたようでまずは気に入っていることが伺えました。
母は入所当初は、助けなしには起き上がれないくらいでしたが、ほどなく起き上がれるようになり、車いすを持って立ち上がれるようになり、それを押し車にして歩き、室内のトイレにも行けるようになったのには驚きでした。
働きの悪くなった頭の方も、先の入院中購入し当時はなかなか取れなかった携帯電話が、ボタンを押して耳に当てる操作ができるようになりました。おかげで、こちらに戻った今、また時間を決めて母と会話することができています。
このように、もうすぐ春ですが、自分の検査結果がまずまずならば、今月も中ばに大阪の母のところへ行く予定。今までとは違った春を迎えています。



家から、毎日つけている「主婦日記」、雑誌、ラジオ、またお絵かきノート、折り紙などを持って行くと、少し意欲は見せますが、以前との隔たりを感じました。

そごう6階にある美術館に入るのは初めてです。平山郁夫に関しては、何となく知っていたぐらいではっきりと認識したのは今回がはじめて。シルクロードの絵に関しては広く知られており、今回の展示はそれらの集大成のような感じで、その生涯と作品の生まれる背景がよくわかり、歴史解説も含めじっくり鑑賞することができました。

ざる菊と言うのは、今回初めて認識しました。ざると菊を両方思い浮かべた通りの外観。色はとりどりで、沢山並ぶと中々見事です。
この授賞式は、昨年までは山下公園近くの県民ホールで行われていましたが、今年は山の手の県立音楽堂で行われました。今年再びの音楽堂行きです。
今年の授賞式も魅力的でした。恒例の1人1人の受賞者インタビュー、3人目は樹木希林さん。著名人の場合、ビデオメッセージのことも多い中、テレビで見るのと変わらないトークを聞かせてくれて楽しめました。ただ、今回は10月の音楽堂の時とは反対に一番後ろの席でしたので細かい表情が見えなくて残念でした。他の方のトークも、審査員代表の挨拶も、どれも気持ちがこもっていて今年も満足しました。
さて、11日の昨日は、10年ぶりかの同窓会に出かけてきました。高校同期関東組の同窓会で、お昼に開催してくれるということで、出席することが出来ました。大阪の高校だけれど首都圏には割とたくさん住みついているので、その点心強く思います。関東在住約120人中今回は、京都と富山からの参加もあり22人くらい集まりました。うち女子は7人の参加でした。退職後田町駅近くでワインバーをやっている方が昼間の貸し切り会場を提供してくれて、実現しました。
堅苦しい挨拶もなく、ケータリングで用意してくれた立食の食事をいただきながら自由に歓談し最後に写真撮影して17時ごろ終了となりました。
1つは、10月5日東京のサントリーホールでのハーモニーコンサート。これはAOKIグループの主催するコンサートで、チケット応募に当選した2,000人のみ参加できるというもの。夜のコンサートで18時開場、19時開演。招待はがきには、気になる一筆「当日は、女性はワンピース、スーツ、男性はジャケット、スーツなどでお越しくださり、優雅な気持ちでご鑑賞ください…」のような断り書きがありました。



お昼は京急川崎駅ビルの3階。京急電車がの発着がよく見える場所でいただきました。

このギャラリーでは、藤子・F・不二雄さんが漫画家になるまでのおいたちや、作品の原点となる出会いなどが紹介されています。東京へ行って漫画家になるという決意を話したときにおかあさんは「そうけ」と言ったというエピソード、ドラえもんに登場する人物は周りにいる人を特徴的に描いたもので、ぼくはのび太でしたという記述などに和みました。
現地へ向かうのと比例して空が暗くなり、雨雲が押し寄せ、雷も轟くようになって、今雷雨が襲ってきたらどこに避難しようかと考えつつ向かいました。乗り物はダメでもスタバだけは見て行こうと思いながら。環水公園に着いたら、対岸の小高いところにスタバがあるのが見えました。確かに日暮れてライトアップされると美しいことでしょう。とにかくそこまでと思いアーチを渡って行き、ちょうど店内に入るや否や、猛烈な雷雨が襲ってきたときには、よかった!と大きく安堵。この雨運の強さ?がこの旅の間中私たちにあったのはかなり幸いでした。
ということで、それはまたの機会と諦めて、富山駅に戻り、地下道から南へ出て、今度は南方向に徒歩10分の富山城址公園へ向かいました。そこには、富山市郷土資料館が富山城天守閣の中にありました。このお城は、昭和29年の富山産業大博覧会の際に、恒久の建物として建造されたそうです。堀や石垣は昔のものだそうですが、富山城の中世から現代まで400年の移り変わりを知ることができました。
標高の高い涼しい森の中にあり、14時ちょっと前に到着。ぎりぎり間に合ったランチの薬膳料理をいただきました。その後、本来なら予約のいる工場見学、最終14時半のコースに、運よくその場で申し込め、80分間じっくり養命酒ができるまでを見せていただきました。最後には試飲やお土産もありラッキーでした。養命酒はみりんを原酒としてそれに14種類の生薬を抽出させて出来上がるそうです。一日にたくさんの養命酒が出来上がり、世界へと送り出されるということでした。





その後、中央高速で松本まで行くいつものコースで、安房トンネルから平湯、神通川上流の道沿いを行き、明るいうちに目的地に着きました。