月別アーカイブ: 2013年2月

2月の最終週

今日で2月は終わり、昨日と打って変わり、暖かい春を感じさせる日差しにほっと一息ついています。最終週である今週は、引きかけの風邪をかかえながら毎日出かけていました。

IMG_1113[1]花菜ガーデンに出かけた日も良いお天気で、この日は温室作業。主にカーネーションの芽の剪定をしました。観賞用としては、1つの茎に1つの花を咲かせるのだそうで、横に伸びる枝や芽をとると、大輪の花をつけるそうです。

この日はこのあと、記念日が続く娘の家に行って、スポンジケーキを焼きました。

 

 

 

IMG_1124[1]うってかわり、次の日は親戚の葬儀で東京へ。最近めっきり行かなくなった東京へこんなことでいくことになろうとは・・・。私の伯母のご主人さんで御年97歳。東京都内のお寺で行われました。12年前に一人息子を亡くされてからは、すっかり元気も生気もなくされてしまったと聞いていましたが、3,4年前のという遺影はずいぶん若く見えました。

意味がほとんどわからない読経の中の3万〇〇日という日数が印象に残りました。100年生きると3万6500日くらいになるから、生きた日数のことと思い、長い日々がしばらく頭をかけめぐりました。お元気な頃は幅広くご活躍だったので、お通夜にはたくさんの人が来られたそうですが、葬儀は平日のお昼ということで、ほどほどの人数で静かに終わりました。

長く生きた1人の人にかかわる人が集まり、少しの時間ではあるけれど交わることは、人と人をつなぐ貴重な時間と感じました。親戚の方々も、話をすると名前とお顔が一致して楽しく感じられました。

IMG_1126[1]帰り道は、東京メトロで東京駅を目指し、念願の新しくなった東京駅駅舎を生で見て帰路に着きました。

       IMG_1128[1]

 

*引きかけの風邪は、小規模に終わりました。動いて体を暖かくしていたのがかえってよかったかもしれません。

 

 

「小さいおうち」

IMG_1110[1]本を読むのは嫌ではないですが、ほかが忙しいとそれを押してまで読む方ではありません。ですから、読むことになる本とは、稀有な出会いをしているといつも感じています。

先日、大阪に行った折に、母に本をプレゼントしましたが、その時、私も1冊、この際だから何か読もうと思って購入した本が「小さいおうち」です。同じ題名の絵本を知っていて、それと同じような装丁なのが、まず目を惹きました。

ラベルの作品紹介には、昭和初期、女中奉公に出たタキが、晩年に綴ったノートが現在につながる・・・と書かれていて、どうしようか迷い、ほかに3冊ぐらい検討したあとに、まあこれにしようと決めて購入しました。本屋に山のように並んだ中から選びとられる1冊は、不思議な出会いと言ってもいいと思います。

 

読みやすく、引き込まれるような内容で、後半一気に読んでしまいました。

主人公のタキが美しい奥様を慕いつつ努める「小さいおうち」での日々。それを晩年のタキさんが回想して書いているスタイルなので、現在からの目線もあって面白いし、何より興味深いのが、昭和10年から昭和20年までの暮らしが書かれていることです。生活スタイルが意外と今とあまり変わりなく、手作り中心、人の交流が密で華やかな時代、しかし平和に暮らしているうちに、徐々に大変になっていく様子がよくわかります。

「小さいおうち」にも、ささやかな事件と戦争による被害があるわけですが、時間がたって振り返ることで、その時にはわからなかったものがあきらかになって結果を残しているように思います。

今という時は、ただひたすらに生きるしかありませんが、将来誰かが振り返った時に、少しでも輝きを残していられるようにと願うことと、世の中のことでいえば、とにかく平和であるようにと思います。

そして、どういうわけかあまり関係ない言葉が浮かんできました。NHK朝ドラで繰り返し出てくる言葉「女があきらめたら世界は終わるのよ!」

 

大阪行きーその2、道頓堀川クルーズ

大阪行き、後半は母とのレクです。

最近の何回かは、映画を見てから本屋内レストランで昼食、本を買って百貨店で買い物をして帰るというパターンでしたが、どうやら二人とも今回は別のことをと思い始めていました。

私は、日々新しくなっている大阪梅田周辺散策でもよかったのですが、母は梅田には月に2回行ってるからかあまり積極的でなかったので、母がつぶやいた道頓堀川から船に乗って中之島の方に行くという案を採用することにしました。普段ならアイフォン検索で、もうちょっとはっきり調べていく私ですが、実家に戻るとなんだかアナログ人間かつ行き当たりばったり人になってしまって、とにかく心斎橋筋の道頓堀を目指して出かけました。

IMG_1030[1]地下鉄の心斎橋駅、大丸百貨店、心斎橋筋は、母も久しぶりだったようで、二人で懐かしみながら歩きました。

日曜日の10時台は、まだお店も半分くらいしか空いていなくて人も少なく、気持ちよく歩けました。道頓堀橋に到着。かに道楽やグリコの看板などの有名な光景をこんなに観光客のように眺めるのも初めてかもしれません。そして、道頓堀川というのは、今までじっくり見たことはなかったと思います。

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ドンキホーテのお店の前に、船着き場がありました。行けばあと5分で出発。これだ!とあまり吟味することなく乗った船は、中之島行ではなく、道頓堀川を周回する「とんぼりリバークルーズ」という船でした。9つの橋をくぐりながらガイドのお姉さんが大阪風に解説してくれました。

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IMG_1072[1]の船を降りるとき近くを屋根つきの大きな船が通り過ぎました。後で調べたら、どうやらそちらが、中之島公会堂の方まで行く船だったみたいです。

短い乗船でしたが、母はこの非日常体験がとても楽しかったらしく、その後の大丸百貨店めぐりも含めて実りある1日となりました。

昼食の中華レストランは無添加を心がけるお店とうたっているだけあって、薄味で美味しい味付けでしたし、お茶で入った和風の喫茶のケーキセットもとてもよかったですが、一番の実りはステッキを買ったことです。

IMG_1095[1]母は足がふらつくにもかかわらず、杖は邪魔になるからいらないの一点張り。さすがに、もうそろそそろと自分でも思い始めていたかもしれませんが、雰囲気のいい杖売場があり私の積極的な勧めに逆らうことなく吟味し始め、とうとう購入することとなりました。小さく折りたたんで持ち運べるタイプでお洒落な柄。しかも、家に帰って説明書を読んで、杖ではなくステッキという表現されていたのがまたまた気に入った風でした。

そんなわけで、今回のお出かけは中々記憶に残るものとなりそうです。本屋には行けませんでしたが、実家近くの未来屋書店に私だけが立ち寄り、母が好きだという江國香織さんの新刊「ちょうちんそで」をプレゼントしました。

大阪行きーその1、命日の和歌山行き

毎年の大阪、和歌山墓参旅行を無事終え、一昨日戻りました。IMG_1097[1]

84歳になった母は、足が不安定なほかは全く衰えたところはなく元気でした。ただ足元だけは本人も不安を隠せず、そのために今回、関東行が延期になったことも、それはそれでホッとしている風でした。

命日の和歌山行は、あいにくの雪天の予報で、大阪の家を出るときは薄日が射してきていましたが、熊取から粉河へ走るバスで山を越えると、向こうは雪景色になっていました。例年通り、父の実家、お墓参り、母の実家へと3か所に立ち寄るフルコースをして戻りました。

毎回のことながら、2軒の実家の人々の何とも言えない温かみを感じました。

IMG_1021[1]父の実家では、昭和5年頃のモノクロの写真、実家の庭で父の兄弟4人とその従妹二人(5歳から中1の子どもたち)が写っている写真を見せてもらいたくさん焼き増したからと1枚いただいてきました。写真の子どもたち6人のうち4人はこの10余年で故人となっています。

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母の実家は、母の兄夫婦が高齢ながら変わらず暮らす大家族です。と言っても孫世代はそれぞれ嫁いで今は子世代との4人の暮らし。最近母の兄は肺炎がきっかけで歩行が困難になり、足の丈夫な奥さんの方は物忘れが激しく認知症を疑われています。それでも、それを支えるお嫁さんの穏やかで自然なふるまいに感動すら覚える思いがしました。

父が亡くなってちょうど10年、和歌山に分家のお墓を持てて以来、ずっと続けられる母のお墓参り。母の頑張りをあたたかく見守ってくださる実家の人々に感謝です。

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近況

今年の節分、立春は暖かい日和でしたが、今日は先月の降雪の日の再来と予報される日で、幸いこの辺は雨にとどまってくれているものの朝から寒さが厳しくなっています。

今年は、どういうわけかこんな日に限って遠方に出発する日です。

IMG_1005[1]先週は、長女の家を行き来しつつ、大阪の母がこちらにやってくるのを待つ日々でした。

母にとって初曾孫誕生から3ヵ月、84歳ではあるけど一頑張りで立てた計画で、用意周到な母はお土産を先に宅急便で送り、二日前には荷物の準備も終えていたようですが、こちらサイドは風邪の猛威が襲っていて次女が発熱、周辺もインフルエンザがが流行っていたので、急きょこの計画は延期することになりました。

幸い次女の風邪はインフルエンザではなかったので、後半の私の大阪行きは毎年の通りに行くことにしました。

実のところ、先週は私も予定が多かったので、体調が不安定だったので予定がキャンセルされた時間で、家の片づけや物の整理、休養などがとれてかえってよかったと思っています。母にはもっと花が咲きだす頃に来てもらい4世代の交流を実現させたいと思います。