月別アーカイブ: 2007年12月

元旦の風景

    2008年、元旦の朝は、眩しい光に包まれていました。
     もう、すっかり太陽が昇ったあとに起きたこともありますが、雨戸を開けて、顔を外に出して、
        富士山を確認すると、すっぽりと雪に覆われた冬の富士山が光の中にそびえていました。
 
    
 
 
送電線に比較的邪魔されないスポットからは、澄んだ青空の下、富士山に連なる山々、麓の家々がくっきりと見え、
 川では水鳥たちが楽しそうに泳いでいました。各家々は、まだ静かな朝の中にあり、日に照らされた植物たちの
    平和な風景が繰り広げられていました。
 
      
 
          今年も、世の中が平和であってほしい - 究極の願いから始まって、
             小さな願い、私的な思いが年末から元旦にかけて錯綜します。
 
       この頃、漢字1字で表すことが流行っていますが、私の今年の1字は、「心」にしたいと思います。
          今年も、心からの思いを発信したいと思います。
 
            
 
 

大晦日の風景

今日は大晦日ですが、電車に乗ってお出かけしました。
予定していたことなので、昨日までに掃除とお料理の8割までは終えましたが、
あと一息は、残したままで年を越すことになりそうです。
 
 移動の車内からと、東京駅八重洲ブックセンター、提灯の灯りのついた神社前交差点
 
        大晦日の風景2007 002   大晦日の風景2007 003
 
                   大晦日の風景2007 004  大晦日の風景2007 005
 
    来年も、よい1年でありますように!
 
 
 
 

庭仕事

庭仕事というほどの庭ではない、裏庭ですが、そんな小さなスペースでも
植物の生命力はすごいものだといつも感じます。
 
 家での庭仕事の一番に上がるのは、月桂樹の剪定です。     月桂樹の剪定2007.12.26 001
 チョッと油断していると、考えられないくらいに伸びています。
 年内にどうしても、あと何本かの大枝を払わなければ大変なことになる!という思いで12月を過ごしていました。
     
今日は、昨日から狙っていました。いい天気で、しかも朝から家人が出払い、
朝のスタートがいいからです。
 
剪定の枝は、2階のベランダから切ります。
のこぎりと、剪定ばさみ、ポリ袋と紐を用意して2階に上がりました。
今までも、何度も剪定していますが、少し残した枝がどんどん伸びてしまうので、
横と上に広がってしまいました。
 
               月桂樹の剪定2007.12.26 005
 
のこぎりで切るのは、さほど大したこともありませんが、切り離す瞬間の重量は相当なもので、
今回、3本目のは、下に落下してしまいました。
    月桂樹の剪定2007.12.26 012   月桂樹の剪定2007.12.26 008   月桂樹の剪定2007.12.26 010 
 
   
比較的うまく落ちてくれたと思っていましたが、下に行って見てみると、この前植えたイチジクの幼木に直撃し、
葉を散らしてしまいました。
幹だけになってしまいましたが、しっかり冬芽をつけていました。
 
                     月桂樹の剪定2007.12.26 014
 
枝から切り離した後は、解体作業です。無心に細かくして、ゴミ袋に詰め込んでいきますが、
ここで、いつもいい香りなので、いとおしくなって、いい葉といい枝を家の香り用に取り分けます。
 
    月桂樹の剪定2007.12.26 015  月桂樹の剪定2007.12.26 007
 
今回西に張り出した枝には、春に咲く花の蕾のようなものがたくさんついていました。
雄花なのでどうしようもありませんが、チョッとすまない気持ちです。
 
今回の剪定、まだまだ大物を残したままですが、今日はこれで終了しました。
 
            月桂樹の剪定2007.12.26 017    月桂樹の剪定2007 003
 
   ( 続報; 翌日も同じく晴れで、その後は雨という予報に後押しされて、ついに中心の幹、上半分を伐採しました。
       のこぎりで切るのも一苦労でした。切った後の倒れ方を想像すると、とりかかったことを後悔しましたが、
       無事いちばんいい展開でことがすすみました。
       切ってみてびっくり、2階から切りましたが、 さらにその上3メートルくらいも伸びていました。 12/27
                                          
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     ☆クリスマスのメモ
 
  今日の午後は、クリスマスコンサートに出かけました。  クリスマスコンサート2007 003
  
  ホテルのチャペルで小ぢんまり行われるもので、毎年どういうわけか26日に行われます。
  1日遅れですが、外のイルミネーションはまだそのままで、今日これが終わったら外すのだろうと、
  去年と同じことを思いました。
 
  ピアノ、バイオリン、ビオラ、チェロ、そしてソプラノ歌手、それぞれ1人ずつですが、
  色んな組み合わせを聞かせてくれました。
  ”青少年に生の本物の音楽を”の趣旨にかなって、少数ながらどなたも素晴らしい経歴と実力の持ち主の、
  ピッタリとそろった見事な音楽を堪能しました。
 
  今年の家のクリスマスは、24日に予定どおり苺ショートケーキを作って食べ、大阪のドイツ祭りで買った
  おかあサンタのプレゼントを渡しました。
 
        クリスマスの風景2007 006   クリスマスの風景2007 004
   

都会の庭園

寒い日々にもどうにか慣れて、今日は冬至。
カウントダウンが近づいて、いっそう時間のたつのが速く感じられます。
 
     *****   ******   *****   *****
 
先日大阪に行った折のことです。母と阪神百貨店に行くことになり、
地下鉄無料パスのある母には、私に合わせてもらって環状線で行き、大阪駅で降りました。
久しぶりの大阪駅は、再開発されて、あちこち変わって綺麗になっていました。
 
         大阪行き2007.12 033       大阪行き2007.12 034
 
ふとみると、以前はなかった、ヨドバシカメラの大きなビルが目に入り、    
母にそのことを話したことがきっかけで、この日の行き先は変わりました。
 
ちょうど、お昼時であったこともあり、ヨドバシカメラの左向こうにみえている、空中庭園のあるタワービルに行くことになりました。
空中庭園には、10年ほどまえに行ったことがありますが、
その辺りに滝見小路という地下街があるというので、そこでお昼を食べることになりました。
 
  大阪行き2007.12 037 大阪行き2007.12 038  大阪行き2007.12 040
   
 このビルに行くまで、再開発現場が広がっていて、工事現場、地下道を経て10分以上歩いてやっとたどり着きました。
 
たまたま、広場ではドイツの店が並んでいて、ドイツの店員さんが「手作り!」と笑顔をむけてくれ、
広場中央には大きなツリーがあってクリスマスの雰囲気がでていました。
 
    大阪行き2007.12 047  大阪行き2007.12 045
     
 
その広場の横から下へ降りて行くと、
木がうっそうと茂った庭園と小さな池と小川があり、街中なのに見事だと思いました。
 
   大阪行き2007.12 052  大阪行き2007.12 050
 
              大阪行き2007.12 055
 
滝見小路は半地下に作られていて、この庭園を眺めながらお食事ができるようになっていました。
実際にあった場所の大正、昭和時代を復元したもので、たばこ屋、郵便局、交番、などがあり、レトロな雰囲気でした。
 
                                大阪行き2007.12 070
 
    大阪行き2007.12 068 大阪行き2007.12 063 
 
                   大阪行き2007.12 064
 
 
      大阪行き2007.12 065  大阪行き2007.12 069 
 
 
               大阪行き2007.12 071
 
 
 
お昼は、結局おうどんのお店に入り、窓ごしに樹木を眺めながらいただきました。
平日のお昼でしたので、会社勤風の人もいて、レストラン街は賑わっていましたが、
この場所一帯は、やや閑散としている感じはありました。
 
                           大阪行き2007.12 067
 
今回は、空中庭園の方へは行きませんでしたが、横のスペースには菜園や、稲を植えていた場所などあり、
街中にあって、自然のやすらぎを恋い慕う、設計者のコンセプトを感じました。
 
            大阪行き2007.12 056
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

寒い日々

昨日あたりから、とても寒くなりました。温暖な地域に住むものにとっては、尋常な寒さではないと感じます。
暖房を入れた部屋だけは、暖かくなりますが、少し離れるだけで凍りつく感じがします。
 
こうなると、却って北海道のように対策を施した家のほうが暖かく過ごせるというものです。
娘は熱を出し、私も風邪の一歩手前。
昨日の、一見暖かそうな風景をアップして、ゆっくり暖をとろうと思います。
 
 
 
        カモメの集会
 
           12月の変わった風景 001   
 
 
                          12月の変わった風景 002
 
 
                あと少しの銀杏通り
 
              12月の変わった風景 003  12月の変わった風景 004

偶には、言いたい放題

12月も早半ばを過ぎました。日の過ぎるのが、一層早く感じられます。
 
家の年末家事は滞ったまま、大阪から戻って3日が過ぎました。
今日は、所属団体が利用している公民館の掃除に出かけました。
 
調理室の掃除で、主婦が集まるので、能率よく作業は進んでいきましたが、気になることが1つありました。
流しで磨いたり洗ったりされている方が、お湯を勢い良く出しっぱなしで、洗剤をあわだてて、際限なく洗っていらっしゃるのです。
 
布巾を1枚だけ持って、気楽に参加してしまったのを、少々後悔しました。
うちでは、もう以前から、石鹸とアクリルたわし、お湯洗いで油ものもこなしてきました。研磨剤として、クレンザーを
2,3年前までは使っていましたが、これも重曹を使うとかなり効果があることが分かり、重曹に切り替えました。
今回も、アクリルたわしと重曹を持参すれば、洗剤を使わない掃除をアピールできたかもしれないと残念です。
 
掃除を終えた後、公民館から、粗品としてティッシュ1箱と台所用合成洗剤1本が配られ、合成洗剤はいらないなあと心の中で思っていましたが、公民館の人の説明を聞いて唖然としました。
市からの指導で、環境に配慮して、より自然環境にやさしい石鹸を公民館に置くことになったので、
買い込んであった合成洗剤を使っていただけたらということなのです。また、活動の際に石鹸では・・・と思われる方は、合成洗剤を持参してきてくださいとの説明がありました。
 
せっかく市が環境のことを思って石鹸に変えようとしていることなのに、公民館の人は「不便になるけどよろしく!」のような説明です。
この公民館の人が、認識不足なのか、そもそも市の取り組みが形だけのものなのか?!
風潮だから、形だけは整えるでは、空しい、中身の無い取り組みです。
せめて、職員の人には、アクリルたわしや、石鹸、重曹、お湯洗いなどで十分きれいになることを皆に説明して理解を求めるくらいのことができるよう、指導をしておいて欲しいと思いました。
 
            大阪行き2007.12 058 
 

京都嵐山へー追憶その2

大阪からの帰路は、京都の嵐山を経由しました。
嵯峨嵐山は、以前6年間住んでいた所で、娘達が小、中、高を過ごした場所でもあり、
とても思い出深いところです。
 
関東に戻って1,2年たった頃、1回訪れましたがそのときは、まだまだここに住んでいて、どこにいても庭のような感じがしたものですが、早いもので、もうかれこれここを離れて8年になります。
 
あいにくこの日は、朝から雨の予報でしたが、阪急嵐山駅を降り立ったときは、雨はどうにか持ちこたえていました。
夜に、「花灯篭」のイベントがあるということで、駅にも明かりがつけられていました。
 
          嵐山へ2007-4
 
改札を出ると、すぐに桂川(大堰川)に出られ、渡月橋をバックに山々が見られます。
 
   嵐山へ2007-11  嵐山へ2007-10
 
今回は、訪れる人も少なく、靄がかかっていたこともあり、とてもしっとりと趣のある風景が広がっていました。
 なるほど、ここは名所でたくさんの人が訪れるわけだと、認識を新たにしました。
 
 
 
冬の名物、ゆりかもめたちが川の半ばで休む姿がみられ、  嵐山へ2007-9  
 
            山はまだ紅葉を残しており、赤い紅葉は最盛期を過ぎてなお、楽しませてくれました。
 
        嵐山へ2007-14     嵐山へ2007-15
 
渡月橋を過ぎたお店通りでは、以前無かった場所にオルゴールのお店があったので、少し覗き、
 嵐電嵯峨嵐山駅を過ぎて、
                   嵐山へ2007-16
 
天竜寺の入り口で右に曲がって、かつての生活圏へと入って行きました。
このさきには、中村屋のコロッケの店があり、お土産通りよりもいくらか安く売られているのは地元の人にはよく知られていることです。久しぶりに、買って帰りました。
 
観光の道から、一歩入ると、そこは普通の古い街。それでも、突然由緒ある場所が、ぽっと出現したり。
 
京都とはつくづくそういう街です。元住んでいた場所の最寄バス停(車折神社前)から、京都駅行きのバスに
乗り込むと、ちょうど雨が降ってきたので、そのまま京都駅まで乗って帰りました。
 
       嵐山へ2007-12
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

追憶紀行

今回の旅の目的は、父のお墓参りでした。
早いもので、かれこれもうすぐ5年になります。
関東に住む私としては、気になりつつも、お墓参りは、夏のお盆の頃と2月の命日の頃と、2回に決めていましたが、
今回は、遠くに住む兄がお墓参りに来るということで、旧家族が集まれる良い機会なので、
万障繰り合わせて出かけることにしました。
 
母は、もうすぐ79歳という年齢を感じさせない精神力の持ち主で、生活環境にも恵まれて
”遠くの親戚よりも近くの他人”共同体で、意欲的に暮らしていることが、何よりもありがたいことです。
 
もうすでにそれぞれの日常生活は違うステージであっても、元をたどれば同じ源流に行き着く支流。
 
今回は、お墓参りの後、早い時間に天王寺に戻れたので、天王寺駅から南の松崎町一帯を散策しました。
この場所は、旧私達家族が、18年間住んでいた場所。私にとっては15年間義務教育を終えるまでいたところです。
ここの移り変わりを、私は5年おきくらいに歩いては追憶に浸ってきましたが、兄にとっては、相当な年数を経ていたようです。
 
ふりかえってみれば仮住まいの場所ではあったものの、子供時代を過ごしたこの場所は、懐かしい原風景をたどる宝庫なのです。しかし、道は昔のままながら、建物は8割が様変わりし、変わらず残っている木造家屋は、過ぎ去った年数の長さを物語っていました。
 
「まるで浦島太郎やな」ー ♪ もといた家も村も無く、道に行きかう人々は顔も知らない者ばかり♪
 
今思うと狭い一帯にある、母校の、幼稚園から高校までを一巡りし、追憶の旅を終えました。
 
 
 

西へ

夕暮れがどんどん進む中、西へ新幹線で移動中です。
新幹線に乗り込むまでの時間は、そこまでで1日とカウントできるくらい、何場面もありました。
午後3時に家を出るまでが今日のハイライトと思っていましたが、特筆すべきはその後にありました。
まず、予定のバスが1本間引かれたかのように来なかったことで、乗る予定の小田原に止まるひかり号には乗れないことが決定づけられました。
行き先は新大阪なのでこだま号で行くとなると、もう新幹線の価値は半減です。あのバスのせいで…と憤りが(時間に余裕を持たない自分のせいですが)
一体このままだと何時に着けるのか、携帯の乗り換え案内で検索しましたところ、熱海まで乗って行けば、熱海にとまるひかり号に乗れることがわりました。
こんな行き方あったのですね。

カモメを見た日

  今日は厳しい寒さと、気象情報は伝えますが、
                       昼間は晴天のよい1日でした。
 
        遠くの富士山                            遅ればせながらの紅葉
 
     カモメを見た日 011   カモメを見た日 009
 
 この晴天の中を、カモメが群れを成して飛んでいました。
 
             カモメを見た日 006
 
 カモメの生態はよく知りませんが、青い空の高いところを飛んでは、
                                電信柱で一休みしていました。
 
   カモメを見た日 001  カモメを見た日 002
 
                      カモメを見た日 008
 
    6kmほど南は海だから、チョッと遊びに来たのかもしれません。
 
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  今頃になって、いい色合いを出す木々の葉も、風が吹くたびに
                  ハラハラと葉を散らし、紅葉もまばらになっています。
 
  紅葉の木々の街道を行くのは楽しい気分です。
 
     カモメを見た日 012  カモメを見た日 014
 
帰り道にも、1羽のカモメが飛んで、小学生が歓声をあげていました。
 
                カモメを見た日 015  カモメはどこにいるでしょう 
    
 帰りの道は、少し雲が出てきたことと相俟って、芸術的な風景が繰り広げられていました。
     かつて画家が見た空や雲や木々は、実際にあったのだと思わずにはいられない風景でした。
 
       カモメを見た日 017   カモメを見た日 018