月別アーカイブ: 2010年8月

小樽~運河のホテル

         
 
姪の結婚式を終え、JRタワー日航ホテルで一泊した翌日は、
兄の計らいで、小樽観光をしました。
 
チェックアウトの12時にロビー前に集合して、カナディアンご一行様が用意したバスに便乗させていただいて、小樽に向かいました。
札幌駅周辺は、以前来たことがあったので、昼までの時間はゆっくり過ごしましたが、生憎の雨で、時計台を見に行こうとした娘たちも足止めをされてしまいました。
 
雨は、降ったりやんだり、午後も曇天の中の移動です。
小樽までは、高速道路を通ると、小1時間で、運河のホテルふる川に到着しました。兄やカナディアンご一行様は、高台にある純和風ホテルに行くので、
ここで、私たち家族&母は、別れました。
 
ホテルふる川も、ロビーなどは、京風な感じで、ほっとする趣です。
 
             
 
 
     
       入り口付近                               フロント
 
 
荷物を預けて、チェックインの3時までは、周辺の散策に出かけましたが、ここも生憎の雨で、傘をさしながら、とにかくどこかのお店を目指しました。
スイーツのお店に立ち寄ったあとは、ガラス細工のお店を見て回りました。
 
      
 
天気が良ければ、あちこち行きたいところですが、ほどほどにしてあとは、ホテルからの風景を楽しみました。
 
夕食前、少し雨が上がった時に、すばやく運河周辺をひとまわりしました。
 
その後6時からの夕食は、とても、デラックスだったので、ゆっくり堪能するまで食べると、もう9時近くになってしまいましたので、あとはゆっくり温泉です。
翌日の出発は、帰りの飛行機の都合で、7時半と早いので、なかなか小樽をじっくり堪能できなかったのが、残念でしたが、短い時間に小樽の風景を印象付けられたのは、眺望のいい運河のホテルのおかげかもしれません。また、このホテルの朝食バイキングもとても充実していて感激しましたが、ゆっくり楽しむ間もなくの出発が悔やまれました。
 
                  
 
小樽を出発した後、新千歳までは、少しハラハラしました。昨夜からの豪雨で電車が遅れていたからです。早めに出発していたので、ちょうど良い時間に空港に着けて事なきを得ましたが。
新千歳から、私と母は大阪国際空港(伊丹)を目指し、他の私の家族は羽田行きにと別れました。
 
家族旅行は、子どもが大人になってしまうと、なかなかそれぞれの都合があるので、日程を合わせることができず、適いませんが、このような機会を利用して、少しだけでしたが想い出に残る時を持てたことが良かったと思います。
 
 
 

姪の結婚式

1年前から、予定に入れていた姪の結婚式に無事出席し、戻ってきました。
 
結婚式出席は、自分の結婚式の頃に友人の結婚式などに出席して以来、何十年ぶりかのことでしたので、そのことだけでも、さて服装は・・・から始まり、考えることが多くありました。
昔と違って、兄弟が少ないこともあり、今回は家族全員で出席、場所は関東から離れた、北海道でしたので、結婚式&家族旅行のようなところもあり、飛行機や交通機関のスケジュールを立て、全員が健康で行って来られるようにと神経をすり減らしていたところもあり、無事終えられたことへの達成感と開放感を感じています。
 
中でも、一番神経をすり減らしていたのは、母でしょう。81歳、大阪で一人暮らしをしていますが、結婚式当日、新千歳空港で、私たち家族と待ち合わせをして、行動を共にしました。
このために、母は、当日健康で、迷わず、遅れずに行けるのかと必要以上に心配して、1週間前からは食事制限をするぐらいの気の使いようだったのです。
かくいう私も、出発4日前まで、発熱の風邪で、家族に心配されていましたが。
 
宿泊のホテルで着替えをしたあと、兄と合流してお相手のお父様に紹介していただくあたりからは、気分は一気にハイモードです。
というのも、相手はカナダ人。結局、笑顔だけで、一言も発せずに終わりました。
 
神社での挙式のためのバス移動など、そこからはカナダディアンご一行様と一緒で、国際的な雰囲気の中に時間が過ぎて行きました。
 
     
 
結婚披露パーティーは、また場所移動をして、フランス料理の式場と聞いていましたが、お料理がフランス料理である他は、すべて和のイメージ。
日本の伝統文化を見せる工夫が凝らされていました。
 
       
 
司会、スピーチ共、カナダの父以外は、すべて英語と日本語で2回話すところが、国際的な雰囲気を増していました。
時間も取るからでしょう、スピーチは両家の父と、来客2人、新郎、新婦 の6人でしたが、沢山の話を聞いた気分になりました。
 
           それぞれに、心に残りましたが、新郎の「何故、人は結婚するのかを考えました。そして、それは、人がこの世に生きている時間は長くないから、短い時間をより楽しくなるように結婚という形を考えたのだと思う」の言葉には、若く、真面目な、一途さを感じ、姪の前途が幸せなものであることを予感させられました。
 
                                        
 兄の家族は、姪が幼少の頃と中学生の頃に海外に住んでいたことと、兄嫁が英語教室をしていたこともあって、姪の語学力が磨かれたことが今回の縁につながったようです。
 
英語は今や,話せて当たり前とも言われる時代ですが、島国日本では、日本にいる限り、英語を話さなくても不自由しないし、話す機会もないことが、日本人が英語を話せない一番の原因であることを改めて思いました。
 
自由な場面で、あちらの叔母に当たる人が話しかけてきて、ほとんど単語だけの会話をしましたが、もしこのような人が身近にいつもいるのなら、古い知識を絞り出して少しは話せるようになるだろうと思いました。
この人は、日本語のガイドブックを手に、なかなか積極的で、面白い人でした。
 
カナダご一行様には、どのように日本が見えたでしょうか?国によって、違う言語を話すことが今さらながら不思議に思いました。
 
二つの言葉を自由に話せる人は、そんなに沢山いるわけではありません。そのような、機会と才能に恵まれたこのカップルは、きっと二つの国を結ぶ架け橋になってくれることでしょう。
そんな、思いにさせられた、非日常的で、グローバル気分の1日でした。
 
 

夏休み、前半の日々

8月も半ばを過ぎました。
 
今年の夏の特記事項は、何と言っても猛暑でしょう。
夏休みということもあり、余計な外出は控え、まとめ買いしたあとは、家にあるもので工夫して何日か過ごすようなパターンで最近は過ごしています。
 
 

           

 
毎年の月命日のお墓参りに、今年も行って来ました。
7日から10日の日程で、まず実家の大阪へ。そこから、さらにお墓のある両親の実家の和歌山へと出かけました。
去年7回忌が終わり、時間の経過を実感するお墓参りでした。和歌山の田舎では、父の兄弟の長兄は他界していますが、次兄や母の兄弟は、皆90前後で健在です。父は亡くなる時80歳まで生きられたことをある意味満足していたけれど、やはり兄弟の中では早死にだったねえ・・と、母と話しました。
 
しかし、時はどんどん移り行きます。父の実家は、すでに私の従兄夫婦2人の暮らしです。3人の娘さんは皆嫁いで、応接間には、お孫さんの成長の写真が飾られていました。
母の実家は、母の兄夫婦が健在で、その子ども夫婦の2人の娘さんも結婚し、ひ孫が3人賑やかによく訪れているようです。
 
3年ぶりに、両家に立ち寄りゆっくり話をして、大阪に戻りました。
 
                
                 
 
大阪では、短い滞在時間ですが、普段は母1人の暮らしなので、この機会に何かと思って過ごしますが、その半分は私が休養しているような感じになってしまうことも否めません。
今回は、あまり外出せず、食事を作ってあげたり、普段できないところの掃除をしてあげたりしたいと思っていましたが、
話しているうちに、結局、その翌日は、午前に天王寺のアポロシネマで「借り暮らしのアリエッティ」の映画を見て、すぐ下の階の本屋の中の喫茶で昼食、近鉄百貨店の地下で買い物をして帰宅。
午後は、私が近場で食材を買って、夕食を作りました。翌日の午後には、早や、関東に帰るので、午前中に掃除と洗濯をしました。その時間を利用して、母は、銀行と郵便局の用をすませました。
 
相変わらず、元気で丈夫な母という印象でしたが、それでも、滞在中、足がしびれてふらつくのが、年々ひどくなると言い続けていました。といいながら、あちこち出かけることはでき、どちらかといえば、動いていた方がまだ調子がいいそうなのです。年をとると、それぞれに体調管理は欠かせないと改めて感じました。
自分の体の癖や、特徴は、自分にしかわからないところがあるから、色んな意見を参考に、自分が判断を下すしかないと思います。
”自分の主治医は自分”を肝に銘じておきたいと思います。
 
情けないのは、そして帰宅した私は、家に帰り着く手前ぐらいから、体がだるくなり、とうとう発熱、夏風邪を引いてしまいました。
それで、その後は、読書をしつつ養生の日々でした。
 
まあ、それだからこそ、普段は読めない長編ものが読めたのは、大満足です。
 
風邪は、ぶりかえしつつも、ようやく治って来たもよう。
 
                 

ジャム作り

今週は、何故かジャム作りが重なりました。
 
前回のブルーベリー摘みで持ち帰ったブルーベリーは、結局1.5kgで、とても沢山のように感じていましたが、
家に帰ると偶然にもいただきもののブルーベリーが1kgも届いていました。 
冷凍するかジャムにするか・・・と考えていましたが、そんな心配は無用、家族でどんどん食べるので、みるみる減って行きました。
 
翌日、花菜ガーデン近くの「あさつゆひろば」で、ルバーブという植物がレシピと共に売られていました。
 
      
 
レシピは、ジャムのレシピです。遠い記憶に、長野に行った時、このジャムを買ったことがありました。
また、集まりで長野出身の人が、やはりジャムが作れるよといって、この植物を配っていたことも思い出しました。
というわけで、この辺では珍しいこのルバーブを購入しました。
 
ブルーベリーの代わりに、ルバーブジャムを作りましょう、とレシピ通りに火にかけあっという間に出来上がりました。
 
       
 
 
その後、ブルベリーは、いただいたものは少々日にちがたっていることもあり、やはり残りはジャムにしょうと、ルバーブジャムの要領で作りました。
ちょっと、固めに仕上がりました。
                                          
 
そして、今日は先日、送られてきた、和歌山の桃。
固めだから、常温でと書かれていたので、その通りに、食べるのだけを冷蔵していましたら、今日残りを点検したら、柔らかくなりすぎているのが多発していました。
それで、これもジャムにするか、と、ジャム作り。なかなか、とろみ加減もうまく仕上がりました。
 
           
 
 
ジャムの作り方は、どれも同じ。
大きい実は、細かく切って、実の重量の2~6割の砂糖で、煮るとできることがわかりました。
砂糖は、多く入れると長期保存に耐え、分量も多く出来上がりますが、うちの場合は、3、4割にしました。
 
思いがけず、ジャム3姉妹ができたので、話のタネに実家へも持っていくことにしました。
 
              

ブルーベリーとミニトマト

「近くで、ブルーベリー摘みのできるところはないかなあ」と夫が言って、ネットで2カ所目星をつけて検討していましたら、
投げ込みのミニコミ誌の広告に、最も近くて条件のいい場所が出ていたので、先日の日曜日に早速そこに出かけました。
 
                  
      
     
 
大井松田の山の中のちょっとだんだん畑のブルーベリー園です。
時間制限はなく、摘み取り、食べ放題で、大人500円。摘み取ったブルーべリーは、100g、170円。
 
                
             
 
ブルーベリーの木をじっくり見たことはなかったので、小さな実をたくさんつけたブルーベリーの木の間を歩くのは、なかなか素敵でした。
食べ放題といっても、いちごのようにどんどん食べられるものではありませんが、それでもあちこち食べて満足しました。
収穫の方も、甘そうな大きな実を中心に、籠半分暗い摘みました。計ってもらったらちょうど1kgでした。
 
                                  
 
 
 
その翌日は、花菜ガーデンでの作業日。
 
前回は、ユリの切り戻しでしたが、今回は、ヘメロカリスの切り戻し。
いずれも、花が咲いた後の花茎を取り除いて、枯れた葉っぱなども取ってきれいにします。
 
夏の作業なので、30分ごとに休憩を入れての作業です。
サルスベリが、きれいに咲いていました。
 
            
 
 
作業を終えたあとは、チャペックハウス前のミニトマトの摘み取り。前回も今回も、かなりたくさんいただいてきました。
試食しつつ、もぎとる辺り、ブルーベリー摘みとオーバーラップしました。
 
         
 
太陽の下、植物と触れ合うことで、夏風邪ぎみなのがすっかり、解消されました。