日別アーカイブ: 2013年10月27日

久しぶりのガイドと巡る文化資源ウオーク(12)

2年ぶりに近場のガイドと巡る文化資源ウオーキングに参加しました。

このガイドウオーキングは市内の文化資源に詳しい人たちが集まってコースを分担して月1回ボランティアで開催しているもので、住んでいる地域の昔の様子が忍ばれ、いつ参加しても満足の得られるウオーキングです。

以前18コースぐらいあると聞いたことがありますが、色々工夫を凝らして変化をつけられているようで、今回のコースの初めの方は以前参加したときに立ち寄ったことのある場所でしたが、コース全体としては「田村から中原街道を歩く」ということなので、興味が湧き参加することにしました。

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脚部が特徴の鳥居

スタートは田村の八坂神社からです。

中原街道と言うのは、江戸虎ノ門から相州中原(平塚市)を結ぶ、約60kmの道ということで、終点は後には中原御殿から大磯の化粧坂一里塚までになったということです。それで、市内の中原街道として今回を第1回目として3回シリーズで、田村から、昔の四之宮村、真土村、中原上宿、中原下宿、南原村などを歩くそうです。また、この中原街道というのは、江戸以前は奥州道ともいわれているそうです。

八坂神社の説明は、前回と重なるところも多かったですが、市の指定文化財の「田村ばやし」をボイスレコーダーで聞かせてもらいました。笛の音色が耳に楽しい響きでした。

 

 

八坂神社を出発して、まず立ち寄ったのは田村の渡しです。この渡しは大山詣が盛んになった江戸中期にできたとのこと。それまでは、今回のウオーキングでもう1つ立ち寄った四之宮(神戸/ごうど)の渡しが使われていたそうです。ちなみに、今この田村の場所には神川橋がかかっていて500mの長さですが、明治のころは川幅が939mと広かったということです。

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image田村の渡しの近くの一帯は、鎌倉時代に力のあった三浦義村という人の館跡の碑があります。前回の時もその碑は見ましたが、今回、新たに興味深かったことがいくつかありました。

まず1つは、鎌倉時代の将軍が、実朝死後、何代も公家の出身の人で続いていたということ。4代目の藤原頼経を三浦氏が擁立していたという話。もう1つは、右の画像、その当時川だったところの歩道に川の模様のタイルが施されていました。これがずーと続いてあるんです。平塚市もなかなかロマンチックな嗜好です。

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image川のタイルの歩道をしばらく歩いたあと、常勝寺、妙楽禅寺に立ち寄りました。常勝寺では和尚さんじきじきの講和がありました。

妙楽禅寺は、駒返橋のところにあるお寺で4年前にも立ち寄った場所です。正面の楼門の中にある「木造閻魔王坐像」が最近市の指定文化財になったという変化が報告されました。

 

 

 

 

 

image田村の一里塚は、狭くて車の通行の多い道端に立っていました。危ないので、写真を撮った後反対側で説明を聞きました。

そこから、129号まで斜めに続く細い道が、中原街道で、129号のさきは道が無くなっています。その道の途中の用水路に架かる橋が、鹿見堂橋で、その付近に徳川家康が昼食の箸を地面に立てたとされる場所があると説明がありました。そこは、その後森になり箸立ての森と呼ばれたそうです。現在は、そのあとはどこにも見られませんが。

 

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中原街道の続きは、第2回目へ引き継がれ、今回はこのあと四之宮(神戸/ごうぞ)の渡しと終着点の前鳥神社へと向かいました。

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前鳥神社の鳥居ー八坂神社の脚部と同じ
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ご神木のクスノキ

前鳥神社(さきとりじんじゃ)は、1600年の歴史のある平塚で一番古い神社。左喜登利神社とも。相模十三社の1つであり、六所神社に入る由緒ある神社ですが、中に入るのは今回が初めてでした。トトロや、千と千尋の神隠しのメロディーが流れていて、クスノキもあり、雰囲気のいい神社でした。

ここで解散しましたが、先週とは、打って変わって秋晴れの中、久しぶりに気持ちの良いウオーキングでした。