月別アーカイブ: 2006年4月

デジカメ写真の加工

デジカメ講座2日目。
無料のレタッチソフトをインストールすると、あれだけ苦労した縮小も自在にでき、簡単なトリミングもできるようになったのは感激です。
 
色も、色々に変化させられ、セピア色や鉛筆画などにも変えられるほか、超新星などを入れたりと遊びのグッズも入っているので、色々試して楽しもうと思います。
 
そういえば、年賀状作成ソフトの写真を取り込むときにも似たような加工ができたことをふと思い出しました。
 
しかし何よりも収穫なのは、今回あらためてデジカメについての初歩的な知識身に付いたことです。
 
自分のカメラの画素数や、パソコンに取り込んだときの大きさ (これがピクセルで表されていて640×480ピクセルの大きさがメールとかにはいい大きさだということ)や、画質を変更することで、大きさや撮れる枚数が変わることなどがわかりました。
また、近接撮影というのはどのデジカメでもチューリップのマークであること
逆光はスポット撮影で、窓辺に立った人を撮影するには、強制発光で、テレビの画面は発光禁止で撮影することなど撮影技術がわかりました。
 
今まで、初歩的なことも知らずに不自由に使っていたことに今更ながらあきれています。
 
まずは、先日の「花」の写真をチョット加工してみました。
 

若葉の季節

桜の季節が終わって、これからは色んな花がつぎつぎ咲くので楽しみです。
街路樹をみると、桜はすでに緑の葉がおおい茂り、イチョウなどは、小さな黄緑がかった葉をびっしりつけて、近くの八幡宮も緑の森ができていました。
 
もうすぐ、ブログを立ち上げて1年になるなあとふと思います(公開したのは、8月ですが)
1年前、あまり使っていなかったデジカメを使い始め、画像をパソコンに入れてブログに載せたり、メールで送ろうと思いましたがやり方がわからないので、たまたまお知らせに出ていた2日間の初心者デジカメ講座(無料)に応募しましたが、選にはずれ受講できませんでした。
 
1年たって、自力でなんとかできるようになりましたが、画像処理がやはりどうもわからないので、また同じ講座に応募しましたところ、今度は受講できることになり、今日1日目を終えました。
 
驚いたことは、8人の受講生のうち私以外は全員男性で、多分60歳以上かと思われる人ばかりだったことです。そして、教えてくださる先生は、本当にお詳しい方でしたが、やはりそのくらいの年齢の方で、団塊の世代定年退職後の風景を予感させられました。
 
画像処理は、明日やらせてもらえそうですが、どうやら無料のレタッチソフトをダウンロードしたものが配られるようです。
そういったソフトを使ったら、どんな画像処理が出来るかをパワーポイントで見せてもらい、簡単に色々楽しめることがわかりました。
 
今日は、シャッター半押しのやり方を習得して、近接撮影もやってみました。以前月桂樹の近接をしたときよりはうまくいきました。この画像をどのように、明日は加工できるかしら?
 

高田の夜桜

三大夜桜に数えられている上越市の高田に行きました。
今年は、例年に比べて開花が遅かったので、
まだきれいな夜桜を見ることができました。
 
夕暮れに到着したときは、葉桜になりかかっている桜も見えて、
少し、ピークを過ぎていることも感じられましたが、
日没とともにライトアップされた桜が浮かび上がり、
昼にみるのとはまた違った幻想的な世界が広がってきました。
 
高田城とその周りのお堀を中心に
広い範囲にライトアップされた桜が続いていて、
遠くから見に来た甲斐があったと満足できるものでした。
 
ただ、この地は未だ結構寒く、春の装いをしているものには堪える冷え込みでした。
 
写真を何枚かカメラに収めましたが、
なかなか、夜景を撮るのは難しいことがわかりました。
 
 
 
 
 

いま,会いにゆきます

先日、テレビで2年前くらいにはやった映画「いま、会いにゆきます」が放送されていました。
 
普段は2時間ものは余程、チェックをいれたものでなければ見ないのですが、
久しぶりによい映像に会えた気がしました。
 
雨の降る季節に不思議なことが起こるのだけれど、
そのすべてが美しく描かれている。
しかも、その不思議さを除けば、ほんとうにどこにでもあるLove Storyが
ていねいに描かれていることに親しみを覚えました。
 
人生を自信を持って進んで行けるとき、
それは、真に誰かに愛を感じているときなんだと思わされました。
 
現実に戻って、関東の桜はもうとっくに終わりましたが、
まだ咲いている桜の地にいる、夫のもとへ、私もいま会いに行きます
 
 
 

再会ー横浜散策

今日のお出かけは、5年ぶりの友達との再会です。
 
同じ時間を過ごしているときは親しくしていても、ひとたび離れてしまうとなかなか会えないまま時間だけが過ぎてしまい、もうあれから○年もたったっけと、驚きながらもたちまち空白の時間はあっという間に飛び越えて昔の共通の意識に戻って楽しい時間が過ごせる、そんな、友達の一人です。
 
1ヶ月以上前から約束し、行き先は直前になって決まりました。
石川町で待ち合わせ、中華街でお昼を食べ、バスで三渓園に移動し、中を散策して、帰りは、根岸駅まで行って帰りました。
 
横浜フリー切符で行きましたが、市営赤い靴バスが乗り降りできるようになり料金が上がっていました。
中華街では、梅蘭というお店でちょっと変わったお好み焼き風焼きそばを食べました。美味しかったのですが、そのボリュームに圧倒されました。
その店を探している途中に中華学院というのがあり、その隣の寺院を見て中華街の異国情緒度がまたアップしました。
 
三渓園は、静かな住宅街の続きにあり、おだやかな日本庭園と昔の日本家屋がいくつか佇んでいてゆっくり時間を過ごすにもってこいの場所でした。池には、水鳥と亀が長閑に泳いでいて、横の端の際には、鯉が輪ゴムのように口を大きく開けてえさを求めていました。
 
南門にたどり着くと海が見渡され、海辺沿いにこの庭園が位置することを初めて実感しました。
 
初夏に向かって爽やかな一日が過ごせました。今度は、アジサイの頃に会うことを約束して。

名前の由来

今日は日曜日。
朝から雨で、明るさはあるけれど、花冷えとでもいうのでしょうか、
昨日の昼間の長閑さはどこかに行ってしましました。
 
こんな日は遥か昔の「はしばみ」にまつわる回想が浮かんできます。
 
はしばみの木というのは、実は実際には多分見たことがありません。
初めて、この名前に出会ったのは、小学生のころ読んだ童話「灰かぶり姫」の中です。
 
お母さんのお墓の隣に植えたはしばみの木がぐんぐん大きくなり、
やがて素敵なプレゼントを落としてくれるという話で、少女が、
「はしばみの木よ、はしばみの木よ、○○○を落としておくれ!」
というセリフが印象的でした。
後に、シンデレラを読み同じお話と受け止めていった経緯がありますが、
このはしばみの木だけは、グリムだけのものなのでここで感じた新鮮さはそのまま残っているのです。
 
シンデレラ的生き方、考えは少女の永遠の夢?いや今の時代に流行らないともいわれますが、私はこのお話からは、
けなげに生きる者への目に見えないものからの励まし、応援といったものを感じます。
そんな世界を夢見ていた娘時代をイメージして考えたニックネームでしたが、はしばみさんは、もうすでにいらっしゃたようなので、そこにもう一人の大好きなお話の主人公セーラを結びつけて名前ができあがりました。
 
本当はもう忘れそうになる頃の自分が、再び登場してくれることも期待して。
 

家の月桂樹物語

先日丸い蕾をつけた月桂樹は、いつの間にか一斉に花開いていました。
薄い黄色の小さな花がいくつか群がって咲いて、明るい感じになりました。
ロリエに、甘い香をプラスした匂いがします。
花が咲くのは今年で2年目です。
 
この月桂樹は、今から14年くらい前、4月29日のみどりの日に苗木を配っていたときにいただいてきたものです。このころは、毎年のように市から苗木が配布されていたので、月桂樹の前に、むくげや、芙蓉、くちなしなども家の裏庭に植えてありました。それで、月桂樹の居場所はなく、しかたなく大きな鉢植えに植えていました。苗木なので、細い幹に葉っぱが12枚くらいついていました、それは1年たってもそのままだったので、月桂樹の葉っぱをスープを煮るときに使うのはあきらめていました。
 
ところが、その後転勤でしばらくこの家を離れることになったのです。そのとき、なるべく世話のないように、毛虫と落ち葉の激しい、芙蓉とむくげを取り除き、あとにヒバとツゲとこの月桂樹を直植えにしたのです。
裏庭の中央に細く植えられた月桂樹は、2年後に見に来たときはすでに大木化していて、初めはにわかに同一とは信じられないくらいでしたが、よくみると幹の微妙な曲がりがまさしくあの幼木でした。
 
再び、住むようになってからも、これの成長は止むことなく、毎年のように春と暮れ頃には、枝を剪定しないと、さらにさらに大木となろうとしているようなのです。葉っぱもとても大きく、きれいな葉っぱを洗って干して、集まりに持っていった時に、ロリエではないのではと怪しまれるくらいの大きさなのです。でも、匂いでこれはロリエにまちがいないといってくださる方がいて疑いは晴れましたが。
 
狭い裏庭は、少し掘れば粘土質の土が出て来ますが、この月桂樹はどこから栄養分をもってくるのかしらと、時に不思議に思っています。
 

春の庭

今日は午後から雨になるという予報とは裏腹に、今のところとても良い天気で、この春を誰かと何処かで満喫しなければと落ち着かない気持ちになりますが、気ままに暮らしているわけでないのでそうも行きません。
 
4月になって、新年度がスタートし、活動の場もあちこちで新しくなりました。
気持ちを新たにできるときですが、慣れるまではこれがなかなかのストレスでもあります。
 
意外に冷たい春の風と、やさしいピンクの花吹雪。時にキラキラした日差し。日に日に緑に染まって行く春は、まだ始まったばかりですが、繰り返しの季節の中に住む私達は、決して繰り返してはいない。
先へ先へと進んでいて後戻りすることなく、同じ季節の中でその変化に戸惑いながらも、それを受け入れ工夫して前進していくしかありません。
 
家の裏庭の植物は、今年はどうも遅咲きのようです。
昨年から花が咲き始めた月桂樹はまた丸いつぼみを沢山つけています。
アジサイは思い切って剪定したので小さくなりましたが、少し芽吹いてきました。秋に植えたムスカリチューリップがなんとか花を咲かせてくれそうです。
 
なんだか空模様が急に怪しくなってきました。やはり天気予報は当たっていました。回覧板をビニール袋にいれて回したのは正解だったようです。
 

桜の季節

今日は朝から生暖かい風が吹いていましたが、夕方になりとうとう雨が激しく降り出して来ました。
 
先週は、しばらくお天気にも恵まれ、近辺の桜も一気に満開に近づきました。昨日も、電車に乗って出かける窓からも、見事な桜並木がいくつか見られました。
 
春の予感はまだまだ寒い頃の梅の便りから始まって、いよいよ桜が咲くと春も本番という感じがします。
このシーズンに卒業、入学などもあることから、桜を見ると浮かんでくる想い出もいくつかあり、しばしタイムトラベルし夢幻の世界に誘われそうにもなります。
 
名所の桜の想い出もいくつかありますが、桜として一番印象に残っているのは、子どもの頃に住んでいたところの桜並木のトンネルです。夜少しの光に照らし出されて白い光を放つ美しさが思い出されます。
以来、どこの桜も満開のときの美しさは同じです。近くでみると、たわわな花にうっとりし、離れて見ると、繊細な淡いピンクに心惹かれます。そして、数日たつと必ず春の嵐が訪れて、この可憐な花を散らしてしまう。それが分かっているので、なんだか落ち着かない日を送ってしまう桜の季節です。
 
今日の嵐で、近くの桜も半分くらい散ったかな
 
そんなことを思いつつ、京都、嵯峨の美味しい桜餅を思い出しながら、桜の葉っぱに包まれた桜餅(道明寺粉)を食べて癒されています。